俺様勇者と武闘家日記
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第2部
エジンベア
美少女コンテスト最終審査・中編
「まずい、魔物が城内に入ったぞ!!」
「衛兵は何をやってる!!」
「誰か、助けてええっっ!!」
もはや、会場はコンテストどころではなくなっていた。上空には蝙蝠の翼を広げ、人の形に似た青白い姿の魔物が何匹も飛び回っており、地上ではいつのまに来たのか、鎧姿の魔物が近くにいる人間たちに襲い掛かっている。
迷路のせいで状況がよくわからないが、とにかく今ここは魔物の襲撃に遭っている。ひとまずこの視界の悪い場所から離れようと、私は近くにあった迷路の壁代わりにしている天幕を翻した。
「!!」
ちょうどそこには、今にも吸血鬼のような魔物に襲われようとしている女性の姿が見える。私は星降る腕輪の力でダッシュし、魔物に体当たりをした。
「ギャアアアアッッ!!」
吸血鬼の魔物は一撃をくらい悲鳴を上げながら、天幕にたたきつけられた。おそらく大したダメージは受けてないだろう。魔物が起き上がる前に、彼女を避難させなければ。
「大丈夫?!」
「あ……、ありがとうございます」
「早くここから逃げて!」
女性は今にも泣きだしそうな顔をしていたが、すぐに袖で涙を拭う。
「あなたも、一緒に逃げましょう!!」
そう手を差し伸べてくれるのはありがたいが、私は首を横に振った。
「いいえ。私は武闘家だから、皆を守るために戦います。あなたは早くお城の方へ逃げて下さい」
「でも……」
「大丈夫。それに客席の方にはユウリ……戦ってくれる人たちもいるし、きっと助けてくれます」
「……わかりました。でも、無理しないでください」
「もちろん。さあ、早く行って!」
私が促すと、女性は短く頷き、そのまま城の方へと走っていった。
まだ迷路の中に、人がいるかもしれない……!
私はいまだ近くにいると思われる他の出場者を探すため、駆け出した。
いまだに取り残されているかもしれない他の人たちを探すため、私は滅茶苦茶になった会場の中を走り回った。
「いやあああぁぁっっっ!!」
あの声は――!!
悲鳴を聞くやいなや、私は履いていたパンプスを脱ぎ捨てた。この靴では上手く走れないからだ。そしてすぐに、視界の中心におびえる一人の女性と、鎧を着た魔物をとらえる。その瞬間、私は気合とともに星降る腕輪を発動させ、最大限のスピードで駆け出した。
「はああっっ!!」
間合いまで近づき跳び上がると、私はスカートの裾をつまみながら鎧の魔物に勢いよく跳び蹴りを放った。
「…………っ!!」
声も出さず、手にしていた剣を落とし、静かに倒れる魔物。と同時に私は地面に着地する。
「あ……、ああ……」
恐怖のあまり声が出ないようだ。私は彼女の手を取り、優しく笑いかける。
「もう大丈夫だよ、マギー!」
「ミオさん……!!」
そう言って私はマギーを立たせようと、手を差し伸べた。けれどマギーは、その整った眉を歪ませながら、ふるふると首を横に振った。
「ご……めんなさ……。こわくて……足が……」
見ると、彼女の全身が細かく震えている。どうやら立つことができないらしい。それほどの恐怖を、あの魔物は彼女に植え付けたのだ。
「わかった。私が負ぶって行くから、つかまっててよ」
「で、でも、それじゃミオさんが……」
「大丈夫。普段から鍛えてるから。ほら、あの魔物が起き上がらないうちに、早く!!」
私の強い口調にびくりとしながらも、マギーは恐る恐る私の肩につかまった。私は彼女をおんぶし、そのまま立ち上がると、一番近い城の扉まで向かうことにした。
とは言ったものの、やっぱり女性一人を背負うのって辛いなぁ……。私は心の中で弱音を吐きまくりながら、なんとか城の前へと辿り着く。
だが、扉は閉まっており、鍵がかかっていた。おかしい、ついさっきまで何人もの人がこの中に入っていくのを見たのに、どうして今は閉ざされているのだろう。
「すいませーん!! 開けてください!! まだ人がいるんです!!」
私は扉を叩き、大声で開けてもらうよう頼んだ。すると、すぐそばにいるのか、城内の人が叫ぶ。
「すまない、もうこちらは人がいっぱいで入れないんだ!! 悪いが他を当たってくれ!!」
「そんな……!」
だが、考えればコンテスト会場には大勢の観客がいた。その人たちが一斉に城の中に避難すれば確かにそうなるだろう。
「……仕方ない、他を当たろう!」
迷ってる暇はない。私は踵を返した。
「待って!! 降ろして下さい!!」
突然、マギーが叫んだ。私は「無理しないで」と答えたが、彼女は半ば強引に私の背中を降りた。
「もう、走れます。でないと、ミオさんの足がボロボロになってしまいます」
視線を落とすと、パンプスを脱いで歩いていたせいか、ストッキングは破れ、足は土まみれになっていた。そういえば、パンプスはどこにやったっけ。
「ありがとう。でもマギーの方こそ、無理しないで」
「大丈夫です。もう、一人で立てますから」
そこまで言うと、マギーは足を震わせながらも気丈に歩こうとしている。私はそんな彼女の手を取ると、
「じゃあ、一緒に行こう。あそこにまだ城の中に入れる扉が見えるから、そこまで歩ける?」
「はい。大丈夫です」
私は頷くと、マギーの手を引きながらゆっくりと歩いた。もちろん魔物への警戒も怠らない。そしてほどなく、いまだ開いている城の扉の前までたどり着いた。
「おーい、こっちだ、早く!!」
私たちに気づいたのか、中にいる兵士が顔を出してきた。
「よかった……。まだ開いてて……」
私はほっと胸を撫で下ろすと、マギーの手を離した。
すると、城の奥から別の兵士が走ってきた。
「コンテストにいた人たちはこれで全員か?」
「は、はい。この子達で最後だと思います」
「向こうの方も、勇者殿とその仲間が魔物を倒してくださっている」
「こちらもあらかた魔物は片付けました!」
「そうか。ならば城内にいる人たちの安全確保を頼む」
「はい!!」
そう言って私たちに声をかけてくれた兵士は、別の場所へと向かった。
よかった、やっぱりユウリたちがなんとかしてくれてるんだ。
私が一息つくと、何やら城内が騒然としていた。
「おい、ヘレン殿下がいないぞ!!」
「そういえば、まだ迷路の中だ!!」
「まずい、もう戦える人は残ってないぞ!!」
――ヘレン王女が、まだ迷路の中にいる!?
城内の兵士はこういった状況に慣れていないのか、慌てふためいている。
「待ってください!! 私が行きます!!」
「え? 君が?」
「こう見えても私、勇者の仲間なんで、任せてください!! マギーはお城の中へ入って!!」
「ミオさん!? ちょっと待っ……」
私はマギーにそう言い残すと、お城の兵士たちに後を任せ、ヘレン王女を探すことにした。
そうだ、ヘレン王女はゴールに向かってたんだ。なら、ゴール付近にいる可能性が高い。
私はまた迷路へと戻り、ヘレン王女の行方を捜した。ふと自分の身体を改めて見ると、せっかくのドレスがあちこち泥だらけなうえに裾も破れまくっている。せっかくアッサラームのお店の人に仕立ててもらったのに、悪いことをしてしまった。ルカに借りたアクセサリーは幸い目立った汚れはなさそうだが、戦闘がまた起きれば時間の問題だ。
けれど嘆いている暇はない。辺りを見回すと、しばらく見ない間に魔物の攻撃を受けたのか、迷路だった場所は瓦礫の山と化し、すっかり視界がよくなっていた。
「ヘレン王女様ー!! どこですかー!!」
迷路の出口付近までやってきたが、王女の声はおろか、気配もない。それどころかあちこちに障害物に使った道具が転がっており、迷路に使っていた天幕や丸太などが無残に破壊され、散乱している。そして、その傍には何やら大きなものを引きずったような跡があった。
(なんだろう、これ……)
その跡をたどっていくと、城門まで続いていた。城門を見ると、なぜか門が開きっぱなしになっている。城門の傍には大きな岩が転がっており、その向こうにはうっそうと生い茂る森が広がっていた。
あれ? 大きな岩?
ふと気になってその岩に近づき、触ってみる。少し押しただけで岩を模したものは簡単に明後日の方へ転がっていった。
これってもしかして、コンテストで使用するはずだった張りぼての岩なのでは!?
そしてその岩が終着点であるかのように、引きずった跡はそこで止まっている。
おそらく魔物は、この城門から入ってきたのではないだろうか? それに、この引きずった跡とも何か関係があるのかもしれない。
さらに私は最悪の可能性を思い描く。
もしかしたらヘレン王女は、この門を出てしまったのではないだろうか!?
これだけ探してもいないということは、その可能性もなくはない。それに城にはユウリやアルヴィスさんもいるし、もし王女が門から出ていなくても、二人に任せておけば大丈夫だろう。
ただ、森に入ってしまえば、私の方が魔物に襲われるかもしれない。一人きりでどれだけ魔物と戦えるか、正直不安ではあるが……。
でも、そうこうしている間にヘレン王女が魔物にでも襲われたら……!!
ああもう、考えても仕方ない!! とにかく行くしかない!!
私は意を決し、城門を出て森に入ることにした。
森に入ると、私はすぐに違和感を覚えた。
この森には、何かがいる……!
もちろん霊感のない私に幽霊の気配を感じることは出来ない。けれどこの胸がムカムカするような不快感、もちろん人間が放つようなものではない。
となると、考えられるのは……。
「誰か……、誰か助けて……!!」
すると、か細い少女の助けを呼ぶ声が聞こえた。気配に気を取られるあまり、危うく人の声を聞き逃すところだった。
私は急いで声のする方に向かう。人一人が隠れられるような茂みを片っ端から調べる。すると、緑色の茂みに不似合いな、見覚えのあるピンクのドレスが目に飛び込んだ。
「ヘレン王女!!」
私はとある茂みに向かって、彼女の名前を呼んだ。途端、ピンクのドレスがびくりと一瞬震える。
「あ……!」
「よかった! 王女様、お怪我は……」
「お、遅いですわ!! わたくしが食べられたりしたら、いったいどう責任を取るつもりでしたの!?」
……うん、元気そうでよかった。
「王女様。今すぐお城に戻りましょう。ここよりはずっと安全です」
すると、ヘレン王女は思いきり首を横に振る。
「い、嫌ですわ!! あんなに沢山魔物がいたんですもの、わたくしのようないたいけな美少女があんなところにいたら、すぐ見つかって食べられてしまいますわ!!」
だからわざわざ外に出て、茂みに隠れていたのだろうか。でも、この近くにはまだ魔物が潜んでいる可能性が高い。ここにずっといては危険なのは明白だ。
こうなったら、彼女を納得させるあの言葉を使うしかない。
「大丈夫ですよ。お城にいた魔物はユウリたちが倒してくれたそうですから、そちらの方が安心です」
「まあ、さすがユウリ様ですわ!! そういうことなら、すぐにお城に戻りますわ!!」
案の定、絶望に満ちていた王女の表情が一変する。こう言うところは、年相応ともいうべきだろうか。
「でもせっかくなら、ユウリ様が助けにきてくれればよかったですわ」
こんな状態だと言うのに、口だけはいつも通りである。私はため息をつきながら、王女とともに城門へと向かう。
だがすぐに、異様な気配を感じ足を止める。今まで薄まっていたものが、一ヶ所に凝縮されたような感じだ。
「止まって!!」
私は一声叫ぶと、後ろをついてくるヘレン王女を手で制止した。城門までは目と鼻の先だが、ここは迎え撃つ覚悟をするしかない。
「何!? 何事ですの!?」
「まだいたみたい……!」
苦々しげにそう呟くと、私はヘレン王女を庇うように後ろに下がった。
そのとき、ざあっと一陣の風が吹いた。そしてそれが収まった瞬間、空から一体の人影が降りてきた。
『こんなところに人間がいるとはな……』
喋った!? まさか、魔物じゃない!?
その禍々しい気配と共に現れたその存在を前に、 私はただ戦慄するしかなかった。
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