魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第1章】無印とA'sの補完、および、後日譚。
【第4節】闇の書事件にまつわる裏話。(前編)
さて、〈アースラ〉は地球を離れた後、途中で〈時の庭園〉の残骸に小一時間ほど立ち寄ってから、〈本局〉に帰投しました。
そして、フェイトとアルフにも臨時の個室が与えられ、それから数日後のこと。場所は〈本局〉内の、とある小会議室です。
フェイトとアルフが、リンディ提督に導かれてその部屋に入ると、やや細長いテーブルの一方の側に、クロノとエイミィが並んで座っていました。
リンディから勧められるがままに、フェイトとアルフが向かいの席に着くと、クロノはフェイトに早速、二冊の書物を差し出します。
「……これは?」
「君も知ってのとおり、〈時の庭園〉は崩壊し、その中枢部や機関部など、多くの部分がプレシアとともに虚数空間に落ちて行った訳だが、それ以外の居住区などは部分的に次元航路の側に残されていたからね。僕たちは、あの時点でそこにサーチャーを残して来ていたんだよ。
そこで、実を言うと、先日は少しだけ立ち寄った際に、そのサーチャーからのデータに基づいて『今回の事件の資料になりそうなモノ』を急いで探し出し、〈時の庭園〉の残骸が航路の外へ『排除』されてしまう前に回収して来たんだ」
【こうした「次元航路の自浄作用」に関しては、また「背景設定5」を御参照ください。】
「ところで、僕たちは面識が無いんだが、リニスというのはプレシアの使い魔だったのかな?」
フェイトが肯定すると、クロノはさらに言葉を続けました。
「もう何か月も閉鎖されていたようだが、実は、彼女の私室が丸ごと次元航路の側に残されていてね。どうやら、彼女は、プレシアから『捨てておくように』と命じられていたモノまで密かに保存していたようだ。おかげで、君の裁判を有利に進めるための資料として使えそうなモノも、幾つか見つかったよ」
「じゃあ……これは?」
フェイトの表情が驚きと期待の色を浮かべると、クロノは大きくうなずいて、その期待感を肯定しました。
「タイトルは特に書かれていないが、言うならば、それは『リニスの手記』と、本来ならば捨てられていたはずの『プレシアの手記』だ。リニスの方は昨年の秋の辺りで、プレシアの方は三年前の夏の辺りで、記述が途切れてしまっているけれどね」
「……読んでも良い?」
「ああ。〈上層部〉が内容を検閲した結果、『遺品として君に渡しても特に問題は無い』との結論に達した。だから、それは両方とも、黒塗り無しの『原本』だ。管理局は本日付けをもって、その二冊の本の所有権を正式に君に譲渡する」
「私が……持っていても良いの?」
フェイトが今にも泣きだしそうな顔で問うと、今度は、エイミィが明るくうなずいて、こう答えます。
「大丈夫よ。両方とも複製はもう取ってあるから。それに、その二人は、フェイトちゃんにとって『お母さん』のような存在なんでしょう? だったら、フェイトちゃんが個人的に相続するのは、むしろ当たり前のことだよ」
「ありがとう……ございます」
フェイトは涙をこらえながら、二冊の本を重ねて自分の胸にギュッと抱きしめました。
「良かったなあ、フェイト」
アルフもちょっぴり涙声です。
「それで、実は、もう一つ重要な話があるんだが、いいかな?」
クロノは一拍おいてから、そう話を切り出しました。フェイトが小さくうなずくと、また言葉を続けます。
「君たち、なるべく早いうちに、嘱託魔導師の認定試験を受けてみないか? 嘱託の資格を持っていた方が裁判でも有利になるし、何より、君たち二人が問題なく一緒にいられるようになる」
「将来的には、私たちの仕事も手伝ってもらえるようになるのだけれど、どうかしら?」
リンディがそう言葉を添えると、二人は一瞬、視線を交わしてから、大きくうなずき、ぴったりと声を揃えて答えました。
「「受けます!」」
「じゃあ、あとは日程の問題ね」
「なんなら、今からでも!」
アルフはそう勢い込みましたが、それはさすがにやんわりと却下されます。
「いや。一応、こちらにも都合というものがあるから」
「じゃあ、なるべく早いうちに時間を取ってもらえるよう、私はこれから、レティ提督に話をつけて来ます」
エイミィはそう言って、一足先に退室しました。
その後、『少し早いが、今日はもう昼食にしよう』という話になり、四人はその部屋を出て、食堂へ向かいました。途中、フェイトは、局から与えられた個室に立ち寄り、大切な二冊の本をそこに置いて来ます。
そして、また四人で通路を歩いていると、不意に後ろから「勢いよく駆けて来る足音」が届きました。クロノがふと「嫌な予感」に駆られて振り向くと、そこへ妙齢の美女が勢いよく飛び込み、抱き着いて来ます。
「クロノ~、長らくアタシに会えなくて、寂しかったか~い?」
「そんな訳ないだろう。いい加減にしろ」
クロノは棒立ちのまま、いかにもウンザリとした口調で答えました。
「も~。相変わらず冷淡いなあ、クロノきゅんは」
「その『きゅん』はヤメロ! もう何歳だと思ってるんだ!」
「あの……クロノ。こちらの方は?」
フェイトがやや躊躇いがちに訊くと、クロノが答えるよりも先に、その美女がまた妙に楽しげな口調でクロノにこう問いかけます。
「で? この子がクロノきゅんの今カノ?」
「両目がそろって節穴なのは、まだ全く治っていないようだな。ああ、フェイト。こちらは……」
「元カノの、リゼル・ラッカードで~す。(ピースピース)」
「事実を捏造するのはヤメロ!」
「え~。一緒にお風呂にだって入った仲なのに~。(笑)」
「10年も前の話を、一体いつまで続けるつもりだ!」
アルフ《あ。そっちの話は捏造じゃないんだ。(笑)》
フェイト《でも、10年も前なら、クロノはまだ4歳だよね?》
クロノ「こちらは、リゼル・ラッカード艦長、26歳。僕にとってはイトコオバで、母を除けば、今やただ一人の親族だ」
リゼル「ちょっと、クロノきゅん。いきなり女のトシをバラすのはマナー違反だよ~」
リゼルの言葉は笑いを取りに行ったセリフでしたが、フェイトが気になったのは、実は全く別の箇所でした。
「……いとこ? おば?」
フェイトには最初からプレシア以外に肉親がいなかったので、彼女は「親族関係を表わす用語」にいささか疎いようです。
「イマドキあまり使わない言葉かな? 親の姉妹をオバと言うのと同じように、親の従姉妹のことをイトコオバって言うのよ」
リゼルはようやくクロノから離れて、ごく一般的な説明をしましたが、それでもまだフェイトの表情からは疑問符が消えません。
そこで、クロノはもう少し具体的な説明をしました。
「僕の父方祖父クレストの、年の離れた妹マリッサが、彼女の母親だ。つまり、リゼルは、僕の父クライドの従妹に当たる人物なんだよ」
それを聞くと、親族のいない9歳児にも、ようやく理解できたようです。
そこへ、リゼルの後を追うようにして、髭面で強面の男性と、リゼルに比べれば相当に落ち着いた感じの銀髪の女性が、苦笑しながらもこちらにやって来ました。
「済まんな、クロノ。ウチの娘が相変わらず騒々しくて」
「ああ、提督。御無沙汰しておりました。ジェルディスも、お元気でしたか?」
「あらあら。坊やが随分と一人前の口を利くようになっちゃって」
「勘弁してくださいよ。僕だって、もう一人前の執務官なんですから」
クロノは二人の言葉にそう応えると、またフェイトの側に向き直って説明を続けました。
「フェイト。こちらは、ニドルス・ラッカード提督とその使い魔のジェルディス。10年前からの数年間、幼い僕を鍛え上げてくれたのが、こちらの二人だ。提督は、リゼルの父親で、僕にとっては義理の大叔父でもある」
そこで、またニドルスの側に向き直って、クロノは言葉を続けます。
「それから、提督。こちらは、今回、僕が担当した事件の重要参考人で、フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフです。どうぞ、以後、お見知りおきください」
「ほお。その齢で、もう自分の使い魔がいるのかね。それはまた、将来有望なお嬢さんだ」
「お……恐れ入ります」
フェイトは精一杯、丁寧な言葉づかいをしました。
「私たち、これから食堂で昼食にしようと思っていたところなんですよ。こんな場所で立ち話も何ですから、よろしければ御一緒にどうですか?」
「ああ。こちらもそろそろ飯にしようかと思っていたところだよ」
リンディの提案を受けて、一同は食堂に場を移しました。
その食堂にエイミィも呼び寄せ、しばらくの間、提督は提督同士で、他の六人からは少し距離を置いて、あれこれ話し合う形となります。
また、リゼルがなおもクロノとじゃれ合い、エイミィが苦笑ってフェイトに二人の関係などを説明する傍ら、猫素体のジェルディスは狼素体のアルフに、周囲の人間たちには聞かれないように、わざわざ念話を使ってこう語りました。
《どうか、覚えておいて。使い魔の寿命はせいぜい40年あまり。どれほど理想的な環境であっても、使い魔が50年も生きた実例はひとつも無い。私も今年の秋で、使い魔になって満40年。そろそろ考えておかないと……。》
《……死ぬことを、ですか?》
使い魔としての大先輩を前にして、アルフもさすがに神妙な言葉づかいです。ジェルディスは小さくうなずき、こう続けました。
《私の主はまだ55歳だから、私はきっと主をこの世に残して先に死ぬことになる。あなたの主もまだ随分と若いようだけれど、あなたも覚悟だけはしておいてね。もちろん、あなたにとっては、それはまだずっと先の話なんでしょうけど。》
それは、『私にとっては、さほど先の話ではない』と言わんばかりの口調でした。
一方、ニドルスとリンディの会話は、おおむね以下のようなものでした。
「本当に久しぶりだね、リンディ。兄貴の『祀り上げ』に間に合うようにと、私も大急ぎで仕事を片付けて来たんだが……君たちも来てくれていたとは嬉しいよ」
実のところ、クレスト・ハラオウン艦長(ニドルスの義兄で、クロノの父方祖父)は、30年前の6月に殉職したので、その「祀り上げ」の日程はもう数日後に迫っています。
「直接の面識はありませんが、私にとっても義父に当たる方ですからね。間違っても、なおざりにはできませんよ」
30年前には、リンディもまだ8歳で、後に夫となるクライドとは、まだ出逢ってすらいませんでした。その父親と面識が無いのも当然のことでしょう。
「君がそう言ってくれれば、兄貴もきっと喜ぶだろう」
「だと良いんですが」
リンディはちょっと自信の無さそうな口調で笑い、そこでふと話題を変えました。
「私たちは数日前に〈本局〉に戻って、少しバタバタしていたところだったんですが……そちらは最近、どんな感じでしたか?」
「面白くもない半端仕事ばかりだったが、妙に慌ただしい毎日だったよ。私も〈本局〉に戻って来たのは一昨日のことで、実のところ、娘の顔を見たのも久しぶりのことなんだ」
「大きな事件が無かったのなら、それはそれで良いことじゃありませんか」
「私もそう思っていたんだが……実は昨日、久々に上層部から大きな仕事を命じられてね。今月のうちには艦隊を組んで南方へ、〈辺境領域〉の南部へと遠征することになった」
「艦隊を組んで、ですか?」
リンディの声も、さすがに緊張したものとなっていました。
そもそも「提督」とは、艦隊指揮の権限を持った人物のことですが、実際には、カラバス連合との三年戦争が終結して以来、管理局の次元航行部隊が「戦闘用の艦隊」を組むのは「有事のみ」となっていたのです。
ニドルスも真顔で小さくうなずき、また言葉を続けました。
「今さら『弔い合戦』という訳でも無いんだろうが……まあ、内容的には30年前に兄貴たちがやった仕事の『延長戦』と言って良いのかも知れないな」
「具体的には……どちらの世界で何をする予定なんですか?」
「あまり表沙汰にはできない話だが……邪悪な宗教結社〈邪竜の巫女〉の掃討作戦だよ。特定の世界に焦点を絞ることができないから、おそらくは何年も地道に続けて行くことになるだろうと思う。
今時こんな遠征は誰もやりたがらないが……今にして思えば、62年に突然、提督に昇進させられたのも、これを見越してのコトだったらしい。とんだ貧乏くじだが、『あの女』から直接に頼まれてしまったのでは、私としても断りようが無いよ」
他ならぬ「クレストの最後の仕事」の続きなのですから、実際には、「あの女」の頼みではなかったとしても、ニドルスが断っていたはずなど無いのですが、ニドルスは少しおどけたような口調で、わざとそんな言い訳(?)をしました。
どうやら、ニドルスは、周囲から「立派な人物」と思われることが随分と苦手なようです。
一拍おいて、今度はニドルスの方が不意に話題を変えました。
「ところで、あれからもう10年あまりになる。そろそろ、またアレがどこかに現れる頃合いなんだろう?」
「ええ。もうとっくに、どこかに現れていても異常しくはないはずなんですが」
アレというのは、もちろん、リンディにとっては「夫の仇」とも言うべき〈闇の書〉のことです。
「今までのアレの移動経路から考えて、今回はファルメロウの東側あたりが危ないのではないかと予想し、私たちは年が明けてからずっと、ただ一隻であの一帯を巡回していました。辺境領域なので、なかなか付き合ってくれる艦も見つからなかったのです。
今回の一件は、ファルメロウの北側に位置する接触禁止世界で起きた偶発的な事件で、私たちは『ただ単に近くにいたから駆り出されただけ』という状況だったんですが、この一件が落ち着いたら、私たちはまたあの一帯の巡回任務に戻るつもりでいます」
リンディも、〈闇の書〉がすでに十年前から他でもない〈地球〉に潜伏中だなどとは、さすがに予想はできていませんでした。
【地球とファルメロウの位置関係については、また「背景設定6」を御参照ください。】
「何とかして君の助けになりたかったのだが、残念だよ。私も、仕事を選べるような立場だったら良かったのだが」
「そのお気持ちだけで、充分ですよ。私たちは大丈夫です。それより、あなたこそ、どうぞお気をつけて。宗教結社の危険性については、私もクライドから『自分の父は、あの狂信者たちのせいで命を落としたのだ』とよく聞かされていました」
「ありがとう、私も気をつけるよ」
そこで、ニドルスはまたもや不意に話題を変えます。
「そうそう、思い出した。実は、些少ながら、君の助けになるかも知れないネタがあるんだよ。名前は特に聞かなかったが、二年ほど前、名門中の名門『グラシア家』の、とある分家の御令嬢に『ベルカ式魔法の希少技能』が発現したそうだ。
未来予知の一種で、古代ベルカの文献にも、確かに『プロフェーティン・シュリフテン』という名前で記載されている能力らしい。昔のベルカには何人も『使い手』がいたんだが、実のところ、ここ200年ほどは『まともな使い手』など一人もいなかった。それほどの希少技能だそうだよ」
それを訊くと、リンディもさすがに愕然とした表情を浮かべました。
「未来予知? そんなことが、本当に可能なのですか?」
「ああ。ただ、予知とは言っても、それは多くの場合、『近い将来に起きる特定の案件について、幾つかある「未来像」の中でも最悪のモノ、あるいは最も可能性の高いモノを提示して警告する』という内容のものだからね。『予知としての的中率』それ自体は決して高くは無い。予言詩の解釈は難しいが、事前にそうと解っていれば、悪い未来は回避できるからだ。
その令嬢も今はまだ十代で、このスキルをいささか持て余しているという話なんだが、上層部の中には、これを気にかける人たちもいてね。自分も今回の遠征に際して、『参考意見』として最新の予言詩を幾つか見せてもらった。
だが、この詩文は、君にこそ関係があるモノではないかと思って、一応は『特秘事項あつかい』だったが、こっそり記録して来た。『闇』という単語が繰り返し出て来るから、私としても気になったんだよ」
そう言って、ニドルスはリンディにだけ、こっそりとその詩文を見せました。
「原文は古代ベルカ語だから、この翻訳がどこまで的確かについては必ずしも保証の限りではないんだがね」
『遠き国にて、長き「夜」は終わる。たとえその願いは果たされずとも。
遠き国にて、長き「旅」は終わる。たとえその故郷には帰り着けずとも。
もしも「小さな翼」が、その運命のままに「闇」に染まるならば、
大いなる槍はその「闇」を、その国もろとも撃ち砕くことになるだろう』
「これは……要するに、どういう意味なんですか?」
「それが解れば苦労はしない、というヤツさ」
ニドルスも肩をすくめてみせました。
「まあ、この詩文が本当にアレと関係があるのかどうかもよく解らないのだから、『何かの参考にでもなれば儲けもの』ぐらいのつもりで聞いておいてくれ」
「解りました」
と言いつつ、リンディもこの時点ではまだ全くピンと来てはいなかったのでした。
そして、数日後、ミッド地上でクレストの「祀り上げ」を済ませた後、ニドルス提督は十数隻の艦隊を率いて、ひっそりと南方に出征しました。
(彼も、まさか『68年に一度ミッドに戻って妻の「祀り上げ」を済ませた後、その翌年には自分も遠征先で殉職してしまう』などとは、この時点ではまだ夢にも思ってはいなかったのです。)
なお、〈PT事件〉に関する一連の裁判は、それから五か月ほどかけて終了し、フェイトは11月になってから、ようやく地球に来ることができました。
フェイトにとっては生まれて初めての「学園生活」が始まります。
【以下、A’sの物語は、劇場版の設定に基づきつつ、おおむねTVシリーズのように展開します。
なお、『一般に「闇の書の闇」とも呼ばれる〈ナハトヴァール〉は、あくまでも〈夜天の書〉が何者かに改竄されて、〈闇の書〉と化した際の改造プログラムであり、その暴走形態である』という設定で行きます。
その上で、『対アインス戦では、アリサとすずかが、間違って結界の中に取り残されてしまい、なのはとフェイトが「正体がバレること」も覚悟の上で、その二人を助ける』という、例の描写もきちんとやります。】
さて、新暦65年の末。地球では平成13年・西暦2001年の12月24日(月曜日、振替休日)の夜に「最終決戦」が行なわれました。
海鳴市の沖合数キロメートルの海上で〈ナハトヴァール〉と直接に対峙したのは、最終的には、クロノ、ユーノ、なのは、フェイト、アルフ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、そして、リインフォース・アインスとユニゾンした状態のはやて、の10名でした。
彼等は見事、〈ナハトヴァール〉の本体を「ほぼ剥き出しの状態」で地球の周回軌道上にまで転送することに成功します。
そして、リンディは最後に〈アルカンシェル〉のトリガーに指をかけながらようやく気がつきました。
『ああ。あの詩文の「大いなる槍」とは、このアルカンシェルのことだったのか』と。
また、〈ナハトヴァール〉を完全に虚数空間へと消し去った後も、リンディは考え続けました。
『たとえ地球上から海鳴市を丸ごと消し去ってでも、と覚悟していたけれど、「小さな翼」が闇に染まらなかったから……つまり、はやてさんの心が闇に飲み込まれなかったから、地表への攻撃を回避することができた。……あの詩文のとおりだわ。
では、「果たされなかった願い」というのは何なの? ……いや。そもそも〈闇の書〉は何故、こんな魔法文化の無い世界になど居付いていたの? 早く見切りをつけて他の世界へ次元移動することだって、きっと可能だったはずなのに……』
リンディのそうした疑問は、長らく解消されることはありませんでした。(←重要)
一方、はやては初めてのユニゾンで疲れ果てたのか、戦いが終わって、なのはやフェイトたちとひとしきり喜び合うと、じきに意識を失ってしまいました。
リンディは取り急ぎ、彼等全員を一旦、〈アースラ〉に収容します。
(続けて、はやての車椅子も、病院の方から収容しました。)
そして、艦内の医務室で眠るはやての傍ら、リインフォース・アインスは、はやての中からその姿を現わすと、全員に向けてこう語りました。
「本来はただの改造プログラムだが、長年に亘って使われ続けたため、もう〈ナハトヴァール〉のシステムだけを私から切り離すことができない。〈ナハトヴァール〉を完全に葬り去るためには、もう私自身が消えるしかないのだ」
四人の守護騎士たちも、それを聞いて一度は覚悟を決めたのですが、アインスは続けてこう語りました。
「だが、守護騎士プログラムは、事前に私から切り離すことができる。私がいなくなっても、どうか、お前たちはこの幼い主を守り続けておくれ」
他でもないアインスにそこまで言われてしまったのでは、騎士たちにはもう黙って従うことしかできません。
「実のところ、こうしている間にも、私の中では〈ナハトヴァール〉による侵蝕が再び始まっている。だから、私が消えるのも早いに越したことは無いのだが……残念ながら、私には私自身を消し去るだけの能力が無い。また、基礎プログラムの上でも、そのような行為は許可されていない。
騎士たちよ。そして、小さな勇者たちよ。本当に済まないが、私が消えるのに手を貸してはくれないか? 早く行なえば、その分だけ、もう少し何かを切り離して主のために残せるかも知れないのだ」
死にゆく本人にそう言われたのでは、なのはとフェイトにも、その真摯な願いを拒むことなどできませんでした。
とは言え、これほど大掛かりな魔法となると、間違っても艦内では実行できません。どこかしら地上で「人目につかない広い場所」が必要です。
ところが、アインスは土地勘があるのか、迷わずその場所を指定しました。
はやての許にはアルフとユーノを残し、アインスたち7名は、リンディとクロノに頼んで秘密裡に自分たちを「その場所」へと転送してもらいます。
そこは、海鳴神社がある「北山」のさらに北方に位置し、それ故に海鳴では「奥峰」と呼ばれている山の頂上でした。
頂上と言っても、標高はせいぜい800メートルあまりといったところでしょうか。
バブル経済の頃には、そこに何かを建てる計画でもあったのか、山頂は今でも随分ときれいに、おおよそ平坦に整地され、広々とした状態になっていました。ちなみに、現在では、この山全体が国有地で、「立ち入り禁止区域」となっているのだそうです。
夜明け前という時間帯でもあり、当然に人目は全くありませんでした。
昨夜の雪が薄く積もっており、東の空はよく晴れて明るくなり始めていましたが、まだ暗い西の空からは、再び黒い雪雲が押し寄せて来ています。
南を向くと、北山の向こう側には海鳴市の街並みが見え、さらにその南方には海が見えました。また、向かって左側には、川を挟んで敷浜市の街並みが見え、右側にははるかに遠見市の街並みが見え、さらには、その市名の由来となった遠見崎という名前の岬が海に向かって長く突き出しているのが見えます。
(そうか。やはり、この土地には……。)
アインスはみずから地面に魔法円を描きながら「何か」に気づいた様子でしたが、それが何なのかについては、ついに誰にも語ることはありませんでした。
そして、アインスは「完全消滅」のための魔法円を描き上げると、その中心に東を向いて立ち、外円の四隅(北東、南東、南西、北西)には四人の守護騎士が外側を向いて立ちました。なのはとフェイトはアインスの左右(北と南)にアインスの側を向いて立ち、各々のデバイスを構えます。
これで、準備は完了しました。
しかし、アインス自身による呪文の詠唱が一段落した時のことです。
その魔法円の東側に拡がる開けた場所に、車椅子に乗ったはやてが、アルフやユーノとともに転送されて来ました。
ユーノ《ごめん。はやてが『どうしても』と言い張って、僕たちでは止められなかったよ。》
アルフ《何しろ、無理に止めたら艦内で暴れ出しそうな勢いだったからね。あんな魔力で暴れられたら、艦が丸ごと沈んじゃうよ。》
はやてはアインスを止めようとして、とっさに車椅子を走らせました。
しかし、いくら整地されているとは言っても、さすがに「舗装された路面」ほど平坦な地面ではありません。魔法円の手前で、右側の車輪が石の上に乗り上げ、車椅子は傾いて、そのまま左に倒れてしまいました。
それでも、脚の動かない9歳の少女は泣きながら、両腕の力だけで這い進んで行きます。
アインスは思わず魔法円の縁まで進み出て、はやての手を取りました。
そして、一連の会話の後、アインスはまた東を向いたまま後ずさって魔法円の中心に戻り、そのまま天に帰りました。
最後に、もう一言だけ、アインスの念話が、はやての心に届きます。
《主よ。どうか、「この場所」をよく覚えておいて下さい。》
はやては思わず天を仰ぎましたが、やがて、そこへ掌に乗るような大きさの「光の玉」がゆっくりと落ちて来ました。よく見ると、その球の中には、小さな十字架が浮かんでいます。
はやてが両手でそれを受け止め、涙ながらに抱きしめると、光の玉は、はやての手の中に十字架だけを残して、そのままはやての胸の奥へと吸い込まれて行きました。
こうして、「アインスが遺したリンカーコアの一部」は、はやてのリンカーコアと融合を遂げたのです。(←重要)
翌朝、病院では、はやてとシグナムとシャマルが「無断外泊」のせいで、石田先生からメチャメチャ怒られました。(笑)
しかし、念のために検査をしてみると、はやての体は「両脚を除けば」いつの間にか、すっかり良くなっています。
石田先生「……信じられない! はやてちゃん、一体何があったの?(困惑)」
シグナム「いや。……何と申し上げれば良いのやら……」
はやて「え~っと。友だちと一緒にクリスマスパーティーを楽しんだら気鬱が晴れた……みたいな?(良い笑顔)」
シャマル「いや~。『病は気から』って、本当だったんですね~。(迫真)」
石田先生(ええ……。それで納得できちゃうの? この人たち……。)
はやての体が何故いきなり良くなったのか。その理由は、もちろん、地球の医学では解りませんでしたが、それはそれとして、この状況ならば、もう入院を続ける必要など全くありません。
石田先生はさんざん首をヒネりながらも、はやてを明後日(27日)には退院させることにしました。
(年末年始はいつも急患が多いので、なるべく病床は空けておきたかったのです。)
そして、はやてはその予定どおりに退院し、自宅で無事に新年を迎えることができたのでした。
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