魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第7章】アウグスタ王国の王都ティレニア。
【第3節】カナタとツバサ、潜入捜査開始。
さて、ザフィーラは一計を案じて、まずは王都の「南南東の側にある森」の奥の「開けた空間」へと、カナタやツバサとともに転送で降り立ちました。
王都ティレニアの外壁には八方に一つずつ市門がありましたが、はやてたちは南西側の門から入って、すぐに騒ぎになってしまったそうなので、ザフィーラはあえて一つズラして南側の門から入ることにしたのです。
そこから見て南東の側には「例の貯水池」が広がっていましたが、幸いにも、今は穏やかな西風が吹いており、三人はその臭いを嗅がずに済みました。
【あるいは、二つの貯水池(実際には、下水処理施設)が、王都の「南南東」と「北北西」を選んで設けられたのも、普段の風向きを考慮した上でのことだったのかも知れません。】
三人は、食材などを満載した荷馬車の列をひとつやり過ごしてから森を抜け、その列の背後に身を隠すようにして街道に入り込みました。そのまま市門まで2キロメートルたらずの道程を普通に歩いて行きます。
途中、ザフィーラは「小隊長代行」となったヴィータに念話で連絡を入れ、第一分隊の代わりに自分たち第九分隊が任務に加わったことを伝えました。形式的には、ザフィーラがヴィータの指揮下に入った形となります。
そうして、11時半頃、カナタとツバサはついに王都の市門をくぐったのでした。
さて、王都ティレニアの「王宮区を中心とする同心円状の大通り」は、みなそれぞれに丸くつながっていましたが、「王宮区と外壁を結ぶ放射線上に位置する大通り」は、すべて短く寸断されていました。
(以下、前者を「環状道」と、後者を「上下道」と呼称します。)
上下道はどれも「隣り合った二本の環状道」をアミダ籤の横棒のように短く結び付けているだけで、中心にある王宮区の側から見ると、上下道同士は一段ごとに、方向が必ず大きくズレていました。結果として、この都の大通り同士の交差点はすべてT字路になっており、アミダ籤と同様に、十字路はひとつもありません。
どうやら、軍事的な観点から、『もし敵が門を破って都の中にまで侵入して来たとしても、決して王宮区まで直線的に攻め込んで来ることはできない』という造りになっているようです。
(と言っても、実際には、この都が造営されて以来、外部から「何らかの敵」がこの都にまでやって来たことなど、歴史上、一度も無いのですが。)
もちろん、「大通り」以外にも、幅広い「街路」や狭い「路地」はたくさんあるのですが、見たところ、それらの街路や路地はみな有事には大通りに面した「門扉」を閉ざすことができる構造になっていました。
なお、ここで言う「大通り」とは、中央には馬車用の車道が、その両脇には歩行者用の歩道が設置された、合わせて幅が16メートル余もある石畳の道路のことです。
(おそらくは、「およそ16.2メートル」を基本単位とする「古代ベルカ式の単位系」が、今もそのまま使われているのでしょう。)
車道の部分だけでも、その幅は10メートルもあり、「片側2車線」が可能な幅となっていました。しかし、実際には、周囲の石畳とはやや色調の異なる「中央分離帯」が大変に幅広く設定されており、その分離帯に踏み込んでしまう「内側の車線」は、あくまでも「非常用の追い越し車線」という扱いのようです。
ちなみに、上下道の長さ(つまり、環状道から次の環状道までの距離)は、どれもおおよそ200メートルほどでした。環状道は、王都全体では11本もあるようです。
ザフィーラとカナタとツバサが巨大な市門をくぐって見ると、正面には大きな「広場」が拡がっていました。
外壁のすぐ内側は直ちに「11番目の環状道」となっており、その環状道の幅を除いても、広場の奥行きはほとんど65メートルもあります。
また、広場の東側にも西側にも「上下道」が走っていましたが、その幅を除いても、広場の幅はその奥行きの二倍ほどありました。相当に広々とした空間であり、この区域における商業や文化の中心地となっている場所です。
遠方の村々から今朝一番の収穫物をはるばる運んで来た荷馬車の群れ。その積み荷を買い付けに来た小売りの商人たち。何やら警邏中の魔導師たち。あれこれ話しながら散策する都市住民たち。
そういったさまざまな人々が行き交う広場を抜けて、三人はまず西側の上下道に入りました。「基本」は右側通行のようなので、取りあえず東側の歩道を王宮区に向かって北へと進んで行きます。
しかし……どうやら、この王都における「大通り」というのは、本当にただ『通行するため』だけの空間のようで……このままでは、現地の住民と接触することもなかなか難しそうな感じでした。しかも、三~四人組で警邏中の魔導師たちの姿を、やたらとよく見かけます。
そこで、三人は一旦、右折して人気の無い路地に入り、そこを抜けて、ものの試しに「上下道」に並行して南北に走る「歩行者専用の街路」に入ってみました。
北に向かう石畳の道は、感覚的には「平坦」とほとんど区別がつかないほどの、ごくごく緩やかな上り坂になっています。本来の道幅は8メートルあまりもあるようですが、今は両側にずらりと屋台が並んでいるため、実際に人間が通行できる幅はその半分ほどになっており、時間的にもそろそろ混雑し始めていました。
カナタ(役になりきって)「叔父さん。ボク、もうお腹が空いたよー」
ザフィーラ「そうだな。そろそろ正午か」
屋台のおばちゃん「ちょいと! そこ行くガタイの良いお兄さん!」
ザフィーラ(……オレのことか?)
屋台のおばちゃん「どうだい? 今なら、焼きたてがあるよ」
そこで売られているのは、竹の串に肉や野菜を刺して焼いた料理でした。形式は日本の「やきとり」ともよく似た感じですが、サイズはむしろ「バーベキュー用の大串」に近く、普通ならば一本か二本で軽食の代わりになる、というサイズです。
屋台の奥では、店のオヤジが具材を串に刺しては、その串の尖った先端部を専用の道具で切り落としていました。
ザフィーラ「そうだな。じゃあ……四本、もらおうか」
おばちゃん「あいよ。(何かのタレを塗りながら)ところで、お兄さん。都は初めてかい?」
ザフィーラ「解るのか?」
おばちゃん「まあ、そんなにも周囲をきょろきょろと見回しながら歩いていればねえ。(笑顔)ほら、できたよ。持てるかい?」
ザフィーラ「おい。しばらく、二人でオレの分も持っていてくれ」
双子「「は~い」」
(と、二人で両手に一本ずつ受け取る。)
ザフィーラ「代金は……これで足りるか?」
(と、銀貨を一枚、支払う。)
おばちゃん「もちろんさね。いくら都でも、そこまで物価は高くないよ」
ザフィーラ「そうなのか?」
おばちゃん「まあ、家賃や地代は確かに少し高いけどね。普通の食べ物とかは、地方の都市と比べても、それほどは変わらないよ」
(と、お釣りの小銭を手渡す。)
ザフィーラ「そうか。……しかし、地代が高いのでは、屋台の商売も大変だな」
おばちゃん「まあ、ねえ。でも、今時、楽な商売なんて何処にも無いから。(苦笑)」
ザフィーラ「うむ、確かにな。……ところで、今日は魔導師をやけにたくさん見かけるんだが、都では、いつもこんな感じなのか?」
おばちゃん(首を横に振って)「いやあ。まあ、昨年の『あの事件』以来、ぼちぼちと増えてはいたけどね」
ザフィーラ「あの事件?」
おばちゃん(少し声をひそめて)「ほ・ら! グ・ロ・リ・ア・様・の!」
あからさまに「知っていて当然」という口調です。下手に訊き返すとかえって怪しまれそうなので、ザフィーラは咄嗟に『ああ!』と軽くうなずいて見せました。
おばちゃん「でも、今みたいになったのは、せいぜいここ二か月ほどのことさ。何でも、どこか別の国から来た魔導師たちが、この都のことをあれやこれや調べて回ってるって話だよ」
ザフィーラ「それは……何だか、少し気味の悪い話だな」
おばちゃん「全くだよ。何度かこの国の魔道師との乱闘騒ぎもあったって言うし。……まあ、今のところは、まだこれといって特に被害も出ちゃいないらしいんだけどさ。貴族様たちも、早く何とかしてくれないものかねえ」
そこで、また別の客が来たので、三人は足早にその屋台を後にしました。ザフィーラは、カナタとツバサから一本ずつ自分の串を受け取ります。
ツバサ《どこかに座って食べられる場所があればいいんですが……。》
カナタ《でも、現地の人たちは、みんな、普通に歩きながら食べてるみたいだよ?》
ザフィーラ《あまり行儀の良いことではないが……。まあ、郷に入っては郷に従え、か。》
三人は仕方なく、歩きながら食べ始めました。食べながらなので、声には出さず、また念話で話を続けます。
ツバサ《取りあえず解ったのは……第一次調査隊の来訪は人々の間で噂になっているが、まだ「別の世界からやって来た」とはバレていない……というコトでしょうか?》
ザフィーラ《うむ。アインハルトを捕らえている以上、王宮の連中はもう真相に気づいているはずだが、一般民衆にはまだ伏せているのだろう。》
カナタ《そりゃ、知識階級だったら気づきもするよネ。兄様は衣服だって、この世界のものじゃないんだし……。それに、左右で色違いの瞳なんて、多分、ローゼンにも滅多にいないんじゃないのかな?》
ツバサ《ミッドでも「お話」としてはよく出て来るネタですが、私たちも現実には、姉様と兄様の他には、一人も見たことがありませんからねえ。》
ツバサ《……ああ。それから、ザフィーラさん。グロリア様、というのは一体誰でしょう?》
ザフィーラ《解らん。だが、どうやら、誰もが当然に知っているはずの人物のようで、こちらが知らないとバレると、ただそれだけで不審に思われそうだったからな。あの状況では、オレも下手に訊き返すことはできなかった。》
ツバサ《現地の「常識」が解らない、というのは、意外と大変なことなんですねえ。》
ザフィーラ《どの世界でも、常識をあえて言葉に出す者は、滅多にいないからな。》
カナタ《それを思うと、去年のボクらの潜入捜査って、まだ楽な方だったんだなあ。》
ツバサ《あの時は、突き詰めれば、人間関係をたどって犯人を特定するだけの「作業」でしたからね。それに、最後は暴力的に解決しても構わなかった訳ですし。》
カナタ《自分で言うのも何だけど、ボクらの覇王流も結構「サマ」になってたよネ。》
ザフィーラ(笑って)《そうなのか? ツバサ。》
ツバサ《はい。カナタが勢いに任せて首謀者の肋骨までへし折ってしまったのは、ちょっと「始末書もの」でしたけど。(苦笑)》
ひとしきり笑ってから、ザフィーラは不意にこんなことを語り始めました。
《ここは、基本的には豊かで平和な世界だな。この串を見ただけでも、それが解る。》
《……どういうことですか?》
《先端部を切り落しているので、このままでは、もう串として再利用することは難しい。もちろん、衛生の観点からすれば、使い捨てはむしろ望ましいことだが、本当に貧しい世界では、それすらできないだろう。》
《じゃあ、衛生のために、わざわざ一手間かけて先端部を?》
《うむ。もう一つには、安全のためだろうな。串の先端部が尖ったままなら、そこに毒を塗り、こう持って背後から首筋の急所にブッ刺すだけで、普通の人間など簡単に殺すことができる。》
《怖いヨ! それ、発想が怖すぎるんだけど!》
《昔は、よくある殺し方のひとつだったんだぞ。》
《ええ……。》
カナタはここで、念話の相手をツバサだけに切り替えました。
《ねえ、ツバサ。ザフィーラさんの言う昔って、どれぐらい昔なんだと思う?》
《さあ……。八神家の皆さんは時おり、歴史的な話を、さも自分自身の体験談であるかのように語ってくれますからねえ。》
【もちろん、カナタとツバサはまだ『ザフィーラたちが元々、人間ではない』という事実を知らされてはいませんし、こうした念話がザフィーラには全部、聞こえてしまっていることにも気づいてはいません。】
《まあ、実際には、それ以上に『小児たちが間違って自分の喉に串を突き刺したりすることの無いように』と配慮した上での措置なのだろうが……大人の側に、そのために一手間かけるだけの余裕があるということは、それだけでも基本的には豊かで平和な世界だということさ。》
ザフィーラはそう言って、この話を締めくくりました。
見ると、街路のあちこちにはゴミ箱が置いてあります。三人は歩きながらの軽い食事を終えると、現地の人々がしているのと同じように、備え付けの「細い金属製の筒」に竹串を半ばまで差し込み、それをきちんとへし折ってからゴミ箱に捨てました。
それから、ザフィーラの合図で、カナタとツバサはまた一旦、人気の無い路地に入ります。
ザフィーラ《さて、最終的にはこちらから王宮区へ乗り込むことになるのだとしても、事前にもう少しいろいろと状況を把握しておきたいな。》
ツバサ《もうしばらく情報の収集を続ける、ということですね?》
ザフィーラ《うむ。そこで、考えたんだが、情報をより効率よく集めるために、ここで二手に分かれよう。オレは一人の方が何かとやりやすいし、お前たちも二人でしばらく自由にやってみろ。》
カナタ《いいんですかぁ!?》
(と、あからさまに嬉しそうな表情を浮かべる。)
ザフィーラ《ああ。ただし、いきなり相手のアバラを折ったりはするなよ。》
カナタ《いやいや。ボクだって、そこまで乱暴な人間じゃないですヨ。(笑)》
ザフィーラ《一応は、金も渡しておこう。これ一枚で、さっきのアレが六本ぐらいは買えるはずだが、あまり景気の良い使い方はするなよ。かえって怪しまれるからな。》
ザフィーラはそう言って二人に銀貨を五枚ずつ与え、それから、ツバサにはもう一つのアイテムを与えました。
ザフィーラ《いいか、ツバサ。もし、本当にお前たちの手には負えない状況に陥ったら、迷わずこれを使え。どこにいようと、オレが必ず二分以内には駆けつけてやる。》
ツバサ《解りました。》
カナタ(役に戻って)「じゃあ、叔父さん。ちょっと行って来ま~す」
双子は先程の街路に戻り、そのまま北へと駆けて行きました。
【実は、この頃、ミッドの聖王教会本部では、ヴィヴィオの身にとんでもない異変が起きていたのですが……もちろん、彼等はそれを知る由もありませんでした。この異変については、また第二部でやります。】
一方、ザフィーラはその路地を真っ直に抜けて、一旦、また先程の上下道に出ました。
しかし、そこを上って10番目の環状道に入り、左折して西へと(南西側の門の方へと)どんどん進んで行くと、やがて前方に一台の馬車を遠巻きに取り囲むような人集が見えて来ます。
よくよく見れば、その人集の中心にいるのは第二分隊の三人組でした。
ヴィータ《おう、ザフィーラか。丁度いいところに来た! こいつを何とかしてくれ!》
ザフィーラ《ヴィータか。一体何をやってるんだ?》
ヴィータ《知らねぇよ! はやてが抜けた分まで頑張ろうと動いてたら、いきなり貴族のオッサンに絡まれたんだ。平民が貴族の馬車の前を横切るのは無礼だ、とか何とか抜かしやがって。今はオルドメイが対応してるんだが、こいつじゃ、どうにも押しが弱い。……ったく、暴れちゃいけねぇってのは、ホントに面倒だぜ!》
ザフィーラ(少し考えてから)《いや。いいぞ、ヴィータ。少し暴れろ。》
ヴィータ《はあァ? 何言ってんだ、てめぇ! いい訳ねぇだろ! 後で、はやてに怒られるのはアタシなんだぞ! ……て言うか、お前、双子の御守はどうしたんだよ?》
ザフィーラ《ああ。主はやても先程、『このままではラチが明かないから、少し状況をかき乱した方が良いかも知れない』とは言っていた。それで、オレも今、双子を自由に泳がせているところだ。だから、お前たちも少しだけ暴れてみろ。》
ミカゲ《……ホントに良いのデスか?》
ザフィーラ《ああ。責任はオレが持つ。ただし、まだ変身やユニゾンはするなよ。騒ぎが大きくなりすぎるからな。それから、なるべく負傷者も出さないように気をつけろ。》
ヴィータ《解った! それで良いなら、話は早え!》
「グダグダ言ってんじゃねぇぞ、このチョビヒゲ野郎! 貴族様だか何だか知らねえが、黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」
ヴィータは怒声を上げて素早く間合いを詰めると、馬車の轅を(つまり、馬たちの軛と馬車の車体とをつないでいる長い柄を)いきなり正拳の一撃でへし折りました。
もちろん、それは(馬車を「普通に」運用している限りは)折れるはずの無い頑丈な木材です。馬たちはその衝撃に驚き慌てて、そのまま轅の半分を引きずりながら逃げて行ってしまいました。
そうした光景を間近に見てしまった御者も、ヴィータから睨みつけられると、思わず悲鳴を上げて御者台から飛び降り、馬たちの後を追うようにして逃げて行きます。
「待てぇ! お前、御者の分際で勝手にどこへ行く気だぁ!?」
馬車の窓から身を乗り出して、チョビ髭の「お貴族様」が狼狽も顕に悲鳴じみた声を上げましたが、ミカゲはそれに構わず、オルドメイを押しのけて、両手を馬車の下に差し入れると、まずは馬車の片側だけをぐっと持ち上げました。
もちろん、これも「普通は」人間の力で持ち上げられるような重量では無いはずです。
「中の人! 早く逃げないと、死ぬデスよ!」
「ひっ! ひぃぃぃぃ~~っ!」
チョビ髭の男爵は、今度はあからさまな悲鳴を上げながら、大きく横に傾いた馬車の中から半ば転げ落ちるようにして飛び降り、馬たちと御者の後を追うようにして、その場から逃げて行きました。
あるいは、彼は有名な「嫌われ者」だったのでしょうか。人集の中からは、どっと歓声が上がります。
そこで終わっておけば、まだ良かったのですが……。
ミカゲの問うような視線に、ヴィータがうなずいてみせると、ミカゲは両手でそのまま馬車を丸ごと頭の上に持ち上げました。周囲の群衆は一転して恐怖の声を上げます。
「そちらの人たち! 避けないと本当に死ぬデスよ!」
ミカゲは一言、そう警告を発してから、そのまま馬車を高々とブン投げました。群衆は悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げて行きます。
そして、馬車は石畳の上に落ち、その場にぐしゃりと潰れ果てました。幸い、負傷者は一人も出なかったようです。
ミカゲが『どうデスか?』と言わんばかりの「期待に満ちた笑顔」を向けると、ヴィータは右手の親指を立てて、念話でただ一言、『よし!』と応えました。
ミカゲは自分のロードにほめられて満面の笑みを浮かべましたが、ザフィーラは思わず呆れ顔を浮かべてしまいます。
《おいおい。そこは、『よし!』じゃないだろう。》
《人的被害は出してねぇし、状況も適度にかき乱した。お前の言うとおりにしてやっただけじゃねぇかよ。アタシらはしばらくこの路線で行くから、お前はお前のやり方で勝手にやってくれ。》
よほどストレスが溜まっていたのでしょう。ヴィータはすでに『聞く耳など持ってはいない』という態度でした。
一方、オルドメイは為す術も無く、ただ呆然とその場に立ち尽くしていました。いかにも『困惑と無力感に打ちひしがれている』という表情です。
《すみません、ザフィーラさん。……これから、自分は一体どうすれば良いのでしょうか?》
《うむ。済まんが、お前はもうしばらく、この二人に付き合ってやってくれ。オレはもう少し西の方を回って来る。》
《ええ……。》
元々が真面目な性格の一等陸士は『見捨てないで!』と言わんばかりの視線をザフィーラに向けましたが、それでも、ザフィーラはそれをあっさりと見捨てて、独りその場から離脱して行きました。
さて、喜んで駆け出して行った双子は、その街路を北に抜けて大通り(10番目の環状道)に出ると、ザフィーラとは逆の方向へ進んだ方が良いだろうと考えてそこを右折し、次のT字路を左折してまた上下道を上って行きました。この上下道を南へ真っ直に延長すると、ちょうど先の広場の真ん中を突っ切って、あの市門にぶつかるぐらいの位置関係です。
アインハルト兄様のことを思うと、やはり気が急くのでしょうか。双子は、住民への聞き込みも後回しにして先を急ぎました。
環状道に出たら右折して、次の「王宮区に向かう上下道」に入る。そんなジグザグの動きをもう三回も繰り返すと、いつしか下町の喧騒は遠ざかり、周囲は上層市民が暮らす「閑静な住宅街」となっていました。
7番目の環状道を抜けたところで、双子はようやく走るのを止め、妙に人気の無い歩道をゆっくりと歩き出します。
カナタ「ところで、ツバサ。ザフィーラさんから最後に渡されたのって、何? 発信機?」
ツバサ「それが……(と言って掌を開き、カナタにも「それ」を見せながら)私の目には、どうも犬笛のように見えてしまうんですが……」
カナタ「……いや。それは誰がどう見ても、間違いなく犬笛だヨ。(笑)」
ツバサ「ザフィーラさんが狼の姿に変身できるのは知っていましたが……もしかして、あの人は人間の姿のままでも超音波とか聞こえるんでしょうか?」
カナタ「うわあ……。それ、一体どんな魔法?」
ツバサ「冷静に考えると、八神家の皆さんは本当に謎だらけですよねえ……」
カナタ「そう言えばサ。昔の写真とか見ると、提督とヴィータさん以外はみんな、外見が全く変わってないよネ。あれって、一体どうなってるの?」
ツバサ(無言のまま、肩をすくめて「お手上げ」のポーズ。)
カナタ「ヴィータさんも、小児の姿の写真と大人の姿の写真はあっても、中間の姿の写真が一つも無いし……それに、ミカゲさんやアギトさんやリインさんって、あの体格で、実は、もうオトナなんだよね? 全員、ミッドの出身じゃないとは聞いてるけど、どこかに『小柄な人たちばかりが住んでる管理外世界』とか、あるのかな?」
ツバサ「さあ~、それはどうでしょうか?(否定的な表情)」
カナタ「全員が『レアスキル持ち』だからなのかな。管理局のネットで個人データを調べようとしても、すぐに『閲覧ロック』がかかっちゃって、何ひとつ調べられないんだよね。ホント、提督以外は年齢すら出て来ないって、どういうこと?」
【この「閲覧ロック」に関しては、「SSX」を御参照ください。】
ツバサ「まあ、自由に閲覧できないことに関しては、実は、高町家やナカジマ家もほぼ同様なんですけどね。……そう言えば、私もいつの頃だったか、フェイト母様がリンディお祖母様の実子ではないと知って、改めて『フェイト母様の生まれ』について、なのは母様にお訊きしたことがあるのですが、その時にも『あなたたちがもう少し出世したら、普通に教えてあげられるようになるんだけどねえ』と真顔で返されてしまいましたよ。(苦笑)」
カナタ(がっくりと肩を落として)「たとえ母娘でも、二等陸士じゃ、まだ特秘事項は教えてもらえないのか……」
ツバサ(慰めるような口調で)「二人で、早く出世しましょうね」
【この種の規則の運用も、Vividの頃までは、かなりユルユルでした。(苦笑)
しかし、「エクリプス事件」の後、管理局でも「規則運用の見直し」が進んだ結果、80年代の前半からは、肉親に対してもかなり厳格に適用されることになったようです。】
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