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7.降谷さんの朋友。

 もぐもぐとリンゴを咀嚼する。
 実は大好物です。一番好きなお酒も林檎がフレーバーのものです。林檎フレーバーであればなんでも好きまであります。

 だけど、そんな大好きなリンゴではあっても、更に四対の目がある中降谷さんに食べさせてもらってるとなると、なかなか嫌です。
 でも美味しいのでされるがままです。食欲には抗えません。
 ……食欲。……人間の、欲求……。

 くっ、と誰かが噴き出している。
 松田さんだ。
 
「……よく聞く例えだが、本当に親鳥と雛みてぇだな。よく聞くだけある」
「ふふ、カワイイよね」
「ほかに食べたいものある? 売店あったよね?」
「まだ胃がびっくりするんじゃないか?」
 
 ふふふ。
 雛鳥やってるのは居心地が悪いですが、こうしてわいわいしてる皆さんを直に目に出来るのはしあわせなことです。
 
 まあ、その、しあわせとはいえ居心地悪いのに雛鳥してなきゃいけないのは、その……今両手が使えないんですよハハハ。
 
《 防御 》を使う時は両腕をぴんと横に張ることになる。そういう体勢で自分の周りに球形のバリアを生成する。

 その状態で萩原さんと爆弾との間に立って効果時間いっぱいの5秒立ってたっぽいのはいいんだけど、ダメージカット盛り盛りだったとはいえ姿勢が無防備すぎたみたいだ。
 腕は身体の中でも細い部位だからなのか、骨折箇所が特に多い。とても動かせない。
 
 ……はい。『特に』多いと言っただけあってあちこち骨折しているそうです。爆弾怖いですね。
 それでも命があることにすごく感謝している。欠損もないし、後遺症の恐れもどこにもないみたいだし。
 色々あとが残りそうな傷はあるみたいだけど、そんなの些細なことだ。
 
 ……退院、いつできるのかな。
 
 もぐもぐ。もぐもぐ。
 
 お皿に置いてあった2個を完食しました。ミッションコンプリート。雛鳥を解放してください。
 
 しかし降谷さんは更に青リンゴを持ち出して、「これも食うか?」と言うようにほんの少しだけ首をかしげてみせるのだ。あざといです。誰がつっぱねられましょうか。
 ましてや青リンゴは更なる大好物です。
 ウッ、さては降谷さん確信犯ですね。好物+ハニーフェイスの攻撃力高すぎ。
 
「ありがとうございます」
 
 私はへにゃっと苦笑するしかない。
 ふっと小さく笑うだけで答えて降谷さんは青リンゴをむき始めた。
 
 少しだけ、そのしゃりしゃりという音だけが続く。
 なんだかそわそわして、私は口を開いた。
 多分、本来ならまだ面会謝絶とかなんだろう。それなのに皆さん集まっているのには理由があるはずだ。
 
「……あの、ここは、色々と話しても大丈夫な場所ですか?」
「ああ。警察病院だし、人払いもしてある」
 
 公安な降谷さんや諸伏さんには情報規制を敷くことのできる場所、ってことなのかな。
 
「ええと、どこまで、話したんですか?」
 
 それを知らずにあれこれ話し始めることはできない。
 降谷さんはいったん青リンゴをかごに戻して、かばんから写真を一枚取り出し、オーバーテーブルに置いた。
 
「……わあ」
 
 私は思わず呆けた声を出してしまう。
 周りがズタズタに破壊し尽くされているのに、多少ヒビや血痕があるにしろ、一部が綺麗なままの防火扉の写真。
 綺麗な範囲の境目は、結構綺麗に弧を描いている。
 
 血痕の主が分かった気がします。きっと二人いるんでしょう。
 
「萩原を助けるためにこれをお前がやったんだということだけ。そもそも僕もきちんと知らないしな。説明してくれるんだろう? 汀」

 笑顔が怖いですね?
 
「世間に対して、何が起きたかを押し切るのは大変だったんだぞ?」

 わあすっごいにっこにこだあ。
 怖いんですってそれ……!
 
 諸伏さんのくすくす笑いが聞こえる。
 
「ゼロ、汀さんは昨日目が覚めたばかりなんだから、あんまり怯えさせてやるなよ」
「お前も、爆発音が聞こえた瞬間席を立って注目の的になったんだろう? 叫ばなかったのはさすがだな」
 
 諸伏さんの笑顔が引きつった。う、うわあ、ごめんなさい。
 私的な捜査って処罰があったりするんだろうか。
 
 降谷さんが小さくため息をついて、青リンゴの皮むきを再開している。
 
「……爆弾っていうのはな、爆発して終わりじゃないんだ。救助が遅れていたら、焼死か圧死か窒息か一酸化炭素中毒かだ」
「!」
「ゼロがメチャクチャやって、倒れてる二人を見つけて、下の階まで運んでくれたんだよ」
 
 諸伏さんの苦笑には、さっきより苦々しさが増していた。
 
「め、めちゃくちゃ……?」
「お前よりマシだからな。瓦礫を退けながら進んだだけなんだから」
「……ゼロさんは、非常階段を上ったんですか? そこからあっちの階段の方にいらしたとしたら……爆発は、どれくらい……」
「電気やガスとの連鎖もあってワンフロアほとんど吹き飛んだ。上の階が落ちてこなかったのが不思議なくらいにな」
「っ! ……そんな、中を」
 
 吹き飛ぶ規模がかなり大きいのは原作で知っていた。それでも私は無力化を選ばなかった。
 犯人の暴走が怖かったとはいえ爆発自体をとめなかったせいで、降谷さんまで危険に曝すことになったんだ。
 
「お前にそんな顔をされる筋合いはない。で? お前は一体何をやった? どうせまたあの妙なボールなんだろう?」
 
 怖い怖いにこにこの笑顔で、小皿にうさぎ(青リンゴバージョン)を乗せる降谷さん。
 
 ボール。
 魔土器や魔科学器は球体をしているから、そういう認識になったみたい。
 
「……話して、いいんですね」
「ああ。こいつらも巻き込む。僕の最も信頼する男たちだ」
 
 皆さんがたじたじになったり照れたりしている。
 私は目を伏せてひとつ息をついた。
 お伝えする情報を整理する。
 あんまり突飛なことを言うと、どれだけ柔軟な人でも信じられないだろう。
 
「ゼロさんとヒロさんにぶつけて試してた、防爆効果も期待できるボールを萩原さんにぶつけました」
 
 降谷さんは眉間に皺を寄せ、諸伏さんは小さく苦笑いし、他のかたは首をかしげている。
 
「今はボールそのものを出せないので、どんなものか見せられなくて、ごめんなさい」
 
 お三方には申し訳ないけど、何せ手を動かせないのです。
 
「気にするな、重傷者に無理はさせられない」
 
 伊達さんが男前な微笑みを向けてくれた。頼りがいがありすぎる笑顔……。
 
 デミクローンに関してはほんとに誰にも見えてくれないみたいなので、ウネちゃんに関しては説明を省こう。
 
「そのボールを私自身にも使いました。だけどそれだけじゃ足りる気がしなかったから……」
 
 今の状態で展開できる自信がないけど、きっと見てもらったほうが早いから頑張ろう。
 
「!?」
 
 ふいん、と私の周りを青いバリアが包むと、皆が皆息を飲んだ。ベッドとかは貫通してるように見えますね。でも両断してるわけじゃない。すり抜けているのに防御力を持つファンタジー。
 ただ、体勢がなってないからかうまくいってない感覚がすごくする。実際なんだか色が薄い上に、映像が乱れた時に見られる横方向のブレみたいなものが生じてた。ゲームではこんな状態見たことない。いや、ゲームでは万全な姿勢以外で使用することなんてないのだけれど。
 意地で効果時間いっぱいの5秒は展開し続けて、ぐったりしたのを降谷さんが支えてくれた。
 
「……今のは……?」
 
 そうぎこちなく言ったのは誰だろう。
 説明のために、私はひとつ呼吸を整える。
 
「私が唯一持つ特殊装甲です。期待値はボールの二倍以上です。でも、私にしか効かないので……」
 
 ふう、とまたひとつ息をつく。怒られるのが怖い。
 
「萩原さんに丸まってもらって、私が萩原さんと爆弾の間に立ちました」
 
 皆が皆絶句しているところに情報を付け加える。
 
「でもその写真からすると、壁としてきちんと機能してくれたようですね」
 
 比較的綺麗に残っている範囲はふちが丸いから、きっと《 防御 》の影に入った部分なんだろう。球体の直径は私の身長よりも結構広いから、守れるものは多そうだ。
 もしかしたら、それがなかったら萩原さんはもっと大怪我をしていたかもしれない。恐ろしい……。
 
 降谷さんからぐわっしと頭を捕まれた。
 
「うわぁ!」
 
 傷を巧妙に避けていらっしゃるのはありがたいですけど、ありがたいですけど……!
 
「お前、自分を盾にしたのか……!」
「だ、だって、私は萩原さんの三倍くらい防爆性能があったんです。間に入るのが当然でしょう」
「……普段はもっと維持できるのか?」
「いえ。できても5秒です」
「……爆発の衝撃は5秒以内に収まるものばかりじゃない……!」
 
 ウッ、《 防御 》が解けても《 防御強化 》と《 ストンスキン 》があったから、多少はいけると思ったんです。血痕までできてるあたり思ったより駄目だったってことだけど……実際大怪我ですものね。意識が低かったのは反省しています……。
 
 しかし……萩原さんはこうして他の部屋まで歩いてきてもいい状態みたいでほっとしています。私が間に入るにしてもご本人の耐久はそんなに上げられないのが心配だったのです。
 そこではっとした。
 
「……ッ松田さんだめ!」
 
 松田さんが萩原さんに殴りかかっていた。でも私なんかの声でピタリと止まってくれた。それでも、松田さんは萩原さんをギロリと睨んだままだった。
 
「萩原がきちんと防爆スーツを着ていれば……!」
「違うんです、着てたんです。萩原さんはきちんと着て作業をなさっていたんです」
「……『脱ぎっぱなし』だったろうが」
 
 それは、そうなんだけど。
 
「私は、萩原さんの先輩が、萩原さんは十分以上防護服を着て作業を続けてたって言ってたのを聞きました。作業再開時に再び着込んだら命にかかわったんじゃないかと思います。タイマーがとまったからこそ、フラフラでも防護服無しでも、解体を再開なさったんでしょう? タイマーが動き出すなんて、誰も思ってもみなかったから」
「……」
 
 松田さんは苦虫をかみつぶしたような表情で瞑目した後、身を縮めて沈んだ顔をしている萩原さんをじっと見つめた。
 
「……おいハギ、お前の解体状況、最初から全部話せ」
「……う、うん。分かった……」

----------------------------------- case : Hagiwara


 開いた時にはまだ、楽しみでさえあったんだ。今から思えば青臭い向こう見ず。経験不足による自信過剰。
 訓練用に用意されたものではない爆弾がどれだけ恐ろしい物なのか、きっと俺は、本当の意味では理解できてなかったんだろう。
 トラップに次ぐトラップ、それらひとつひとつを夢中になって解いていたらあっという間に五分以上過ぎていて、先輩にたしなめられてからようやく息苦しいのに気づいた。
 
「ヘルメット取るぞ。少し休め。ここで無理したら最後まで解体を続けられない」
 
 とても大掛かりな装備だから、ヘルメットだけ取るのにも時間と手間がかかる。
 
「面目ありません。……陣平ちゃんなら三分もありゃ充分って言ったのかなあ」
 
 スポドリ飲みながらへへっと笑う俺に先輩は渋面になった。
 
「あいつだってこれには手を焼くだろう。トラップの数が尋常じゃない。……俺にだって分かる」
 
 この先輩は爆発物処理班じゃないにしろ、今までいろんな現場をこなしてきた歴戦の機動隊員みたいだから、知識はかなり豊富なんだろうな。
 
「ふふ、すみません、弱音吐いてる場合じゃないですね。……充分です、ヘルメットお願いします」
 
 ペットボトルを他の仲間に預けて、俺はふうっとひとつ深呼吸をした。
 タイマーは残り7分を切っている。ヘルメットを着けるにもちょっと時間がかかるんだから、急がないと。
 
 作業再開。
 どれだけ罠をかいくぐっても、罠、罠、罠。
 
 ……クッソ……!
 
 焦ってはいけない。トラップを見破れなくなる。慎重に、慎重に。
 深く息をついても曇ることのない科学の結晶のヘルメットが、今は普段よりも重く感じた。
 
 そして。
 
「────ッ」
 
 ドッドッドッドッ
 
 こんなに自分の心臓の音がうるさいなんて、知らなかった。
 タイマーは、残り6秒。
 死ぬと、思った。
 
 周りの皆が大急ぎで防護服を脱がせにかかっているのが分かる。
 
 逃げることを許されなかったマンションの住民たち。
 こんなギリギリまで、逃げずに残ってくれた仲間。
 自分だけじゃなく。
 こんな皆も。
 死ぬと、思った。
 
 怖かった。
 
 犯人が要求を飲んでくれたことで、住民に避難の呼びかけが始まっている。
 
(……クッソ……!)
 
 解体、できないなんて。
 足りなかった。俺は、足りなかった!
 もっと、もっと、もっと!
 情報収集も訓練も、もっと、必死にやってやる……!
 
 ヘルメットも防護服も完全に解いてもらって、俺はへたり込んだ。
 
「……あぶな……かった……!」
 
 残り6秒。ギリギリすぎる。
 ギリギリとはいえ止まってくれたんだ。今のうちにさっさと……!
 しかし作業を続けようとした俺はとめられて、無理もなくて。
 
 住民全員の避難が完了したことで心配事がまた一つ減ったけど、ヘトヘトすぎてもう防護服は着れる気がしなくて、タイマーがとまっているからか皆もそれを何も言わずに許してくれて。
 
 時間に余裕ができたからか、はたまた、新人の俺たちに任せ切りなのが申し訳ないとかでそれによる奮起なのか、説明してくれと請われたから、説明しながら解体を進めていると陣平ちゃんから電話がかかってきて。
 
 そして。
 
 ……そして。
 
「……受け身を!」
 
 この場にそぐわぬ鈴のような声がしたのと、突き飛ばされたのと、爆発したのは、本当に一瞬のうちの出来事だった。

----------------------------------- case : Reincarnator

 雰囲気が重い。
 間にヘルメットの着脱を挟んでいたにしろ、彼は本当にものすごい時間防護服を着続けていたんだ。
 
「……電話にあっさり出やがったから……解体終わってねぇのに着てねぇな何でだこいつありえねぇとキレたが」
 
 松田さんがそう言って大きな大きな大きな溜め息をついた。
 そして顔を片手で覆って座り込む。
 
「まさか着てた時間のほうがありえねぇとはな……何やってんだお前、やっぱ死にたがりじゃねぇか……!」
「残り1分ちょっととかさすがに防護服脱がないだろ!」
「うるせぇ!」
「あいたっ! すねはナシだろ!」
「静かにしろ、お前ら」
 
 伊達さんが二人の背中をばしっとはたいていた。
 萩原さんがまたあいたっと言ってうずくまった。立ってられてない程のこっちのほうが実は痛いのかな……?
 
「だから、また着たら萩原さん倒れちゃいそうじゃないですか。全部タイマーが動き出したのが悪いんです」
「……」
 
 セオリーを考えれば防護服ナシでの解体は有り得ないのだろう。
 そこは怒るべきところではあるんだろうけれど、今回は状況が状況ってヤツで。
 でも、それが分かっていても、どこで感情を発散させていいのかきっと皆分からない。
 
「ここは、『心配かけやがったの刑』とかでご飯を奢らせてチャラにするのはいかがでしょう」
 
 ここに居る中で一番モヤシな私がそういう発言をしたらきっと抗議する気が失せるんじゃないでしょうか!
 ふっと吹き出したのは誰が最初だっただろうか。
 
「仕方ねえなぁ……」
「何食おうかな」
「どっかに高級な酒出すとこある?」
「ビールでよくない?」
「ビールも飲む」
「もちろんだな」
「お前らの胃袋もウワバミ具合も良く知ってるから怖すぎるよ……」
 
 ふふっと笑う。
 本当、いいなあこのかたがた。
 
「汀ちゃんの好きな食べ物は?」
 
 うん? 私?
 
「リンゴとお酒です」
「……」
 
 何故か皆の視線が降谷さんに向かう。
 めずらしく降谷さんがたじたじしていて面白い。
 
「……だからリンゴだったのか……」
「餌付け……」
 
 何で皆さん変に目を逸らすのでしょうか。
 
「ええと、ええと、さすがに私はこの状態でどこかにご飯を食べに行くのは無理ですので、計算に入れないでくださいね」
「言い出しっぺが無理たぁなァ……」
 
 松田さんが何故かげんなりした視線をくれます。悲しいです。
 
「と、ともかく、です!」
 
 なんだか微妙? な雰囲気にそわそわして、私は話を変える。
 
「ゼロさんは本当に、何で皆さんをこんなに集めちゃったんですか?」
 
 それに関してはまだ、きちんと具体的なことを言ってもらってない。だから聞かなきゃいけないのは本当。
 
「お前ら、汀が普通じゃないことをするのは分かっただろう?」
「……あぁ……」
 
 普通じゃないこと。《 防御 》を使って、実際に見てもらったのはきっと話をはやくしてくれる。
 
「それ以上に、無茶ばっかりする奴なことも、分かっただろう?」
「オゥよ」
「うん、メチャクチャ分かった」
 
 松田さんが即答し、萩原さんが神妙に頷き、諸伏さんは渋面ぎみに苦笑し、伊達さんは苦笑いしていた。
 なんでそこは勢いがいいんですか!
 
「汀は重大な危険に対抗する手段を持ってはいるが、その使い方に自信がなく、しかも世の危険を知らない。だから、お前たちの知識と経験を借りたい」
「使い方に自信がない?」
「ものを知らないから、分からないまま悪いことに使うのを怖がっている」
「……あー、なるほどそういう……」
 
 萩原さん、その言いかたに納得しちゃいますか!
 
「世の危険を知らない、ねえ……」
「自分に何ができるかはある程度分かって来たみたいだが、対する危険についてがまるでわかっちゃいない。例えば今回でいえば爆発の瞬間さえ防護を固めていれば大丈夫だと思っていたふしがあるところだな」
「ウッ……」
 
 それについてはぐうの音も出ません。
 
「こいつは、自分の持つそれらの危機回避手段を、内に秘めて過ごす平穏を捨てた。その覚悟に報いたい。協力を頼む」
 
 そう言って少し頭を下げる降谷さん。
 皆びっくりしている。もちろん私も。
 
「来年度の警察学校入学を待ってたらこいつは無知のまま死ぬ。だから俺たちで鍛えたいんだ」
「そうだなあ……汀ちゃん、四月まで大人しくしてくれる気は全然しないもんなあ……」
 
 萩原さあん……。
 
「それにあれだろ、首輪外して芝生に放ったら柵越えてマグマに突っ込んでくタイプだ」
 
 なんですかそれ松田さん。
 
「所轄の俺にどこまで協力できるかは分からないが、やれることはやるよ」
 
 そっか、伊達さんはこの頃はまだ警視庁にはいらっしゃらないんだ。
 現場ってめちゃめちゃ忙しいんだろうな……米花町からは遠いのかな?
 
 ていうか、ここにいる皆さん全員普段忙しいよね……。
 
「……ありがとう」
 
 降谷さんの笑顔が綺麗です。
 
「ありがとうございます……!」
 
 私今お辞儀もできないんだよ。くそう。
 
 お忙しいだろうから色々気が引けるけど、気が引けるけど!!!
 凶器でしかない私は早急に知識をつけなければならない。こんなに優秀な警察官の皆さまのご協力が得られるなんて……! 身に余ることなんだ、本当に。
 
「……ところで」
 
 悶々としていると松田さんが悪い顔をして降谷さんと諸伏さんを見遣る。
 
「お前ら、俺たちに何か言うことねぇのか?」
 
 二人は目を泳がせた。
 確か今まで音信不通にしてしまっていたんだよね。
 
「し、仕方ないだろう……!」
 
 やっぱりたじたじとしている降谷さんは珍しい。諸伏さんがたじたじなのはかわいそうだからやめてあげてください。
 わいわいと言い合いを始めた皆さんを伊達さんがたしなめる。
 
 えへへ。いいなあ。本当にいいなあ、この空気。
 
 これが、いつまでも続きますように。
 微力ながら、応援しています。
 
-----------------------------------
 
 数日経ったある日、萩原さんと松田さんが病室に遊びに来てくれました。
 時間は十四時過ぎと少しだけ遅めだけれど、松田さんのお昼休憩中なのかもしれない。
 
「特殊犯係に転属希望出したって?」
 
 ふと萩原さんがそう言った。
 私は思わず固まりました。松田さんは舌打ちしていた。
 
「どこから聞きつけた」
「先輩が教えてくれたよ」
 
 松田さんがまた舌打ちした。
 
「それ、さ……この事件が原因か?」
 
 松田さんは無反応だった。
 
「……それ肯定だよなあ……」
 
 萩原さんが苦笑している。
 
 あの……えっと……それは私の部屋でなさって良い話だったのでしょうか……?
 でもこれで、松田さんが原作通りっぽい行動をとっていらっしゃるのを……知ってしまいましたね……。
 
「……オイ。何でこいつを巻き込んだ」
 
 ぐ。そわそわしたのを察されてしまったみたいです。
 
「汀ちゃんもあの事件で怪我した一人だ。……しかも俺を庇ってな」
「……関係ねえよ」
「関係なくないね。もっと言えば、現場にいた機動隊の皆と、マンションの住民の皆。降谷ちゃんだっていた。諸伏ちゃんも陰で支えてくれてたみたいだし」
 
 松田さんは小さくハッと鼻を鳴らした。
 
「何だ? 大勢の前で宣言しろってか?」
「胸張って言える? 報復するんだって」
「そんなんじゃねえよ」
 
 ……私が何か言っていい気はあまりしないし、本音を言うと異動してほしくない。だけど。
 
「応援してくれる人はいるんじゃないでしょうか。だって家がなくなって、仲間が傷ついたわけですから」
 
 無力化を選ばなかった私も、本当は報復対象な気がする。しかも……それが分かる人は周りには誰もいない、という……まるで詐欺だね。隠すしかない私の悪行のひとつ。
 
「……!」
 
 お二人ともすごく驚いた顔をなさった。ど、どうしてだろう……。
 けれど続きがあるんです。
 
「でも、私個人としては、あんまり……ええと、報復ってことは、爆弾犯を追いたいってことですよね?」
 
 特殊事件捜査係の詳細を私はよく覚えていない。
 
「爆発物処理班のままじゃ、駄目なのですか? 犯人は……また爆弾事件を起こしそうな気がするんです」
「何だと?」
「根拠が無いわけじゃないですよ」
 
 今回の爆弾事件で、私の『何となく不安』なんて発言で降谷さんと諸伏さんが動いてくださったのを聞いていらっしゃるかもしれないけれど、それには敢えて触れない。
 
「犯人のお一人は、警察が確保を焦って死なせたと聞いています」
 
 お二人とも少し眉間に皺を寄せて俯いてしまった。
 
「それこそもうお一人の犯人は、復讐を考えているのではないでしょうか」
「……っ」
 
 本来の私なら気づけないことなんじゃないかなと思う。前世の記憶チートです。
 更には、本当に原作の通りになるとは限らない。だけど、どうしても、あの未来が怖い。
 
「だとすると、同じような手でやろうとするんじゃないかと思うんです」
 
 お二人は考え込むような仕草をしている。
 
「爆発物って、資格がないと扱えないんですよね?」
「……ああ」
 
 松田さんが、頷いてくれた。
 
「防護服とかも、爆発物処理班じゃないと用意できないんじゃないですか?」
「そうだよ」
 
 萩原さんが、頷いてくれた。
 
「……今は新人のお二人に任せるしかない状況だって、機動隊のかたが仰ってたのを……聞いています」
 
 単に人がいないのか、この世界がやたら爆発するせいで人手不足なのかは……分からないけど。
 
「もしまた、二つ仕掛けられたら……大変なことに、なりませんか……?」
 
 松田さんは眉間に皺を寄せて瞑目した。萩原さんは苦笑している。
 
「……もしも、でしかないですけど……怖い、です」
 
 本当に怖くはあるのだけれど、嘘の泣き落としに近いと思うから心が痛い。
 実際に爆発した瞬間その場にいた人間の言葉はきっと、暴力と言っていいくらい強い。
 
 お二人とも黙り込んでしまった。
 
「あ、あははは……口出しなんかしてすみません」
 
 心が痛い。
 
 ハアァァと松田さんが特大の溜め息をついた。思わず私は身を縮める。
 
「……今回受理されなかったら、後輩ができてからにする」
「!! ……すみません」
「何で謝る」
 
 私がすみませんと言ってしまってからのほうが松田さんの表情は険しい。
 
「だって、人ひとりの将来がかかっています。簡単に他人が口を出して良い訳は……」
「……簡単に、じゃねぇだろ」
 
 ……え? 思わずぽかんとしてしまった。
 
「お前は……。色々考えたんだろそれ。結構キたわ」
 
 私は、何も言えない。
 その間は、私が自分の命を笠に着たことに気付いておられるからじゃないですか?


「報復じゃねぇつもりだったさ、本気でな。だが……思った以上に冷静じゃなかったみてぇだな。情けねえ」
「ま、松田さ、ん……?」
 
 そんな顔をさせたかったわけじゃない。
 私今首を振ることも難しいのです。鞭打ちとか寝違えっぽいものなのかな。
 
「事件の最中ずっと許さねえと思ってた。そして……捕まらなかった。ならいっそ俺がやると思った」
 
 てことは……今現在の特殊犯係に不安をおぼえてしまったのですね。でも最初単独犯って認識だったせいじゃなかったっけ……。
 あ。
 本件については、私が犯人は二人組のおじさんって情報を流してもらってましたね……単に現場に情報が届くのが遅かったのかな。もっと早く伝えればよかった……。私があけた間にそんなに意味はなかったのだから。
 私が余計なタレコミをしたのが裏目に出ているのではないでしょうか……ラノベでよく見た、バタフライエフェクト的なもので原作の強制力みたいなものが、働いたり、なんたり……いいえ、いいえ! ここは、現実です。
 ともかく。
 
「報復じゃないじゃないですか。それは使命感でしょう」
 
 私は眉を下げて苦笑する。
 
「報復って多分攻撃的なものです。だけど、犯人を捕まえられたら、私が『もしも』なんて思ってる『警察への復讐』なんてそもそも起こらないじゃないですか」
 
 もしも松田さんの転属が原作よりももっともっと早かったら……第二の事件が起こる前に検挙できるのかもしれない。彼は第二の事件の暗号が届いたそばから解いて、そして、第三の事件を思えば3秒前のヒントも暗号だっただろうに、即座に解いてメールを送っている。そんな人が、事件直後から犯人を追えていたら。
 この世界では萩原さんは殉職しなかった。だからもしかしたら、上層部から仇討ちだとみなされる程度も重くないかもしれない。
 
 フッと、松田さんが、笑った。
 
「爆処に使える奴が来たら、異動して即とっ捕まえてやる」
「応援しています。もしその時に私が使える奴になれていたら、ご協力させてください」
「……それはお前の復讐か?」
 
 多分、そんなことを思っておられるわけじゃない。ただの冗談のようなもの。だってニッと不敵に笑っていらっしゃるから。
 
「分かりません。だけど……爆弾は、ものすごく、怖かったです。できるなら未然に防ぎたい」
 
 松田さんはまたフッっと笑った。
 
「だがお前は零の協力者だ。勝手に連れてったら怒られるだろ」
 
 するりと、病室のドアが開く。
 
「汀はきっと、僕に伺いも立てずに特攻するよ」
「零、お前いたのか。そして聞いてたのか。笑えるぜ……」
「気配消して盗み聞き? 降谷ちゃん何してるの」
 
 萩原さんと松田さんがとても面白そうに笑っています。
 
「失礼ですね。きちんとお伺いしますよ。そして駄目だって言われても行きます」
「……余計始末が悪い」
 
 私が抗議すると降谷さんが渋面になりました。
 
「ゼロさんは表立った捜査ができませんよね。そして多分管轄も違うんですよね? それなのに今回は無理して私に付き合って下さったんですよね……本当に、ありがとうございます。……私は民間人だから管轄とか関係ありません。協力者って、民間人だからこそ動ける点もあってのものじゃないですか?」
「そういう部分もあるにはあるが……」
「私は皆さんに色々教えていただくのですから、皆さんに報いたいです。困ったことがあったらお力になりたいです。もしなれるなら、ですけど……」
 
 へへっと萩原さんが笑った。
 
「けど解体自体は汀ちゃんが言った通り、国家資格とか色んなものが必要だからさせられないよ」
「それはプロがお二人もいらっしゃるのですから私の仕事ではありません。私は犯人を追うことにご協力したいのです」
「なるほどねえ」
 
 萩原さんが優しく笑っておられます。頑張れたらいいなあ。
 
「そのためにも、ご指導のほどよろしくお願いいたします」
 
 お辞儀ができないのです。くそう。
 
「ああ。まずは爆発でどうなるかとかから教えてあげるよ。俺も退院まであと少しかかるみたいだから」
 
 萩原さんは丸まっていただいていたとはいえ足や手に包帯が巻かれていて松葉杖を持っておられます。
 これも、『爆発の瞬間さえ防護を固めていれば大丈夫だと思っていたふしがある』だった私の考えが浅かった部分によるものなんだと思う。それ以前に、本当に生存できるくらいダメージカットできるかどうかは私にも分かってなかったんだよね。それなのに爆弾自体の消滅を計らなかったのはきっと博打だった。
 
 ゲームでの《 防御 》は、『防御無効』+『大ダメージ』+『硬直』という性能の、近接職が持つ強力なスキルでHP満タンからさえ落とされる可能性のある脆弱なものです。もし現実の爆弾がそういうものだったら私は確実に死んでいて、萩原さんの壁にはなれなかったでしょう。

 ゲーム内での『防御無効』スキルに爆発系のものがなかったからというのは、この現実ではゲームと違う効果を持つものが多々あるようでしたから、根拠とするにはあまりにも薄いものだったんだ。
 
 自分の持つ能力についても、きちんと知らなくちゃ。
 
「本当にありがとうございます」
 
 お辞儀ができないから、私は精いっぱい笑った。
 近くまで歩いて来ていた降谷さんが頭を小さく撫でてくれました。
 
「『首輪外して芝生に放ったら柵越えてマグマに突っ込んでくタイプ』ね。本当にいい例えだよ松田。汀の無茶ができるだけ無茶にならないように鍛えてやるからな。僕は、お前が動けるようになったら朝のランニングに連れていく。お前のことだから最初は準備体操でギブアップだろうけど……」
「ウッ……仰る通りです。少し付き合っていただきましたが私柔軟体操でさえいっぱいいっぱいでしたからね」
 
 この爆弾事件が起こるまでには少し日数がありましたからね。
 
「運動部のかたは三か月ほどである程度軌道に乗るそうです。一先ずの目標があれば続けられそうに思います。それまでは、吐こうが倒れようが頑張ってみせます」
 
 皆さんが苦笑しました。
 
「汀ちゃんってほんと深窓の令嬢って感じするのに、メチャクチャ根性ありそうだよね」
「興味があるものについてはひたすらに突き進むが、なければ全く眼中になくなるんだろう。色々抜けてるからな」
「なるほどな」
 
 降谷さんが酷い気がしますが、きっと真実です。何も言い返せません……。
 
「……まあ……最初から無理をするなよ……一生引きずる怪我をする可能性だってある。吐こうが倒れようが折れない気概は買うけど、スタートはゆっくりやれ」
「はい、ありがとうございます」
 
 そうだよね。最初から動けるわけはないもの。動けるつもりでおかしな動きをしたら怪我で潰れるのは当たり前なのかもしれない。熟練の人だって怪我をすることがあるのだから、これから始める者については余計そうだろう。
 
「まあ、全部治ってからだ。きちんと治るまでは勝手に動くな。様子を見てできそうなことは指示してやるから」
「……! お世話になります、本当にありがとうございます……!」
 
 皆さんお忙しいのに。
 
 萩原さんがくすくす笑い出して、松田さんがニヤッとしておられます。
 
「降谷ちゃんすっかり保護者だね」
「過保護と言ってやりたいが、櫛森だからなあ……全部まともってなァ……これから大変だな、お前ら」


「お前も巻き込むからな?」
「へーへー」
 
 皆さんお優しくて泣きそうです。
 私は本当に、しあわせな奴です。
 
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 実は、警察学校を受験して色々とお勉強させてもらうことをまだ少し考えていました。
 降谷さんの協力者としては民間であり続けたいのが大きいので、入校すれば既に『就職』となる警察学校はあまり想定してはいけないことだとは思うのですが、やっぱり私の性能的には得ていた方が良いはずの知識の宝庫だとも思うのです。
 
 しかし、完全に断念せざるを得なくなりました。
 お医者さんに伺ったところ私は全治三か月だそうです。
 今は既に十一月下旬。来年度四月の警察学校採用を目指す場合、調べてみたところ試験の受付は十二月頭が最後です。
 さすがにまだまともに動けません。これを逃せば十月採用を目指すことになるわけですが、現状の私にとっては遅すぎます。
 
 しかし全治三か月……もどかしいですね。全治云々って完治とは違うと聞いたことがあるような気がします。もしかしたら入院期間がそれくらいで、治るまではまだまだとか? ……逆に三か月より短く治る可能性のほうを信じようと思います。れっつぽじてぃぶ。
 大人しく休んでリハビリOKになるまで我慢しなければ……。
 
 と、スマホ(爆弾事件でなくなっちゃったんだけど降谷さんが新しい機種に替えてきてくださいました。なんてことでしょう……)で検索などしながら色々と今後について頭を悩ませていると。
 
 こんこん、とドアがノックされました。どなたでしょう。萩原さんはもうご退院なさったはず。
 
 するりと開いたドアから現れたのは、諸伏さんでした。
 
「やあ、汀さん」
「わぁヒロさん、こんにちは、お忙しい中ありがとうございます」
 
 思わずにへらと笑ってしまいます。
 何なんでしょうこのしあわせ。推しの皆さんが時々こうしてお見舞いに来てくださるなんて。夢ですね。夢の中でも醒めるまでは懸命に生きていこうと思います。
 
「やっと色々話せそうな時間ができたからな。申し訳ないくらいだ」
「そんなそんな、ありがとうございます」
 
 本当にしあわせです。
 
 身体の具合は、とか聞いていただける。
 首を動かせるようになりました。ギブスもいくつかは取れました。リクライニングに頼らなくても自分で座れます。外傷もほぼほぼ消えています、痕が残りそうなものはまだちょっと腫れたようになっているみたいだけれど。
 
「手足を動かそうとするのを許してもらえました。二週間くらい寝てばかりだとこんなにだるくなるものなんですね……。怪我前提で動いたことを反省しています」
「やっぱり前提してたんだ」
 
 諸伏さんが苦い表情をしています。ウッ。
 
「私の《 防御 》をがどの程度有効なのかまだ分かっていませんでしたから。もしかしたら無傷ではいられないかも、程度に思ってしまっていて……こんなに酷いことになるなんて。爆弾って恐ろしいものですね」
「そうだよ。それに、萩原が苦戦したくらいトラップが仕掛けられてたからな。それだけ威力も凄まじいものだった」
「私は萩原さんを侮っていたのかもしれません」
 
 本当私は失礼な奴です。
 諸伏さんは眉を下げて微笑んだ。
 
「君はあいつのことをよく知っていたわけじゃないから。あいつについて色々話してなかったオレたちもマズかったのかもしれないし」
「いえ……まさかこうなるとは誰も思わないですし」
 
 二人で苦笑し合う。本当に、とても苦い笑みだ。
 皆がどれだけ優秀かなんて切っ掛けが無ければ自らは普通言わないんじゃないかな。
 ……私は前世で色々と知っていたから罪が重いのだけれど……それは話すようなことじゃないから……。こんなことばかりだね。
 
「ただ今回のことで、爆弾に耐えうるものではないと学びました。肝に銘じます」
「そうしてくれ」
 
 諸伏さんが引き続き苦笑している。
 
「そうですそうです、そろそろ私、歩くリハビリもさせてもらえそうなんですよ」
「へえ。無茶はするなよ」
「……あのですね、ちゃんと許可されてからしかやろうとしてないんですよ?」
 
 ふふふと諸伏さんが笑う。
 まあここまで言わせてしまうのは私が無謀ばかりしてきたからとは分かっております。ぐ。
 
「そんな感じで無茶をしようとはしていませんから……もう少しお時間がありましたら、スナイパーの精神面について少しお話を伺っても良いですか?」
 
 ああ、と諸伏さんが微笑んでくれる。やっと師匠らしいことができるね、なんて仰って恐縮のかぎり。
 
「と言っても言葉で表せることなんてどれくらいあるか……ちゃんと治ったらまず修了証明取って、銃砲所持許可と銃免許を取って……ああ、申請に必要な条件とかはこちらでなんとかするよ」
 
 にかっと諸伏さんは笑う。公安強いです……。
 
「そしてこれはゼロとも相談したんだけど、免許が取れたら後々君には拳銃を持たせる。公安もそれを認めた。きみのマスケットはちょっと目立ちすぎるからね。あれが出てくるよりは……ってことらしい」
「……! たくさんお気遣いありがとうございます……!」
「いや君のためというより国のためだろうからね。オレたち公安は使えるものは何でも使う。何があろうと守りたいものがあるから」
 
 本当に、眩しい。
 
「私もその一助になれるとしたら、本当に光栄なことです」
 
 ふふっと諸伏さんは笑う。
 
「まあそういうことで、前に話し合ったように裏理事官にだけは君の能力のことは伝えてある」
「お伝えくださってありがとうございます、お手数をおかけしました」
「訓練場で色々と撮影しては行ったけど、銃も的も映らなかっただろ? ちょっと信じてもらうのには苦労したけど、でもとにかく何でも必中っていうのは納得してくれたみたいだった」
 
 そう、多分私にしか見えてないだろうターゲットサークルはともかく、銃自体が写真にも映像にも映らなかった。私が自分で撮ろうと同じです。……ほんと何なの、これ……怖……。
 
 色々と撮ったのは十一月六日のことです。ぎりぎりやっていただいておいてよかったですね……今じゃ動けないから……。
 撃たなければと思った箇所にタゲサが出て必中っていうのを説明したらお二人ともぽかんとしておられました。努力もなしにこれは本当に酷いチートだと思う……。
 側にいらしたお二人に対してですら少し説明が大変だったんだから、裏理事官への説明なんて、それどころじゃなかっただろうな……。
 
 そういえば、ゴミ箱にゴミを投げるとかもタゲサが出るようになりました。おかげで投擲系なら筋力さえ見合えばどんな何でも外さなくなりました。筋力が足りない場合、タゲサ自体が出てきません。
 今までなかったことだから、銃出せるようになっちゃってから色々覚醒したのかな……怖いな……。
 
 どうにか飲み込んでいただいた後は、降谷さんのP7M8をお借りした日のことも、的の中心に穴が開いた理由を即座に理解なさったことでしょう。お二人ともあれを知っておられるからこそ、拳銃を持たせるなんて話になったんだろうな。
 
 ちなみに拳銃を持つと様々な銃スキルを使うことはできなくて、ただ普通に撃てるだけのようだった。実際に発砲したら私のひ弱な肩は外れるから撃とうと思考しただけだけれど、あれはきっと『無理』な感覚だ。
 
「……すみません」
 
 お手数ばかりかけて泣きたい。
 気にすることじゃないよと諸伏さんは笑う。優しいなあ。
 
「それでも一応、直接能力を見てもらう機会が来ると思う」
「承知しました」
 
 こうなってなかったらもっと早くその機会が来てたんだろうなあ……ははは……。
 
「ああそれと、銃のことがあるのに警察官よりも協力者であろうとしてることについては、案外すんなり許可が下りたよ。ボールについての方を注目されて、色々縛られない方が国のためになるって思われたみたいだ」
「そうなんですね……警察官を目指すとお二人と関係のない部署に配属される可能性も、っていうのが怖かったので……安心しました」
 
 直近の警察学校採用を目指せそうにないことが分かったから、そのご沙汰はありがたいのかもしれなかった。
 この力を活かせない場所で私が更に、現実的な力を得るのは良くないと思ってる。暴走すると思う。
 
「ってことで、治ったら、拳銃で肩が外れないくらいには身体を鍛えることをひとまずの目標にしていこう」
「はい」
 
 私はしっかりと頷いた。
 ああ、首が動くって素晴らしい……。
 
「そうだ。ゼロが伝えとけって言ってたんだけど」
 
 諸伏さんがふふっと笑っている。
 
「普通本人に伝えないんだけどね、汀さんの協力者としての番号は、2222なんだって。ゼロがゾロ目なのを面白がってた」
 
 私は思わず吹き出した。すごい偶然ですね?
 そういえば映画で見た協力者さんの番号は2291でしたね。原作の四年前には既にそうだったはずだから、七年前な今、それより数値が小さいのはあり得ることなのかもしれない。
 前世の記憶ってほとんどが曖昧なんだけれど、数値系とかは無駄に覚えているみたいなんです。そういうの妙に調べてたおぼえがなくもない。円周率とかをムキになって覚えた感覚と同じものなんだと思う。
 
「なんだかこう……妙なところで妙な笑いのツボを押さえてきますね……なんでしょうこれ……」
「あはは。面白いのは良いことじゃないか?」
「張本人としてはなんだか複雑です」
 
 本当、なんですかこの状況。
 
「さて、連絡事項はこれくらいかな。で、スナイパーの心理なんだけどね」
 
 諸伏さんは、ふ、と小さく息をついて、一瞬瞑目しました。
 
「本格的には、治ってから訓練場で伝えたいと思ってる」
「はい……! ありがとうございます」
 
 首が動くって素晴らしい(再)。
 諸伏さんがにこっと笑っていました。尊い笑顔です。
 
「言葉で伝えるとしたら……色々考えたけど、『無』になること、かもしれない」
「『無』……」
 
 反芻する。
 
「ああ。君が一番恐れてるのは勝手に使ってしまうことみたいだからね。
 ひとつはひたすら冷静になること、だと思う。君が『当てるため』には必要がないかもしれないが、これは正確に命中させるためのオレの心理でもある」
 
 スナイパーって静かなイメージがありはする。精密な行動だものね。
 
「勝手に使うって場合は熱くなってるってことだからね。本当に必要な事かどうかって冷静になることは重要だろう? だけど、熱くなってるってことはそれが難しい場合があると思う。
 君の場合は特に、じっくり照準を定める時間を必要としない。普通は速さは強みだが、君の恐れを考えると今はまだデメリットだ。だから、何かあったら『無』になることを考える癖をつけられたらいいのかもしれないと思った。ひとまずは何より、『無』になる。『撃たなければ』と思ったら、いったん『無』になる」
 
 撃つと思ったらもう照準のための時間は私には存在しなくなる。
 基本スキルの《 チャージブラスト 》には1.44秒という一定のキャストタイムは発生するけれど、それは単なるシステマチックなもので、私自身が何か行おこなっているわけではない。引き金を引いた瞬間に着弾することは決まっている。そして厄介なことに準備キャストが始まれば自分ではもうとめられない。
 どんな時でも一定の間を費やすだけで必ず命中するチート。

 更に問題なのは必殺技である《 魔弾の射手 》をだと思う。《 チャージブラスト 》同様引き金を引いた瞬間に着弾が決まっている。そして照準→閃光→着弾と、《 チャージブラスト 》と同程度の時間がかかっているように見え、私自体も発砲後二、三秒硬直する。

 そんな隙はできるものの、有効射程距離はあの訓練場では測定不能な程だった。
 あそこどうやら地下深くにあるようで、長距離射撃用のとあるレーンだけは500mある。……赤井さんが1キロ近くを撃ち抜いていたみたいだけど、まさかね……何の努力もなく似た真似ができたら……嫌すぎる……。
 
 ふと思ったけれどそういえば、ゲーム内では近距離減衰仕様だった。着弾までの時間が近かろうが遠かろうが変わらないってことは、遠いほうが弾速が上がるわけで威力が高いのも頷ける。現実で考えれば、だけれど。
 結局詩人と機工士の近距離減衰が消えなかった恨みは根深いし、『現実』を知った今でもその不満は分かる。ゲームと現実は全然違う。
 
「『無』……」
 
 色々複雑な感情は置いておいて、私はまた反芻して、目を閉じる。
 
「普通は結構難しいことなんだけど、君には『恐れ』があるから、逆にそれを強みにできるかもしれない」
「『恐れ』が強みに……?」
「勝手に撃つことを躊躇する要素を既に一つ持ってるってことさ」
「! ……考えたこともありませんでした。弱い点だと、思っていました」
 
 ふふ、と諸伏さんが笑う。
 
「拳銃を持つようになったらきっと、そっちは『取り出す』行動がいったんの歯止めになる。
 だけどスナイパーのほうは物理的には準備しないことになった。あれに関しては、大きなものを持ち運びも組み立てもしなくていい利点を重要視されたみたいでね。だから、君が自分自身で抑えるべき時に抑える必要があるんだ。きっとやれるさ」
「……本当に、たくさん、たくさん考えていただいて……ありがとうございます……」
 
 泣きそう。
 
「ふふ。これからを思えばすぐそうやって泣きそうになる謙虚さも捨てていかないとね。図太くならなきゃ」
「! ……はい……!」
 
 私が踏み入ろうとしている世界は、とても厳しいところだ。だから、肝に銘じる。
 
「少しずつ頑張ろうな」
 
 ああ、笑顔が眩しい。
 
「はい! 本当に、ありがとうございます!」
 
 私も少しでもいい笑顔が出来ていたらと、願う。
 
 
 
 ────それから。
 真面目にセーブしつつリハビリを頑張って、こっそり《 快気 》を挟んで回復を後押ししつつ(チート万歳……)、ある程度動けるようになったら退院して通いでリハビリを続けて、降谷さんに許可をいただいたことだけトレーニングをし始めて、人並みに動けるようになってから、三か月ほど。
 
 常人の範囲内での運動ができるようになりました。元の私からしたらものすごい変化です。
 そろそろ伊達さんが柔術や逮捕術を教えて下さるそうです。未知なので楽しみでもあります。頑張ります。
 諸伏さんにお時間がある時には訓練場で色々と見ていただいています。静かで、なんというかスマートで、憧れますね。
 降谷さんは超次元存在Gorillaなので、朝の運動にご一緒させていただけているにしても距離や回数などなど全てにおいてはるかに置いて行かれることは見ないフリをしています。……頑張り続けたらいつかはああなれたりするのでしょうか……? きっと素体からして違うし私は悲しいことにずっと細っこいままだから、自信は全くないどころかマイナス∞でさえあるけれど。
 
 本業の研究のほうも、独りよがりに過剰防衛を突き進むことをやめ、周りの研究の手伝いなどをさせてもらい『普通』を目指し始めました。
 私が目標を改めるには、たくさん周りを見せていただかなければ。
 初め皆驚いていましたが、少しずつ同僚たちも打ち解けてきてくれた気がします。改めて今までの私を反省いたします。
 
 そして少しずつ、これは協力者としてやらせてもらってることなのかな、という作業も増え始めた頃。
 私が携帯する拳銃として渡されたのは、降谷さんと同じHeckler & Koch P7M8でした。
 ……ひええ。
 色々と筋力も持久力もついてきたとはいえ、かなり扱いが難しいことを学びました。あの時発砲できたの何で??? いや発砲できさえすれば命中するのですけど、弾が出ないことが多々。
 最初のあれはビギナーズラックとかだったのかもしれませんね。降谷さんが丁寧に見ていて下さったのもかなり大きいでしょうし。
 
 そうして、少しずつ様々なことを学んでいったのです。
 ある程度体力がつくとできる幅が広がって、内容を次第に重くしていけるのがものすごい達成感をくれて、鍛錬が楽しくなってきました。
 P7M8での発砲も、失敗しなくなりました。
 分解してのお手入れもお手の物です(キリッ)。
 
 そして、ちょっとずつ、ちょっとずつ、後ろ暗い世界に関する仕事も増え始め──。 
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