帝国兵となってしまった。
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振り回されるのはパイクの方ではなく、お互いに振り回すのは相手を伺う視線。よく見なくても判る理解出来る隙がない。背中の肌を舐める如く這って落ちていく汗。胃のあたりに重石があるように感じる。よく見ていたがこれが先に動いた方が負けるという感覚か。よく視界が広がる奴の槍は一般的なものよりも大分と刃が長い。それは横に凪ぐことや斬るためにだ。相手の懐に瞬時に入らなければ、おそらく、いや確実にこちらがたたき落とされる。その予感は正しいと判断するに足る証拠がある。
叩き落とすと決めているのだろう。それができるという自信が揺るがないからこそ、刃先も揺るがない。
「また、こんな仕事か。指揮を頼むぞヘスラー!」
術式で飛ばしているのについ向こうにも聞こえるように呟いてしまった。その様子を見たフィアルトは口角を上げる。
「会えて良かったな。ジシュカ卿。今すぐにでも降伏して我が主に、その頭を垂れるのならば見逃してやってもいい。貴官が活躍できるのは帝国軍ではないだろう。」
ふざけるなよ。今更、そんなことできるわけ無いだろ。口を開けば舌の枚数と言葉数が累乗して増えて信用できない連合王国の誘いに乗れはしない。お前らの信用度は藍染より低く、何かをやらかす信頼度はうちはマダラより高い。頭天竜人並みだろ。一カ国で表紙の巻頭カラー制覇してるような奴らだ。ゼロの使い魔みたいにレコン・キスタ起こされて国内分断されたほうが‥‥いや、すまないもう分断されてたな。アーサー王が蘇っても異民族の君たちが粛清対象だと思うよ。
国内円卓の騎士並みにガバガバだから仕方ないよな。悲しい国家ランキングでは常に上位だろ。国民全部が流刑地にいるようなものだからな。なにが偉大なんですか?偉大な奴は自ら偉大とか名乗らないと思うんだけど。そんなんだからローマ軍に盾を構えられただけで圧死する蛮族の土地なんじゃないですか?復讐するよりされる方がお似合いだろ。これも言い過ぎたな。ロイヤルストレート犯罪国家ではあるがサンドイッチに挟んであるペラペラのハム程度には気を使うべきだと思う。
「ほほぅ、私のパイクの前で何か失礼なことを考えてないか?大した度胸だ小僧。だがな、帝国軍は崖の前だ。」
こちらを惑わすためなのか刃先を揺れ動かしながらフィアルトは問うてくる。そうか、俺も覚悟を決めるときが来たようだ。おかしいなイスパニアに来てから毎回のごとく覚悟を決めさせられてる気がする。覚悟完了なんてそんな一生でそうあることでもないはずなのに。
「いえ、全然失礼なことなど考えていません。連合王国が積み上げてきた功績を考えて、思いを馳せていただけです。それだけに、連合王国はアカと仲良く手を組むとは随分と帝国よりも先進的になっていて、実際に我々より一歩前に進んでおられるとね。」
それを言い終わるや否や、ぶれたように見える槍の先から一撃が飛んでくる。避けようと体はするがそれは間違いだ。正解は地上と違い、足は地についてない事で素早く何回も槍を突けない事から更に前に進むこと。死地に入らなくては何も得ない。そうだ昔から言われている虎穴には入るものだとな!
何度かの槍先との出会いを終わらせ、ついに脇で槍を捕まえるとそのまま前に進む。フィアルトが槍を横に回し叩き落とそうとするがこっちは、前世でもジャイアントスイングをプロから受けたことがあるほど遠心力と馴染みが深いのだ。それぐらいではどうにもならない。
「そうか!残念だったな!小僧!」
フィアルトは槍を捨てて、短剣を出しこちらに突き刺そうと魔導刃を展開する。その動きは見切った!体を逆に正面に直す。
「フィアルト卿破れたり!攻撃のために投げるわけではなく、自ら武器を捨てるとは!」
気合を入れて大声を張り上げる。かなりの声に一瞬でこの一騎討ちに注目が集まる。そうだいい子たちだな。それが目的だ。いいか俺、兎に角我慢しろよ。残念ながら俺は指揮官で男だ。それに似たような状況のターニャのおっさんができたことが出来ずに何が指揮官だ!俺は今ここに彼らを勝たせるために立っている!実力で及ばないのならば、ふさわしいやり方がある!
「なるほど。ほざけ!小僧!」
向こうも急速に近寄ってくる。今度は逆だ。刀のリーチを潰すためにこちらにフィアルトが近寄らねばならない。だが‥‥。
「いいから間に合えよ!」
刀を捨てる。その行動に意表を突かれ、何かを感じたのかフィアルトは距離を取ろうとする。が遅い。
「速度の性能は帝国の方が上のようだな。」
距離を取れないと悟ったフィアルトは体を回し、遠心力を利用し短剣を俺の胸に刺そうとする。だからこそ俺は‥‥“回避せずに”腕で受ける。死ぬ程痛い。熱い、このクソジジイが!そのまま、押し切って短剣で俺の胸を貫こうとフィアルトが両手で押すのを見て、痛みながら笑った。退けば老いる、臆せば死ぬ。
「何がおかしい!痛みで気が狂ったか小僧!?」
いや、簡単なことだからだ。それは極めて簡単。逃げれば一つ、進めば二つ。このまま掴めば2つだ。
「フィアルト卿、捉えたり!」
相手の腕を捕まえて、より深く腕に刺させる。痛みに震えるし汗がでる。熱いのに寒気がする。だが、それでいい。一つではない。
「まさか!!」
必死に手を離そうとするが遅い。そして、肺から声を響き渡らせた。血の滴ることを気にもせず。俺とお前で2つだ。
「見よ!これが帝国の‥‥帝国の勝利だ!フィアルト卿討ち取ったり!勝利の勝鬨をあげよ!旗を高く讃えよ!天を地に落とすほどに高く!高く!高く!」
そして、自爆術式を起動させた。なぜ考えていたようにうまくいかないのだろうか。しかし、これで生きていたら、ターニャよりはスムーズに予備役に入れられるかもしれない。フィアルトの爺さんみたいなのより、多分アンソンのほうが強いだろうから。というかなんで俺だけ強いやつばかりと当たるんだよ!存在Xはやっぱり嘘だ!神は死んだ!だからこその人間の時代だ!新時代がやってきたんだ!神だとしてもお前は旧神で十分だ。
「見事なり!その忠誠!貴様の中に勇を見たり!」
フィアルトが爆炎に飲まれながら叫び上げる。知らないよそんなこと。痛みと出血からか眠くなってきた。
「そう、地獄で会おうぜ爺。」
吹き飛ばされるのを感じる。そして、俺の意識は無くなった。死んだのか?俺は。また?何も成し遂げれずに。俺は何のために戦っているんだ?
さざ波のような音が聞こえる。信じられないくらいに体が冷たく、どこかに横たわっているのを感じる。これが死んだという事なのだろう。それにしても周りが暗いのに自分の手はよく見えている。もう諦めたっていいだろう。
『本当にそれでいいんですか?』
誰かの声が聞こえたが知らん。俺は巻き込まれただけだ。だが、それでも。たとえそうだとしてもこれは‥‥。
「でもな、誰でもないこれは俺が始めた物語だよな。そうだよ。誰でもなく、俺が勝手にやってこうなった話だ。なら少しだけ。もう少しだけ頑張ったほうがいいのか?」
暗闇の中、立ち上がるとどこからか声がする。『そんなことはしなくてもいい。』『所詮、そうやって愚民に使われるの事になるのだ。』『貴方なら立ち上がりますよね。大尉。』知らない声だ。知ってる気もする。俺はどうすればいいんだ?俺は誰だ?肥田慎吾?フリードリヒ・デニーキン・ジシュカ?それともあのときに名乗ったミハイル・‥‥。
突然視界が揺れ、体が揺れると俺は思い切り息を吸い込んだ。
「無事だったか!特務大佐!」
バークマンに肩を持たれ抱きしめられる。爺に抱きしめられる趣味はないしめっちゃ痛い!
「どうなってるんですか?バークマン司令。」
こちらをバークマンが見ると咳払いを一つして、向かい直す。
「まず、端的に言って帝国軍は勝利した。イスパニア内戦は終わったのだ。そして、お前は一週間死の淵を彷徨っていた。幸い、腕はガーデルマンが綺麗にくっつけた。高射砲で吹き飛んだリーデルの足をくっつける片手間に綺麗にな。奴は立派なやつだ。そして、お前にはあるものを陛下が用意したわけだ。」
すごい嫌な予感がする。なんか見たことあるぞこの流れ。いやまて、慌てるような事でもない。
「何でしょうか?」
俺の問いかけにバークマンから手渡されたのはお馴染みの柏付銀翼突撃章ではない。何かが違う。
「私の提案でな。陛下と協議して決めたのだ。12人のみに送る予定のダイヤモンド柏葉剣付銀翼十字勲章だ。」
聞いたことないけど聞いたことあるんですけどそれ!
「なぜこれを!?」
本当になんでだよ。俺は言われた通りのことしかしてないし、謎の勲章作るより、除隊させてくれたほうがいいわ。もうフィアルトの爺さんみたいなやつと戦う気ないわ!
「陛下の侍従長が突然、イスパニアでの戦勝を聞いてな。広がった版図を見て、貴官の他に十二の勇士が今代で集い大帝となるのを夢に見たと言っていて、陛下と私も同意した。だから、作ったのだ。まずは貴官に授ける。」
いや!作った方の理由は聞いてないんだけど!激痛中二妄想とか聞かされてどうしろと?というかなんで俺がそれに選ばれる?途中で指揮放棄して自爆した最低な指揮官だぞ。
「私は、小官は受け取るわけにはいきません。途中で指揮を放棄し、敵の指揮官と一騎討ちをしました。その資格はありません。すべての功績はこの作戦に参加した全ての兵士たちのものであり、私の功績は指揮を放棄したことで相殺されるべきです。小官は同僚や部下や友軍の功績を盗むような厚顔無恥ではありません。従って、それはしまってください。」
やんわりとバークマンの手にある勲章を押し返す。それにしても今気づいたが、いやに豪華なベットや内装だな。ベルンホテルとかか?ここ?何人もの医者や看護師も見える。
「やはり、言ったではありませんか陛下。ジシュカという男はこういう奴です。小官程度の命令ではこうもなります。義理堅い男で、実直です。まさに帝国人。」
陛下って?まさか、ここって‥‥。
「そうだな。フリードリヒ・デニーキン・ジシュカ“准将”。皇帝からの命令ならばどうだ?」
クソ!はめられた!バークマンは断るのを理解していて陛下まで用意した!何だこれ詰み将棋か?いや、今なんか違和感が。
「待ってください陛下。フリードリヒ・デニーキン・ジシュカ准将とは?」
それに対して、ニコリと笑ったと思うとこちらを見て告げる。
「こんな英雄を昇格しなければ誰が昇格できるというのだ?帝国の版図はすでに旧大陸の大多数を支配した。詰まる所がお前の活躍にある。民はお前の戦果を毎日新聞やラジオで知り、敵の指揮官と決闘をするような古式ゆかしき働きに騎士譚のようだと持て囃す。議会だろうとこれには逆らえんだろう。」
そんなこと何一つ、してないんですけど!勝手に戦わされて勝手に一騎討ちになって、勝手になんやかんやあってこうなってるのに英雄とは?英雄なんか近代戦で生まれるわけ無いだろ。というかマルフーシャやフィアルトみたいなのが出てくる大戦とか無理。
アンソンとメアリーのフルコースとかなんの神罰だよ。許されるわけねーだろそんなの。ふざけやがって俺は軍をやめるぞ!やっぱつれぇよ。
「小官は英雄でありません。沢山の血を流しただけの無能です。それにこの体は自爆によって‥‥。」
続けようと思ったがバークマンが笑顔でこちらを見た。
「ガーデルマン、ジシュカ准将の体はどうだ?」
嫌な予感がする。大抵これが外れたことはない。
「まるで問題はありません。タフという言葉は准将とリーデル中佐のためにあると言っていいです。私の所見では近代医学の敗北ですね。こんなに治りがいい患者ばかりなら医者はいりません。正直、伝説の賢者の石を使っていると言われたほうが納得がいきます。」
いや、賢者の石とか言われても国土錬成陣なんか作れないし、そんなものはない。
「だそうだ。ジシュカ准将。正直、私も頭から地面に落ちて地面と当たってゴムボールのようにバウンドしたとか、トマトが地面で潰れた様に血が溢れていたと聞いたときは心配したが日に日に体が治っていくのを見ていて安心した。」
えぇっ‥‥。そんなに酷かったのか?というか頭から落ちて平気とかこの体どうなってるんだ?そういえば。
「フィアルトはどうなりましたか?」
それを聞いたバークマンは頭を横に振った。
「左腕と左足が根本からなくなって、右の膝から下が吹き飛んだが平気だ。捕虜としている。それにジシュカ准将が死ななかったのもとっさにフィアルト少将が一騎討ちなのにも関わらず、自分の部下に助けてもらおうという考えがよぎり、准将に失礼なことをしたので保護したからだそうだ。奴こそ、武人なのかもしれんな。」
その上で頭から落ちて、俺はボールみたく跳ねたのか?ちょっと何言ってるかわからないよ。
「気にすることはない。フィアルト少将は今度の外交会談で引き渡すことになっている。」
陛下が優しげな眼差しを送ってきたが情報のシャワーで俺はやられた。情報過多すぎる。
兎も角として昇格も受勲も断れずに受け取る羽目になった。こんなはずじゃなかった!どうしてこうなった!
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