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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第1章】教会本部、ヴィヴィオとイクスヴェリア。
   【第3節】ヴィヴィオと三人のシスターたち。(前編)

 
前書き
 くどいようですが、Vividのコミックス第14巻以降に出て来る幾つかの「主人公補正」は、この作品にはあまり反映されておりません。どうか、そのつもりでお読みください。 

 
 
 そして、新暦95年の4月3日の朝。
 第一次調査隊は、ベルカ世界を経由して「未知の新世界」へと向かうべく、いよいよ〈本局〉から一隻の次元航行艦で出航しました。
 管理局としては全く異例のことなのですが、その様子は映像メディアでも多くの世界に生中継され、ヴィヴィオとカナタとツバサも食堂で朝食を取った後、隣の居間に移って三人でその特別報道番組をじっくりと視聴しました。
 しかし、番組が終わると、カナタは早速、舌を打ってこんな不平をもらします。
「あ~あ。インタビューは執務官の分もあるかと思って期待してたんだけどな~」
「残念ながら、艦長さんの分だけでしたね。兄様はちらりとモブで映っただけで」
「まあ、アインハルトさんは、元々あまり出しゃばるタイプじゃないからね」
 アインハルトがヴィヴィオのことを愛称で「ヴィヴィ」と呼ぶようになった今も、ヴィヴィオの方は従来どおり、アインハルトのことを「名前に『さん』づけ」で呼んでいるのでした。


 さて、食堂の(あと)片付けなどは全部、セインがやってくれていたのですが、番組が終わると、またすぐに食堂の方から「四人分の足音」が聞こえて来ました。
 続いて扉がノックされ、セインの明るい声が届きます。
「三人とも、ちょっといいかな?」
 ヴィヴィオが代表して『どうぞ』と応えると、セインはまず一人だけで居間に入って来ました。見るからに、何かを(たくら)んでいるような楽しげな表情です。
「どうしたの? セイン。何だか、すごく楽しそうな表情なんだけど。(笑)」
「うん。実は、ヴィヴィオにちょっとしたサプライズがあってね」
「え? 何かな?」
「ふふ~ん。じゃあ、ヴィヴィオ。今日から、あたしの助っ人として、ヴィヴィオの身の回りの世話とかをしてくれる三人のシスターを紹介するよ」
「ああ! そう言えば、最初にここへ来た日に、セイン、そんなコト、言ってたねえ」
 ヴィヴィオは、ようやくその件を思い出しました。

「うん。実は、三人とももう昨夜のうちに到着はしてたんだけどね。すでに遅い時間だったから、いきなり昔話を始めて夜更かしとかすると、そのまま寝坊をして、今朝の中継を見逃しちゃうんじゃないかと思って、今まで隠してたんだよ」
「え? 昔話って……もしかして、私の知ってる人?」
「御名答~。じゃあ、まず一人目だ。さあ、入って。シスター・ファラ」
「どうも~、長らくの御無沙汰でした~。……って、ヴィヴィオさん、わたしのこと、覚えてますか~?」
 セインに促されて居間に入って来たのは、少しにやけた表情で、妙に俗っぽい印象のシスターでした。
「んん?」
 ヴィヴィオは思わず立ち上がって彼女の容貌を見つめ、記憶の糸を何とか()()り寄せます。
「ええっ! もしかして、ファラミィ? 自慢の髪、切っちゃったの?」
「は~い。俗名は、ファラミィ・ジェムナで~す。バッサリ行きました~」
 髪型と服装のせいで、随分と印象が変わってしまっていましたが、彼女は、何とヴィヴィオの中等科時代と高等科時代の「普通の友人」でした。

「うっわ~。(じか)に会うのって……もしかして、本当に私の結婚式以来……もう7年ぶり?」
「そうなりますね~」
「……あれ? でも、確か、ファラって、5年前に結婚したはずじゃあ……」
「あ~、すいません。実は、わたし、いろいろあって3年前の夏には離婚して……それ以来、すっかり『男嫌い』になっちゃったんですけど、実家にいても『針のムシロ』で……どこにも居場所が無くなっちゃったんで、その年の秋にはとうとう家族とも絶縁して聖王教会に転がり込みました」
 ファラミィが少し恥ずかしげに白状すると、セインはすかさず、こう言葉を添えます。
「以来、彼女は普通のシスターとして、ずっと奉仕団の方で『炊き出し』とかやってたんだけど、ふとしたことから、彼女がヴィヴィオの友達だったって話がシスター・シャッハの耳に入ってね。それで、今回、あたしの助手というか、食事や配膳や掃除の担当者として、こちらに引き抜いたんだよ」
「という訳で、以後、よろしくお願いしま~す」
「こちらこそ。相手がファラなら、確かに昔話も尽きそうにないわね」
 シスター・ファラが深々と頭を下げると、ヴィヴィオも笑って会釈を返しました。


「それじゃあ、二人目だ。さあ、入って。シスター・ユミナ」
 セインに言われて入って来たのは、今度はアインハルトの中等科時代と高等科時代の友人、ユミナ・アンクレイヴでした。
「ええっ! ユミナさん? うっわ~、お久しぶり! やっぱり、結婚式以来、7年ぶりかしら?」
 ヴィヴィオは満面の笑顔で二つ年上の旧友を出迎えました。ユミナもすかさず歩み寄って、差し出されたヴィヴィオの手を握ります。
「そうですね。本当に長らく御無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ~。ええっと……もしかして、この七年間は、ずっとリベルタに?」
 ユミナが、二人の結婚式に出席した後、すぐにリベルタへ旅立ったところまでは、ヴィヴィオもよく(おぼ)えています。
「はい。14年前の一件以来、リベルタには、心に傷を(かか)えた人々が大勢おられますから。それで、私も最初のうちは、他のシスターたちと一緒に仮設住宅などを巡っていたんですが、実を言うと、この4年ほどは聖女様のお(とも)を務めさせていただいておりました」

 14年前の〈エクリプス事件〉によって、〈管16リベルタ〉では首都メラノスが半壊し、万単位の死傷者と百万単位の被災者を出してしまいましたが、その後、リベルタ中央政府の被災者支援への動きは鈍く、現地の聖王教会が政府組織よりも先に、社会奉仕活動の一環として被災者支援に乗り出していました。
 ただでさえ、「新暦81年」という年は「聖王昇天360周年記念」の年です。
『ああ。5月には、ミッドを始めとする他の諸世界とともに「記念祭」を盛大に祝ったばかりだと言うのに、9月になって、こんな大災害に見舞われてしまうとは!』
 一般信徒らの中には、『リベルタは、聖王陛下から祝福されていない世界なのか?』と悲観してしまう者たちもおり、以来、聖王教会リベルタ本部は『この惨状を見過ごす訳にはいかない』と、被災者への支援と奉仕に総力を()げていました。
 そして、そうした奉仕隊の中に、リベルタではすでに名前の知れた「熟練の」老シスターがいたのですが、彼女は自分の命を削るようにして、昼も夜も休むこと無く、傷ついた人々の心から痛みや苦しみを取り除き続けていたために、いつしか〈リベルタの聖女〉と呼ばれるようになっていったのです。
 また、ヴィヴィオにとっても〈エクリプス事件〉は「ママたち二人が揃って死にかけた大事件」なので、彼女は以前から、その事件と「その後のリベルタの状況」についても、それなりの関心を持って調べており、当然に〈聖女〉のことも聞き及んでいました。

「え? 聖女様のお(とも)って……それ、結構、大変なお役目だったんじゃありませんか?」
「はい。当時、私はまだ大した実績も無かったので、本当に大抜擢(だいばってき)という感じだったんですけど」
「ええっと……。それじゃあ、そんな大切なお役目の途中なのに、どうして今日はわざわざこちらに?」
「はい。幸いにも、私は聖女様からは随分と親しくしていただいていたんですが、七日前に、その聖女様から突然、言われたんです。『ミッドに今、あなたのことを必要としている人がいるから、あなたはしばらくの間、総本部の方に戻っていなさい』って」
「え? 七日前って……私たちがここへ来ると決まったのが、まだ四日前のことなんですけど……もしかして、聖女様って、予言とかもできちゃうんですか?」
「いえ。聖女様ご自身は『これは予言ではなく、聖王陛下のお導きです』と言っておられました。その時点では、私もまさか『ヴィヴィオさん御本人のお導き』だとは思ってなかった訳ですけど。(笑)」
「いやいや、導いてませんから。と言うか、私は『御本人』じゃありませんから。(苦笑)」

 二人でひとしきり笑い合った後、ユミナはまた言葉を続けました。
「それで、私は六日前から、こちらの本部に連絡を入れたり、身辺の整理をしたり、関係者各位へ御挨拶に回ったり、次元航行船のチケットを取ったりと、バタバタしていたんですが……三日前、船に乗る前日になって、カリム総長の方から『ヴィヴィオさんが今日からしばらく本部の方で暮らすことになったのですが、そのお世話役をやってくれませんか?』と御連絡をいただきまして……。
 それで、私も『聖女様がおっしゃっていたのは、このことだったのか』と気がつき、『そういうことなら、是非ともやらせてください』と即答させていただきました」
「なるほど。そういう流れだったんですね」

 そこで、カナタはふと小声で、ツバサにこう語りかけます。
「ああ! どこかで見たことのある人だと思ったら。ほら。昔の写真で、よく兄様の隣に写ってる人だヨ」
「……今頃、気がついたんですか?」
 ツバサはちょっぴり呆れ顔で、そう返しました。
「あ~。双子ちゃんはアインハルトさんのことを本当に『兄様』って呼んでるんですね」
「ええ。6年前、二人がミッドに戻って来た時には、もうアインハルトさんの男装も板についてましたし、地球ではまだ同性婚なんて滅多に無いから、二人とも『姉の結婚相手なら、当然に義兄だろう』とか思い込んじゃったみたいで」
「確かに。先程の報道番組は私たちも向こうの部屋で観てたんですけど、ちらりと映ったアインハルトさんの『あの姿』を見て、『この人、実は女性かな?』なんて思う人はまずいないでしょうね」

【ちなみに、一昨年(新暦93年)の夏に、例の映画が公開されて以来、アインハルトはその髪を『肩にすら掛からないほどに』短くしており、ますます昔のクラウスによく似た印象の持ち主となっていました。】

 そこで、ツバサがふと言葉を差し挟みます。
「あの……姉様。そろそろ、シスターたちに私たちの紹介を……」
 しかし、その言葉には間髪をいれずに、ユミナが笑って応えました。
「大丈夫、解ってますよ。あなたがツバサちゃんで、そちらがカナタちゃんでしょ」
 そして、双子の顔に浮かんだ疑問符には、ヴィヴィオがこう答えます。
「二人とも、まだ赤ちゃんだったから覚えてないだろうけど、初対面じゃないのよ。当時は、あなたたち、ファラやユミナさんにも随分とお世話になってたんだから」
「アインハルトさんと一緒に、カナタちゃんのオシメを取り換えたこともありま~す」
「うわ~。そういう恥ずかしいコトは、できれば言わずにおいてほしかったな~」
 カナタは思わず頭を(かか)えて、その場にうずくまってしまいました。部屋の奥では、ファラミィが懸命に笑いをこらえています。

 そこで、ユミナは慌てて、軽く謝罪の言葉を入れました。
「あ~。ごめんなさい。私ったら、つい、はしゃいじゃって」
「大丈夫よ、二人とも。こういうのは、どうせ順繰りなんだから」
「じゅんぐり?」
 そこで、ヴィヴィオは自分のお腹をなでながら、こう答えました。
「ええ。この子がいつか、今のあなたたちぐらいの歳になったら、あなたたちはきっと、この子に向かって似たようなコトを言うから。(笑)」
「そうなのかな~?」
「……なるべく、そうはならないように善処したいと思います」
 カナタとツバサは、必要以上に深刻そうな表情でそう応えました。(笑)


 そこで、会話が途切れた一瞬の隙を突くようにして、またセインが言いました。
「ヴィヴィオ。シスター・ユミナ。積もる話もあるだろうけど、ここで一旦、二人の会話は切ってくれるかな? もう一人が、そろそろ(しび)れを切らしてるみたいなんだ」
「ああ! すいませんでした、シスター・セイン」
「ええっと……もしかして、もう一人も、私の知ってる人?」
「うん。知ってるはずだよ。さあ、入って。シスター・ヴァスラ」
 セインに名前を呼ばれて入って来たのは、ヴィヴィオよりも少し小柄なファラミィやユミナとは対照的に、ミウラのように大柄な体格の女性でした。
 入口で頭をぶつけないように軽く首をすくめると、部屋の中に入って来ても、やや首をすくめたその姿勢のまま、妙にボソボソとした口調でこう語り始めます。
「あの……本当に、長い間……その、御無沙汰してしまって……本当に、その、申し訳ありませんでした……」

 一瞬、ヴィヴィオの顔が(ほう)けました。誰なのか、本当に思い出せないようです。
「10年前のことは……もう一度、改めて謝らなければいけないと……自分も、ずっと思い続けてはいたんですが……」
「え? 会うのが10年ぶりで、名前がヴァスラって……。もしかして、IMCSのヴァスラ・クランゼ選手なの?」
「……はい」
「うわあ……。12歳の時は、まだ普通の体格だったよね? なんで、こんなに大きくなっちゃったの?」
「いえ。自分でも、何がどうしてこうなったのか、よく解らないんですが……14歳になった頃から、急に伸び始めまして……18歳になってふと気がついた時には、もうこんな体格になっていました」
「え? もしかして、グラックハウト症候群?!」
「ああ! とても珍しい病気なのに、よく御存知で!」
 シスター・ヴァスラは思わず驚愕の表情を浮かべました。
「うん。実は、私の知り合いにも、全く同じ症候群の人がいてね。IMCSの先輩格で、ミウラさんっていう人なんだけど」

 そこで、カナタはまたツバサに、今度は慎重に念話で語りかけます。
《ねえ。今、姉様が言った「ミウラさん」って……去年の「カルナージでの合同訓練」にも来てた、あのゴッツい体格した人のことだよね?》
《ええ。そのはずですが、何か?》
《……あの人も、14歳ぐらいまでは普通の体格だったのか……。》
 カナタは『とても信じられない』と言わんばかりに、小さく首をゆすりました。

 一方、ヴァスラが言葉に詰まっているうちに、ツバサはまたヴィヴィオにこう問いかけました。
「ところで、姉様。そちらの(かた)は?」
「もしかして、また、ボクらが赤ちゃんだった頃のコトとか知ってる人?」
 カナタのあからさまに何かを警戒した口調に、ヴィヴィオは笑って、ついこんな答え方をしてしまいます。
「大丈夫よ、二人とも。こちらは、あなたたちとは本当に初対面なんだから。えっとねえ……一番解りやすく言っちゃうと、私の右膝を(こわ)した人よ」
「ああっ! 本当に、その節は……申し訳ありませんでした!」
 ヴァスラの今にも泣き出しそうな声を聞いて、ヴィヴィオもすぐに今の言葉は「失言」だったと気がつきました。

「あ~、ごめんなさい! 今のは、その……妹たちに解りやすいように言っただけで……間違っても、あなたのことを悪く言うつもりなんて無かったのよ。
 それに、あれは、お互いにルールを守って試合をした上での『事故』だったんだから、あなたは元々、何も悪くないわ。あえて『誰が悪かったのか』と言えば、それは、目の前の試合に今ひとつ集中しきれていなかった私の方が悪かったのであって……」
「そうだね。あの時のヴィヴィオは、確かに、ちょっと雑念が入ってた」
 セインも当時の状況を思い起こしながら、そう言葉を添えました。
「じゃぁ、姉様がボクらに『どんな時でも、常に目の前の状況に集中するように』って、よく言うのは、その時のコトを自省して言ってた言葉だったの?」
「そうね。今でも、ホント、反省してるわ。あの年は、ノーヴェがいきなり死にかけたり、リオもテロに()って人格(ひと)が変わっちゃったりして、私たちもいろいろと悩み事を(かか)えていたのは事実なんだけど……やっぱり、真剣勝負の舞台にまで、そんなモノを持ち込んでいちゃダメよね」

「ああ。そう言えば、姉様が自己最高成績を残したのって、最後の年じゃなくて、そのひとつ前の年のことだったっけ?」
 カナタが少し自信の無さそうな口調でそう言うと、ヴィヴィオは大きくうなずいて、再び椅子に腰を下ろし、ふと遠い目をして「昔のこと」を語り始めました。
「うん。まあ……あの年は、上位選手たちが軒並み引退した直後だったからね……。私にとっては二回目になる第28回大会では、まずミカヤさんが19歳で『有終の美』を飾って。第29回大会では、ヴィクトーリアさんが同じように19歳で引退して……。
 エルスさんやハリーさんやシャンテや他の幾人かも、その前後に相次いで少し早目に引退して。それから、あなたたちが生まれて間もない頃のことなんだけど、第31回大会では、アインハルトさんとミウラさんとリオまで早目に引退しちゃって……」

 ヴィヴィオはそこで不意に言葉を切り、たっぷり3秒ほど追憶に(ふけ)ってから、またポツポツと語り始めました。
「正直なところ、第32回のミッド〈中央〉は、例年よりもちょっとだけ有力な選手の層が薄かったんじゃないのかな? まあ、そのおかげで、私とコロナは都市本戦で上位入賞もできたんだけど……。
 あの年は、『引退した三人の分まで頑張るんだ』って、コロナとアンナも、初出場のプラスニィとクラスティも気合い満々で……なおかつ、私とコロナはあれだけの好カードに恵まれて、その中で本当に上手に全力を出し切って……それでも、私は都市本戦の準決勝進出が、コロナも準々決勝進出がやっとだったわ」
「お二人は、確か、3位と7位でしたっけ?」
「うん。それで、他の三人はともかく、私とコロナは『良い意味で燃え尽きた』みたいな達成感なんかもあったんだけど、悪く言うと、このあたりがもう『自分たちの限界』なんだと解っちゃったって言うか。……ああ! それは、もちろん、『IMCSのルールの中では』って意味なんだけどね」
 ヴィヴィオは慌てて、末尾にそう付け加えました。

 それから、また一拍おいて、ヴィヴィオはこう言葉を続けます。
「それで、私もコロナもしばらくは、すっかり気が抜けてたんだけど、じきに『高等科を卒業したら、進路が分かれる』ってコトが改めてはっきりして……。そこで、どちらからともなく、『じゃあ、やっぱり、次を最後にしよう』って話になって。
 それで、85年の第33回大会には、二人とも進路の問題とか、テロに遭ったノーヴェやリオの心配とか、いきなり入院したユーノ司書長の件とか、あれこれと悩みを(かか)えたまま出場しちゃったんだよね。まあ、揃って都市本戦にも出られなかった以上は、今さらここで何を言っても、ただの言い訳にしかならないんだけど……。
 コロナはまだしも、私はひどかったなぁ。エリートクラスの選手が、一回戦の1ラウンドでルーキーに負けちゃうなんて……。当時としては、第27回のミカヤさん以来、6年ぶりの珍事だったわ。
 いや! あの試合と同列に論じるのは、いくら何でも、ミカヤさんに対して失礼よね。ミカヤさんはきちんと戦った上で()しくも()り負けたんだけど、私はきちんと戦う前に、いきなりドクターストップだったんだから」
 ヴィヴィオはあえて〈セイクリッド・ハート〉の不調については言及しませんでした。10年前のあの事故以来、クリスは自責の念から、ずっと「自閉モード」に入ったままになってしまっているのです。

 ヴィヴィオがそう言って自嘲じみた()みを浮かべると、ヴァスラはとっさに言葉を返します。
「いえ! あれは、その……何と言うか、純然たる事故であって……。本来ならば、物理ダメージも『クラッシュエミュレート』で疑似再現されるだけのはずなのに、まさか現実に靱帯(じんたい)が損傷するなんて……」
 ヴァスラの方は見るも悲痛な表情でしたが、ヴィヴィオはそれにも笑ってこう応えました。
「うん。でも、まあ、事故が無かったとしても、クラッシュエミュレートで右膝が痛くて充分に動かせなければ、やっぱり、私があのままずるずると負けてたんだろうと思うよ。
 と言うか、それ以前の問題として、あんな見え見えのローキックを、軸足にまともに(くら)ってるようでは、格闘家としてダメダメだよね。(苦笑)」

 それでも、まだヴァスラの表情は晴れません。
「それと、その……あの時点では、ヴィヴィオさんの体が『そういう特別な体』だなんてゼンゼン知らなかったものですから……試合後、医務室の方へお(うかが)いした時にも、お母様から『今では、靱帯なんて再生治療で簡単に治せる.から大丈夫よ』とか言われて、すっかり()に受けてしまっていました」
「いやいや! あの時点では、なのはママも私も、ホント、普通にそう思ってたんだよ。後になって、お医者さんから言われるまで、私自身も、まさか自分の体が再生治療の効かない特殊な体だなんて思ってもいなかったんだから!」

「それは、その……自分は昨夜、カリム総長から初めてお聞きしたのですが……やはり、その体が聖王陛下の御身(おからだ)だから、なのでしょうか?」
「うん。まあ……この体は、ただ単に遺伝情報が同じだというだけのことで、『聖王陛下の御身(おからだ)』って訳でもないんだけどね。
 これは……本当にここだけの話にしておいてほしいんだけど……実を言うと、私の『この体』を造ったのは悪い人で……その人は『聖王の力』が欲しくて、この複製体を造ったんだけど、その力をあくまでも独占しておきたかったから、他の誰かがこの複製体から『さらなる複製体』を造ることができないように、この体にあらかじめ細工をしておいたのよ。
 そのせいで、私の体細胞は、私の体の中でなら普通に分裂増殖するし、減数分裂とかも全く普通にできるんだけど……一体どういう原理なのかしら? 私の体細胞は、一旦、私の体の外に出してしまうと、もう正常な分裂増殖ができなくなるの。だから、『体細胞を取り出して、人工的に組織を培養してから、それをまた体の中に戻す』という再生治療が、私の体には効かないのよ。
 体内で組織を培養することも不可能じゃないって言われたんだけど……何か月も入院しなきゃいけない上に、治療費がものすごい額になるって話で……念のために、その具体的な額を訊いてみたら、私の予想よりゼロが二つも多かったわ」

「二つですか?!」
 ヴァスラもこれには思わず、ちょっと高い声を上げてしまいます。
「うん。やっぱり、滅多に使用されることの無い技術だから、その分、どうしても割高になっちゃうんだろうね。
 まあ、うちのママたちは二人そろって高給取りだから、なのはママも『その気になれば出せない額じゃないよ』って言ってくれたし、フェイトママに至っては『あの事故は半ば主催者側の責任でもあるんだから、訴訟に持ち込みさえすれば、DSAAに全額を負担させることだって難しくはないと思うよ』とまで言ってくれたんだけどね。
 さすがに、それは『格闘家として、恥の上塗りかな?』って気もしたし……結果にかかわらず、IMCSへの参加はその年を最後にすると前から決めてたんだし……それに、実際に歩いてみたら、普通に歩くだけなら何の問題も無いと解ったし」

「え? でも、あの損傷の具合からして……例えば、階段を下りる時とかは、ちょっとキツくないですか?」
「うん。まあ、確かに、階段とかはそうなんだけど……それも、いざとなったら右脚全体を魔法で外部操作してしまえば済むことだし。もちろん、私の魔力量では、『毎日毎日、朝から晩まで外部操作』って訳にもいかないんだけど。
 それに何より、私自身が、この傷はあえて残しておいた方が良いんじゃないだろうかと思ったんだ。常に自分への戒めを忘れないようにね。……だから、ヴァスラさん。この件に関しては、もう『私に謝ること』を禁止します。いいですね?」
 ヴィヴィオはほほ笑みながらも、少し強引な口調でそう話を締めくくりました。
「はい。……解りました」
 ヴァスラは少し震えた声でそう答えると、思わずヴィヴィオの前にひざまずき、両手を伸ばしてヴィヴィオの手を取りました。
 そして、ほとんど「罰を求める罪人(つみびと)」の口調で、こう問いかけます。
「でも……それで、後悔はありませんか?」
 それでも、ヴィヴィオはもちろん、罰を(くだ)したりはしませんでした。

「うん。確かに、最後をきれいに締めくくることができなかったのはちょっと残念だったけど、それでも後悔なんて無いよ。……私は元々、『特定の目的のためだけに造られた命』だったから。いざ、その(くびき)から解き放たれてみると、『自分は何をなすべきなのか?』とか、『自分には何ができるのか?』とか……いや、そもそも『自分は何がしたいのか?』すら、自分でもゼンゼン解らなくて……。
 だから、必要以上にアレコレと手を拡げて……その中でも、ストライクアーツは、たまたま友人や師匠に恵まれたから、何年も続けることができただけであって……。もしも一人きりだったら、IMCSに参加すること自体が、できてなかったんだろうと思う。
 自分の魔力資質が格闘型じゃないってことは最初から解ってたし……こういう言い方をすると、本当に生涯を賭けて真剣に武術や格闘技に取り組んでる人たちからは怒られちゃうのかも知れないけれど……『多分、いつまでも続けられるコトじゃないだろう』っていうのも、実は最初から解ってたコトなんだ。
 ただ、好きだったから。……だから、一度ぐらいは、自分なりの力で行けるギリギリのトコロまで行ってみたいと思った。そして、実際に大体そのあたりまで行った! 結果はともかく、やれる限りのコトをやり切ったんだから、もう何の後悔もあるはずが無いよ。
 だからね、ヴァスラさん。10年前の件に関しては、あなたにも、もう気に()まないようにしてほしいの。……私のお願い、聞いてくれるかな?」
 ヴァスラはヴィヴィオの手を取ったまま、ただ声も無く、小さくうなずきました。

【単純に字数の都合で、この節はもうここらで切らざるを得ないのですが……二人の会話はこのまま「切れ目なく」次の節へと続きます。(汗)】


 
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