俺様勇者と武闘家日記
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第3部
ジパング
オロチとの戦い
「何だここは!?」
そばにいたナギが驚くのも当然だった。なぜなら、ヒミコ様の屋敷にある旅の扉を通ってたどり着いた場所が、とんでもない所だったからである。
生け贄の娘が連れて行かれるという洞窟。きっとここがそうなのだろう。思いの外広い洞窟の中は、あちこちに溶岩が転がっており、マグマも噴出している。そのせいで火傷しそうなほどの熱気が辺りに充満していた。
そんな灼熱の空間に突然放り出されたせいか、私自身状況を把握するのに随分と時間が経ってしまった。
「ううっ、熱い……」
話すだけでも熱気が口の中に侵入し、息苦しい。そのせいかどうかはわからないが、他の皆も口数が減っている。
「本当にこんなところにいるの?」
シーラが手で口を押さえながらキョロキョロと辺りを見回すが、オロチらしき姿はどこにもない。魔物との戦いで体力には自信のある私ですら長時間ここにいるのは辛いのだから、何の情報も得られることなく突然ここに送り込まれた少女達の心情を考えると居たたまれない。
全員が洞窟内を警戒しながら探索していると、突然遠くの方から地響きのような音と振動が伝わってきた。当然私たちはその場に身構える。
皆が固唾を飲んで音のする洞窟の奥へ目を向ける。すると、何か大きいものを引きずるような音が聞こえてきた。
「何、あれ……」
それを見て呆然とした私は、無意識に口をついた。広い洞窟の天井に届くくらいのその存在は、おそらく全長五メートル以上。その巨躯を動かしているのは足ではなく自身の体。地面を這い、太くて長い体をくねくねと動かしている姿はまさに大蛇だった。ただひとつ普通の蛇と違うのは、胴体は一つなのに首は五つもあったのだ。
左右に二頭ずつと、中央に一回り大きな頭が一つ。それら全てが皆同じ蛇のような顔をしていた。
やがてお互いの姿がはっきりと視認できるまで近づくと、大蛇の首の一つが大きく口を開けた。
『何だお前達は? 生け贄の娘はどうした?』
いろんな人間の声が混ざったような気味の悪い声。そんな不信感を抱く大蛇の言葉に、ナギは小さく鼻で笑った。
「何言ってんだ。娘ならここにいるじゃねーか」
そう言ってナギは大蛇に向かって不敵に笑うと、不機嫌な表情を見せるユウリの背中をバシンと叩いた。流石に化粧はそのままだが、いつの間にか生け贄の衣装を脱ぎ捨てて、いつもの旅装束の姿になっている。
『……どうやらわらわを謀ったようだな』
途端、大蛇から圧倒的な殺意が広がり、私たちを襲った。気圧されないよう、私は必死で踏みとどまる。
「お前がオロチか?」
鞘から抜いた剣を構えながら、ユウリが問いかける。すると大蛇は、ユウリが放つ殺気など気にも留めずにくつくつと嗤った。
『いかにも、わらわがオロチじゃ。だが、それを聞いて何になる? 聞いたところでお前たちはすぐにわらわに喰われるのだからな』
どうやら生け贄だろうとなかろうと、オロチは私たちを食べる気でいるらしい。それにしてもこの話し方、どこかで聞いたような……。
「残念だが、その風習は今日で終わりだ。そして、お前の命もな」
ユウリの言葉を汲み取ったオロチの目がわずかに細くなる。
『ほう……。わらわに抗うというのか。面白い、ならば受けて立とうぞ!』
その一声が戦いの合図となった。この場にいる全員が戦闘態勢に入る。
オロチが咆哮を上げると、その声は衝撃破となって洞窟の壁や地面に亀裂を生み、マグマをも噴き上がらせた。
「シーラ!!」
ナギの声に、シーラは短く頷くと素早く呪文を唱えた。
「ピオリム!!」
シーラの力強い言葉に、私たち四人の身体が白く輝きだす。そして誰よりも先に、ナギが前線へと飛び出した。
ピオリムの効力のおかげで、もともと素早いナギの動きがさらに早くなる。その証拠に、オロチですらナギの俊敏な動きに気づかず、あっという間にオロチの頭の近くまで飛び移っていた。
「くらえ!!」
ナギのチェーンクロスが、先ほどまで喋っていたオロチの首を直撃した。その衝撃でオロチはよろめいたが、すぐに体勢を戻し頭を振る。
『ふむ……。所詮この程度か』
すると別のオロチの首が横からナギを食いちぎろうと牙を向けた。それにいち早く気付いたナギはチェーンクロスを振り下ろし、オロチの牙を弾き返す。
だが、今度はまた別の首がナギの背後に襲い掛かった。
「うぐっっ!!」
オロチの首に体当たりされ、ナギは勢いよく吹っ飛ばされた。どうやらあのオロチの首は、それぞれ別の意思を持って行動しているようだ。
「バカザル!! 後先考えず突っ走るな!!」
「うるせー!! ちょっと油断しただけだ!!」
落下する直前に受け身を取っていたのか、地面に上手く転がるナギ。ユウリに軽口を言えるぐらいは、余裕があるようだ。
「皆も気を付けて!! あの魔物はあたしたちが今まで戦った中で一番ヤバいかも!!」
シーラが賢者の杖を構えながら声を上げる。それは私も薄々感じていたことだ。
以前テンタクルスに遭遇したときは逃げることを優先していたからなんとかなったが、今回は倒すことが目的なのだ。おそらくテンタクルスと同等、もしくはそれ以上の強敵なのは間違いない。その緊迫した状況に、知らぬ間に汗が頬を伝い落ちるのがわかる。
『どうした? 先ほどの威勢はどこへ行ってしまったのかのう?』
嘲笑うかのようにオロチが問いかける。それに反応したのか、ユウリが一歩前に出た。
「あのバカと一緒にするな!」
そう言うとユウリは剣を構えなおし、シーラが唱えたピオリムの効果を身にまといながら、ナギと同様にオロチに向かって走り出した。
『ふっ、下等な人間どもは考えることが皆同じじゃな』
一番大きなオロチの首が、大きく口を開ける。その瞬間、オロチの口から炎が噴き出した!
「ユウリ!!」
ユウリの眼前に迫ってくる、巨大な炎。ユウリも予想していなかったのか、ギリギリ間一髪で横に跳び退いた。
「ひゃああっっ!!」
炎は私やシーラの近くまで届いた。特にシーラはまだレベルが低いので、ちょっとした攻撃でも命取りになる。私はすぐさまシーラの前に出て彼女をかばう体勢になる。
一方ユウリは炎を避けた後もなお、オロチに向かって走り出している。剣を左手に持ち換えると、もう片方の手に魔力を集中させた。
「イオラ!!」
右の手のひらから放たれた魔力が、オロチの胴体に触れた瞬間爆ぜる。ユウリが使える呪文の中でも、かなり威力の高い術だが……。
『ふん、わらわに呪文など、効かぬ!!』
なんと、ユウリの呪文を直撃したにもかかわらず、オロチは無傷だった。それどころか、二つの小さい首が交差するように、ユウリめがけて突っ込んでくる。
「ちっ!!」
ユウリは後ろに飛び退きざま、迫ってくる二つのオロチの首を続けざまに袈裟懸けに斬った。だが致命傷には至らず、これ以上の追撃を避けるため二匹の首は後方へとさがる。その際オロチの傷口から出る紫色の血がユウリの顔にかかった。
しかし顔を拭う暇すら与えず、また別の首がユウリに襲いかかる。その度にユウリは呪文と斬撃で応戦するが、度重なる集中攻撃に次第に押されていく。
一方私は星降る腕輪の力を引き出し、自身の素早さをさらに上昇させていた。
オロチの牙を剣で弾くユウリの背後に回り込むように、先程斬られた別の首が噛み千切ろうと向かってくる。その首に向かって、私は渾身の正拳突きを放った。
『ぐっ……!!』
私の攻撃が効いたのか、オロチの呻き声が聞こえた。
「さっきのお返しだ!!」
いつの間に近くまで来たのか、ナギがチェーンクロスを振りかざし、さらに同じオロチの首に叩き込む。
連続で攻撃を喰らったからか、首は今もなおフラフラしている。このチャンスをみすみす逃す私たちではない。
「ヒャド!!」
追い討ちをかけるように、シーラの放った氷結呪文がそいつの頭を凍らせた。そいつは身をよじりながらもがき続けるが、このときすでにユウリは次の呪文を唱えていた。
「イオラ!!」
ドガアアアン!!
オロチ本体に効かないイオラを、今度はシーラの呪文によって氷浸けにされたオロチの頭に向けて放った。氷と共に、オロチの頭も共に弾け飛ぶ。
「やった!!」
五頭のうちの一つが倒れ、そのうちの二頭もユウリの斬撃により負傷している。このまま行けば、オロチを倒すことが出来る!
『……人間風情にしては足掻く方じゃの。しかし、無駄じゃ』
中央の首はそう言うと、大きく息を吸い込んだ。これはさっき別の首が吐いた炎と同じ予備動作じゃ……。
「離れろ!!」
ユウリの叫びに、反射的に私とナギはその場から離れた。と同時にオロチの一番近くにいるユウリもまた、そこから離れようと走り出す。
だがその瞬間、オロチの口から先程の数倍の大きさの火炎が辺りに燃え広がった。振り向くと私のすぐ目の前に、紅蓮の炎が襲いかかる。
「きゃああああっっ!!」
竦み上がった私は無意識に体勢を低くした。けれど這うように襲いかかる炎の波に、私はいとも簡単に飲み込まれてしまった。
「ミオちん!!」
それほど遠くにいないはずなのに、シーラの声が随分と小さく聞こえる。その理由が炎の壁に阻まれていることに気づくが、それ以上に私は苦痛に苛まれた。
熱い!! 痛い!! 苦しい!!
喉が焼けるのを防ぐため、とっさに息を止める。それでも炎と熱風が全身にまとわりつき、あまりの息苦しさに頭が真っ白になる。肌は焼かれ、髪の焦げる音を聞きながら、私は声なき声を上げた。
「ミオちん、大丈夫!?」
今度はシーラの声がはっきりと聞こえる。どうやら彼女の声を阻んでいた炎はなくなったらしい。
「ホイミ!!」
私の返事を待たず、シーラは私に向かって回復呪文をかける。痛みは若干ひいたが、炎が当たった部分はあちこち焼けただれていた。
「ごめん、ミオちん……。今のあたしのレベルじゃ、これが限界……」
立て続けに呪文を唱えたからか、シーラの表情にも余裕はない。
「大丈夫! 痛みはないから! そうだ、ユウリとナギは……」
ふと前方に目をやり、私は言葉を失った。私は星降る腕輪の力で二人より先にオロチから離れることが出来たからこのくらいの火傷で済んだが、間近でオロチの炎を浴びた二人は地面にしゃがみこんだまま動かない。私とシーラは急いでユウリたちのもとへと向かおうとした。
「来るな!!」
私たちを振り向きもせず、一喝するユウリ。その声に、私たちは体をびくつかせ足を止める。
「バカザルにはベホイミをかけた。あとは俺一人でやる」
「待って、ユウリちゃんは……」
言いかけて、シーラは息を呑んだ。ユウリの身体は私とは比べ物にならないほど広範囲に渡って火傷を負っている。それはつまり、彼は回復呪文を自分にはかけていないと言うことだ。
回復呪文どころか応急処置もしていない酷い火傷だと言うのに、ユウリは構わずオロチに向かって走り出す。
「ダメだよユウリちゃん!! 一人で倒すなんて無茶だよ!!」
泣きながらシーラが止めるも、ユウリの耳には入らない。私はたまらず後を追いかけるが、
「ミオちん待って!! ただ闇雲に突っ込んじゃダメ!!」
「でも、早く追いかけないとこのままじゃユウリが……」
「一旦落ち着こう! ユウリちゃんも、冷静になればきっとわかってくれる。だからミオちん、あたしの話を聞いて」
シーラの真摯な表情に、私は落ち着きを取り戻す。
「何か考えがあるの?」
「考えって言うより、気づいたことがあるの。あのオロチの首、ただ単に五つあるわけじゃないと思うの」
「どういうこと?」
私が尋ねると、シーラはオロチの首を順番に指差した。
「まず、中央にある一番大きな頭が他のオロチの司令塔だと思う。喋ってるのもあいつだけだし、他の首が攻撃する直前、必ずあいつの目が赤く光るの。きっとそのときに頭に直接指令を出してるんだと思う。あいつの攻撃手段は咆哮と今吐いた超ヤバい炎のブレス。でも攻撃力が高い分、そのあとの反動からかしばらく動けないみたい」
なるほど、シーラの分析通り、今炎を吐いた中央の首は口を半開きにしながら微動だにしない。次の攻撃に移るまで若干のタイムラグがあるのだ。
「一つはさっき倒したから、残りの首は四つ。中央の頭と、さっき倒した手前側の右を除くとして、手前側の左は自分の牙を使った近接攻撃がメイン。奥側の右は最初に放った比較的避けやすい炎のブレス。奥側の左は他の首の攻撃の様子を見ながら追撃するパターンが多い」
すらすらとオロチの首のそれぞれの特徴を説明するシーラに対し、私は舌を巻いた。
「シーラ、よくこんな短い間にいろいろ分析できたね!?」
「皆と違って遠くから見てることしか出来ないからね。それより、あたしもユウリちゃんもきっとMPが少ないから、呪文はそんなに使えない。ここは皆で連携して、短期決戦でケリをつけるしかないの。だからミオちん、無理を承知でお願い。ユウリちゃんと協力してオロチの注意を引き付けて!」
「わかった!」
私は是非もなくうなずく。
「おいお前ら。オレを忘れてもらっちゃ困るぞ」
「うわっ!?」
ぬっ、と亡霊のように現れたのは、顔中煤だらけのナギだった。ナギもユウリと同じくらいの位置にいたはずだが、ユウリの呪文のお陰かそれほど大した怪我はしていない。
「あいつに借りを作っちまったからな。オレもやるぜ!」
「ならナギちんは二人の後方支援と、あたしの護衛をお願い!」
続けて、シーラは私とナギに明瞭な指示を出す。
「ミオちんはまずユウリちゃんに今のことを伝えて!! あとは指示通りにお願い!!」
『オッケー!!』
私とナギの声がハモると同時に、私たちはそれぞれの目的に向かって走り出す。
なんとしてもオロチを倒さなければ。ここで負けるようじゃ、到底魔王には勝てっこない。
私は決意を改め、オロチの元へと向かうユウリを追いかけたのだった。
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