英雄伝説~西風の絶剣~
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第95話 幸せな夢の中で
前書き
最後に出てきた魔獣が合体した大型の魔獣はイース10に出てきたボスの『ラ=ベラドゥンナ』をイメージしていますのでお願いします。
side:リィン
特異点を脱出した俺達は窃盗犯どもを捕まえてロレントの街を警備していた軍の部隊に引き渡した。
とりあえずこの霧が晴れるまではロレントの町の地下水路にある小部屋に閉じ込めておくらしい。
そして俺達はこのことをアイナさんに報告していた。
「……そう、窃盗犯たちは捕まったのね」
「盗まれていた品物も翡翠の塔に隠しているみたいなので後は軍の人たちに任せました」
「ありがとう、皆。貴方達のお蔭で市民の方達も少しは安心できたはずよ」
俺達の報告にアイナさんは安堵の表情を浮かべた。霧は晴れていないが市民を不安にさせていた窃盗犯がいなくなれば町の人たちもある程度は安心できるだろう。
後は霧をどうにかするだけだな。
「そういえばエマたちがいないね、どこかに行ってるの?」
「そうだったわ。帰ってきたばかりで申し訳ないのだけど貴方達にお願いしたいことがあるの」
「それって他のメンバーがいない事に関係してるの?」
「ええ、そうよ」
フィーはシェラザードさん、アガットさん、オリビエさん、エマの4人がいないことを指摘するとアイナさんが真剣な表情でそう話した。
なにかを感じ取ったエステルは唯事じゃないと思うとアイナさんは話しを始める。
俺達が翡翠の塔に向かった後にミストヴァルトで鈴の音と怪しい黒衣の服を着た女性を確認したという報告があったらしい。
それを確認するために4人は調査に向かったみたいだ。
「それって罠なんじゃないの?」
「当然シェラザード達も警戒したわ、でもこの状況を打破するためにも確かめないわけにはいかないと判断して危険を承知で行って貰ったの」
「なるほど、だからクローゼさんやティータは残ってたのか」
「はい、罠がある可能性が高い以上私達が一緒では足手まといになりかねませんでしたので……」
「アガットさん達は大丈夫かな……」
フィーの罠ではないのかという発言にアイナさんは頷きつつそれでも調査に向かったと話した。
俺はギルドに残っていたクローゼさんとティータを見て二人は危険なため待機をしていたと理解する。
クローゼさんもそれを自覚していて自分が何もできないことを悔しそうにしていた、ティータは調査に向かったメンバーの事を案じて不安そうな顔をしている。
「でもシェラザード達は戻ってこなかった、罠にはめられた可能性が高いわね」
「なら急いで救出しに向かわないと!」
「でもアガットやシェラザードがやられたとなると無策で行くのは危険すぎない?」
「とはいえ現状何かできるという訳でもないしな……」
アイナさんは調査に向かったメンバーが罠にかけられた可能性が高いと話してエステルは急いで助けに行こうと言う。
だがフィーの言う通り誰の遊撃士であるアガットさんやシェラザードさんがやられたとなると
かなり危険な罠が仕掛けられている可能性が高い、俺達もミイラ取りがミイラになる恐れがある。
だがジンさんの言う通り対策しようにも俺達では難しい。
「……ここは罠を承知で突っ込むしかないな。ここに引きこもっていても解決はしない、最悪また眠らされる人が出るかもしれない」
「そうね、行きましょう」
俺の言葉にエステルも頷いた、危険だがもうこれしか手はない。
猟兵は基本的に命を危険に晒すリスクは抑える者だ、だがいざという時は命を捨てる覚悟を持たないといけないこともある。
「でも万が一の時に備えてフィーは残ってくれ」
「えっ?」
「俺達が決められた時間までに戻らなかったらカシウスさんにこのことを伝えて欲しい」
「でも……」
「君の速さは信頼してるからね。それに君はさっき雷が直撃したんだ、ちゃんと教会で確認してもらえ」
「……分かった」
俺の説得にフィーは渋々頷いた。軽い怪我でも後になって後遺症が出るなんてザラだからな、確認はしっかりしておいた方が良い。
フィーもそれを分かってるから頷いてくれたんだ。
「皆さん、どうかお気をつけて」
「頑張ってください!」
「ああ、二人も町を頼む」
クローゼさんとティータの応援を受け取った俺達はミストヴァルトに向かうのだった。
―――――――――
――――――
―――
ミストヴァルトに着いた俺達だったがその霧の濃さに驚いてしまった、エマのくれた特殊な伊達眼鏡でも視界が悪くなってしまう。
「前に空賊を追いかけてこの森に来た事はあるけど最早別世界ね」
「皆、気を付けて先に進もう」
エステルは以前もこの森に来た事があるらしいが今は別世界のようだと話す。確かにこの霧では見覚えのある場所も全く違う場所にしか見えないな。
俺は警戒しながら先を進んでいく、途中で霧のような魔獣に襲われたが対処しながら先に進んでいった。
「なんか見慣れない魔獣も多いわね、あんなの前にはいなかったはずだけど……」
「もしかしたら執行者が生み出した魔獣なのかもしれないな」
エステルは見覚えのない魔獣に首を傾げていた、それを聞いていたジンさんが執行者が生み出した魔獣じゃないかと話す。
「とにかく油断しないように進もう、俺達まで敵の罠にかかってしまったら意味が無いからな」
俺の言葉に全員が頷く。アガットさん達が戻らない以上敵の罠にかかった可能性が高い、用心しながら俺達は森の奥に向かった。
魔獣を退けながら森の奥を進むと更に深い霧が発生してきたんだ。
「凄い霧だな……前が見えない」
「リィン、はぐれないように気を付けるぞ」
「ああ、そうだな」
俺達ははぐれないように手を繋いで進んでいく、そして霧を抜けると……
「……えっ?ここはどこなの?」
霧を抜けた先にはなんと村があったんだ。人の気配は一切しないが確かに村が森の中に存在していた。
「どうなっているんだ?ロレントの近くに村があるなんて話は聞いていないが……エステルは知ってるか?」
「ううん、あたしも知らないわ。少なくともミストヴァルトの森に村があるなんて話は一度も聞いたことない」
ジンさんがこの辺りで長年暮らしてきたエステルに村の事を確認するが、彼女も知らないと答えた。
「……」
「うん?どうかしたのか、リィン?」
「いや……なんだかこの景色が懐かしいような気がして」
俺はいきなり現れた村に何故かデジャヴを感じていた。こんな村に来た覚えは無いんだけど何故かなつかしさを感じるんだ。
「リィンはこの村を知ってるのか?」
「いや覚えがない。でもなぜか懐かしいって思ってしまうんだ」
「ふむ……そなたは幼いころの記憶が無いのだったな。だが人は時に記憶を失ったとしても体が覚えている場合があると父上から聞いたことがある」
「俺の体が覚えているって事か?この村は俺の故郷なのか……?」
ラウラは頭の中には無くても体が記憶しているんじゃないかと話し俺はそうなのかと困惑していた。
「リィンの故郷なのかどうかは分からないがお前さんの記憶から似たような景色を作った可能性もあるぞ。敵は記憶を操る術を持った奴もいるみたいだからな」
「じゃあ今回もリィン君に対する嫌がらせでこんなことしたのかしら?」
「それは分からんが結社に関係はあるはずだ。アガット達を探しつつ村を捜索するぞ」
「そうね」
結社の罠の可能性も考慮しつつアガットさん達を探すというジンさんにエステルも同意する。確かにこの村は気にはなるが今はそっちが大事だ。
俺達は警戒しながら村を回った。人は一人もいないのに料理の準備がされていたり洗濯物が干されていたりと何故か生活感のある村だった。
まるで急に人間だけがいなくなってしまったかのような不気味さが感じられる。
「ねえ、こっちに何かあるわよ」
「これは慰霊碑か?」
エステルが村の奥で何かを発見した。それは大きな石碑でジンさんは慰霊碑だと話す。
「慰霊碑って事はここで大きな災害や戦争が起こって大勢の人が無くなったって事だよな。百日戦役の事か?」
「だがエステルの話ではこの森に村があったという話は聞いていないとのことらしいぞ」
「ええ、さっきも言ったけど森に村があるなんて話は無かったわ」
「じゃあこの慰霊碑も雰囲気作りの偽物か……いや待て、ハーメル?」
俺は慰霊碑が立てられていたから百日戦役の犠牲者の石碑かと思った。だがラウラはエステルは森に村があったなど知らなかったと言い彼女も同意した。
もしこれが結社が生み出したまやかしの村なら慰霊碑も偽物なのかも知れない。そう思ったのだが急にジンさんが何かを見つけたのかハーメルと呟いた。
「ここを見てみろ、犠牲になった人たちが住んでいたであろう村の名前が刻まれている」
「えっと『ハーメルの住民、ここに眠る』……この村はハーメルっていうのね。ジンさん心当たりがあるの?」
「ああ、確かリベール王国とエレボニア帝国の国境付近に存在したエレボニア側の領地に在った村だったはずだ。大規模な土砂崩れによって村が壊滅して現在は地盤が安定していないという理由で立ち入り禁止区域に指定されている」
ジンさんが指を刺した場所に犠牲になった人たちと村の名前が刻まれていた。エステルはハーメルという村の事をジンさんに尋ねると彼は説明してくれた。
「じゃあこの村はそのハーメルっていう村なの?」
「直接行ったことがあるわけではないから断定はできんが……恐らくそうだろう」
「滅んだ村……ハーメル……」
俺は何故かハーメルという言葉が頭から離れなかった。
「……い」
「えっ、リィン君なにか言った?」
「いや今は喋ってないけど……」
「おっかしいわね、何か聞こえたような気がしたんだけど……気のせいかしら?」
エステルが何かを聴覚に捕らえたのかそう質問してきたが俺は覚えがないので違うと返す。
「……くい」
「ほ、ほら!やっぱり何か聞こえるわ!」
「向こうから聞こえたような気がするが……慰霊碑か?」
俺達も耳を澄ませてみると確かに何かつぶやいた声みたいなものが聞こえた。
エステルは辺りをキョロキョロして声の出所を探すがラウラは慰霊碑から聞こえたと話す。
「慰霊碑って……ヒッ!まさか幽霊!?」
「落ち着けエステル!これは結社の人間が生み出した幻のはずだ!」
「そ、そうはいっても……!」
幽霊などにめっぽう弱いエステルは涙目で縮こまってしまった。ラウラの言う通り敵の幻術の可能性が高いがそれでも怖い物は怖いのだろう。
「憎い……憎い……!」
「慰霊碑に黒い靄が……何か来るぞ!」
慰霊碑から聞こえる声がハッキリとしてきた、確かに憎いという言葉が聞こえたぞ。
そしてジンさんは慰霊碑に黒い靄が集まっているのを見て戦闘態勢に入った。
「憎いィィィィィィッ!!」
すると慰霊碑から真っ黒い人間が大量に表れて俺達に襲い掛かってきた。
「きゃあああっ!?」
「ぐうっ!なんて数だ!飲み込まれる……!」
それは最早黒い波のようになってエステルやジンさんを飲み込んでしまった。
「リィン!」
「ラウラ!」
俺は同じように黒い波に飲まれかけているラウラに手を伸ばした。だが俺達の手が繋がる瞬間に俺もラウラは吞み込まれてしまった。
―――――――――
――――――
―――
side:ラウラ
「うっ……なにが起こったんだ?」
気を失っていた私は意識を取り戻して頭を抑え辺りを見渡した。そこは霧に包まれた森の中だった。
「ミストヴァルトの森か、どうやらリィン達と引き離されてしまったようだな」
私はリィン達の姿を探したが側にはいなかった、恐らく敵の策略で引き離されてしまったのだろう。
「ともかく直に合流しないと……」
私は立ち上がり武器などを確認する、どうやら装備を奪われてはいないようだな。
大剣を構えながら辺りを警戒しつつ森を進む、だが暫く歩いていると何か違和感を感じ始めた。
(……妙だ、この森は本当にミストヴァルトなのか?なんだかすごく見覚えのある場所だ)
霧で視界が悪いはずなのだが何故かすいすいと先に進めている気がする、そして街道に出たがそこも凄く見覚えがある道だったんだ。
「まさかこの道は……」
街道を歩き先を進む、ミストヴァルトの森なら近くにある街はロレントのはずだが……
「……これはどういうことだ?」
私は人がいそうな町を発見した。だがそれはロレントではなく……
「どうして私の故郷であるレグラムがリベールにあるんだ!?」
そう、その町は私の故郷であるレグラムそのものだった。これは幻なのか?
「あら、ラウラ。こんなところにいたのね」
「えっ……」
背後から声をかけられた、だがその声が今は決して聞くことが出来ない懐かしいモノだったのでまさかと思いつつ振り返る。
「は、母上……?」
そう、それは幼いころに猟兵に殺された母上……アリーシャ・S・アルゼイドだった。
「今日も走り込みをしてきたの?貴方は本当に向上心があって素晴らしい子ね、間違いなくあの人のような剣士になれるわ」
「母上…どうして……貴方がここに?貴方は死んだはずじゃ……」
「私が死んだ?そんなことはないわ。だってここにいるでしょ?」
私は信じられなかった、どうして死んだ母上がいるんだと混乱していた。だが母上はクスッと笑みを浮かべると腕を広げてしゃがみこんだ。
「いらっしゃい、私の可愛いラウラ。お母さんが生きているかどうかはハグをすれば分かるでしょ?」
私はそれを見て直に駆け出して母上の胸の中に飛び込んだ。いつの間にか自分の体格が幼いころのものに変化していたが気にも留めず母上を抱きしめる。
「母上……この暖かさは間違いなく母上だ!会いたかった、母上……」
「きっと怖い夢を見てしまったのね。大丈夫よ、ラウラ。私はここにいるわ」
「母上ぇ……」
そうだ、夢だったんだ。母上は生きている、今までずっと長い夢を見ていたんだ。
私は母上にしがみつきながら悪夢が終わったことを安堵した。
「二人とも、ここにいたのか」
「父上!」
「あなた」
するとそこに父上も姿を現した。母上は私を抱っこしたまま立ち上がり父上に声をかける。
「門下生たちの訓練は終わったのですか?」
「ああ、もう少し続けようと思ったのだが久しぶりに戻れたのでアリーシャ達と過ごした方が良いと言われてな。予定を早めて終わらせたんだ」
「まあ、あの子達は思いやりのある良い子達ね。ラウラ、久しぶりにお父様と遊べそうよ」
「本当ですか!父上、私は父上に剣を習いたいです!」
「はははっ、ラウラは根っからの剣士だな」
「ふふっ、ラウラらしいわね」
私の言葉に父上も母上も楽しそうに笑っていた。私はそれを見て凄く幸せな気持ちになった。
それから私はとても充実した日々を送っていた。鍛錬に勤しんで母上の手作りお菓子を食べたり、一緒にお風呂に入ったり、夜眠るときは子守唄を歌ってくれた。
レグラムの皆に親しまれている母上はいつも人が集まっている、そんな母上を見ているだけで誇らしい気持ちになれた。
父上と母上と一緒に湖畔でお弁当を食べたりもした。家族一緒に楽しいことが出来て私は心の底から幸せだった。
でも何故かほんの少しだけ物足りなさを感じていた。なにか大切な人達の事を忘れているような……でもそれがなんなのか分からなかった。
ある日私達の屋敷に老人が訪ねてきた、その人はユン・カーファイという八葉一刀流というゼムリア大陸で武術や剣術を志す者達がその名を知らないほどに有名な剣術の創設者だったんだ。
ユン殿と父上は友人であるらしく時々尋ねに来る間柄らしい。
私はユン殿からいろんな話を聞いて目を輝かせた、そして太刀という剣を見せてもらったが凄く綺麗な刃物だった。
でも太刀を見た瞬間、私の頭に誰かの頭が過ったんだ。
『ラウラ、凄いじゃないか。でも俺も負けていられないな』
『ラウラは本当に頼りになるな、背中を任せられる数少ない相棒だよ』
『愛してるよ、ラウラ……』
誰なんだ?顔は思い浮かばないのに凄く安心する優しい声だと思った。でも結局それが誰なのか分からなかった。
それからまたしばらくして今度は父上と共に貴族の集まりがあったのでヘイムダルへと向かった。そしてその道中で武装した集団とすれ違った。
父上からあれは猟兵団と聞いて顔をしかめた。猟兵はミラさえ貰えばどんな卑劣な仕事もするという戦場の死神だと聞いていた。
弱きものを守るために剣術を磨く私からすれば理解できない人達だった。
父上は職業で人を測ってはいけないと言われたが内心納得できなかった。
でも猟兵の一人が腰に差していた双剣銃を見てまた何か声が頭に響いた。
『ラウラはわたしにとって初めての友達、だからどんなことでも一緒に体験したい』
『ラウラの膝枕もあったかくて好き……』
『ラウラ、一緒にリ〇ンを支えて行こうね。わたし達なら出来るよ』
それは前に聞いた声とまた違う声だった、でもその声は同じくらい優しく暖かいものを感じた。
でも結局それが誰なのか分からなくて心にモヤを残していった。
(私は今凄く幸せで充実した生活を送れている、それでいいはずなのにどうして満足できないんだ?)
そんな考えをしながらも毎日を過ごしていた私、だがある日父上や門下生が屋敷を留守にしていた隙を突かれて私は何者かに誘拐されてしまった。
「ん~っ!」
「騒ぐな、大人しくしていれば危害は加えない」
猿轡をされて両手を縛られた私を銃を突きつけてそう脅す男、奴らは猟兵で父上を殺す為に私を人質にしたらしい。
(早く何とかしないと母上が死んでしまう!……あれ?私は何故母上が死ぬと思ったんだ?)
猟兵達が狙っているのは父上のはずだ、なのに私は真っ先に母上の事を思い浮かべてしまった。それになにかデジャヴを感じてしまう。
「ラウラ!無事なの!?待っていて、直ぐに助けるから!」
(母上!?)
そこに槍を手に持った母上が姿を現せた、そして私を見て安堵の表情を浮かべて直に近くにいた猟兵達に鋭い視線を向ける。
「私の可愛いラウラを今すぐ離しなさい!さもなくばその命散ると知れ!」
「チッ、母親の方か……構わん、殺せ!」
そして母上は猟兵達と戦闘に入った。
母上は素晴らしい槍さばきで猟兵達を蹴散らしていく、まるで伝説のリアンヌ様を彷彿とさせる美しい舞のような動きに私は目を奪われていく。
「クソッ、この女強いぞ!ヴィクターや門下生共がいない隙をねらったっていうのにこれでは俺達の方が全滅してしまう!」
「こうなれば娘を人質にして……がっ!?」
私を人質にしようとした猟兵の頭上から母上の分け身が現れて一撃を浴びせた。
「そんな手は使わせないわ」
「うっ……」
まるで読んでいたと言わんばかりに見事な対策、流石母上だ!
(でもどうしても嫌な予感が頭をよぎってしまう……どうしてだ、どうしてこんなにも胸が裂かれるくらいに私は恐ろしさを感じているんだ?)
猟兵達は皆母上が倒した、なのに私は言いようの無い恐怖を感じていた。
そして母上が猟兵達を全て無力化して私の口から猿轡を取ってくれた。
「ラウラ、大丈夫?今縄を解くわね」
「母上、申し訳ありません……」
「貴方は何も悪くないわ。さあ帰りましょう」
「はい!」
母上が私の両手を縛る縄を解こうとする、だが私は見てしまった。母上の後ろで倒れていた猟兵が銃をこちらに付きつけるのを……
「母上!後ろです!」
「もう遅い!せめてお前達だけでも死んでもらうぞ……!」
私は叫ぶが既に遅かった、猟兵の指は既に引き金に置かれていて直に撃てる状態だった。
母上は自分の体を盾にして私を守ろうとした、そして猟兵の銃から複数の弾丸が放たれた。
(嫌だ!このままでは母上が死んでしまう!誰か……誰か助けて……!)
私は何故か母上が死んでいくリアルな光景を思い浮かべてしまった。だが無力な自分では何もできない、誰もいるはずもないのに助けを求めてしまう。
だがその時だった、どこからともなく出現した太刀が銃弾を斬り裂いたのだ。
「えっ……?」
「なんだ!?……ぐあっ!」
そして今度は双剣銃が現れて猟兵の両肩を撃ち抜いた。二つの武器はまるで意思を持っているかのように私の前に飛んできて地面に刺さる。
私は惹かれるように太刀と双拳銃を触った、すると私の頭の中に様々な記憶が浮かび上がってきたんだ。
魔獣に襲われていた所をリ〇ンに助けられた事、初めて年の近い友人が出来た事、彼らに裏切られたと思い傷ついたこと、お互いを理解し合い絆を深めた事……
そして共に生きる事を誓い3人で愛を育んだことも思い出した。
『ラウラ、ずっと一緒にいよう。俺は君が大好きだ』
『わたしだってリィンと同じくらいラウラが好き。最高の親友だと思ってるから』
「リィン……フィー……」
どうして私は忘れていたのだろう、大切な二人の名前を……
「……私には帰る場所がある、大切な二人が待っている」
気が付けば私の体は元の成長した体に戻っていた。そしてその手には大剣が握られていた。
「ラウラ?貴方、その姿は……」
「母上……いえ貴方は本当の母上では無いのですよね」
「……気が付いたの?」
「はい」
私の言葉に母上は驚いたように目を見開いた。
「ならどうして目を覚まそうとするの?ここにいれば私とずっと一緒にいられるのよ?私の事が嫌いになってしまったの?」
「今でも母上の事は愛しています、でもこれはまやかしなんです。いつまでもここにはいられない」
私は母上の顔をしっかりと見て目を逸らさずに思いを伝えた。
「母上、私は生きます。一緒に生きていきたいと思う愛する人と最愛の友人が出来たんです……だからさよならを言わないといけません」
「……ふふっ」
私の言葉を聞いた母上は優しい笑みを浮かべて私を抱きしめた。
「母上?」
「ラウラ、確かに私は貴方の記憶から生み出された幻でしかない。でも貴方を想うこの気持ちは本物に負けていないと思ってるわ。だから貴方が自分で決断して歩もうとしているのがたまらなく嬉しいの。強い女性に成長したのね、ラウラ」
「母上……」
私は思わず泣きだしてしまいそうになった。確かにこの母上は偽物だ、でもこの温もりはかつての母上と同じ暖かさだった。
『逃がさない……逃がさない……』
だがそこに先程母上が倒した猟兵達がまるでゾンビのように腐った体になって起き上がってきた。
「ラウラ、剣を握りなさい。戦うわよ?」
「はい、母上!」
私は母上と背中を並べて猟兵達と戦いを開始した。
(幻とはいえ母上と共にならんで戦えるとは……!)
母上と一緒に戦えることを喜ぶ私、幻でもこうして一緒に戦えることが嬉しくてしかたがないんだ!
もう守られるだけの小さな子供ではない!私はそう気合を入れて猟兵達を薙ぎ払っていく。
『グガァァァァッ!!』
そこにひときわ大きな体を持った猟兵が立ちはだかった。肩に銃弾の痕があるのを見て私は先程フィーの双剣銃に撃ち抜かれた奴だと理解した。
「つまりそなたはあの時母上を撃ち殺した猟兵か。今度はそうはさせないぞ!」
振りかぶってきた拳を回避した私は大きく跳躍して頭に剣を叩きつけた。
「鉄砕刃!」
グラついた猟兵の体に母上が背後から攻め立てる。
「連撃槍!」
バランスを崩して倒れる猟兵、その隙に私と母上は剣と槍を振りかざした。
「蒼裂斬!」
「月光斬!」
青い斬撃と赤い斬撃が混じり合いより強力な一撃となって猟兵を飲み込む吹き飛ばした。だが猟兵はそれでも立ち上がろうとする。
「ラウラ、最後の一撃よ。息を合わせなさい!」
「はい、母上!」
私と母上は同時に駆け出して共に武器を叩きつけた。
『はあァァァァァァッ!!』
『グガァァァァッ!?』
そして私達の攻撃を×の字に喰らった猟兵はそのまま崩れ落ちて消滅した。
「はぁ……はぁ……やった」
私は大剣をしまいあの日何もできなかった弱い自分を少しだけ許せたような気がしたんだ。
「ラウラ、本当に強くなったわね」
「母上……」
母上は私に近寄ると頭を撫でてくれた。
「こんなにも大きくなって……出来れば生きて貴方の成長を見ていたかったわ」
「母上……私は……」
「そんな顔をしては駄目よ、ラウラ。私はもうこの世にはいない、今の私は貴方の記憶から生み出された幻でしか無いの。さあ、貴方は現実に戻ってなすべきを事を成しなさい」
「……はい」
母上と抱擁を交わして私は歩き出した。
「……母上」
「どうしたの、ラウラ?」
「私、好きな人が出来ました。その人は鈍感でお人よしで直に女性を口説いてしまう女たらしなんです、でも誰よりも優しくて他人の為に自分が傷ついても構わない危うさもあります。私は彼を……リィンを守ってあげたい。そして母上と父上のような素敵な家族になりたいんです」
「ふふっ、あの剣一筋だったラウラも恋をしたのね。貴方とリィン君の子を見て見たかったわ」
「それはいずれ……とにかく母上、私は前に進みます。だから見守っていてください。
「ええっ、勿論よ」
「それと……例え幻だとしてもまたこうして会えて嬉しかった……さようなら、母上」
もう振り返らない、私はそのまま歩みを続けた。そして深い霧の中に光を感じた私はそこに向かって進み続けた。
「さようなら、私の愛するラウラ。幸せになって頂戴、私の分まで……」
―――――――――
――――――
―――
「……ここは?」
私が目を覚ますとそこは小さな湖の中心にあった小島の上だった、近くには大きな木が立っているが注目すべきはそこに埋め込まれたモノだ。
「ゴスペル?」
そう、大木にはゴスペルが埋め込まれていたんだ。では近くに執行者が?警戒して辺りを見渡すとリィン達が倒れていた。
「リィン、皆!」
私は駆け寄ってリィンを抱き起す。
「フィー、ラウラ、レン、エレナ……行かないでくれ。もう一人は嫌だ……」
「リィン……」
苦痛に顔を歪めるリィン、もしかすると悪夢を見ているのか?
「リィン、大丈夫だ。私はここにいる」
私はリィンを抱きしめてそっと口づけをする。すると暖かい光が私の手から放たれてリィンに流れていった。
(母上?)
私はその力に母上の優しさを感じた、もしかしたら母上が力を貸してくれたのかもしれない。
「う、うぅ……」
するとリィンが目を覚まして私を見上げていた。
「リィン!良かった、目を覚ましたのだな」
「ラウラ、ここは……なんだか凄く苦しい夢を見ていたような……大切な人を全部失って暗闇をずっと一人で歩いていた……」
「リィン、悪夢はもう終わった。私はここにいる、そなたの側にずっといる」
「ラウラ……」
私はリィンと抱擁を交わしてもう一度口づけをした。リィンの唇の暖かさと柔らかさを堪能しながらお互いの温もりを感じ合い愛を確かめ合う。
「んんっ……」
するとリィンが下を口の中に入れてきたので私も舌を動かしてリィンの舌と絡ませていった。ああっ、恋をするとこんなにも幸せな気持ちになれるのか……私は改めてリィンへの愛を感じるのだった。
「う~ん……あれ、ここは?」
「ッ!?」
背後から声がしたので私とリィンは慌てて離れてそちらを見る、するとエステルが起き上がっているのが目に映った。
「エステル!大丈夫か!?」
「ラウラ……?うん、あたしは平気よ。貴方は」
「私も大丈夫だ、リィンも目を覚ました」
エステルも夢から自力で目覚めたらしい、流石の精神力だ。
「皆、起きなさい!」
エステルが喝を入れると眠っていた者達が目を覚ましていった。
「あれ、ここは……」
「なんだか懐かしい夢を見ていたような……」
シェラザード殿達も立ち上がって目を擦っていた。
そして私達は状況を説明し合うことにした。
「クソッ、不甲斐ねぇ。敵の罠にまんまとハマっちまった訳か」
「ああ、成すすべも無かった。相手が殺す気なら全滅もあり得ていたな」
アガット殿は敵の罠にはまったことを悔しそうにしてジン殿は敵が本気なら私達は絶滅していたと話す。
すると辺りの霧が集まってそれが2体の魔獣に姿を変えていった。
「魔獣!?皆、来るわよ!」
魔獣が現れた事にエステルが驚き武器を構える、私達も武器を構えて迎え撃つ。
魔獣の1体がエステルに拳を振るう、エステルはジャンプしてそれをかわしてスタッフを脳天に叩き込んだ。だが……
「えっ……きゃあっ!?」
攻撃をしたエステルの方がダメージを負ってしまった。
「エステル!?……アンタ、これでも喰らいなさい!」
エステルがダメージを負ったことでシェラザード殿が怒り魔獣に向かってアーツ『エアストライク』を放つ、だがもう一体の魔獣が間に入ってそれを受けた。
だが魔獣はダメージを受けた様子は見せず先程のエステルの時のようにアーツが跳ね返ってシェラザード殿にダメージを与えた。
「皆さん、この魔獣はそれぞれが物理と魔法を反射してきます!右がジュボッコで物理、左がザックームで魔法を反射しますので気を付けてください!」
エマが魔獣を分析して私達にそう話す、ならば私は魔法を反射する方を狙う!
「蒼裂斬!」
青い斬撃を放ち魔獣を攻撃する。よし、ダメージを与えたぞ!
もう一体の魔獣がカバーしようとするがジン殿に体を押されて邪魔をされた。
「そちら側にはいかせんぞ!」
魔獣はジン殿を衝撃波で吹き飛ばすがそこにオリビエ殿やエステル、エマの複数のアーツが放たれて魔獣を直撃した。
「よし、このまま奴らを分断して倒すぞ!」
リィンは分け身を使い本隊がフレアアローを放ち魔獣を攻撃する、そして分け身がもう一体に紅葉切りを放ち攻撃を仕掛けた。
「おらあっ!!」
アガット殿の炎を纏った一撃『フレイムスマッシュ』がザックームにヒットして怯ませる。すかさずジュボッコがそちらに向かおうとするがリィンが投げた煙幕手榴弾が視界を遮った。
そこにリィンと分け身が飛び回って錯乱を仕掛ける、そして困惑している隙にオリビエ殿とエマが放ったアーツが直撃した。
「よし、このままいけば……ッ!?」
リィンがこのままいけば押し切れると更に攻撃を仕掛けようとする、だがそこに更に大きな霧が集まって2体の魔獣を包み込んだ。
そして2体の魔獣が重なるように合わさると霧が晴れてそこからさらに大きな魔獣が姿を現したのだ。
「合体した!?」
「来るぞっ!」
エステルは魔獣が合体したことに驚き魔獣が腕を振り上げた、そしてアガット殿の叫び声と共に勢いよく地面を叩いた。
なんとか全員がその攻撃をかわすが魔獣は姿を隠してジン殿の背後に回って奇襲を仕掛けてきた。
「ふっ!」
奇襲に気が付いたジン殿は攻撃をいなして逸らす、そして反撃を打ち込むが直ぐに姿を消されてしまいかわされた。
「くそっ、早いな!」
「エマ、アイツの居場所は分からない?」
「探ってはいますが動き速度が速くて……ッ!?前から攻撃が来ます!」
エステルはエマに魔獣の居場所を探れないかと言いエマも既に探る動きを見せていたが魔獣の動きが速いためにとらえきれないようだ。
だがエマは何かを察したのか攻撃が来ると叫んだ。すると魔獣が高速で移動して体当たりを仕掛けてきたんだ。
「がはっ!?」
「ぐうっ!?」
私はかわせたがオリビエ殿とシェラザード殿が体当たりを喰らい地面を転がった。
「また来るぞ!」
アガット殿がそう叫ぶが魔獣は既に姿を消してしまった。
「リィン、あの手で行くぞ」
「あれか、了解!」
わたしとリィンは背中合わせになると魔獣がいつ現れてもいいように警戒をする。これは広い戦場で生き残るためにリィン達が編み出した陣形らしいんだ。
なにせ戦場ではあちこちから危険が迫ってくる、それら全てを完璧に対処するのはとてもではないが難しい。だからこうして背中を合わせてお互いをカバーし合うのが基本らしい。
仲間を信じて背中を任せる、強い信頼関係が無ければ出来ない動きだ。
「前か!」
そして魔獣がリィンの側に現れて鋭い爪を突き刺そうとした、だがリィンはそれを太刀で弾いて隙を作る。
すかさず私が攻撃を仕掛けて魔獣を切り裂いた、魔獣は雄たけびを上げながらまた姿を消す。
今度は私の右斜めに姿を現して光を矢の形にして高速で複数放つ、だが私は大剣を振るい矢を弾く。
「緋空斬!」
それと同時にリィンが動いて緋空斬を放っていた。それは見事魔獣に直撃してダメージを与えた。
「凄いわ二人とも!息ピッタリじゃない!」
エステルは私達の動きを見てそう褒めてくれた。
魔獣は更に大きな雄たけびを上げると私達の周りに小さな悪魔のような魔獣が現れた、恐らくあの魔獣が呼び寄せたのだろう。
「数で押し切ろうとしているみたいだが、こういうのは寧ろ想定しているシチュエーションだ」
「ああ、合わせろリィン!」
私達は一斉に飛び掛かってきた魔獣たちを抜群のコンビネーションで対応していった。
リィンが3体の魔獣を切り裂くと攻撃後の隙を狙い2体の魔獣が飛び掛かった。
「ラウラ!」
「任せろ!」
リィンは膝を曲げて身を低くする、そして私はリィンの背中に手を置きリィンを乗り越えながら回転斬りを放ち魔獣を斬る。
「ラウラ、飛べ!」
リィンは低い体勢で孤影月を放った、私が飛んでそれをかわすと背後から迫っていた魔獣に直撃した。
「リィン、手を借りるぞ!」
私はリィンの方に落下するとリィンは両手を合わせて足場になる、私はリィンの手を土台にもう一度飛んで鉄砕刃を放ち魔獣たちを打ちのめした。
「ッ!!」
だが大型の魔獣が背後から音もなく表れて巨大な両手で私達を叩き潰そうとした。
私とリィンは力を合わせてその攻撃を受け止めてそのまま弾いて体勢を崩させた。
「螺旋撃!」
リィンの放った一撃が炎の竜巻となって魔獣を覆い隠した。
「ラウラ、行くぞ!」
「ああ、任せろ!」
私は勢いよく走りだしてリィンは私の目の前にもう一度螺旋撃を放ち炎の竜巻を生み出した。
「はあっ!」
私はその竜巻に飛び込んで炎を纏い魔獣に突っ込んでいった。
「コンビクラフト!『獅子・炎撃殺』!!」
私の放った一撃が炎の獅子と変化して魔獣を飲み込んだ、そして小型の魔獣たちもろとも魔獣を焼き尽くした。
「ふう……終わったな」
「やったな、ラウラ」
「ああ、私達の勝ちだ」
私は勝利を確信して安堵の息を吐く、そしてリィンとハイタッチをして勝利を分かち合った。
「やったわね、リィン君!ラウラ!」
「良い所を取られてしまったね」
そこにエステルとオリビエ殿が来て労いの言葉をかけてくれた。
「でもどうして魔獣が現れたのかしら?執行者の姿は見えないのに……」
「……いいえ、直ぐ近くにいるわ」
エステルの呟きにシェラザード殿がそう答えた。彼女は何かに気が付いたのか?
「シェラ姉?」
「いるんでしょ?そろそろかくれんぼは止めて姿を見せなさい……姉さん!」
『……ふふっ、気づいていたのね』
シェラザード殿の叫びと共に大木近くに霧が集まっていく、そして霧が人の形になるとそこから黒い着物を着た女性が姿を現した。
「はじめまして、私はルシオラ。よく来たわね、遊撃士たち」
遂に執行者が姿を現したか、私は大剣を構えて警戒するのだった。
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