Fate/WizarDragonknight
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助けよう
「ハルトさん!」
その声に、ハルトは我に返る。
マスターであるアカネとの融合を果たしたイリス。
それが、すでに超音波メスを発射しようとしている。
すでにハルトも、声を発した可奈美も、まだ動けない。
だが。
「シールドトルネード!」
シールダーのサーヴァント、蒼井えりかが叫ぶ。
盾になった六つの機械が、弧となって触手の先端を弾く。あらぬ方向へと向けられた触手の先端より超音波メスが発射され、駅の壁を貫く。
「皆さん!」
彼女はさらに、六つの機械を目の前で束ね、正六角形を作り出す。
超音波メスならば安定して防げるその力は、超音波メスを霧散させていく。
「君は……」
参加者同士、戦うつもりはないのか。
参加者と知りながら、積極的に庇う彼女の姿を見て、ハルトは警戒を解いていく。
だが。
「ぐっ……!」
彼女の口からは、辛そうな声が漏れ出していた。
シールダーのサーヴァントといえど、彼女はすでに限界に近づいていたのだろう。イリスの猛攻に、だんだんシールダーの盾が揺らいでいるように見える。
それは、イリスにも察知出来ていることなのだろう。イリスはその触手を全て持ち上げ、一気にえりかの防壁を貫こうとしている。
ハルトは、彼女の援護のためにウィザーソードガンを持ち上げる。だが、銀の銃を握った途端、腕に負った傷により、ウィザーソードガンを取りこぼしてしまった。
「しまっ……!」
顔を真っ青にするハルト。
だが、イリスの触手がえりかを貫くよりも早く、青い光線がイリスの死角を穿った。
大した威力ではない。だが、イリスの絶対優位を一瞬だけ揺るがせるのには十分だった。
そして、その攻撃を行った者が、駅ビルの屋上より室内へ着地する。
「何をしているの、ウィザード?」
ハルトの前に降り立ったのは、長い金髪。
数週間前にも、共に見滝原南に向かった、聖杯戦争の参加者。
「リゲル!?」
ガンナーのサーヴァント、リゲル。
長く美しい金髪をなびかせながら、リゲルはハルトを助け起こした。
「リゲル……!? どうしてここに……!?」
「あれだけデカいのが暴れていれば、嫌でも目に入るわよ」
リゲルの肩を借りながら、ハルトはイリスを見上げた。
見滝原中央駅という狭い空間を、我が物顔で支配する異形の怪物。
そんなイリスを見上げながら、リゲルは唇を噛む。
「イリス……虹の女神の名前を与えるには、ちょっと邪悪すぎるんじゃないかしら?」
「イリス?」
「奴の姿を見た街の人々が、そう呼び出したのよ。翼が虹色に輝いて見えるって」
「へ、へえ……っ!」
そこまで言ったところで、ハルトは血相を変えてリゲルを突き飛ばす。
音速の九倍の速度で、イリスの触手が、リゲルがいた空間を引き裂いていた。
予測できなかったリゲルは、青ざめた表情をしており、ハルトは息を吐いた。
「助けてくれてありがとう。一応これで、今の借りを返したってことでいいかな?」
「……ええ」
リゲルは不機嫌そうに頷いた。
「でも、あまり長々と話している暇はなさそうよ」
リゲルの忠告通り、イリスは、新たな乱入者を見定めて、触手より超音波メスを放っている。
「また来た!」
「大丈夫です! 蒼井が守ります!」
ハルトとリゲルの前に、えりかが立つ。
六つの機械を展開し、盾となるそれは、イリスの超音波メスを安定して受けることが出来た。
だが、えりかの防御圏外にいる可奈美、響、友奈を守る者はいない。
「写シ!」
可奈美が大急ぎで千鳥を抜き、体を白い霊体に包み込む。
彼女特有の異常な動体視力が、音速で走る光線を斬り落としていく。
「可奈美ちゃん!」
「大丈夫……うっ!」
だが、彼女の疲労は、可奈美の能力を大きく引き落としていた。
数回の防御ののち、可奈美の肩を超音波メスが貫く。膝を折った可奈美を庇おうと、ハルトは急いだ。
だが、イリスの攻撃の方が速い。
凄まじい高音を持つそれ。
だが。
「刻々帝 七の弾」
イリスの二本の触手に、その銃弾が命中した。
すると、触手の動きが見てわかるほどに遅くなる。発射された音速の光線も、可奈美が響と友奈に助け出されるほどの速度に低下している。
「今のは……」
その力は、強烈にハルトの脳裏に刻み込まれている。
その正体は……
「きひひっ……! 何やら楽しそうなパーティですわね?」
上のフロアからよく響く声を発するその女性。
オレンジのドレスを着こなす彼女は、それぞれ長さの異なる銃を肩に乗せながら続けた。
「わたくしも、混ぜてくださいませ?」
「お前は……!」
「狂三ちゃん!」
可奈美がその名を叫ぶ。
一度は聖杯戦争より脱落した、アヴェンジャーのマスターが再契約したフォーリナーのサーヴァント。
彼女は口を吊り上げながら、手すりに寄りかかる。
「きひひひひっ! あらあら。見覚えのある顔がちらほらと……」
だが、そんな彼女の声は、イリスの物理攻撃に阻まれる。
無数の触手を一度に叩きつけたが、それよりも先に狂三は加速、攻撃を回避し、可奈美の前に降り立った。
「お久しぶりですわ。セイヴァーのマスター……」
「狂三ちゃん!」
だが、狂気を表にする狂三へ、響と友奈に支えられる可奈美が呼びかけた。
狂三は可奈美、そして彼女の右腕を支える響へ視線をやる。
「ウィザードに、ガンナー……前回お会いした皆様もおそろいで……あの化け物は、相当な手練れのようですわね……」
金色の眼で、狂三はイリスを見上げる。
「まさか、セイヴァーのマスターまで苦戦するとは……もう一人のわたくしを倒したあの力を使わないのですの?」
「あはは、もう祭祀礼装を使ったんだけど、倒せなかったんだよね」
「……あの力でも倒せない参加者、ということですの?」
狂三は眉をひそめた。
どんどん増えてくる敵対勢力の存在に、イリスは静観することを選んだようだ。
触手を蠢かせながら、こちらを見下ろすイリス。
その巨体へ、リゲルがゴーグルを通して目を細めた。
「これは……奴の体内にいる、アイツのマスターだけど……どんどん同化していってる」
「同化?」
ハルトの疑問に、リゲルは頷いた。
「このままだと、奴の一部になるってことよ。多分、ムーンキャンサーの目的はそれね。マスターと完全に融合して、その生命エネルギーを永遠の苗床とするってところかしら?」
「苗床?」
「ええ。奴はメスって言い方でいいわね。身体構造の作りから、単体生殖の可能性が高い。多分、同類の生物を一日もあれば沢山生み出せるわね」
「奴と同型の生物を、無数に現れるっていうのか……?」
ハルトは知る由がなかった。
以前、響、アンチとともに見滝原南で戦った怪鳥型の生物。
それこそが、イリスと同じ遺伝子を持つ生物であり、イリスが大量に生み出そうとしているものだったのだ。
「残念だけど、あのマスターを始末するしかないわね」
リゲルが告げた非情な結論に、ハルトと真司は顔を引きつらせた。
だが、リゲルは続ける。
「奴のフルスペックは、マスターの生命力を吸収して発揮しているわ。マスターを始末すれば、おそらく奴は今以上の脅威にはならない」
「でも……どっちかだけを助けるなんて、絶対間違ってる」
真司は言い張った。
「俺は、誰の命も諦めたくない。リゲル、アンタの言ってることは正しいんだろうけど……でも、それは認められない。認めたら……」
真司はそこで言葉を濁した。
彼が小声で「結局運命を……変えられないってことじゃないか……」と呟いていたのを、ハルトは確かに聞いた。
「……予め言っておくわ」
リゲルの声が、少し冷たくなる。
それが、あまりにも無謀であることを、彼女の美しくも鋭い目が語っていた。
「奴のマスターの命を諦めれば、純粋にムーンキャンサーを倒すことだけで、この騒ぎは終わる。でも助けるとなると、話は別よ」
「待って下さい」
リゲルに、ぴしゃりと苦言を呈する者。
それは、えりか。
さきほどまで活躍していた盾を羽衣のように畳み、腰に装着している彼女は、リゲルの目を真っすぐに見つめた。
「あの中に、人がいるんですか?」
「人と言っても、マスターよ? 貴女もサーヴァント……参加者なら、奴を始末するほうが都合がいいでしょ?」
「それでも、助けようよ」
その声は、友奈。
可奈美を支える彼女は、髪留めが千切られており、大きく乱れていて、一見別人にも見える。
「わたしは、助けたい! アカネちゃんを……あの子を助けないと、アンチ君だって悲しむよ!」
「アンチくんって……」
ハルトは、戦場となっている駅ビルと離れた駅改札口付近を見返す。
ハルトの指示を守り、こちらを見守っているアンチの姿がそこにはあった。
その視線に気付いた友奈も、アンチの姿を捉える。
「わたしもッ! 伸ばせる手を伸ばさなかったら、後で絶対に後悔するッ! だから、生きるのを諦めさせたくないッ!」
響も賛同する。
リゲルは、更に顔を歪めた。
「ランサー。貴女の強さは知ってるわ。でも、奴はそれ以上に強い。それこそ、ラ・ムーにも負けるとも劣らないほどに。今ざっとここにいる人たちのデータを収集したし、そもそもムー大陸での件でアンタたちのスペックは大体分かってるわ。それでも、全員が協力したとしても、アイツに勝てる可能性はまだ少ない。もう一度言うけど、ただ倒すだけでも奇跡でもないといけないのに、さらに救出になると、余計に可能性が下がるわよ」
だが、ハルトはそれでも頷いた。
ハルトだけではない。可奈美たちや真司も、当然という顔を浮かべていた。
「きひひっ……とんだお人よしが揃っているようですわね」
嘲笑交じりに、狂三がほほ笑んだ。
「ええ、ええ。ガンナー。貴女の意見は間違っていませんわ。何一つ。ただ、倒すにしろ助けるにしろ、全員の同意がないと難しいでしょうね」
「……」
リゲルは大きくため息を付く。
「ここで私一人が反対してもイリスには勝てないし……いいわよ」
「リゲル……!」
「ただし!」
ハルトが感謝を示すよりも先に、リゲルの砲台がその顔に向けられた。
「助けられないと判断したら、容赦しないこと。いいわね?」
「ああ。それでいい。俺たちも、全力で助けるから。ね」
ハルトは、可奈美達に振り替える。
すでに祭祀礼装、満開、絶唱という切り札を使い果たした三人。それぞれ通常の戦闘形態しか戦えず、さらにキャスターの心強い援護も期待できない。
それでも答えは変わらない。
「アンタたち……本当に、底抜けのお人よしばかりね」
「仕方ありませんわね? そうでもなければ、聖杯戦争を止めるなんて馬鹿げた発想になりませんもの」
狂三の一言に、リゲルは観念したように天を仰いだ。
そして。
「行こう! あの子を、助けよう!」
ハルトの言葉に、誰もが頷いた。
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