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Fate/WizarDragonknight

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残骸と悪夢

「ぐっ……!」

 瓦礫を押し倒す。
 自らの体を圧迫していたコンクリートを押しのけたハルトは、立ち上がると同時に倒れた。

「ゲホッゲホッ!」

 口から血を吐きながら、ハルトは咳き込んだ。
 もう一度立ち上がろうとするが、痛みで体のバランスを崩し、コンクリート片の上を転がり落ちた。

「ぐあ……っ!」

 落下したところで、さらに下がったところにあるコンクリート片に打撲する。
 全身の痛みに悶えながら、仰向けになった体は夜空を見上げる。
 満月の夜空を仰ぎながら、ハルトは無理矢理体を起こす。そこでようやく、自分が瓦礫の上に出てきたことに気付いた。

「これは……?」

 周囲を見れば、そこが出前で訪れたマンションであることに間違いはない。
 だが、大型マンションの姿は影も形も無くなっていた。あるのは、巨大な瓦礫の塊。ハルトは、その中から抜け出してきたのだ。
 そして。

「……っ!」

 それは、いた。
 触手の怪物(ムーンキャンサー)
 マンションに住んでいた住民たちを殺害し、ハルトとコウスケを追い詰めた怪物。
 それは、その目らしき黄色の器官で、ハルトを見下ろしていた。
 その巨体は、おそらく百メートル近くはあるだろうか。その黄色く発光する器官が、ゆっくりとハルトへ近づいてくる。

「……っ!」

 腕が。足が。体のあらゆる部位が、動かない。
 それは痛みによるものか。それとも、恐怖によるものか。
 呼吸すら忘れたハルトには、魔法を使うことも、ましてや変身することもできない。
 一方、怪物は、すでにハルトのことを敵だとすら認識していない。
 むっくりと体を起こしたムーンキャンサーは、そのまま天を見上げる。
 それにより、ようやくムーンキャンサーの身体、その全容が見えた。
 オレンジ色の柔らかな触手が無数に絡み合い、攻勢していくその胴体。それを、銀色の外骨格が包み込んでいる。胸には複数の青い結晶体が雨粒を散らしては輝いており、その中央にはさらに一際美しい宝石のような部位があった。
 まるで人間のような体形をしているが、その触手、および外骨格の肩部分にある突起がその印象を覆す。
 そして。
 雨空の合間から見えてくる月。
 ムーンキャンサーは、その触手を広げる。すると、触手と触手の間に虹色の幕が張られ、それはだんだんと大きくなっていく。
 あたかも翼のように広がっていく触手と幕。
 強烈な突風が雨風を吹き飛ばし、ハルトは思わず屈む。
 そして、ムーンキャンサーは。
 雨の夜空へ飛び上がっていった。



「……はあっ! はあっ!」

 ようやくハルトが呼吸を取り戻した時、すでに全身が雨に濡れ、冷え切っていた。

「コウスケ……? コウスケ! おい!」

 火の手も少なくない中、ハルトはともにムーンキャンサーと戦った仲間の名前を呼ぶ。
 だが、その声はただ夕焼けの中に反芻するだけだった。
 コウスケだけではない。
 マンションの住民が、誰一人としてその姿を現さない。
 誰でもいい。生き残りはいないか。まだ、ハルトが助けるのに間に合う生き残りは。
 触手の怪物の襲撃を潜り抜け、マンションの崩落に巻き込まれても、生き残りはいないか。

「……っ!」

 いるわけがない。
 ハルトはその事実に、力なく膝を折った。
 より強くなっていく雨。空を見上げていると、ハルトの視界がだんだんとぼやけていった。



___違う……_____じゃない!___
_______はどこ!? _____を返して!___

 暗い、雨。崩落した建造物の中、ただ一人泣き叫ぶ少年。
 そして、瓦礫の中から、顔を覗かせる少女。



「あああああああああっ!」

 ハルトは記憶を振り払う。

「違う……違う違う! 俺は何もやってない! 俺じゃないんだ……俺じゃ……! いや、俺が……俺がやったんだ……!」

 膝を折ったハルト。すると、ビチャリと水の音が鳴った。
 だんだんと過去の光景と類似していく。
 崩壊した建物。火。そして、体を凍てつかせる雨。
 だが。
 何かが落ちる音がして、ハルトは我に返った。
 内側からどかされた瓦礫。そして、その中から現れたのは。
 金色の指輪を付けた手。

「コウスケ!」

 ハルトは即座にその手を掴む。
 左手で引きながら、右手で指輪を発動。

『ビッグ プリーズ』

 ハルトは魔法により、腕を巨大化。その腕の周囲にある瓦礫を退けた。

「コウスケ!? 大丈夫か!?」

 瓦礫を粗方片付けると、呻き声を上げながらも、命に別状が無さそうなコウスケの姿があった。
 頭から血を流しながらも、ビーストという異能の力によって生存能力を高めたコウスケ。彼を引っ張り出したハルトは、そのままコウスケを横にする。

「悪ぃ……これ以上は無理だ」

 コウスケが苦しそうに答える。
 ビーストという鎧に守られてはいたものの、ムーンキャンサーの猛攻とマンションの質量に襲われた彼が五体満足で生き延びたのは奇跡に等しい。
 だが、あちらこちらがすでに満身創痍となっており、これ以上の戦いを望むのは無理というものだろう。

「お前……まだ、動けるのか?」
「あ、ああ……」

 頷いたと同時に、ハルトの全身が痛みを訴えた。
 体勢が維持できなくなり、コウスケの前で崩れる。だが、すぐさまに肩を奮い立たせた。

「奴は……」

 ハルトは唇を噛みながら、ムーンキャンサーが飛び去って行った方角を睨む。
 すでにあの巨体は、雨雲の向こう側へその姿を消している。
 あれ(・・)が聖杯戦争とどう関係しているのか、ハルトには分からない。だが、見滝原の外に出られる者であれば、尚更危険であろう。
 だが、目の前のコウスケを放っても置けない。
 ハルトはコウスケを背負おうと身をかがめ、腕を掴む。
 だがコウスケは、そんなハルトを突き飛ばした。

「オレのことはいい……! それより、奴を追え!」
「でも……」
「いいから行け!」

 コウスケはハルトの襟首を掴みながら怒鳴った。

「アイツをこのまま野放しにしておくのはまずいだろ!」
「……去年の中学校の時とは違う。今のお前を放っては……」
「皆まで言うなよ」

 コウスケが白い歯を見せる。
 額から流れる血が、彼の歯を赤く染めており、それだけでその爽やかな印象が大きく変わって来る。

「……分かったよ……! せめて、安全なところまで運ぶからな」

 ハルトはコウスケを背負い、マンションの瓦礫の山から川へ向かって降りていく。
 川岸の公園。雨の影響で誰もいない野球場、そのベンチにコウスケを寝かせた。

「奴を倒したら、すぐに戻って来るからな。待っていてよ」
「皆まで言うな。幸い雨だ。この血を洗い流したら、一人で帰るぜ」
「……何かあったら、すぐに連絡してよ」」
 ハルトはコウスケに念を押し、指輪を発動させた。

『コネクト プリーズ』

 発動する魔法陣。
 同時に全身を痛みが襲うが、それでも無理矢理その手を魔法陣に突っ込む。崩壊したマンションのすぐ近くに停車してあったマシンウィンガーを引っ張り出し、すぐに跨る。
 そのまま、アクセルを入れるハルト。
 後ろ髪を引かれる思いを感じながら、ハルトは騒ぎが大きい方へと急いでいった。



「やべえ……割と真面目に頭がボーっとしてきた……」

 ハルトを見送ったコウスケは、ベンチで横になりながら、額に手のひらを当てた。

「悪ぃ響……あの化け物を止めてくれ……!」

 もう立つことさえままならない。
 雨に流れていく血の味を感じながら、コウスケはその右手を持ち上げた。

「令呪を使うぜ……オレはこれ以上、もう戦えそうにねえ……」

 三画の令呪。
 ムーと呼ばれる太古の遺跡で一回使い。
 そして、今回。
 残り二回の命令権、その内一回が行使された。



 同時刻。

「何あれ……!?」

 ラビットハウスを飛び出した可奈美。
 誰も彼もが騒ぎ立て、上空を見上げている。そして、その巨大さ、全身から体にひりつくその禍々しさに、誰もが恐怖を浮かべている。
 上空を泳ぐ、虹色の怪物。翼が不自然なまでに揺らめき、それが飛行能力を備えているとは思えない。
 一度空高く舞い上がった怪物は、地上近くに高度を落とし、可奈美たちがいる地上近くを滑空。
 その突風は木組みの街のガラスを粉砕し、可奈美をはじめ人々の体を吹き飛ばしていく。

「うわわっ!」

 体が飛ばされながらも、ラビットハウス二階の窓の縁を掴まえる。
 可奈美はそのままラビットハウスの中に転がり込み(そこはハルトの部屋だった)、大急ぎで自室の御刀、千鳥と、目覚めの鈴祓いを掴み取る。
 可奈美はそのまま、自室の窓から外へ飛び出す。
 ジャンプと同時に、鈴祓いを鳴らした。



「あれって……まさか、ムーンキャンサー!?」

 アルバイトを終え、アカネの手助けに戻ろうとしていた友奈。
 一瞬上空のその美しさに見惚れたが、その危険性は誰よりも知っている。
 同時に、以前ムーンキャンサーと戦った際、関わった者たちの顔が友奈の脳裏を過ぎった。
 真司は、アカネは。
 行方不明のアンチは。
 あらゆる嫌な想像が友奈の脳内を駆け巡る。
 だが、それを振り切るように首を左右に振った。
 右耳、嗅覚。次はどこか。
 そんな細事を気にすることなく、友奈は駆け出す。



「コウスケさん……? 奴を止めろって……あれのことッ!?」

 チノと別れた響は、体に走った命令に従って急ぐ。
 コウスケが令呪を通じての命令は、どこにいるのかも分からない怪物へ、響の足を運んでいく。
 そして、いた。
 上空を泳ぐ怪物、ムーンキャンサー。そのの巨体が滑空するたびに、建物が壊されていく。
 コウスケの令呪が響に与えたのは、完全なるリミッターの解除。
 宝具___サーヴァントの切り札でさえも、使うことが許されていた。
 響は首から下げられていたペンダントを掴む。



 そして。

「祭祀礼装・禊!」
「満開!」
『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl』

 三つの光が、夜空のムーンキャンサーへと迫っていった。 
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