ウルトラマンカイナ
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過去編 ウルトラフィストファイト
前書き
◇今話の登場ウルトラマン
◇佐渡光/ウルトラマンフィスト
別次元の地球を守護している宇宙警備隊の一員であり、遥か遠くの世界から新人ウルトラマン達を見守っていたシルバー族のウルトラ戦士。鋭角的な眼付きと身体の模様の持ち主であり、必殺技は両碗を腰だめに構え、正拳突きと共に光線を撃ち出すフォトンブラスト。アーク達が居る地球に訪れた際は、現地の青年の姿を借りていた。
※原案はマルク先生。
大切な人を失った時、誰しも一度は思うことがある。
あの人にもう一度会いたい、やり直したい。
不可能と知りながら、そんな月並みで愚かしい願いを抱いてしまうのは、感情を持つ人間としてはむしろ必然なのだろう。
そんな情動に揺さぶられてしまう人としての脆さにおいては、ウルトラマンですら例外ではなかったのだと明らかにされたのは――テンペラー軍団の襲来から、約2年前のことだった。
思うがままに時空を歪めてしまう力を持つ、四次元怪獣「ブルトン」。
フジツボのような無数の突起物と、塊状の身体の持ち主である、その異形の怪獣と対決していた当時のウルトラマンアークは。彼の者が出現させた異次元へと繋がる穴に、為す術もなく吸い込まれてしまったのだ。
さらに、アークを救出するべく駆け付けて来たウルトラアキレスとウルトラマンザインまでもが、その穴に引き摺り込まれてしまったのである。
やがて3人のウルトラマンは次元の壁を越えると、自分達が知る世界とは異なる歴史を歩んでいる「別次元の地球」へと漂着した。
その地球が、自分達にとっての「異世界」であることを認識していなかったわけではない。この転移が怪獣の仕業である以上、早急に元の世界に帰る方法を探さねばならないのだということは、3人も頭では理解していた。
にも拘らず。彼らは転移から1ヶ月が過ぎても、元の世界に帰る方法を探そうともしていなかったのである。
理由は、ごく単純なものであった。
怪獣に踏み潰されたはずの、八月朔日要の妹が。異星人に刺し殺されたはずの、椎名雄介の恋人が。戦闘時の火災に焼き尽くされたはずの、暁嵐真の両親が。
この異次元の地球においては、何事もなかったかのように生存していたのである。逆に要、雄介、嵐真の3人が、この世界では死亡していることになっていたのだ。
死んだと思っていた大切な人が、ある日ひょっこりと帰って来た。この次元の地球で生まれ育った者達にとっては、それが真実となっていたのだ。
今目の前にいる八月朔日要が、椎名雄介が、暁嵐真が、異次元の地球から飛ばされて来たウルトラ戦士であることなど知る由もない。要の妹も、雄介の恋人も、嵐真の両親も、奇跡が起きたのだとしか思っていなかった。
そんな彼らと同じ気持ちを抱えていた要達もまた、真実を打ち明ける機会を逸したまま。魂ごとこの世界に引き摺り込まれてしまったかのように、1ヶ月もこの世界に留まっていたのである。
まるで、自分達がウルトラマンであることすら忘れようとしているかのように。
「うわぁあーっ! かっ、怪獣だぁあ!」
「ふ、踏み潰されるぅっ! 助けてぇえっ!」
その状況に変化が現れたのは、この世界に約1ヶ月ぶりの「怪獣」が出現した時であった。突如市街地の中心部に現れ、破壊の限りを尽くし始めたその怪獣の巨躯に、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「――!」
「あぁっ、見てお兄ちゃん! あれ、怪獣! 怪獣が出たよっ!」
兄と手を繋いで歩いていた可憐な少女も、つぶらな瞳でその怪獣を遠くから見つめていた。怪獣の姿を目の当たりにした要は、目を逸らし切れない「現実」を突き付けられたかのように、引き攣った貌で後退りしてしまう。
「あの怪獣、すっごくヘンな形してるねー。どこから来たのかなぁ?」
「……」
「お兄ちゃん? どうしたの? お腹痛いの?」
この世界の地球に現れた怪獣は――まさに1ヶ月前、要達をここに転移させたブルトンだったのである。
今の幸せな毎日が、この怪獣によって生み出された歪な幻であるという事実を思い出させるには、十分過ぎる光景であった。
その異様な外観は、若きウルトラマン達に非常な現実を見せつけていたのである。妹の手を握る要は、その青ざめた頬に汗を伝わせていた。そんな兄の異変に気付いた妹は、心配げに顔を覗き込んでいる。
『へァアッ!』
「あっ、見てお兄ちゃん! ほらっ、ウルトラマンが来てくれたよ! あんな怪獣、すぐにやっつけてくれるんだから心配しないでっ!」
「……!」
そこへ、この次元の地球を守護しているウルトラ戦士が駆け付けて来る。マッハ5もの速度でブルトンの前に飛来して来たその戦士は、勇ましい雄叫びを上げて怪獣に掴み掛かっていた。
初代ウルトラマンを彷彿とさせる外観でありつつも、瞳と身体の模様が鋭角的になっているその戦士――「ウルトラマンフィスト」は、人々に迫ろうとする怪獣に組み付き、その進行を押し留めていた。
(……俺は、俺は……!)
その勇姿が、要の心をさらに追い立てる。自分はこんなところで何をしているのだ、という気持ちが、彼に激しい焦燥を齎している。それは、別の場所で恋人や家族と過ごしていた雄介と嵐真も同様であった。
「……花苗。先に、家に帰ってろ」
「お兄ちゃん? えっ? どこ行くの?」
気が付けば、要の手は最愛の妹から離れていて。その首に下げられている、アーククリスタルを握り締めていた。
幼い妹を置き去りにして、ゆっくりと歩み出していく要の背に、少女の声がのし掛かる。けれど、振り返ることはできない。今振り返ったら、自分は今度こそ戻れなくなる。
(あぁ……帰りたくないなぁ。花苗と、ここで暮らしていたいなぁ。この世界なら、花苗が大人になるまで、一緒に居てあげられるのに。俺の中での花苗は、永遠に小さいままなのに)
肩を震わせ、ボロボロと泣き崩れながらも。せめてその貌だけは見せまいと、涙声など聞かせまいと。要は妹の声に耳を貸すことなく、歩み続け、やがて走り出して行く。
ブルトンの突起物から放たれる謎の力に吹っ飛ばされたフィストが、ビルに激突したのはその直後だった。
「お兄ちゃん!? 待ってぇ! 花苗を独りにしないでぇっ!」
「……ッ!」
ビルの崩壊に伴う轟音が、天を衝いている時でさえも。そんな妹の涙声が、要の背に突き刺さってくる。
心の底から、振り返りたかった。踵を返して、今すぐにでも抱き締めたかった。変身アイテムなど放り投げて、この世界での優しい日々に浸っていたかった。
それでも要は、妹を置き去りにしたまま、走り去ることを選んでいる。人間としての自分の魂ごと、置いて行くかのように。
(ごめんな、ごめんな……! 花苗、ごめんなぁ! お兄ちゃん、本当はもう居ないんだ! ここに居ちゃいけないんだ! それでも俺達はずっと、見守ってるから! 遠い世界の向こう側から、花苗のことも……死んで行った皆のことも、ずっと!)
この決断を迫られたのは、要だけではない。雄介も、嵐真も、苦悩と葛藤の果てに、戻ることを選んでいたのだ。その証拠に、この世界のウルトラ戦士ではないはずのアキレスとザインが、倒れ込んだフィストに肩を貸している。
彼らも、この世界で人間として生きることより、ウルトラ戦士としての使命を果たす道を選んだのである。先輩達のその姿を目撃してしまったからには、もはやこれ以上、目を背けることはできない。
同じ涙の味を、覚えてしまった者として。
「――アァークゥッ!」
そして、全ての迷いを振り切るために。要は首に下げられていたアーククリスタルを引きちぎると、絶叫と共に天高くそれを翳す。
その叫びに呼応したクリスタルから広がる閃光が、彼の全身を包み込み。やがて眩い輝きの中から「ぐんぐん」と、銀色の巨人が拳を翳して飛び出して行く。
『テエェーイッ!』
『……!』
『来たか、アーク!』
『待っていたぞ!』
空中で軽やかに身を翻したウルトラマンアークが、ブルトンの前に着地したのはその直後であった。フィストを助け起こしているアキレスとザインを庇うように、彼は勇ましく拳を構えている。
『……アキレス、ザイン、そしてアーク。私達の最大火力で、一気に奴を仕留めるぞ』
『あぁ……そうだな』
『終わらせよう。俺達の手で』
そんな彼が、ここに来るために「捨て去ったもの」。その重さを慮るフィストは、同じ苦しみを味わったアキレスやザインと頷き合い、「必殺技」の体勢へと移行する。
『イーリア……ショットォッ!』
『ザイナァッ……スフィアァアッ!』
『メタリウムッ……アァークシュゥウートッ!』
片腕を横に振りかぶった後、縦に突き出して発射する「イーリアショット」。
スペシウムエネルギーを充填させた両手の拳を前に突き出し、手を開いて二つの光弾を出現させる「ザイナスフィア」。
両腕を後方に振りかぶった後に腕をL字に構え、強力な光線を叩き込む「メタリウムアークシュート」。
その三つの必殺技がブルトンの全身に直撃し、黒煙が上がる。だが、彼の怪獣はそれでも力尽きることなく、再び謎の力を突起物から発してアーク達を吹っ飛ばしてしまうのだった。
『これで……今度こそ終わらせる! フォトンッ……ブラストォッ!』
だが、彼らが攻撃を引き受けている間に。両碗を腰だめに構え、「力」を蓄え続けていたフィストは、正拳突きと共に必殺の光線「フォトンブラスト」を撃ち出していく。
その一閃がブルトンの巨体を貫き、爆炎が大空に噴き上がった瞬間。この戦いは、ようやく終焉を迎えたのだった。
『……この次元の地球のことは、どうか私に任せて欲しい。君達には、君達の手で守らねばならない世界があるはずだ』
『……』
人々がウルトラマン達の勝利に歓声を上げ、沸き立つ中。空の彼方には、ブルトンの活動により発生していた異次元への「穴」が広がっていた。
そこを指差すフィストの言葉に、アーク達は暫し目を伏せ――観衆達の中に混じっている、それぞれの「大切な人」と視線を交わしていた。
今度こそ、いなくなってしまうのか。そう問い掛ける力無い眼差しに、心を揺さぶられなかったわけではない。
だがブルトンが倒れた今となっては、その残滓である上空の「穴」だけが、この世界から脱出できる唯一の道なのだ。ウルトラマンとしての使命を果たすと決めた以上、今さら引き返すことなど出来るはずもない。
『……行きましょう、アキレス兄さん。ザイン兄さん。俺達はまだ、「こっち側」には居られないんです』
『あぁ……そうだな、アーク。今はまだ、一緒には居られない。それだけのことなんだから』
『いつか俺達が星になった時こそ、本当の再会が果たされる。……焦ることなど、ないんだ。今日までの日々を、忘れない限りは』
やがて彼らは、最後の迷いを振り切るように。両手を伸ばして遥か上空へと飛び去り、ブルトンが残した「穴」の向こうに消えて行く。その姿を見届けたアークは、彼らがこの世界に残した「大切な人々」に、視線を落とすのだった。
(……君達の世界にはいずれ、この次元の地球とは比べ物にならないほどの『災厄』が訪れることになるだろう。それはきっと、誰1人として欠けてはならない死闘となるに違いない。今君達が立ち止まっても、君達が味わった悲しみが広がるだけなんだ)
人々の多くが、アーク達に笑顔で手を振る中で。嵐真の両親と雄介の恋人、そして要の妹だけは――最愛の人を失ってしまったかのように、泣き崩れていた。
だが、この結末を悲しんではならないのである。アーク達が居た世界には今も、テンペラー軍団の影が忍び寄ろうとしているのだ。
その予感があったフィストとしても、彼らを苦しめるような決断をさせてしまった自分の不甲斐なさを、ただ噛み締めることしかできない。最後まで残っていた彼も、やがて両手を広げて大空へと飛び上がり、人々の前から姿を消してしまうのだった。
(約束しよう。アキレス、ザイン、アーク。いつか『その日』が来た時は、必ず私も力になる。どんな形であろうと……必ずな)
人知れず固めていた、その決意の通り。彼が佐渡光と名乗り、アーク達の地球に訪れることになるのは、もうしばらく先の物語であった――。
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