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作者:50まい
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『彼』とあたしとあなたと
  1

 日紅(ひべに)は、『彼』を好きで(せい)も好きだった。



 『彼』は、日紅のことは嫌いじゃなく犀のことは嫌いだった。



 犀は、日紅のことは好きで、『彼』のことは嫌っていた。











 日紅は、わかっていなかった。



 『彼』も、わかっていなかった。



 犀。彼が一人だけ、全てを理解していた。










 中学2年のときから、さらに2年。

 ぬるま湯のような緩慢な時を経て、最初に変わったのは、日紅。



















「ねぇねぇ日紅ちゃん」



 うとうとしかけたところに声をかけられて、日紅はゆっくりと顔を上げる。日紅の中学校時代肩までしかなかった髪は、今やふわふわと弧を描いて背の半ばまでを覆っている。



 目の前には、女の子。首をかしげて、日紅を覗き込んでいる。



 ええと・・・と、日紅は眠りかけの頭を起こす。



「隣のクラスの桜ちゃん?」



「うん、そう」



 桜は嬉しそうに笑った。かわいいな、と日紅は思った。



「で、ね、日紅ちゃん」



 さらさらなセミロングの髪を揺らして、桜は心なしか、日紅に顔を寄せた。



 何か秘密のハナシなのかな、と日紅は思った。でもなんであたし?確か日紅は桜と交流はあまりなかった筈だ。



「日紅ちゃんって、木下(きのした)くんと付き合ってるの?」



 木下?って、誰。日紅は一瞬考え込んだが、ああ、と間の抜けた声を出す。



「犀?」



「そう。木下犀くん。ね、付き合ってるの?」



 桜は笑顔を顔に貼り付けたまま、真剣に聞いてくる。



 日紅は思わず笑いそうになった。つきあってる?あたしと犀が?まさか。



 変な誤解をされないためにも、ここではっきりと言うべきだ。



「違うよ。あたしと犀は気の合うってだけの、友達。別に付き合ってなんかいないよ?」



 そう言うと、桜はとても嬉しそうに笑うのだ。



「よかった!」



 あぁ、これはもうーーーー…。日紅は思った。まったく、いいわね色男は。



「じゃぁ、じゃあ日紅ちゃん。あのね、犀くんのー…」



「俺が何?」



 桜と日紅は同時に目を見張った。一瞬の間のあと、桜の顔がぼっと赤くなる。



 日紅は桜の後ろに、うんざりするほど見慣れた顔を見つけた。



「犀」



「今、俺の話してた?」



 あっこらそこはわかってても黙ってなさいよ!日紅は思った。



「あ、ぁああぁの、日紅ちゃんっ、もう戻るねっ!またねっ」



 そう叫んで、桜はばたばたと日紅のクラスを出て行った。



「…すっかりプレイボーイね、犀。お姉ちゃん悲しいわ」



「誰がお姉ちゃんだ、誰が」



「モテモテで羨ましい限りで」



「あの子になんて聞かれた?」



「あたしは(あまね)く女の子のミ・カ・タ。そうぺらぺらと喋らないデース」



「ふぅん…」



 まあ、大体察しはつくけど、と犀は呟いた。



「ねえ犀、あんた付き合ってるコ、いるの?」



 一応桜ちゃんのためにリサーチしといてあげよう、と日紅は犀を見上げた。



「いると思うか?」



「全然」



「……。じゃあ俺も聞くけれど、おまえ好きな男いるの?」



「?付き合ってる男、じゃなくて?」



「おまえと誰かが付き合ってたら流石にわかるさ。おまえが俺に隠し事できる気しないし。で、いるの?」



「…いると思う?」



「全く」



「………」



 仕返しかこれは。



「あ、日紅、もうひとつ聞いていいか?」



「嫌」



「さっきさ」



「ムシかい」



「さっき、おまえ青山と何話してた?」



「はい?」



 日紅はぽかんと口を開けた。



「青山、ってあの青山くんかしら。うちの級長の」



「そう、その‘顔がよくて背が高くて頭もよくておまけにスポーツ万能だなんてキャーーッなんてステキなのv’って女子が騒いでた青山くん」



「あぁ、あの‘顔がよくて背が高くて頭もよくておまけにスポーツ万能だなんてクソーーッ一つも欠点がないぜ’って男子が騒いでた青山くん」



「……男子の内情に詳しくないか?」



「そっちこそ、女子に内通しているようで」



「で、その青山になんていわれた?」



「別に、何も。あ、でもリプト○のレモンティーくれたわ」



「リ、リプト○のレモンティ~!?」



「は?な、何をそんなに慌ててんの?リプト○のレモンティーってそんなに希少価値のあるものだっけ?」



 犀は例の缶が日紅の手のひらに収まっているのを見て取ると、いきなりそれをむんずと掴んで、一気に飲み干してしまった。



「あーーーーーーーっ!なんてことをおおおおおお!バカ犀!ばか!あんた本当は青山くんの人気知らないんでしょ!?これだって欲しがる女の子いっぱいいるんだからね!」



 日紅が憤慨して犀をどつくが、犀は真剣な顔で言った。



「日紅。今日から一緒に帰ろう。朝も迎えに行く。いいか、青山は、あいつは顔だけの男だ。他はいいところなんてひとッつもない」



「はぁ?」



「伝説を作れ、日紅」



「な、一体何のことなのよおおおおーーーーーッ!」  
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