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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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第百二話 第二次国境会戦(前)

帝国暦487年7月20日07:00
ボーデン宙域、ボーデン星系、銀河帝国、銀河帝国軍、
ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「叛乱軍、第十一艦隊が再び現れました!…十二時方向、二千光秒、およそ一万四千から一万五千隻…強行偵察の戦闘艇(スパルタニアン)八十七号艇、撃破された模様」

 オペレータの報告の示すものは明白だった。敵はやる気という事だ。
「参謀長、全艦戦闘配備。各分艦隊は基本陣形のまま待機せよ」
「はっ……全艦戦闘配備!各分艦隊は別命あるまで待機せよ!……閣下、叛乱軍はやる気とみえますな」
「そうだな。ヴィンクラー、ヘルクスハイマー艦隊には後退の準備をしろと伝えよ」
「後退させるのですか?ヘルクスハイマー艦隊はアルテンブルガー星系に位置しています、後退させずとも充分に離れておりますが…」
参謀長の意図は理解できる、ヘルクスハイマー艦隊には戦闘に参加させずとも後方で待機してもらい、予備兵力にみせかけようというのだろう。
「それでは駄目だ…参謀長、卿の意図は理解出来るが、それでは叛乱軍を引き付けられない。我々に予備兵力が存在すると思わせては叛乱軍の攻撃の意図は鈍るだろう。向こうが折角やる気になってくれたのだから、交戦状態に持ち込んで敵の動きを掣肘するのだ」
「……はっ」
「そう青い顔をするな参謀長。叛乱軍などより貴族達の方が余程扱いづらいのだ…信頼出来ぬ味方を当てにするより最初から自分達だけで戦った方が己の裁量で動けるというものだ。そうではないか?」


 7月20日09:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルク星系、銀河帝国軍、
ミッターマイヤー艦隊旗艦ベオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「敵艦隊…二個艦隊規模、およそ三万隻…おそらく叛乱軍第七、第八艦隊と思われます…十時方向、千六百光秒」
「予想はしていたが最初から倍の敵と戦わねばならんとはな…参謀長、バイエルライン、ジンツァー、そしてレマーの三人と回線を繋げ」
少しの間をおいて三人の顔が映し出された。

”閣下、お呼びでしょうか“

三人のうち、代表してバイエルラインが応答する。
「卿等三人は本隊より離れて敵の左翼を窺う様に行動せよ」

”それでは本隊が手薄になりませんか“

「元々手薄なのだから仕方ない。卿等は敵の左翼から横撃を企図している様にみせかけるのだ、だが無理に攻撃する必要はない。距離をとって付かず離れず動くのだ」

”なるほど…了解致しました“

「本隊から別れるタイミングは追って指示する。抜かるなよ」

”はっ!“

 叛乱軍の二つの艦隊は縦に陣形を組んでいる…前衛の艦隊が我々を拘束、後衛の艦隊がその隙に迂回して我々の後方に回るつもりなのだろう、だが…。
「叛乱軍艦隊、増速中…叛乱軍前衛はおそらく第七艦隊の模様」
ベテランの下士官なのだろう、オペレータが落ち着いた様子で報告の声を上げた。アムリッツァに存在する叛乱軍艦隊は全部で五個か六個艦隊の筈…このフォルゲンには二個艦隊…常識的に考えれば、ロイエンタールの居るボーデンにも二個艦隊を派遣するだろう。奴等とて先年の戦いでハーン方面からも攻撃された事を忘れてはいないだろうから、アムリッツァを空にする事はない筈だ…。
副司令長官は、どう動くか…そして上手く有志連合軍を動かす事が出来れば、叛乱軍の受ける重圧は相当なものになるだろうが…。

 「有志連合軍は動いてくれるのでしょうか」
「ドロイゼン、何か思うところがあれば遠慮する事は無い、言ってみろ」
「は…有志連合軍、貴族の方達は正規軍との共同作戦など行った事はありません。補佐する軍人達も軍には属していますが貴族の方達の家臣です、戦闘経験は少ないでしょう。数は多いとはいえそんな方達が率いる兵力が果たして共同歩調をとれるかどうか、甚だ疑問でありまして」
ドロイゼンの言う事は尤もだった。
「だが、ヒルデスハイム幕僚副総監が門地派閥に関係なく貴族艦隊の錬成にあたっていたぞ。今は正規軍に属するノルトハイム両艦隊もそれに協力していた筈だ」
「ええ、小官もそれは存じていますが…」
「何か、あるのか?」
「アントン艦隊に配属されている同期が言っていたのですが、ウチとベルタ艦隊以外は、手足はいいが、頭が駄目だと」
手足…軍人の事だろう。となると頭は…。
「頭か」
「命令される事に慣れていないから、上級司令部から指示を受けても正しく理解が出来ない、または理解に時間を要する…のだそうです」
ドロイゼンは明らかに言葉を選びながら話していた。同期同士の内輪の話だ、もっと突っ込んだ内容もあったのだろう。となると、ミューゼル閣下から要請を受けても取り合わない事も考えられる…しかし閣下はヒルデスハイム伯の参謀長まで務めたのだし、ご姉弟でブラウンシュヴァイク公の庇護を受けていた筈だが…ああ、それでも一門ではないからな…。
「ミューゼル副司令長官に報告…我、まもなく叛乱軍艦隊と交戦状態に入れり。叛乱軍艦隊は二個、おそらく第七、第八艦隊と推測される…以上だ」
ディッケルがオペレータの所に向かう。おそらくボーデンにも叛乱軍艦隊が出現している筈だが、果たして…。



宇宙暦796年7月20日09:00
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 概略図にはヴァルトブルクでの戦いの様子が映し出されている。第七艦隊が敵の艦隊を足止めし、第八艦隊が迂回して敵の後方を抑え前後から挟撃する…事前に聞いた話ではその計画だった筈だが…。
「何をやってやがるんだ、あいつ等は」
ラップが頭を抱えていた。第七艦隊は左翼と正面から攻撃を受けていた。迂回しようとしていた第八艦隊もその意図を見抜かれていたのだろう、三千隻程の小集団に足止めされていた。帝国軍は一個艦隊で我々の二個艦隊と互角に戦っている…。
「大尉、敵の司令官のデータはあるかい?」
グリーンヒル大尉に問うと、大尉はユリアンと共に管制卓を操作し始めた。ユリアンに機器の操作法を教えている様だ。そしてそのまま二人で私の傍らに立つ。
「第八艦隊からの情報によりますと、交戦中の帝国艦隊の司令官はウォルフガング・ミッターマイヤー中将、ミューゼル軍所属…とあります」
私の前に帝国軍の軍人の立像が映し出された。
「へえ、これが噂のミッターマイヤー中将か」
「ご存知なのですか?」
「ウィンチェスター副司令長官が教えてくれたんだよ。敵のミューゼル大将麾下の軍人達…特にミッターマイヤー、あとロイエンタール…この二人には特に気をつけろ、ってね」
「そうなのですか」
「ミッターマイヤー中将の用兵は、神速にして理に叶う、だそうだ」
話の内容が気になったのだろう、ラップも近寄ってきた。
「あの、第八艦隊の足止めをしている小集団の指揮官は、誰か分かるかい?」
今度はユリアンが管制卓を操作する。
「…ミッターマイヤー艦隊所属、カール・グスタフ・ケンプ少将とあります」
再び立像が表示された。
「…ごっついな。うちのパトリチェフ少佐よりでかいんじゃないのか……元撃墜王?この図体でよく単座戦闘艇(スパルタニアン)のコックピットに収まったもんだ」
ラップの感想に妙に納得してしまった…おそらく近接戦闘に一日の長があるのだろう、でなければ三千隻で一個艦隊の足止めは難しい。
「しかし、よく敵の司令官達の立体画像なんて手に入れたもんだ」
ラップがそう言うと、グリーンヒル大尉が再び管制卓を操作し始めた。
「…副司令長官によりますと、フェザーンに派遣している現地情報員からの情報だそうです」
なるほど…彼はフェザーンに情報部員を派遣していたな、確かバグダッシュという…。
「他にもあるのかな」
そう言うと今度はラップ自身が管制卓を操作し始めた。
「お、両目の色が違うぞ…オッドアイの色男だな。オスカー・フォン・ロイエンタール中将…」
極めて高い水準で智勇の均衡の取れた良将…弱点らしい弱点はないが、敢えて弱点をあげるとすれば漁色家で女運がない…なんだこれは…。
「これは副司令長官の評なのでしょうか」
グリーンヒル大尉も首を傾げている。
「だろうね。どうやって調べたのか知らないが、女運がないのは私と同じだな」
私以外の皆が驚いた顔をする…そんなに驚かなくてもいいだろう、私だって人並みに彼女の一人くらい欲しいんだ。
「……参謀長、第七、第八艦隊に連絡。敵を拘束したまま現状を維持せよ。直ちに救援に向かう、と」


7月20日10:00
ボーデン宙域、ボーデン星系、自由惑星同盟軍、第十一艦隊旗艦ストリボーグ、
アイザック・ピアーズ

 「『極めて高い水準で智勇の均衡の取れた良将』だと?困ったな」

”困ったな、はないでしょう、司令官”

「ガイ、司令官は止してくれ。貴様に司令官なんて言われるのはこそばゆくて叶わん。何度も言っているだろう」

”ああ、分かったよ…困っている場合か?“

「後方に居た艦隊が消えたからウチ(十一艦隊)だけでもやれると思ったのに、相手は良将と来たもんだ。なるべくなら、ボロディン提督(第十二艦隊)の手は煩わせたくないんだけどな」

”どうするつもりだ?“

「とりあえずは、やってみるさ。危なくなったらアムリッツァまで退く。敵も一個艦隊でアムリッツァまでは来ないだろうよ」

”了解した”

さて…どうするか。
「全艦、攻撃用意。砲門開け。攻撃開始は旗艦発砲を以て開始とする」
「敵艦隊、増速中。突撃隊形をとっている模様。十二時、百光秒」
「艦長、敵が有効射程内に入ったら発砲だ」


10:30
銀河帝国軍、ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「叛乱軍艦隊、微速で後退中」
「参謀長、更に増速だ」
「り、了解致しました…全艦、増速!陣形を崩すな!」
「叛乱軍艦隊、まもなく有効射程内に入ります…叛乱軍艦隊、発砲!」
撃て(ファイエル)
「叛乱軍艦隊の前衛集団、逆撃隊形を取りつつあります」
ほう…こちらが突撃とみて陣形を変えて来たか…確か第十一艦隊だったな。後方のもう一つの艦隊は戦闘に参加しないのか…何時でも飛び出せる様に待機という事か?やる気はある、だが無理はしない…兵力誘引の為か…という事は我々が居続ける限り、奴等も退く事は出来ないという訳だな。まあ当たり前の話ではあるが…。
「参謀長、本気で突撃する事はない。さも突撃する様に艦隊を動かし叛乱軍の疲弊を誘うのだ」
「了解致しました…前衛の部隊は二時間毎に交替し叛乱軍への攻撃を続行せよ、無秩序な前進は避けよ!」


14:50
自由惑星同盟軍、第十一艦隊旗艦ストリボーグ、
アイザック・ピアーズ

 「司令官、敵の前衛部隊が再び交替しつつあります」
「あからさまに逆撃態勢を取ったのが不味かったな。これじゃ迂闊に陣形を変えられない」
「敵前衛の交替の時期を見計らって我々も前衛を交替させてはどうでしょうか」
「そんな事をしてみろ、帝国軍が待ってましたとばかりに突っ込んで来るぞ」
「それでは前衛の消耗が…」
「これは我慢比べだ…相手が先に動いた、我々はそれを迎撃しようとしたがそれを逆手に取られた。敵は我々が焦れて動き出すのを待っているのさ…最後まで付き合うしかない。そのうち敵も再編成するだろうから、その時に我々も再編成しよう」
とは言うものの、長丁場になりそうだ…。


16:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルク星系、銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 敵は足止めされた後も漫然と戦っている。損害も馬鹿にならない筈だが…。
「このままではケンプ分艦隊が保たないと思われますが…ケンプ分艦隊の損害は三割を超えております」
「そうだな。だがその程度の損失で済んでいるとは、流石はケンプと言わねばならんな」
「はい。以前は撃墜王として名を馳せた方です」
「ああ。あの図体でよく戦闘艇(スパルタニアン)の操縦席に収まるものだと不思議に思っていたが、どうやら撃墜王の二つ名は本物の様だ」
ケンプ分艦隊だけではなく、バイエルライン達の分艦隊も少なくない損失が出ている。そろそろ戦線を縮小せねばならんか…。

 「叛乱軍二個艦隊の後方に新たな敵集団です…一個艦隊規模、およそ八百光秒」
オペレータの報告と共に、概略図に新たな敵を示すシンボルが表示される。
「前面の二個艦隊が後退しつつあります。おそらく再編成を行うのでは」
「その様だな…本隊はこれより最大戦速で突撃する。敵の前衛の艦隊に一撃を加えてケンプ分艦隊とバイエルライン達の後退の援護を行う。ケンプ達に本隊の突撃後、機を見て後退するように伝えろ」
「了解致しました…本隊、斉射しつつ突撃せよ!」



7月21日09:00
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「第七、第八艦隊はそれぞれ二割近い損失を出しているそうだ。敵のミッターマイヤー艦隊は後退、おそらく戦闘開始前の七割程度の兵力規模になっていると推察される…との報告がああった」
そう報告するラップの顔は渋かった。味方の艦隊の戦い方が気に食わないのに違いない。それにしても敵のミッターマイヤーという司令官の用兵は見事という他なかった。此方が本気ではないとはいえ、二個艦隊を一個艦隊で足止めして、敵に増援…我々の事だが、増援があると知るや戦闘を切り上げて後退した。
「足止めの遅滞戦闘といい、本隊による撤退の援護戦闘といい、鮮やかなもんだね。神速にして理に叶うか…なるほどなるほど」
「感心している場合じゃないと思うがね」
「そうかい?あんな手際のいい指揮官が味方に居たらと思ってね」
「…味方が不甲斐ないと?」
余程腹を立てているな、ラップは…奴の立場では仕方ないのかも知れない、何故ならラップはこの艦隊の参謀長であると同時に方面軍司令部の参謀長でもあるからだ。艦隊参謀長だけでも大変なのに、方面軍隷下の艦隊の面倒も見なくてはならない…想像しただけで辞めたくなりそうだ。

 「不甲斐ない?そんな事はないさ。マリネスク提督とアップルトン提督には無理をするなと言ってある」
ユリアンとグリーンヒル大尉が皆にコーヒーを注いでまわっている。まったく…。
「無理をするなというのは分かりますが…」
司令部の皆もラップと似た様な心境なのだろう。味方が不甲斐ないと感じている様だ。
「いや、あれでいいんだ。これではっきりしたよ」
不可解なのは敵の意図と戦力構成だった。辺境守備のミューゼル軍、ヴィーレンシュタインの帝国艦隊…目的は何なのか、両者は同一の存在なのか。同一であれば目的は単純明快だった。アムリッツァ宙域とイゼルローン要塞の奪回、またはアムリッツアに駐留する我々の殲滅だ。我々同盟軍がそうした様に、一気呵成に大兵力を用いて作戦目的を果たす…その場合、アムリッツアの我々には対処できる時間余裕がない。どう考えてもハイネセンからの増援は間に合わないからだ。私が帝国軍の指揮官なら…私でなくとも迷わずそうするだろう。だが、現実に戦っているのはミューゼル軍麾下の艦隊だけだ。ボーデンでも戦闘が始まっているが、状況は似た様なものだ。となるとヴィーレンシュタインの大規模な帝国艦隊は、別の目的があってそこに終結していると考えざるを得ない。

 「…という訳だ。おそらく敵の増援はミューゼル軍の本隊だけだろう。パトリチェフ少佐の考えが正しかった様だ」
私がそう言うと、大佐は大きな体を縮めて恐縮した。
「考えという程のものではありません。そういう可能性もあるだろうと思っただけでして」
恐縮しても全然小さくなっていない少佐の姿に皆が微笑む中、ムライ中佐が咳をして質問してきた。
「閣下のお考えは分かりました。では今後の方針はどの様になさるおつもりですか」
皆の視線が一斉に私に注がれる…私にやれるだろうか。
「うーん…帝国軍次第だね。とりあえずミッターマイヤー艦隊の撃破にとりかかるとしようか…参謀長、各艦隊に連絡…敵の増援に留意しつつ再編成を行え。第一艦隊前進後、第七艦隊は右翼、第八艦隊は左翼につけ」
「了解しました」
「ムライ中佐、フィッシャー提督に連絡。梯形陣に再編しつつ前進」
「了解致しました」
さて…噂のミッターマイヤー提督か。ウィンチェスターが神速と評するくらいだ、無理は禁物、無理は禁物…。



10:00
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「叛乱軍第七、第八艦隊後退、その後方より新たな叛乱軍艦隊現れます……敵旗艦照合…戦艦ヒューベリオン、叛乱軍第一艦隊の模様」
戦艦ヒューベリオン…ヤン・ウェンリーの艦隊か…。
「各分艦隊は本隊に合流せよ。合流後は横陣で対処する、急げ!」
「閣下、副司令長官はかのウィンチェスターだけではなくヤン・ウェンリーをも高く評価していると聞いております。注意が必要かと」
「ドロイゼン、その二人に係わらず注意の必要の無い敵などいないぞ。まあ卿の進言通り、特に注意する事としよう…ディッケル参謀長、副司令長官の援軍到着まであと如何ほどだ?俺の予想では後五時間といったところだが」
「はい、閣下の予測通りあと五時間程で到着します。規模は三個艦隊、副司令長官麾下の全軍です」
予想はしていたが、有志連合軍の助力は得られなかった様だな…こちらに麾下の全軍を振り向けるという事は、短期間の内にアムリッツァから出てきた叛乱軍主力を叩こうという腹づもりだろう。その分ロイエンタールには負担がかかるか…。
「ボーデンには叛乱軍二個艦隊が居るのだったな」
「はい。敵の艦隊数を見ますと、アムリッツァには一個艦隊を残しているのではないかと」
「さもあろう…叛乱軍も流石にハーンからの線は捨て切れまい」
両軍共に今まで無視していたハーン宙域からの航路が、今では帝国に有利に働いている。辺境への主要航路からは外れているハーン回りの航路から先年帝国軍が進攻した結果、叛乱軍はアムリッツァに肉薄され一個艦隊壊滅という手痛い損害を出した。その結果、叛乱軍はアムリッツァを空にする事は出来なくなった。無論我々もハーンからアムリッツアを伺う事は難しくなったが、それはボーデン、フォルゲンに向かう叛乱軍兵力が減少する事を意味していた。
「戦わずともよいのだ。有志連合軍さえ動けば千載一遇の好機だったのだがな。奴等は違う銀河で戦っているのか」
「閣下…」
「卿の言いたい事は分かる、誹謗と取られてはと言うのだろう。分かっているよ」


14:30
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「どうもしぶといね、敵さんは」
「ああ。後退のタイミングが巧妙で、こちらの右翼に迂回する隙を見せない。右翼による迂回は諦めた方がいいんじゃないか?現状のままでも充分に損害を与える事は可能だし、敵は既に七千隻程度までに減少しているぞ」
ラップの進言は尤もな物だった。無理をせずともこのまま損害を敵に強いる事は可能だ。だが願わくば撤退を決定づける一撃を帝国軍に与えたいとも思う…優勢に戦えているからだろうか、そういう欲が出てしまうのだ。敵がこれ程頑強に戦えているのは、援軍の来援時期が近いからだろう。おそらくミューゼル大将の率いる全軍が現れるに違いない…そうなると眼前の敵は予備という形で援軍の後方に下がるだろう。これ程しぶとく戦う艦隊が七千隻という兵力を擁したまま後方に下がる…あまり考えたくない未来図だ。そういう意味からもなるべく一撃で継戦不可能な損害を与えたいが…。
「そうだね。右翼に連絡、迂回は中止、当方の前進を現在位置で援護させてくれ。この後、敵が後退するようなら我々も一旦後退する…艦長、艦をもう少し前進させてくれ」
ラップと艦長が共に了解の意思表示をする…無理は禁物、まだ敵本隊が残っているのだから…。


15:00
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
アントン・フェルナー
 
 スクリーンに写し出されている概略図はミッターマイヤー中将の能力の高さをを如実に表していた。劣勢ではあるものの、敵に包囲される事態を巧みに回避し、粘り強く戦っている。
「流石だなミッターマイヤーは。奴にあと五千隻程の兵力があれば、叛乱軍もああも優勢には戦えまい…ミッターマイヤーに連絡…ご苦労だった、後方に下がり再編成し予備として別命あるまで待機せよ」
トゥルナイゼン中佐がミューゼル提督の命令を復唱する中、スクリーンの端に映像通信の画像が浮かび上がる。
「二人共、聞いての通りだ。ミッターマイヤー艦隊の後退を援護する。このまま横並びで二時方向に変針、ミッターマイヤー艦隊を迂回して敵左翼を圧迫する」
直立不動のケスラー提督とメックリンガー提督の映像は、両者の敬礼と共に消えた。司令部指揮所の隅から、命令を発し終えたトゥルナイゼン中佐とフェルデベルト中佐の囁き合う声が聞こえてくる。敵右翼がミッターマイヤー艦隊を痛撃するのではないか…どうやら俺の脇に立つキルヒアイス参謀長にも聞こえたのだろう、二人は早々に参謀長に小声で注意されていた…卿等は参謀です、司令官の意図に疑問がある時は臆せずに質問するように…。
「何かあったのか、参謀長」
「いえ、何もありません」
「フン…二人の言う様にミッターマイヤー艦隊の撃破に固執するような敵共なら、我々も楽なのだがな」
「聞こえておられましたか…敵の右翼がミッターマイヤー艦隊に追い付く頃には敵本隊と左翼は我々に半包囲されているでしょう。特に敵左翼は我々三個艦隊からの初撃を受けます。耐えきれるかどうか」
「となると敵右翼は追撃を中止して引き返さざるを得ないな」
「そうなるとミッターマイヤー艦隊は反転し敵右翼を追うでしょう。結果、敵右翼は本隊と左翼の助勢には向かえません」
「そうなってくれないかな」
「それは叛乱軍にお聞き下さい」
確かに二人の言う通りだ。それにしても、叛乱軍に聞けという参謀長の言葉には笑うしかない。これが普通の司令官と参謀長という関係だったら、参謀長は任務放棄として軍法会議ものだろう。傍目には、キルヒアイス参謀長はミューゼル提督の家臣だが、二人の関係性はそれを大きく超えている。無論、性的な意味ではない。一心同体…表と裏、光と影…。
「叛乱軍、陣形を変えつつあります」
概略図上の叛乱軍艦隊を示す三つのシンボルが、微妙に向きを変えていた。敵中央と左翼は我々への迎撃体制をとりつつある一方、右翼は艦隊を二つに分けようとしていた。
「…ほう」
ミューゼル提督は叛乱軍の動きを興味有り気に見つめていた。いくらか上気した顔には笑みさえ溢れている。
「キルヒアイス、このまま前進だ。敵が射程に入り次第攻撃開始せよ」
提督の言葉に参謀長が短く頷く。戦闘開始まであと十分程だろう…提督の率いる複数の艦隊が正面から叛乱軍と戦闘を行うのは、今回が初めてだ。一個艦隊の司令官としては近年稀にみる優秀さだ、だが軍司令官としてはどうか?キルヒアイス参謀長の言う様に、生涯を捧げてよい程の人物なのか?帝国に漂う閉塞感を吹き飛ばしてくれる程の男なのか?俺の胸に沸き起こる衝動を理解してくれるのだろうか…?



15:20
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ジャン・ロベール・ラップ

 ”なるほど、敵後方に回り込む様に見せかけるのですな“

「はい、後方に下がったミッターマイヤー艦隊…あの艦隊を自由にさせたくないのです。艦隊を二分して貰ったのはその為です」

”攻撃開始後に分けるより手間がかかりませんからな…敵本隊の後方を突こうとする我々を叩く為に反転して戻って来るミッターマイヤー艦隊を、敵本隊に敢えて合流させるという訳ですか。面白い“

「ミッターマイヤー艦隊の動きによっては苦労をおかけすると思いますが…」

“なあに、ミッターマイヤー艦隊は既に七千隻程まで減少しております。さほど苦労するという事はないでしょう…では、移動開始のタイミングだけお願いいたしますぞ”

「ご武運を。では」
そう言って通信を切ったヤンは、再び概略図に切り替わったスクリーンを渋い顔で見つめていた。右翼の第七艦隊、マリネスク提督は戦況を楽観視している、それが気に喰わないのだろう。我々に采配を預ければそれは気楽でいられるだろうが…。
「参謀長、左翼に伝達、敵右翼をもっと押し込む様にと」
「了解…三個艦隊相手はきついな。兵力にそれ程差がないから何とかなってはいるが」
ヤンの命令を下達するのはいつの間にかムライ中佐やパトリチェフ少佐の役目になっていた。俺にはヤンの女房役に徹しろという事だろう。出来る部下を持つと楽なものだ。俺が下達するより厳格を絵に書いた様な中佐がそれをやった方が艦橋の雰囲気も引き締まる気がしてくる。
「敵が現状を維持してくれる様なら、計画通り右翼を前進させようと思うんだが…」
「何だ、自信がなさそうだな」
俺がそう指摘するとヤンはベレー帽を取って頭を掻いた。
「ミッターマイヤー艦隊が素直に敵本隊の援護に向かうか分からない。逆に此方の右翼を牽制しようとするんじゃないかと…そうなると我々はジリ貧だ、このまま消耗戦を続ける事になる」
「ミッターマイヤー艦隊の七千隻という数は無視出来ないからな」
「その状況で右翼の半数をミッターマイヤー艦隊に転進させても意味がない。難しいよ」
そう言いながらヤンはコンソールを操作し出した。二つの小さな立体映像が映し出される。帝国軍の司令官の姿だった。
「これは…」
「ウルリッヒ・ケスラー中将、エルネスト・メックリンガー中将…敵のミューゼル大将の両翼を固める二人だ。難敵だよ」
映像を見るヤンの表情は固い。おそらくこれもウィンチェスターからの情報なのだろう。戦略的視点に優れ、戦術能力も高い良将…なんだって帝国軍はこんな奴等ばかり揃って居やがるんだ…。
「生半可では崩れないだろうね」
ヤンは再び頭を掻いた。


15:50
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

「やはりヤン・ウェンリーはしぶといな」
我々と対峙しているのはヤン・ウェンリーの率いる二個艦隊…敵右翼方向にもう一個艦隊存在するが、我々に対する攻撃の度合はそれ程でもない。敵本隊から少し離れた場所で我々と向き合っている。ミッターマイヤー艦隊への警戒だろうか、それとも…。
「二個艦隊とはいえ、合計では我々三個艦隊とそれ程兵力に差はありません。それがヤン・ウェンリーに有利に働いているのだと思います。ただ…」
「敵の左翼の動きが鈍い、か?」
「はい」
「ふむ…ケスラー艦隊に命令だ。前進して敵の左翼を突き崩せ」
「了解致しました」
「ミッターマイヤー艦隊へ伝達。一度下がったとて遠慮は要らぬ、卿の分の獲物はきちんと取ってある、と」
一礼してキルヒアイスが俺の側を離れて行く。これでヤン・ウェンリーの思惑がはっきりするだろう。


 
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