Fate/WizarDragonknight
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見滝原南の医者
「あったかいもの、どうぞ」
男性からコップを受け取り、ハルトは会釈、響は礼を言った。
「あったかいもの、どうも」
ハルトと響が案内してもらったのは、廃病院だった。
周辺の建物と比べて、破損が酷い。天井が無くなっており、夜風が吹き込んでくる。
ハルトと響が腰かけているのは、そんな病室の一つだった。壁があちこち破損しており、ベッドも中の綿が飛び出している。
そんな乱雑となっている部屋なのに、ただ一つだけ整頓されていた。
メスや針などの医療器具。それだけは、ほんの僅かな乱れも許されずに、診察台に安置されていた。
「医者……なんですか?」
「多少医学の知識があるだけですよ」
男性___医者は、静かに答えた。それ以上の言葉を語ることなく、彼はサングラスを外した。
「それで、君たちは人を探しているとのことだったね」
「響ちゃんは違います。探しているのは俺です」
ハルトが補足する。
スマホに保存しておいた蒼井晶の画像を出し、医者へ渡した。
「彼女は……」
「蒼井晶。ご存じありませんか?」
「……」
医者は顎をしゃくり、蒼井晶の画像を睨みつけている。やがてゆっくりと、彼は口を開いた。
「確かに知っているが、私にお伝えすることは……」
「失礼いたしますわ。お医者様」
突然、甘美な声が院内に走った。
その声を耳にした途端、ハルトは反射的に立ち上がる。
同時に、部屋の扉として機能しているシーツがめくられ、女性が姿を現した。
声を聞いてもしやと思った。外見は大分異なるが、あの面妖な雰囲気ともすれば。
「フォーリナー!」
あの時とは服装も髪形も違う。
どこかの学校の制服に、左目をその長い髪で隠しているが間違いない。
蒼井晶、第二のサーヴァント。フォーリナー。
フォーリナーは「あらあら」とハルトの姿を見て微笑する。
「まさかお医者様のところに、ウィザード……あなたとお会いすることになるとは」
「俺は戦いに来たんじゃない。蒼井晶を連れ戻しに来たんだ」
「連れ戻しに? きひっ……きひひひひひひっ!」
フォーリナーが不気味な笑い声を上げた。
「連れ戻してどうするおつもりですの? もうこのまま、聖杯戦争に参加しないでくださいとでもお願いするおつもりですか?」
フォーリナーはさらにきひひっと肩を震わせる。
「もう手遅れですわ。わたくしというサーヴァントを召喚した時点で、彼女は戻れない」
口を大きく歪めたフォーリナーは、その目を大きく見開く。
風もなく浮かび上がる彼女の前髪。そうして顕れる彼女の金色の右眼は、空気を凍り付かせる。睨まれただけで、ハルトは動けなくなった。
「それとも……」
フォーリナーは制服姿のまま、どこからともなく銃を取り出した。彼女はそれを自らのこめかみに当て、口をさらに大きく歪ませた。
「今、ここで、やり合うのがご所望で?」
「やめなさい」
だがそれは、医者の一言で遮られる。
フォーリナーの動きを止めた医者は、「やれやれ」と煙草を取り出した。
あまり見かけない銘柄のそれにライターを付け、医者は静かに吹かす。
「君のさきほどの質問だが……私は彼女の傷を治療する依頼を受けた」
ふうっ、と煙草の煙を吐きながら、医者は答えた。昇っていく煙を見送りながら、医者はフォーリナーへ尋ねた。
「彼女の容体は?」
「ええ。ええ。もう痛みも退いたそうですわ。で・も? 麻酔もなしに手術を行うとは、中々にえげつないですわね」
「この見滝原南の地に麻酔はない。だが、私の手にかかれば確実に治療できる」
「ええ。ええ。でも、マスターも大分おかしくなりましたわ。戯言ばかりいうようになりましたわ」
「ずれそれも元に戻る。安心しなさい、時崎狂三」
時崎狂三。
それが、フォーリナーの真名。
一人、息を深く吸い込み、ハルトはその名前を脳裏に刻み込んだ。
ハルトは立ち上る。
「顔が治ったなら、もう見滝原に戻ればいいじゃないか。それこそ、モデルの仕事でもなんでも戻ればいい。何も無理に聖杯戦争を続けるつもりなんて……」
「忘れましたのウィザード?」
ハルトへ、フォーリナーこと狂三が顔を近づける。
口を大きく歪めた彼女の笑い声は、またしてもハルトと、隣の響に強く届いた。
「彼女の願いは、氷川日菜の破滅。聖杯戦争に参加している限り、彼女を見滝原に戻すのは危険では?」
「それは……っ!」
ハルトは言葉に詰まる。
すでに狂三は、ハルトから隣の響へ視線を移している。彼女は響を品定めするように睨み、やがて「きひひっ!」と笑みを浮かべる。
「初めまして、ランサー。フォーリナーのサーヴァント。時崎狂三と申しますわ。どうぞお見知りおきを。お医者様に免じて、この場は見逃してあげますわ」
「……あなたも参加者なんだよね?」
狂三へ、響は問いかけた。
あっさりと、狂三は「ええ」とその事実を認めた。
響は続ける。
「だったら、その願いはなんなの? もしかしたら、わたしたち、手を取り合えるかもしれないよ? こんな戦いを続けなくても、きっと願いだってかなえられるよッ!」
「……幸せ者ですわね。ランサー」
狂三は目を細める。
彼女の眼差しは、みるみるうちに冷めていった。
「この世界ではどうしても叶わない願い……と言っても?」
「え」
ハルトは言葉を失った。
狂三は続ける。
「ええ。ええ! 戦いを止めてもいいですわよ? あなたが、わたくしの願いを叶えてくれるのなら……あの方に会わせてくれるのなら!」
彼女は顔を大きく歪める。
「そんなことができますの? ランサー。わたくしと同様、本来の世界を追放され、見滝原という牢獄に閉じ込められたあなたが、わたくしを助けることができますの?」
「それは……」
サーヴァントが、見滝原に到達する前の世界。
つまり、彼女たちが本来いるべき世界のことである。
響が以前、彼女にとって大切な者への未練を乗り越えられたのは、本当に偶然だ。
「ウィザード。それにランサー。ええ、ええ。戦いなんてやめてあげてもいいですわ。わたくしをあの方に会わせてくれるのなら……!」
元の世界。
そんな願い、ハルトたちに叶えられるわけがない。
黙るほか選択肢のないハルトと響に、狂三は鼻を鳴らした。
「結局人の善意なんて、大したものがないのですから、仕方ありませんわね。……それではお医者様。こちらを」
狂三は感謝を述べながら机に紙袋を置いた。
「金か……もう私には必要ないが」
「いいえ。お忘れですか? この見滝原南では、金銀よりも物の方にこそ価値があるのですから……」
「食料か……感謝する」
袋を閉じた医者は、そのままそれを部屋の奥の倉庫に収納した。
「君も、あのバイクは隠した方がいい。この地の者は、盗みをはたらくことが多い。野ざらしにしてはいけない」
その一言に、ハルトはぞっとした。
物音をたてずに立ち、静かに外のマシンウィンガーのもとへ向かう。
「……よかった」
無事に置いてあるマシンウィンガーに安堵する。コネクトの魔法で黒い合羽を引っ張り出し、マシンウィンガーに被せた。
「バイクで来るなんて、とんだ不用心ですわね」
そんなハルトの背後に、狂三が回り込んでいる。
心臓が口から飛び出ないように装いながら、ハルトはマシンウィンガーに背中を押し付ける。
「えっと……狂三、で、いいんだよね?」
「お好きにどうぞ? ウィザード」
狂三は両手を腰で組みながら、姿勢を低くする。
「それにしても、貴方も物好きですわね? 蒼井晶のような危険人物をそこまで必死に守ろうとするなんて」
「……俺の信条は、人を助けることだから。たとえ犯罪紛いをした人であっても……」
「あらあら。ご立派ですこと」
クスクスとほほ笑む狂三。
彼女はそのまま、ハルトへ背を向けた。
「またマスターを引き戻そうというのなら……分かっていますわね?」
狂三がさらに顔を近づける。
彼女の赤い眼に、ハルトの険しい顔が映る。
「……また、わたくしと戦うことになりますわよ?」
「俺は人を……一人でも多くを守るために戦ってる。蒼井晶も含めて。もし、サーヴァントのアンタが自分のために蒼井晶やほかの誰かを傷付けるなら、俺はアンタとだって戦える。それこそ、全力で」
「へえ……」
狂三は静かに唇を舐め、ハルトの首に手を当てた。
「きひひひひっ……! 人間を守る? 貴方が? その仮面で?」
「……っ!」
ハルトはその一言で血相を変える。
取り出したウィザーソードガンで、狂三へその銃口を向ける。
だが同時に、狂三も同じ行動をとっていた。彼女は取り出した西洋銃を、ハルトの顔に押し当てていた。
数秒、二人の間に沈黙が流れる。
だがやがて、狂三の方が噴き出す。
「きひっ! きひひひひひひひっ!」
狂三が、口を大きく歪めて笑い出す。
彼女は「冗談ですわ」と銃を下げた。
「あなたのことは監督役から色々と聞いておりますわ、ウィザード。わたくしの願いを叶えるために……せいぜい利用させていただきましょうか?」
「……」
ハルトは何も言わない。
やがて狂三は、微笑を絶やすことなく、徐々に後ろに下がっていく。彼女の姿は、瞬時に黒い夜の闇に溶けていった。
「は、ハルトさん、大丈夫?」
突然の響の声にハルトは飛び上がる。
「響ちゃん? いつからいたの?」
「割と最初からいたよ?」
「あ、そうだったの? 全然気づかなかった」
「ひどいッ!」
ハルトの反応に、響は口を尖らせる。
「でも、あの人……狂三ちゃんがフォーリナーなんだね。やっぱり、わたしは手を伸ばしたいよ」
「……そうだね」
それ以上は、今は何も言うことはできない。
やがて、ハルトと響は、医者から声をかけられた。
「二人とも。この場所を夜遅くに歩くのは危険だ。今夜はここで泊って行きなさい」
「見つけたよ。ムーンキャンサー」
見滝原南。
ハルトと響が医者のもとで休息の時間を取っていた時。
静かに歩むトレギアは、目的のサーヴァントを見つけていた。
言葉を発しないサーヴァント、ムーンキャンサー。
全身の触手をバラバラに放ち、疲れ果てたかのように息をひそめていたその生命体、その触手の先端をゆっくりと踏みつける。
「ふうん……反応なしか」
トレギアはムーンキャンサーの首を掴む。軟体生物を思わせるその体は、もはや生気もない。
「さて。このままマスターのもとへ連れて帰ってもいいが……それだけだと面白くないな」
左手でムーンキャンサーの首根っこを掴み、右手で指をさす。
トレギアの指から赤い雷が迸り、ムーンキャンサーへ注がれていく。
数回の痙攣を繰り返す異形のサーヴァント。やがてムーンキャンサーの全身は、徐々に変化していく。あたかも哺乳類の胎生を表すかのように、徐々に腹は巨大化していく。
やがて、その腹を突き破って出てくるのは、翼。牙。
言ってしまえば、怪鳥と呼ぶのが相応しいだろう。
矢じりの形をした頭部と、雄々しく広がる翼。赤茶色の肉体は、空気に触れた瞬間、瞬時に巨大化していく。もともと雛程度の大きさだったのが、人間にも近しい大きさに。
怪鳥は翼竜のように、翼で地面を這う。
全身を濡らす液体が乾ききったころには、すでに怪鳥はトレギアへその赤い眼差しを向けていた。トレギアの姿を視界に入れるや否や、怪鳥は即座に攻撃に転じてきた。
「おおっ……危ない危ない」
トレギアを食らいつこうと、怪鳥が攻撃を繰り返してくる。だが、トレギアは右手で怪鳥の矢じりのような頭部を掴んだ。
「マスターにはムーンキャンサーの回収を命じられたが……こっちの方が面白そうだ」
トレギアは腕を振り、怪鳥を薙ぎ倒す。即座に両腕に赤い雷を迸らせ、怪鳥へ放った。
怪獣を暴走させる能力を持つ光線。
それにより、怪鳥の赤い瞳がさらに充血する。
やがて、ギャオ、ギャオ、と。
夜の見滝原南に、捕食者の唸り声が響き渡った。
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