ソードアート・オンライン ーBind Heartー
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はじめてのフロアボス
前書き
どうも、最近フルーツ牛乳にハマり出した睦月でございます。
お待たせしました。ですが、今回はほとんど進展がありません……
やばい、早く続きをどうにかしないと……
と、とにかく本編を、どうぞ!
「それにしても君、いっつも同じ格好だねぇ」
迷宮区へと続く森の小路を行くなかで、からかうように言われたアスナのその言葉に、う、と言葉に詰まりながら俺は自分の体を見下ろした。古ぼけた黒のレザーコートに、同色のシャツとパンツ。金属防具はほとんどない。
すると、俺とアスナに挟まれる形で歩いていたトーヤが会話に入ってくる。
「ええー。キリトさんはこれがいいんですよ。このダークヒーロー的なカラーリングがいかにもソロプレイヤーっていう感じですし、かっこいいじゃないですか」
一応褒め言葉として受け取っておくことにしよう。
この装備は俺がこのSAOを正式にプレイした初期の頃からの名残りみたいなものなのだがーーまあ、その辺については割愛させてもらう。
「それって、完璧にキャラ作りになってない?」
「そ、そんなこと言ったらあんただって毎度そのおめでたい紅白……」
反論しながら、俺はいつものくせで何気なく周囲の索敵スキャンを行った。モンスターの反応はない。だがーー。
「仕方ないじゃない。これはギルドの制服……、ん? どうしたの?」
「いや……」
さっと右手を上げ、俺はアスナの言葉を遮った。つられるようにトーヤも足を止める。
後方に視線を集中すると、索敵可能範囲ぎりぎりにプレイヤーの存在を示す緑色のカーソルがいくつも連続的に点滅する。その集団の数と並び方に俺はかなりの違和感を感じた。
メインメニューからマップを呼び出し、可視モードにして二人にも見えるように設定する。周囲の森を示しているマップには、プレイヤーを示す緑色の光点が浮かび上がった。
「十二人も……?」
「多い……」
トーヤの疑問に、アスナも頷きながら応える。パーティーは人数が増えすぎると連携が難しくなるので、五、六人で組むのが普通だ。
「それに見ろ、この並び方」
マップの端近くを、こちらに向かってかなりの速度で近づいてくるその光点の群れは、整然とした二列縦隊で行進していた。危険なダンジョンならともかく、たいしたモンスターのいないフィールドでここまできっちりした隊列を組むのは珍しい。
「攻略組のパーティーでしょうか?」
「どうだろうな……一応確認したい。そのへんに隠れてやり過ごそう」
「そうね」
アスナも緊張した面持ちで頷いた。俺たちは道を外れて土手を這い登り、背丈ほどの高さに密集した灌木の茂みを見つけてその陰にうずくまった。
「あ……」
不意にアスナが自分の格好を見下ろした。赤と白の制服は緑の茂みの中でいかにも目立つ。
「どうしよ、わたし着替え持ってないよ」
マップの光点の集団はもうすぐ可視範囲に入る。
「ちょっと失敬」
俺は自分のレザーコートの前を開くと、右隣うずくまるアスナの体を包み込んだ。アスナは一瞬じろっと俺を睨んだが、おとなしく自分の体がすべてコートに隠れるようにした。
先ほどキャラ作り呼ばわりされたコートの恨みも晴らしたところで、左隣にいるはずのトーヤを確認する。
すると、トーヤはその襟に巻かれている長すぎるロングマフラーの両端をつまみ上げ、あろうことか自分の顔にぐるぐる巻きつけ始めた。両目だけが出た状態にすると、満足したのかしゃがんだ背をさらに丸くさせる。
「……」
「……」
ぱっと見『子どもの忍者ごっこ』という感想しか出てこないその見てくれに、俺だけでなくアスナも沈黙していた。しかもそれをやっている本人はなぜかダークグレーの布のしたでドヤ顔をしているようにも見える。
一応、≪隠蔽≫のスキルについては心得ているようだが、このアホにしか見えない行動からは不安がぬぐいきれなかった。
「おい、お前それは……」
「あっ! 来ましたよ……!」
ようやく俺がツッこもうとしたときには、すでにざっざっと規則正しい足音が耳に届きはじめていた。
仕方なく今はこのカオスの光景は放置することにして、俺とアスナはいっそう体を低くする。
やがて、曲がりくねった小道の先からその集団が姿を現した。
全員がお揃いの黒鉄色(ガンメタ)の鎧に能力の戦闘服をまとった剣士クラスで、先に立つ六人の持った大型のシールドの表面には、特徴的な城の印章が施されている。
武装は片手剣と斧槍が六人づつと別れていて、全員がヘルメットのバイザーを深くおろしているため見分けづらい。
もはや見間違いようがない。彼らは基部フロアを本拠地とする超巨大ギルド、≪軍≫のメンバーだ。
マップで連中が索敵範囲外に去ったことを確認すると、俺たち三人はしゃがみこんだまま、ふうと息を吐き出した。
「……あの噂、本当だったんだ……」
「噂、ですか……?」
俺のコートにくるまったまま小声で呟いたアスナに、トーヤがマフラーの下から若干くぐもった声で聞き返す。
「うん。ギルドの例会で聞いたんだけど、≪軍≫が方針変更して上層エリアに出てくるらしいって。元々はあそこもクリアを目指す集団だったのよね。でも二十五層攻略の時大きな被害が出てから、クリアよりも組織強化って感じになって、前線に来なくなったじゃない。それで、最近内部に不満が出てるらしいの。ーーで、前みたいに大人数で迷宮に入って混乱するよりも少数精鋭部隊を送って、その戦果でクリアの意思を示すっていう方針になったみたい。その第一陣がそろそろ現れるだろうって報告だった」
「実質プロパガンダなのか。でも、だからっていきなり未踏破層に来て大丈夫なのか……?」
「でも、装備的にはそれなりにレベルありそうでしたし……さすがにぶっつけ本番でボスモンスター攻略、っていう展開にはなりませんよね?」
≪軍≫の連中が歩いて行った方を眺めていたトーヤが俺たちに首をかしげた。
「……まあ、あの人数でボスに挑むのは無茶がすぎるな。普通は偵察に偵察を重ねた上でボスの戦力と傾向を確認して、巨大パーティーを募って攻略するもんだ。だが、七十四層のボスはまだ誰も見たことがないんだよ」
ほうほう、と俺からのありがたいレクチャーをうなずきながら丁寧に聞いているトーヤ。まるで先生になったかのようだが、どうかんがえても俺の柄ではないので内心で苦笑する。
「さて、俺たちも急ごうぜ。中でかち合わせなきゃいいけど」
俺はアスナと密着した状況を名残惜しく思いながら立ち上がった。コートから出たアスナが寒そうに体をすくめる。
「もうすぐ冬だねぇ……。わたしも上着買おっかな。そういえば、トーヤ君はその格好で寒くないの?」
「え? その格好って、ちゃんとマフラーしてるじゃないですか」
ほら、とでも言いたげに襟に巻かれたマフラーの端をつまんでひらひらさせる。その表情は何か深いことを考えている風でもなく、無邪気なそれだ。
「そのむき出しの肩はどうなってんだよ」と言ってやりたいが、ここでツッコミを入れるとキリがなさそうなので早々に諦めることにした。
アスナも同じ心境だったのだろう。やや苦い顔で俺と目を合わせて来た。
無言で頭を左右に振ってやると、仕方なさそうに頷いたので、どうやら意図はちゃんと伝わったようだった。
「え……な、なんですか? 二人して、そんなかわいそうなものを見るかのような目をして……? ちょ、ちょっと、何で無言で先に行っちゃうんですか!? 待ってくださいよ~!」
≪軍≫の連中の姿は見えない。すでに内部にいるのだろう。
後ろから追いかけてくる足音を聞きながら、俺たち二人はようやく近づいて来た迷宮区の入り口を目指した。
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現在地は、七十四層迷宮区の最上部近く、左右に立ち並んだ長い回廊の中間地点。
まさに今、戦闘の真っ最中である。
「ふるるるぐるるるう!」
異様な雄叫びとともに、身長二メートルをも超える巨大な骸骨の剣士ーー≪デモニッシュ・サーバント≫が右手に持つ長い直剣が青い残光を引きながら立て続けに打ち下ろされた。
俺が数歩下がった位置からハラハラしながら見守る中、それを前にしても、アスナは一歩も引かない。
片手直剣 四連続攻撃技 ≪バーチカル・スクエア≫
骸骨の剣から繰り出された剣技を、アスナは左右への華麗なステップでその攻撃全てを避けきってみせた。
四連撃最後の大振りをかわされたデモニッシュ・サーバントが、わずかに体勢を崩した。その隙を見逃さずアスナは反撃に転じた。
白銀にきらめく細剣を中段に次々と突き入れる。見事に全弾ヒットし、骸骨のHPバーが減少する。
そのまま三連続の突きを入れたあと、ガードが上がり気味になった敵の下半身に、一転して切り払い攻撃を往復。次いで斜めに跳ね上がった剣先が、純白のエフェクト光を撒き散らしながら上段に二度突きの強攻撃を浴びせる。
細剣 八連続攻撃技 ≪スター・スプラッシュ≫
骸骨のHPバーを三割削り取ったハイレベル剣技の威力もさることながら、使用者のそのあまりの華麗さに俺は思わず見とれた。剣舞とはまさにこのことだ。
放心した俺に、まるで背中に目がついているかのようなアスナの声が飛んだ。
「キリト君、スイッチ行くよ!!」
「お、おう!」
細剣 重単発技 ≪テンペスタ・パイル≫
俺が慌てて剣を構えなおすと同時に、アスナは単発の強烈な突き技を放った。その剣先は、骸骨の左手の金属盾に阻まれ派手な火花を散らした。
俺は間髪入れず突進系の技で敵の正面に飛び込んだ。
アスナが充分な距離を取って退くのを視界の端で確認した俺は、右手の剣をしっかり握り直すと猛然と敵に打ちかかった。
俺が繰り出した≪バーチカル・スクエア≫は四回とも面白いように敵にヒットし、HPを大きく削り取った。
ひるみながらも放たれた反撃を武器で弾き防御した俺は、勝負を決めるべく大技を開始した。右斜め斬り降ろしから、手首を返して同じ軌道を逆戻りして斬り上げる。そのまま左肩口から体当たりを敢行。姿勢をぐらつかせた骸骨の、がら空きの胴体めがけて右水平斬りを放つ。間髪入れず今度は右の肩から再び体当たり。
ここまでの攻撃で、敵のHPバーは大きく減少して瀕死領域に入っていた。俺は、全身の力を込めて上段水平切りーー七連撃最後の一撃を繰り出した。
片手直剣 七連続攻撃技 ≪メテオブレイク≫
エフェクト光の円弧を引きながら、剣は狙い違わず骸骨の首をはね、残された体は糸が切れたように乾いた音を立てて崩れ落ちた。
「やった!!」
剣を収めた俺の背中を、アスナがばしんと叩いた。
それに微笑んで応えると、通路の曲がり角に視線を移す。
「おい、もう出て来ていいぞ」
「……」
その曲がり角の陰から出て来たのは、今回の三人目のパーティーメンバー、トーヤだった。
迷宮区に入る前とは違い、トーヤの表情はいかにも不機嫌そうに眉根を下げられていて俺たち二人を睨んでいた。一応の自衛用として右手に持った鎌剣を所在無さげに手の中で数回まわして、への字にしていた口を開く。
「おつかれさまです……。ところで、俺は一体いつになったら戦闘に参加させてもらえるんでしょうか……?」
「さっきも言っただろ。俺たちの戦い方を見ながら、もう少しレベルを上げてからだって。安全マージンを取ってあるからって、ちょっとした油断が命取りになりかねないんだからな」
「でも、俺さっきから後ろで隠れてるばっかりなんですけど……」
「あら? 昨日はそれで死にかけてたって聞いたけど?」
アスナに痛いところを指摘され「うぅっ……」と小さくうめき、しぶしぶ鎌剣を後ろ腰の鞘に納めた。一流の細剣士様にこうも見事に図星を突かれたら、誰だって引かざるを得ないだろう。
ちょっぴり同情したところで、俺たちは先に進むことにした。
ここまで四回モンスターと遭遇したが、ほとんどダメージを追うことなく切り抜けている。ただ、トーヤだけはここまで戦闘すらしていないのでHPは一ドットも減っていない。
マージンを取ったばかりのトーヤが前線に出るのはまだ危険だ。戦いたいのであれば、まずはそれなりに経験を積んでもらわなければ困る。
何が起こるかわからない最前線で戦えない他人を守りながら戦うのは、決して楽な事ではない。
そういうこともあって、俺たちは円柱の立ち並ぶ荘厳な回廊をいつも以上に慎重になって進んだ。
しばらく進み、俺たちは回廊の突き当たりに到達した。眼前には、灰青色の巨大な二枚扉が待ち受けていた。全てがデジタルでできたこの世界だが、その扉からは何とも言いがたい妖気が湧き上がっているように感じられてならない。
俺たちは扉の前で立ち止まると、顔を見合わせた。
「あの……もしかして、これって……」
「多分そうだろうな……ボスの部屋だ」
アスナがぎゅっと俺のコートの袖を掴んだ。
「どうする……? 覗くだけ覗いて見る?」
強気なその台詞とは裏腹に、声は不安を色濃くにじませている。最強剣士でもやっぱりこういうシチュエーションは怖いと見える。俺だって怖い。しかし、そんな俺たち以上に怖がっている奴が、約一名。
ぎゅぅぅぅぅっ、とアスナ以上の力でコートの裾が握られる。次いでガタガタ…という小刻みな音が耳に入ってきた。
俺とアスナ、二人そろってその微妙な表情の顔を見合わせて後ろを振り返った。そこにいたのは、これまで感じなかった分の寒さがようやく襲ってきたのか肩までガチガチに振動させている
トーヤである。今にも握りつぶしそうなくらいに俺のコートを掴むそいつは、青い顔とぎこちない笑みが混ざり合ったような奇妙な表情をつくり、こっちを見ていた。
おい、やめろ。皺が寄るだろ。
「だ、大丈夫です……! ビビってませんよ!?」
まだ何も言ってないんだが。
「……ボスモンスターはその守護する部屋からは絶対に出ない。ドアを開けるだけなら多分……だ、大丈夫……じゃないかな……」
「せめて大丈夫って言い切ってくださいよぉ……」
自信なさそうに消える語尾に、トーヤの情けなさ前回のすがるような呟き。
一方で、アスナはそんなトーヤを安心させるように肩を叩くが、顔だけは呆れ顔だった。
「一応転移アイテム用意しといてくれ。それと、トーヤは俺たちの後ろですぐ出られるように待機していろ」
「うん」
「はい……」
二人は頷くと、それぞれスカートのポケットや腰布の内側から青いクリスタルを取り出した。俺もそれにならう。
「いいな……開けるぞ……」
結晶を握りこんだ左手を鉄扉にかける。現実世界なら今頃掌が汗でびっしょりだろう。
ゆっくりと力を込めると、俺の慎重の倍はある巨大な扉は思いがけず滑らかに動き始めた。一度動き出した後は、こちらが慌てるほどのスピードで開いていき、すぐに大扉はずしんという重い衝撃と共に止まり、ナイフ間に隠されていたものをさらけ出した。
ーーといっても内部は完全な暗闇だった。俺たちの立つ回廊を満たす光も、部屋の中までは届かないらしい。冷気を含んだ濃密な闇は、いくら目を凝らしても見透かすことはできない。
すると、突然入り口からわずかに離れた床の両側に、ボッと音をたてて二つの青い炎が燃え上がった。思わず三人同時にビクリと体をすくませてしまう。
すぐに、離れた場所にまた二つ炎が灯った。そしてもう一組。更にもう一組。
連続的に発生したそれは、たちまち入り口から部屋の中央に向かってまっすぐな炎の道を作り上げる。そして、最後に一際大きな火柱が吹き上がった。薄青い光に照らされた室内は、かなり広い。マップの残り空白がこの部屋だけで埋まるサイズだ。
「……」
俺の後ろに隠れるトーヤが、一瞬にして息を詰めたのがわかった。その最奥から現れつつある巨大な影を、俺たちは確かに見たからだ。
見上げるようなその青い肌の体躯は、全身縄のごとく盛り上がった筋肉に包まれている。分厚い胸板の上に乗ったそれは、人間ではなく山羊のそれだった。凶々しいほどにねじれた二本角。青白く燃えているかのような輝きをはなっている眼は、明らかにこちらを見据えているのが、かなり遠くから見てもわかる。その姿と周囲に撒き散らす威圧感は、まさしく悪魔と呼ぶにふさわしい。
おそるおそる視線を凝らし、出てきたカーソルの文字を読む。≪The Gleameys≫、間違いなくこの層のボスモンスターだ。グリームアイズーー輝く目、か。
そこまで読み取った時、突然青い悪魔が長く伸びた鼻面を振り上げ、轟くような雄叫びを上げた。ビリビリと振動が床を伝わってくる。右手に持った巨大な剣をかざしてーーと思う間も無く、青い悪魔はまっすぐこちらに向かって、地響きを立てつつ猛烈なスピードで走り寄ってきた。
「うわあああああ!」
「きゃあああああ!」
「ひゃあああああ!」
同時に絶叫を上げ、くるりと回れ右して全力でダッシュした。
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