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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第5章】第二次調査隊の艦内生活、初日の様子。
   【第3節】八神家、秘密の内部事情。



 一方、こちらは、シグナムとアギト、ヴィータとミカゲの四人部屋です。
 昼食後、機械人形(アンドロイド)が食事用のワゴンを()げに来た際に、ヴィータはそれに命じて、代わりに「余分な椅子」を二つ持って()させました。
 そして、四人はドアをロックしたまま、しばらくは今までどおり何もせずに、ただベッドの上でゴロゴロとしていたのですが、じきにアギトが()を上げてしまいます。
「ああっ、もう! アタシたち、一体いつまでこの部屋に閉じこもってなきゃいけねえんだよ?」
「最初に言っただろう。新世界に到着するまでの間、我々がなすべきことなど何ひとつとして無い」
 同じベッドの下の段で、シグナムは冷静にそう返しました。
 実のところ、ザフィーラが談話室で語った『自分以外の八神家のメンバーには、現地に到着してからのことなど、いろいろと事前に話し合っておくべき事柄があるから、こちらには来られないのだ』という説明は、真っ赤な嘘でした。実際には、新世界での行動計画など、〈本局〉を出航した時点ですでに「すべて」出来上がっています。
「いや。それは解ってんだよ。別に、忘れた訳じゃねえよ!」
 要するに、アギトは『もう暇すぎて耐えられない』と言っているのでした。

 すると、ヴィータが笑って身を起こしました。
(くどいようですが、彼女はもう十年以上も前から、ずっと「大人の姿」でいます。)
「仕方ねえな。早速だが、アレを出すか」
「待ってたデス!」
 ミカゲも二段ベッドの上の段から、身軽に飛び降りて来ます。
 そして、二人は「個人的な手荷物」として持ち込んでいた「90センチ四方ほどの大きさの、随分と厚みのある箱」を開封し始めました。
 そこで、シグナムもようやく体を起こします。
「一体何が出て来るんだ?」
「暇つぶしの最終手段だよ」
 ヴィータは笑って、ミカゲとともに「キャスター付きの台座」と「丈夫な支柱」と「バッテリー内蔵型の大きな本体」とを手早く組み立てて行きました。
 そして、組み立てが終わると、ミカゲはまるで『それを自分の「ポケット」の中から取り出した』かのような口調でこう言いました。
「ぜんじど~マージャンたく~」
 ヴィータが事前に機械人形(アンドロイド)に「余分な椅子」を二つ持って来させておいたのも、決して来客用とかではなく、麻雀をするためだったのです。

「しかし……お前は、一体どこでそういう口調を(おぼ)えて来るんだ?」
 シグナムは思わず、呆れたような苦笑まじりの声を上げました。シグナムたちは、はやてがまだ小学生だった頃に日本でその国民的なアニメを観たことがありましたが、あの頃、ミカゲはまだそこにいなかったはずなのです。
「マイスターの許可を得て、ミカゲはこの数年、自宅で暇な時には地下の『地球ライブラリー』にあるアニメや特撮や時代劇を()まくっているのデスよ」
 ミカゲは何やら妙に得意げな表情でそう返しました。すると、ヴィータは面白がって、そんなミカゲにこう問いかけます。
「時代劇は、何が気に入った? 桜吹雪の方か? それとも?」
「終盤の導入部で、小舟(こぶね)一丁(いっちょう)()なのに、もの凄い速さで進んで行くやつデス」
「いきなり、破れてる方の奉行(ぶぎょう)かよ!(笑)」
(……ええ。何だよ? それ……。)
 アギトは、はやての個人的な『地球ライブラリー』をほとんど観ていないので、地球の時代劇と言われても、正直なところ、桜吹雪の話と印籠(いんろう)の話ぐらいしか解りませんでした。
(アギトには、リインや守護騎士たちのように地球で何年も暮らした経験が無いので、なおさら地球の話はよく解らないのです。)

 それはともかく、アギトは床に降りると、ヴィータから手渡された自分用の椅子を指示どおりに部屋の一番奥まで運び込みながら、ごく軽い口調でこんな不平を述べました。
「でも、確かに、暇つぶしにはなるけどさ。麻雀って、まるっきり運ゲーだよね?」
「どうせ、ただの暇つぶしなんだから、運ゲーで良いんだよ。レッサンブロのような、実力だけで勝敗が決まっちまうようなゲームだと、ムキになるヤツが約一名いるからな」
 ヴィータは笑って、シグナムに冷やかすような視線を向けます。
「誰がいつムキになったって?」
 シグナムがいささか不機嫌そうな声を上げると、ヴィータはすかさず、笑ってこう返しました。
「昔のベルカで、誰かさんは旅の吟遊詩人に負けた後に、『もう一局!』とか言って粘ってただろう」
「そんな大昔の話はやめろ。(あるじ)はやてと出逢う以前のことなど、もう忘れたわ」
 シグナムは苦笑しながらも、やや忌々しげな口調でそう吐き捨てます。

 そして、ヴィータとミカゲが全自動麻雀卓を二台のベッドの真ん中に置いてキャスターを固定すると、その奥に押し込められた形のアギトは、ふとヴィータに尋ねました。
「ところで、姉御(あねご)。レッサンブロって、昔のベルカにあった、地球の将棋みたいなゲームのことだよね?」
「ああ。将棋と違って、取った駒は使えねえから、どちらかと言えば、チェスの方に似てるんだけどな」
「アタシは地球の将棋って、マイスターが昔の家で名人戦か何かの録画を観てたのを、脇で眺めてたことぐらいしか無いんだけどさ。冷静に考えて、『取った駒を使える』のって、やっぱ、異常(おか)しいんじゃない? アレ、『捕虜がすぐに寝返る』って意味だよね?」
「ああ。はやてが言うには、アレは『戦闘シミュレーションという建前(たてまえ)をかなぐり捨てて、単純にゲームとしての面白さを追求した結果』なんだそうだ。
 実際、将棋も何百年か前まで、取った駒は使えねえってルールだったんだが、それだと、九九(くく)81マスの盤では、イマイチ盛り上がらねえゲームだったらしい。だから、その当時は、レッサンブロと同じ12 × 12の大きな盤を使って、駒の数も種類ももっと増やした将棋の方が、よく遊ばれていたとかいう話だ」
 ヴィータが言っているのは、いわゆる「中将棋」のことですが、そうした説明を受けても、アギトはまだちょっと納得できていない様子です。
(いや……。その建前は、やっぱり、かなぐり捨てちゃダメなんじゃないのかなあ?)

 一方、ミカゲは自分用の椅子をアギトと対面する位置に運びながら、ふと思ったことをそのまま口にしました。
「具体的には、レッサンブロって、どんなルールのゲームだったんデスか?」
「あたしも細かいルールまでは、もう(おぼ)えちゃいねえよ」
「どこかに、憶えてる人って、いないんデスかね?」
 この質問には、シグナムがヴィータに代わってこう答えます。
「ベルカでも、第二戦乱期の末頃には、すっかり(すた)れてしまったらしいからな。それで、ミッドや他の世界にはろくに伝わらなかったのだろうが……確か、ブラウロニアが『両親が生きていた頃には、よく指していた』ようなことを言っていたな」
「コリンティアか。あそこも、古いベルカの文化がいろいろと生き残っている世界だが……さて、今回の新世界は、その(あた)り、どうなんだろうな?」
 ヴィータは一組目の(ハイ)を全自動卓の中に投入しつつ、ふとそんな感想を漏らしました。

【なお、レッサンブロの具体的なルールに関しては、もしリクエストがあれば、その時に御紹介します。……多分、そんなリクエストは来ないだろうけど。(苦笑)】

「そう言えば、ミッドって、麻雀のようなゲームも無いし、レッサンブロのようなゲームも無いし、意外と『小さな娯楽』の少ない世界デスよね?」
「まあ、地球が……と言うか、日本が……格別に娯楽の多い社会だからなあ。あそこと比べたら、大概(たいがい)の世界はそうなんじゃねえのか? 日本とマトモに張り合える土地なんざ、主要な管理世界の中ではカロエスマールぐらいのモンだろう」
「でも、姉御(あねご)。アタシもそれほど多くの世界を巡った訳じゃないけどさ。ミッドには、やっぱ、そういうの少ないって。室内遊戯なんて、ほとんどカードゲームの(たぐい)ばっかりじゃん」
「どうしてなんデスかね?」
「そもそも、ミッドで娯楽と言ったら、普通はアウトドアだからなあ」
 ヴィータがそう言いながら、シグナムに視線を向けると、それを受けて、シグナムはこう答えました。
「確かに、それもあるだろうが……どの世界でも古来、盤上遊戯には賭博(とばく)が付き物だった。しかし、聖王家直轄領時代のミッドでは、総督家が繰り返し『賭博禁止令』を出していたと言うからな。それで、その種の遊戯はあまり発達しなかったのだろう。大方、カードは『すぐに隠せるから、バレにくかった』というだけのことだったんじゃないのか?」
 実のところ、ミッドで古来一貫してカジノの(たぐい)がすべて非合法とされているのも、旧総督家のそうした指導の賜物(たまもの)なのです。

 そんな会話の後、シグナムとヴィータがそれぞれに自分のベッドを椅子として使う形で(正式な「席決め」の手順は省略して)四人とも席に着きました。
 ヴィータが二組目の(ハイ)を全自動卓の中に投入すると、すぐ入れ替わりに一組目の(ハイ)がきれいに積み上がった形でせり上がって来て、13時頃には、いよいよゲームの開始となります。
「じゃあ、ルールはいつもどおりで行くぞ」
 八神家の麻雀ルールは昔から、いわゆる「ナシナシ」でした。
 つまり、「喰いタン」も「後づけ」も無しなので、『なるべくメンゼンで、なおかつ、事前に役を作っておく』という姿勢が必要になります。
 また、八神家では、イッパツや裏ドラはアリですが、赤ドラは使いません。放銃はダブロン無しの(あたま)ハネ。しかも、時間さえあれば半荘(ハンチャン)では終わらず、そのまま西場(シャーバ)北場(ペーバ)にまで突入するというのですから、最初から長期戦(暇つぶし)を想定したルールなのです。
 サイコロを振って、起家(チーチャ)はシグナム、南家(ナンチャ)はミカゲ、西家(シャーチャ)はヴィータ、北家(ペーチャ)はアギトとなりました。

【以下は、あくまでも「私の個人的な感想」ですが……一般には『アリアリは実力重視のゲームになりやすく、ナシナシは運重視のゲームになりやすい』と言われているようですが、その場合の「実力」とは、詰まるところ「早上がりの能力」のことでしかありません。
 それはそれで、「ひとつのルール」としては一向に構わないのですが、最初からそれ一辺倒では、『組み合わせを変えながら、より高い手を目指してゆく』という「麻雀というゲームの、本来の楽しみ方」が解らなくなってしまいます。
 だから、特に初心者のうちは、ナシナシでゆっくりと役作りを楽しんだ方が、麻雀というゲームそれ自体をより好きになれるのではないでしょうか。】

 さて、『各局で親が何回、連荘(レンチャン)するか』によっても変わって来ますが、北場(ペーバ)まで一荘(イーチャン)を戦い抜くと、それだけで軽く2時間以上はかかります。
 15時半を少し回ったところで、ようやく最初の一荘(イーチャン)が終わりました。
 結果は、たとえオーラスのハネ満が無かったとしても、シグナムの圧勝です。

 シグナム「タンヤオ、ピンフ、リーチ、ツモ、イーペーコー、ドラ1。ハネ満。6000、3000だ」
 ヴィータ「お前って、ホントにメンタンピン、好きだよなあ。(呆れ顔)」
 シグナム「最初に、(あるじ)はやてから『麻雀の基本はメンタンピンだ』と教わったからな。基本に忠実に打っているだけだ。(真剣な眼差し)」
 ミカゲ「ミカゲはもう3000も残ってないデス。(半泣き)」
 アギト「何故(なんで)みんな、アタシが親の時に限ってツモで上がるんだよ。(不満そう)」
 ヴィータ「そういうのを『運が()え』って言うんだよ。(笑)……さて、晩飯(ばんめし)までに、もう一荘(イーチャン)できそうだが、どうする?」
 アギト「少しは勝たねえと、終われねえよ!」
 ミカゲ「次こそ、リベンジするデス!」
 シグナム「うむ。受けて立とう」
 ヴィータ「よぉし。そう来なくっちゃなぁ」

 こうして、席順はそのままで、二回目の一荘(イーチャン)が始まりました。今度は、ヴィータが起家(チーチャ)となります。


 そして、16時を少し回った頃、スピーカーから唐突にシャマルの声がしました。何やら溜め息まじりの、ちょっと(さび)しげな口調です。
「なんだか、みんな、楽しそうね~」
「ああ。お前にばかり負担をかけて済まないとは思っているよ」
「おつとめ、御苦労様デス」
 シグナムとミカゲが真顔で頭を下げて見せると、ヴィータはそれに続けてこう問いかけました。
「何だよ。艦橋(ブリッジ)の方は、もう忙しくねえのか?」
「正直に言うと、もうベルカに着くまでは暇ね~。例の件だって、何か動きがあるとしても、新航路に入ってからのことになるだろうし」
「シャマ(ねえ)。何だか物騒な話も聞いてるけど、そっちの件は本当に大丈夫なんだよね?」
「ええ。そちらは、タオちゃんが上手(うま)くやってくれているわ。この様子だと、新航路に入ったらすぐにでも(かた)が付いちゃうんじゃないかしら」
 アギトの懸念にも、シャマルは自信満面の口調でそう答えました。
【どうやら、艦橋(ブリッジ)の方でも、何らかの状況が進行しているようです。】

 そして、シャマルはもうしばらく「どうでもいい雑談」をしてから、また自分の職務に戻って行きました。そこを見計(みはか)らって、ミカゲはツモ切りをしながら、小声でふとこんな疑問を漏らします。
「ところで……シャマル姉さんって、昔は料理が下手(へた)だったんデスか?」

 シグナム「これは、また古いネタが出たな。(笑)」
 ヴィータ「念のために言っておくが、別にマンガに出て来るような『ゲロマズ』だった訳じゃねえぞ。(笑)」
 アギト「ただ、マイスターの料理は、昔から『(げき)ウマ』だったからなー。アレと比べちゃうと、さすがにちょっと見劣りがしたよ」
 ミカゲ「でも、今は別に下手じゃないデスよね?(不思議そうに)」
 シグナム「ああ。お前はもう(おぼ)えていないのか」
 ミカゲ「何の話デスか?」
 ヴィータ「十二年前の秋、あたしらが非合法の研究施設をブッ潰して、初めてお前を保護した時のことなんだが、同時に、訳の解らねえ『違法プログラム』も幾つか押収されてなあ。よく調べてみたら、それがあたしら守護騎士に『強化プログラム』として使えそうな代物だったのさ」
 アギト「それで、姉御(あねご)たち四人に、それぞれ良さげなヤツがインストールされたのが……次の年の夏のことだったっけ?」
 ヴィータ「ああ。今にして思えば、シャマルはそれまでずっと、味覚センサーや口内の圧力センサーに若干のバグを(かか)えていたんだよ。それで、料理の味付けや固さの加減が微妙に異常(おか)しかったのさ」
 シグナム「新暦84年の夏に専用の『強化プログラム』を導入して、そのバグが修正されてからは、お前もよく知ってのとおりだ」

 実際のところ、今ではもうシャマルの料理の腕前は、はやてと比べても『ほとんど遜色(そんしょく)が無い』と言って良いほどのモノになっています。
 一方、ミカゲはかつて某管理外世界の「あからさまに違法な魔導研究施設」で長らく(とら)われの身となっており、そこで『保護された記憶(メモリー)まで何割かを強引に消去(デリート)されてしまう』など、相当な虐待を受けていました。そのため、八神家によって救出・保護された後の「丸2年ほどの具体的な記憶」は、彼女の「深層メモリー」を充分な深さにまで埋め戻すために使われてしまいました。人間で言えば、乳幼児期の記憶のように「無意識の奥底」へと沈んでしまったのです。
 結果として、ミカゲが現在、明瞭に思い出すことができるのは、新暦85年の「お引っ越し」以降の、ここ九年半ほどの事に限られていました。
【ユニゾンデバイスの深層メモリーについては、「プロローグ 第6章 第6節」の後半を御参照ください。】

 そして、四人は麻雀を続けながらも、さらにこんな会話をしました。
「じゃあ、シャマル姉さんは、例の〈マルチタスク〉も、その強化プログラムのおかげなんデスか?」
「ああ。ただし、同じ用語でも、普通の人間が言う『マルチタスク』は、単なる『ながら』の延長だからな。無理に二つの作業を同時に進めても、現実には、単位時間あたりのストレス量が下がるだけで、作業効率そのものはロクに上がらねえ。普通の人間は、おとなしく『目の前の一つ一つの作業』に集中していた方が良いんだよ。
 まあ、空士のような『高速思考』のスキルを持つ魔導師なら、効率を下げずに幾つかの作業を同時に進めることもできるんだが、それはただ単に、脳の各部位の『スキマ時間』を埋めていく形で細かく作業を割り振って、脳全体を休ませずに働かせ続けているだけのことだ。しばらく続けると、必ず頭が痛くなって来る。
 ヴィヴィオのように『例外的に』マルチタスクの得意な人間もいるが、それでも、5(ハウル)も続けるのは無理なんだそうだ。結局のところ、生身の人間には、なかなかシャマルのように『何時間もぶっ続けで、脳内で幾つもの複雑な作業を同時に進めていく』なんてことは、できやしないのさ」
【ヴィヴィオのマルチタスクについては、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ04」を御参照ください。また、シャマルが〈スキドブラドニール〉の艦橋(ブリッジ)で『具体的に何をしているのか』に関しては、第三部で改めて述べることにします。】

 ミカゲ「ということは……姉さんたちはその時の『強化プログラム』で、四人とも何かしら新たな能力を手に入れたってことデスか?」
 シグナム「そうだな。まず、四人とも魔力量がそれまでよりも格段に多くなった。今では、(あるじ)はやてと比べても、さほどの見劣りはしないぐらいだ」
 ヴィータ「まあ、あたしらは当時、身体(からだ)構造(つくり)が人間に近づいた結果、ただの『守護騎士プログラム』だった頃のように『マスターから直接に魔力供給を受ける』ということが、もうできなくなっちまってたからなあ。
 だから、考えようによっては、それはただ単に『そうしたデメリットが(おぎな)われて元に戻った』というだけのことだったんだが……それでも、あたしらは、はやてに魔力供給の手間をかけさせる必要が無くなったし、あたしが今、はやてと同じ〈神域魔法〉を扱えるのもそうした『莫大(ばくだい)な』魔力量のおかげだ」

【昨年の11月にカルナージで総勢25名の合同訓練を(おこ)なった後に、『八神家だけで某無人世界へ行き、はやてとヴィータがそれぞれに「新たに習得した専用の魔法」の威力を確認した』という出来事がありましたが、その「専用の魔法」の正式な名称が、この〈神域魔法〉です。】

 ミカゲ「でも、実際にアレが使えるのって、マイスターとミ・ロードの二人だけデスよね? それは、どうしてなんデスか?」
 ヴィータ「あたしは運よく、はやてと一緒に『一番乗り』ができただけさ。もう少し『あの古文書』の解読が進めば、他の三人にもそれぞれに適した〈神域魔法〉が何がしか見つかるはずだぜ」
 シグナム「しかし、(あるじ)はやても『これは、ユニゾン無しでは使いこなせない』とボヤいていたぞ。専用のユニゾンデバイスを新たに見つけてやらない限り、シャマルとザフィーラには難しいんじゃないのか?」
 ヴィータ「ああ。でも、あたしの感触では、『ユニゾンデバイスが無いと、照準を上手く合わせられなくなる』というだけのことだったからな……。照準が甘くても構わねえタイプの魔法だったら、イケるんじゃねえのか?」
 アギト「姉御(あねご)。それって、例えば、どんな?」
 ヴィータ「そうだな……。例えば、シャマルだったら、『(いや)しの風』の強化版として、地球のゲームに出て来る『範囲回復(エリアヒール)』みてぇな魔法が使えるようになっても、おかしくはねえと思うぞ」
 シグナム「しかし、その魔法で照準が甘いと、混戦の場合、敵まで一緒に回復してしまいそうだな。(笑)」
 ヴィータ「ああ。それは……確かにちょっとマズいかもな。(笑)」

 ミカゲ「じゃあ、シグナム姉さんたち三人の〈神域魔法〉は、まだ見つかってないだけなんデスね?」
 ヴィータ「ああ。ユーノには、他にもやらなきゃいけねえコトが山のようにあるからな。例の古文書の解読も、あれからまだロクに進んじゃいないらしい」
 アギト「司書長さんの(ほか)には、誰か読める人っていないの?」
 ヴィータ「文字自体はベルカ文字だから、ただ読むだけなら、誰にでも読めるんだろうけどな。あの古文書の言語は、当時のベルカ人から見ても千年以上も前の……おそらくは〈次元世界大戦〉以前の……極めて古いベルカ語だ。普通に文字を読んだだけじゃ、発音だけは解っても、意味がサッパリ解らねえよ」
 シグナム「それに何より、〈神域魔法〉はまだ存在そのものが『極秘』だからな。管理局の〈上層部〉に対してもまだ当分は秘密にしておかねばならん。その秘密を守ろうと思うと、例の古文書を司書長以外の人間にあまり迂闊に見せる訳にもいかんのさ」
 アギト「何だか、それも、メンドくさい話だなあ……。よし、リーチ!」

 南3局の9巡目。シグナムは静かにツモって、その(ハイ)をそのまま切りました。もちろん、安全牌です。
「ええっと、アンパイ、アンパイ……」
 ミカゲはツモってから少しモタつきながらも、手牌の中に安全牌を見つけてそれを切りました。
 ヴィータはその捨て牌を見て、チーでイッパツを消すべきか(いな)か一瞬だけ迷いましたが、結局は静かにツモってから、また別の安全牌を切ります。
 アギトはイッパツが来ることを祈ってツモりましたが、その祈りは天に届きませんでした。無念の吐息とともに、その牌を切ります。
 そこで、ミカゲは話をまた〈神域魔法〉に戻しました。

 ミカゲ「ところで、その〈神域魔法〉って、八神家以外の人たちにはゼンゼン使えないんデスか?」
 ヴィータ「原理的に不可能ってことは無いはずだが、アレは元々が『ベルカ聖王家の遺産』みてえなモンだから、術式は最初から『古代ベルカ式』に限定されていてなぁ。多少のアレンジなら融通も()くようだが、『近代ベルカ式』も含めて他の術式ではそもそも起動しないらしい。だから、どれほど莫大な魔力の持ち主でも、なのはやラウのような『ミッド式』の魔導師には決して使えねえのさ」
 ミカゲ「ミカゲの知ってる範囲内で、八神家以外の『古代ベルカ式魔法の使い手』というと……カルナージのルーテシアさんとファビアさんとジークリンデさんと……あとは、ブラウロニアさんとアインハルトさんと……」
 ヴィータ「その中だと、ルーテシアにはワンチャンあるかも知れねえが、他の四人は、魔力量の問題でまず無理だろう」
 シグナム「ブラウロニアも魔力の運用が(たく)みなだけで、魔力量そのものは決して『莫大』と言えるほどの水準ではないからな。その点を考えると、むしろヴィクトーリアの方が、可能性としてはあり()るのかも知れん」
 ミカゲ「ああ。あの人も、術式は『ほぼ』古代ベルカ式なんデスね」
 ヴィータ「あとは、『教会本部の眠り姫』だな。シャマルの見立てでは、『魔力量だけなら、あたしたち以上かも知れない』という話だが」


 南3局は、結局のところ、シグナムが追っかけリーチをかけた直後に、アギトが満貫(マンガン)をツモって逃げ切りました。シグナムの連荘(レンチャン)を阻止することができて、アギトはもうホクホク顔です。
 そして、南4局では、親番となったミカゲが初手でいきなり(トン)を切りつつ、話をまた「ひとつ前の話題」に戻しました。

「じゃあ、その強化プログラムで新たに得られた能力って、魔力量の増大と〈神域魔法〉以外には何があったんデスか?」
「まず、シャマルは今も言ったとおり、マルチタスクの能力と見立ての能力だな」
「見立て、デスか?」
「ああ。『普通なら、巨大な医療機器を使わないと診断できねえようなコトが、ただリンカーコアを凝視しただけで解っちまう』という、地味ではあるが、モノ凄い能力だよ。
 シグナムの能力も、同じく『見立て』と呼んではいるが、こちらは『現状の把握』ではなく、『将来の予測』になる。平たく言えば、小児(こども)のリンカーコアをただ凝視しただけで、『その子の資質がどの方面に向いていて、将来的にどれぐらいまで伸びるのか』が、おおよそのところ、解っちまうって能力だ。あくまでも、『おおよそのところ』だけどな」
「ああ。それで、カナタやツバサのことも『将来有望』と判断したんデスね?」
「うむ。二人とも『あの母親たち』と肩を並べるのは無理だとしても、今後、精進を(おこた)らなければ、空戦でAAAランクぐらいまでは行けるだろう。……ただ、残念ながら、私のこの能力は戦場(いくさば)で役に立つ性質のモノでは無いな」
 シグナムは『いささか不本意である』と言わんばかりの口調で、最後に一言そう付け加えながら、3巡目には場で2枚目となる(トン)を切ります。

「ぼやくなよ。『師匠』向きの、良い能力じゃねえか。あたしなんか、半ば自分自身の能力ですら無いんだぞ」
 ヴィータは、ミカゲの問うような視線を受けて、さらにこう続けました。
「あたしの場合は、ただ自分とアイゼンが『例の形態(フォルム)』を取れるようになったことと、お前とのシンクロ率がさらに向上した、というだけのことだ」
 そう言って左手を伸ばし、軽く頭をなででやると、ミカゲは本当に嬉しそうな表情を浮かべます。
「でも、姉御(あねご)は、他にもいろいろと器用になったんじゃなかったっけ?」
「幾つか基本的なパラメーターが上がっただけだよ。ああいうのは、『新たな能力』とは言わねえ。……おっと、アギト。それはポンだ」
 ヴィータは場で1枚目の(ナン)を早々と()って、手を進めました。南家(ナンチャ)なので、これだけでダブ(ナン)になります。

 ヴィータ「最後に、ザフィーラは言うまでも無く、『例の特殊能力』だ」
 アギト「近くにいる人間同士の『念話』を、すべて傍受できるんだっけ?」
 ミカゲ「でも、それって、よく考えたら、モノ凄い『チート』デスよね?」
 シグナム「だから……くどいようだが……ザフィーラの能力については、本当に、誰にも、絶対に言うなよ。事前に警戒されてしまったら、もう使いようの無い能力だし……それに何より、もしも〈上層部〉に知られてしまったら、必ずロクでもない事態(こと)になるからな」
 ミカゲ「大丈夫デスよ! ミカゲはもう『お口にチャックをする』スキルを身につけているのデス。(ドヤァ)」
 ヴィータ「それは、スキルとは呼ばねえよ!(笑)」

 実のところ、この四人がひたすら部屋に閉じこもっているのも、ひとつには、(あくまでも、「ひとつには」ですが)ミカゲの口から迂闊(うかつ)にも「八神家の秘密」が漏洩(ろうえい)してしまう可能性を危惧(きぐ)してのことだったのですが……皆でひとしきり笑い声を上げてから、ヴィータは真顔に戻ってこう続けました。
「それで、ザフィーラには、独りで向こうへ行ってもらってるって訳さ。……まあ、実際には、今回のメンバーの中には、内緒で『わるだくみ』をする(ヤツ)なんて一人もいないんだろうけどな」
「それでも、一応は『念のために』ってことデスか?」
「はやても本気(マジ)で『何かあるんじゃないか』と警戒してる訳じゃねえよ。ただ、内緒の話も聞いといた方が、各人の個性とかをよりよく把握できるからな。むしろ、今回はそっちが主な目的だろう」
 もちろん、カナタもツバサもヴィクトーリアたちも、他の陸曹や陸士たちも『自分たちの念話が、ザフィーラにはすべて丸聞こえである』などとは、夢にも思ってはいなかったのでした。
【念話とは本来、電話のように最初から相手を指定してつなぐ性質のモノなので、ザフィーラのこの能力は『本当に()に全く類例の無い』特殊な能力なのです。】

 そして、結局のところ、南4局はアギトがヴィータに振り込みました。

 ヴィータ「ロン。ダブ(ナン)のみ、2000点だ」
 アギト「(トン)単騎(タンキ)とか、読めねえよ!」
 シグナム「しかも、地獄待ちか……。(呆れ顔)」
 ミカゲ「ミ・ロードは、確率の計算とか、あまりしない人デスよね?(ジト目)」
 ヴィータ「してねえ訳じゃねえよ。した上で、裏をかいてんだよ!(笑)」

 一般に、賭け事は「機械同士の計算勝負」ではなく、あくまでも「人間同士の駆け引き」なので、こうしたコトも現実にはしばしば起こるものなのですが、ミカゲはまだ「その(あた)りの事情」が今ひとつ()に落ちてはいないようです。
【もちろん、厳密に言えば、この四人は元々、全員が「人間」ではないのですが、今はその話は一旦、脇に置いておくとしましょう。】


 やがて、17時になると、部屋の扉のロックが外側から解除され、はやてがリインを連れて、その四人部屋に入って来ました。はやての方は手ぶらですが、リインの方は両手にちょっとした手荷物を(かか)えています。

 はやて「おっ。早速やっとるな。(笑)」
 ミカゲ「マイスターも御一緒にどうデスか?」
 はやて「せっかくやけど、今日のところは遠慮させてもらうわ。正直に言うと、さっきからもう何だか(アタマ)があんまりマトモに働いとらんのや」
 ヴィータ「この数日は、バタバタだったからなあ。無事に出航できて気が抜けて、()まってた疲れが一気に出たんだろう」
 シグナム「シャマルも先程、『もうベルカに着くまでは何も無い』ようなことを言っておりました。今日のところは、どうぞ、ゆっくりとお休みください」
 はやて「そうやなあ。談話室の方にも『これ』を配って来たら、今日はもう早めに休ませてもらうわ」
 アギト「あ。例のヤツ、もう出来たんですね」
 はやて「うん。リインがよぉ頑張ってくれたわ」
 リイン「ただ人数分のコピーを作っただけですからね。手間がかかっただけで、それほど難しい作業ではありませんでしたよ」

 そうして、はやてとリインは四人に一つずつ「全自動翻訳機の上位機種」を手渡し、ひととおりの説明をすると、今度は二人で談話室へと向かったのでした。


 
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