これが創り物の世界でも、僕らは久遠を願うのです
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3
目を瞑って、口と指に神経を集中させる。
そして、指穴を押さえ、そっと唄口に息を吹き込む。
懐かしい雰囲気。昔、縁側で篠笛を吹いたあの時と同じ。
後ろにあの人が座っていて、私の演奏を聞いている。
畳の匂い。雨の音。いつまでも、いつまでも、私はここにいるーーー
「神々廻ちゃん」
はずだったのに。
私の夢はいつも誰かの手によって壊される。
「…なに?琴葉…って、あら。今日は一人じゃないのね」
「や、やあ。おじゃまするよ…」
「杏香さん、おじゃまします…!」
普段、無限に広がるヴォイドの中で、私がいるここへやってくる物好きは琴葉くらいだ。まあ、ここには他人に進んで関わろうという考えを持った人がいないから、何も不思議なことではないけども。
でも、珍しく今日は琴葉以外にも二人。フィルウ様とハクネも着いてきていた。
琴葉。彼女は黒猫のように急に出没して、急に立ち去っていく、お手本のような気分屋で、常に一人でいると思っていたけど、案外そうでもなさそうだ。私以外にも、懐いている相手はいるらしい。
「いらっしゃい。何も用意していなくてごめんなさいね」
笛をそっとしまい、立ち上がろうとすると、途端に目の前が暗くなる。
立ちくらみ?今までなったことがないのに。と驚いたが、次の瞬間目を開けると、見渡す限り辺り一面真っ白だった世界に色がついている。それだけじゃない。匂いも、音も、この一瞬でここに世界ができたかのような。
「こっちから突然押しかけたから、気にしないでほしいな。それに、用意したいものがあったなら僕が代わりに創るけど、何かあった?」
フィルウ様は微笑を浮かべて言った。
今、彼が創ったのは私が昔いた世界のお屋敷の縁側。一番馴染み深くて、大切で、大好きな場所。
サァ、と会話を遮らない程度の、心地よい雨の音。雨を喜ぶ蛙たちの合唱。雨に濡れた土の香りと、お屋敷の檜と畳の香りが調和して、独特だけども、落ち着くあの香り。
あのお屋敷での楽しい思い出が自然と蘇ってきて、私はふふ、と小さく笑ってしまった。
「どうしたの?…あ、ご、ごめん、勝手にここがいいかなと思って再現しちゃったけど、無駄なことしたかな」
「いいえ。気にしないで」
ここはどうなっているかな、と思い少し移動して襖を開けてみると、ちゃんとここにしまっておいた座布団も再現されていることに気づく。枚数も、材質も、全て忠実に。
「琴葉。寝転がっていないでこれを並べなさい」
「クッション?」
「座布団」
「あー!あったね、それ。ニホンって国に」
人数分手渡すと、「あっ意外と四枚は重い」と小さくこぼしながらハクネとフィルウ様の方へ素直に運んでいく琴葉。
ただ、この子たち、正座はできるのかしら。
「ありがとう、神々廻さん」
「座布団だ…!フィルウさん、こんなのも創れるんですか?」
「なんでも創れるよ。ハクネさんだって権限があるから創れるはずだよ」
「今度試してみます!」
フィルウ様とハクネさんはサッと座布団を敷いて上に正座する。驚いた、普通にできている。
「どうぞ、お楽に」
「失礼します」
「失礼します…!」
あら、礼儀まで。私の世界ではまだなかった習慣だけど、「正座」という最近の習慣は美しくて好きだ。
でも、琴葉は全く知らなかったようで、物珍しそうに二人を眺めながら棒立ちしている。
「琴葉さん?」
「あ、え?床に座るの?足しんどくない?」
「もう少し日本文化を勉強してやれ、琴葉。一応、”作者”は日本の子なんだから」
「え、ちょ、今ちょっと教えてくれたっていいじゃん」
彼女は”黒華琴葉”と日本人らしい名前こそしているが、作者が過ごしているような時間のもっと先の世界出身のキャラクター。文明は滅んでいるに等しく、きっと座り方に関する文化なんて残っていないか、あったとしても意識されていなかったのだろう。あくまで予測にすぎないけれど。
でも、まあそこまで座り方にこだわらなくてもいい。ここには、様々な世界で生まれて、そして死に、堕ちてきたキャラクターしかいない。
「自分で調べなさい。そのくらいできるでしょう?それに、座り方なんてなんでもいいわ。床に座るのが嫌だったら椅子を出しましょうか」
「座ってみたいからイスはいいや!本当になんでもいいんだね?」
ニカっと笑い飛ばしながら、彼女は座布団をおいてそこに三角座りの形で座った。
「…やっぱり、そうやって縮こまって座るところ、猫っぽいわね」
「猫!?」
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