木の葉詰め合わせ
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本編番外編
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此処ではない他の世界で・伍
前書き
主人公を虐めるのが好きです、そのせいかよく怪我します。
*色々注意、暴力表現*
目覚めれば真っ暗闇だったので、これは一体どういう事だと考え込んだのはほんの数秒。
直ぐさま現状を把握して、慌てて飛び起きたのにかかった時間は殆ど一瞬。
起き上がった先にいけ好かない男の姿を見つけて、身に寸鉄を帯びていない事に気付くのに半瞬。
抵抗できないならば、せめて距離を取ろうと地を蹴れば、地面に張り巡らされていた縄に引っ掛かって、その場で転んでしまった――何たる失態。
「目が覚めたかと思えば……随分と間抜けな状態だな、貴様」
「五月蝿い、ほっとけ」
擦りむいた顔面が地味に痛い。ついでに呆れたような男の言葉にも矜持が傷つけられた。
ごしごしと着物の裾で顔を擦っていれば、次第に暗闇に目が慣れてきたことで、今いる場所が巨大な洞窟である事を理解した。
………………どこだろう、ここ。
ねっとりとした、肌に絡み付くような生暖かい空気に肌が粟立つ。
他の生き物の気配が感じられない静寂に、酷く喉が渇いた。
厭な、場所だ。なんというか誰かにじっと見つめられている様で落ち着けない。
「目覚めたというのであれば都合がいい。折角の機会だ、貴様も存分に堪能しておけ」
「何を言って……」
気配は近くにあるというのに、響いて来る声が奇妙に反響しているせいで、距離感が掴めない。
男に外された肩の関節はきちんとハマっている、痛みが無い事に少しだけ安堵する。
ひどく、広い空間にいるのは確かだ。そして蜘蛛の糸が張り巡らされている様にあちこちに縄が取り付けられている事から、人の手が施されている場所であるのは間違いない。
――でも何だろう。この空気の悪さ、というか周囲の不穏さは。
どうして、この誘拐犯が平気なままでいられるのかが分からない。何も感じないのか?
「かつてこの世を救った救世主の遺産だ。此処まで言えば……理解できるか?」
「おい、それって……」
人を避ける様に張られた幾本もの荒縄をくぐって、洞窟の奥へと目を凝らす。
明らかに自然の産物ではないと判別できる、垂直に切り揃えられた壁。
壁に描かれた四角形の中には綺麗に幅を揃えられた真円が幾つも並ぶ。
そして何よりもこの空間が異様であると示しているのは、光の射さない洞窟の中だというのに――――天へと向けて枝を伸ばす大樹の姿、だった。
――けれど。
「…………枯れて、いる?」
ひび割れ、乾燥し、干涸びきっているのだと一目で分かる。
だてに千手の木遁使いとして名を知られている訳ではない。
――――この大樹は既に、死んでいる。
「おい、誘拐犯。お前が何故わざわざ私を連れてきたのか訊いてもいいか?」
「気付いていない振りは止めておけ。貴様のそれは演技だとしたらあまりにもお粗末すぎる」
かつて世界を救った――と聞いて思いつくのはただ一人。
紫の波紋を描いた両眼を持ち、尾獣を生み出し、戦乱に喘ぐ人々を導いたとされる伝説の仙人“六道仙人”しかいない。
で、奇妙奇天烈といってもいい前世の記憶があるにしても、私は曲り形にも千手の血統だ――しかも、かなり直系に近い。
で、この誘拐犯は三つ巴紋の浮かんでいる赤い目を持っている事から、うちは一族の誰かに違いない。
…………この状況、かなりやばくね?
ビリビリと張りつめた空気に冷や汗が背を伝う。不味い、不味すぎる。
どこをどうとっても詰みだ、この状況。あわわわ。
――一か八か、もうやるしか無い。
じりじりと後退しつつ、印を組む。この暗闇で、誘拐犯の視界もあまりよく見えていない事を祈ろう――無駄とは思うけど。
「――――木遁・樹海降誕!」
攻撃と、目くらましも兼ねて大量の木々をこの洞窟内に生み出す。
このまま真っ直ぐ出口らしき方へと向かうのは得策ではない。男の方も今の私の実力では自分を倒すには不足していると知っている――十中八九、私の先程の樹海降誕が目くらましであり、逃走のための手段だと気付いている。
馬鹿正直に出口に向けて走るのは得策ではない。
「――多重、木遁分身の術!!」
細胞の一部を切り取って、木遁ベースの分身達を十名程生み出す。
『うわぁっ!』
『きゃあ!』
くっそ、もう二体やられた! 手が早いにも限度ってものがあってだな、あの誘拐犯!
陽動攻撃用の分身がやられたのに気付いて、内心で舌打ちする。
残る分身は後八体。内三体をバラバラの方へと逃がして、四体は出口の方へ。
最後の一体は水遁で霧を発生させ、出来るだけ見つからない様に洞窟の奥へと駆ける。
『――っつ、ぁあ!』
『〜〜ぐぅ!!』
適当な方向へ走っていた二体が悲鳴を上げて消える。どんだけだ、あの野郎!
胸中でののしりの言葉を上げて、適当な岩壁へと身を寄せる。軽く材質を叩いて確認し、問題が無いと分かって印を組む。
ひんやりとする岩壁に触れていた、私の手が――ずぼりと飲み込まれる。
よし、土遁の術でこのまま地中を通ってこの場から離脱しよう。
兎に角、これ以上この誘拐犯とこの場で同席していたくない。
囮の木遁分身が男の気を引き付けている事に感謝して、そのまま全身を岩の中へと滑り込ませる。土遁って地味な印象が強くて余り人気がないけど、凄く役に立つ術なんだよね。
そのまま、走り去ろうとした瞬間。
――――右手首から、言語に尽くし難い激痛が全身を駆け巡った。
「――〜〜〜〜っつ、ぁああ!!」
雷に打たれた様な、とはこの様な状態を指すのだろうか。
あまりの痛みに言葉にならない悲鳴が上がり、痛みから気を逸らすべくぼろぼろと涙が零れ落ちていく。
耐えられない、堪え難い痛みというものが確かにこの世には存在するのだと悟った。
チャクラのコントロールが狂い、ほぼ強制的にそれまで同化していた岩壁から弾き出される。
――ぶわり、と生暖かい空気が頬に触れた事で、洞窟内に逆戻りしたと察する。
ああもう、コンチクショウ。こんな機能まで有ったなんて――完全にしてやられた。
「……手間をかけさせるな、小娘」
「こ、の野郎……!」
地面に転がって痛みを堪えている私を冷徹な眼差しで見下ろすのは、他ならない誘拐犯の男だ。
揺れる炎をそのまま映し取った様な赤い瞳が、暗い洞窟内で炯々とした輝きを放っている。
先程私を襲った激痛は既にない。
けれども痛みの余韻は私の体に残り、弛緩した体は常の張りを直ぐさま取り戻しそうにない――ああ、してやられた。
「けったいな機能を仕込みやがって、趣味が悪いぞ」
「仇のいうことを馬鹿正直に信じる方が可笑しい。無様だな」
黒い手袋を付けた片手が私の方へと伸ばされる。
そのまま襟首を掴まれ、無理矢理経立たされ、引き摺られる様にして奥へと進む。
「話の続きをしようか。この遺跡は先にも教えた様に、千手とうちは――つまりオレ達の始祖に当たる六道仙人縁の……そうだな、霊地とでもしておこうか」
淡々としながらも、どこか熱の篭った声音が耳へと流れ込んで来る。
「……この地で仙人は十尾の力を手に入れ、その力を九つに分けた。それらを元に生まれたのが、今で言う尾獣達だ」
遠目に見えた、萎びて枯れ切った大樹の姿が闇から浮かび上がる。
男の足取りに迷いは無い。もう既に何度かこの地を訪れた事があるのかもしれない。
「仙人亡き後、この地は人間が足を踏み入れる事を許さない特別な場所となった。仙人の直系である両一族の者達とて、この場についての詳細を知るまい」
「そうかい。そんな所に連れてきてもらえるなんて、光栄だね」
木はもう目の前だ。やっと男の足取りが止まった。
空気の流れで、男がこの枯れた木の上から下までをあの赤い目で眺めたのだと分かった。
「お前が気付いたかどうかは分からんが、この木は本来自然界には存在しない。これもまた仙人の遺産だと言ってもいい」
「……枯れているから、意味が無いんじゃないか」
至近距離から見ても、この木の寿命が既に果たされたのだと分かる。
今此処にあるのはただの亡骸。
いくら伝説の仙人のものであったとしても、役目を果たして死んでしまっている以上、何の役にも……。
「――――だから、貴様を連れてきた」
耳元で囁かれた静かな声音に、慄然する。
襟首を掴んでいた手はいつの間にか放され、後頭部に男の手が回されていた。
「いやだ、放せ……っ!!」
触れられていること自体が耐えられない。
体を半回転させて、男の腕を振り払い、急所目掛けて蹴りを入れたが腕で塞がれる。
ありったけのチャクラを込めて相手の体に拳を叩き込もうとした手は、男の手に掴まれて、そのまま木へと叩き付けられる。
怪力の余波で、乾燥した幹が固い音と共に細かく砕かれた。
「……一つ聞こうか、異世界の千手柱間。貴様は――……何を望む?」
「取り敢えずお前から解放されて、私の大事な弟妹達のいるあの世界に還ることかね」
今更私に何を訊きたいのだ、この男は。
拘束から逃れようと足掻くが、関節を抑えられているせいでちっとも動けない。
それでもこんな輩に屈してたまるかと、視線だけでも反逆の意思があるのだと示してみせる。
「……では重ねて聞く。元の世界とやらに帰って後、貴様はどうするつもりだ?」
「何としてでも弟妹二人を守り抜き、一族の長となるべく鍛錬を重ねるに決まっている」
「――……それだけか?」
「……何を訊きたいのかは知らんが、今の私が言えるとしたらそれだけだ」
そうだ。こんな場合ではない、早く帰らないと。
早く帰って、一族のために、何よりも弟妹達のために戦わないといけない。
せめてあの子達がこれから泣く事が無い様に、私が守らないと、守ってあげないと。
口の端をきつく噛んで、漏れ出してしまいそうな郷愁をぐっと押え付ける。
「…………そうか。それだけ、なのか」
男の静かすぎる声が、そっと洞窟内を木霊する。
静謐な声音に含まれていた感情は、失望と落胆、侮蔑、それから――。
「貴様は、その程度なのか――だとすれば、わざわざオレが手を下す価値もないな」
男の声が、耳元に落とされる。
熱い吐息が耳朶をくすぐり、不御を孕んだ空気が怯える様に震えるのを感じた。
「――――……残念だ」
ぞっとする程冷淡な呟きが耳元に落とされたかと思うと、首筋に冷たく固い物が触れて。
――――鋭い痛みが奔ったのと同時に、視界が真っ赤に染まった。
後書き
この時点での彼女は普通の忍びとあまり変わらないので、恐らくその有り様の違いは頭領を失望させても仕方ないだろう、と。
それにしても、当初の誘拐犯と少女のおくるほのぼのハートフルストーリーは何処に行った……?
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