俺様勇者と武闘家日記
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第2部
エジンベア
美少女コンテスト予選・後編
極度の緊張の中、私はついに大勢の観客が見守るステージに立つことになった。
鳴り止まない鼓動を必死で抑えながら、ゆっくりと司会が待つステージに上がる。
「では、自己紹介をどうぞ!」
落ち着け、落ち着くんだ。アッサラームでの練習を思い出し、私は小さく深呼吸する。
「十二番、ミオ・ファブエル、十六歳です!」
私は襲ってくるさまざまな感情を強引に払い除けると、大きくはっきりとした声で自己紹介をした。
けれど、正直ヘレン王女の後ということもあり、コンテスト開始前の自信は半分以下にまで失われてしまった。さらに特技もヘレン王女と丸被りしてしまい、このあとどうしたらいいかまったくわからないまま今に至っている。
そんなことはつゆほども思っていないであろう司会の人は、他の出場者と同じようにさわやかな笑顔で私に質問を始めた。
「はい、ではミオさん!! 早速ですが好きな食べ物はなんですか?」
「はい! えっと、お肉です!!」
そう答えた瞬間、観客席からどっと笑い声が広がる。
しまった! つい緊張のあまり本音で答えてしまった!!
気づいたときにはもう遅い。おそらくこの美少女コンテストで好きな食べ物を肉と答えた女性は私しかいないだろう。私は慌てて軌道修正を試みる。
「いや、あの、お肉はお肉でも、黒胡椒がかかったものが特に好きです!!」
「あっ、ハイ。わかりました」
グルメなところをアピールしたつもりだったが、司会の微妙な反応を見て、私は激しく後悔した。
そしてなぜかそう言うときにかぎって、観客席にいるユウリを見つけてしまった。遠くて表情まではわからないが、こちらをじっと睨みつけているような気がする。
まずい、このままだと優勝どころか予選すら突破できなくなってしまう。
私は気を取り直して、次の質問が来るのを待った。
「では続いてお伺いしますが、自分のアピールポイントはどこかありますか?」
アピールポイント? そうだなぁ、いつも気にしているところだと……。
「正拳突きでよく使うこの右手の拳面が特に……」
違う違う!!
「じゃなくて、私は人と話すのが好きなので、笑顔を大切にしてます!」
ふう、危ないところだった。もう少しで失態を増やすところだった。
けれど再び観客席の方を見てみると、今にもあそこから呪文をぶち込まんほどの殺気が漂っているのがわかる。
……どうやら今のはアウトだったらしい。
「人と話すのがお好きなんですね! それはとても素晴らしい!!」
幸い司会の人には聞こえてなかったようだ。ホッと胸を撫で下ろし、笑顔で相槌を打つ私。
その後もいくつか質問をされ、そのたびにビビアンとアルヴィスに教えられたことを思いだし、無難に答えて行く。次第に私の緊張も解けていき、自然に笑みを作れるようになった。会場の雰囲気を見てみると、観客席の反応も悪くないようだ。
「……では最後に、ミオさんの特技を教えていただきたいのですが……」
来た! 出場者全員が受けたであろう最後の質問! 仕方ない、ここは打合せ通り、ダンスで行くしかない!
「はい、実は私……」
「先ほど確か、正拳突きがどうとか仰ってましたよね? もしかして武術か何かを嗜んでおられるのでは?」
「へ?」
やっぱりさっきの聞こえてたぁぁ!! どうしよう!!??
いやでも、そんな事を聞かれたら、答えるしかないよね。
「は、はい。幼い頃から武術の師匠のもとで……」
「でしたら、その正拳突きを見せてもらってもよろしいですか? 実は私、格闘マニアでして、私事で申し訳ないのですが、どうしても本物の技が見たいのです」
予想外の展開に、困惑する私。けど、そこまで言われて断れる雰囲気ではないし、何よりその提案を蹴ってまで披露できる程の特技など他に持ち合わせていない。
「わ、わかりました! 」
「では、私のお腹に一発……」
「待ってください! それは流石に出来ません!!」
普段魔物相手に行ってることを、生身の人間が受けたらどうなるか。いくらリクエストとは言え、殺人者にはなりたくない。自ら技を受けようとするだなんて、格闘マニアの人って、変わった人が多いのだろうか?
「ああ、すいません。つい……。では、型だけでもお願いします」
「は、はい」
私は言われた通り、正拳突きを繰り出す動作を行った。美少女コンテストの舞台で、私はいったい何をやっているんだろう?
「ああ!! 何て美しい!! ありがとうございます!!」
司会がひときわ大きな拍手を鳴らすと、それに付随するかのように観客席からの拍手が沸き起こる。
「十二番、ミオ・ファブエルさんでした!!」
ステージから降りる際、ちらりと審査員席に視線を移すと、意外にも武術に興味があるのか、私を好奇心に満ちた目で見る人が多くいた。
だけど審査する人たちは王族や貴族など、お金持ちの人たちばかりだ。果たして私はそんな人たちのお眼鏡にかなったのだろうか?
来たときと反対側のステージ袖へと促されると、私は不安で頭をもたげながら自身の出番に幕を引いたのだった。
「随分と面白い喜劇でしたわね!」
ステージを降り、舞台袖へと戻った途端、いきなりヘレン王女が目の前に立ちはだかった。彼女はいつのまにか他の出場者数人の取り巻きを従い、明らかに見下すような態度で言葉を続ける。
「ですが、ここは女性としての美しさを披露する高貴な場所ですの。野性味溢れる方が野蛮な技を披露する場所ではございませんのよ?」
王女の言葉に、取り巻きの方々から失笑が漏れる。小声で「あんまり笑ってしまっては可愛そうですわ」「知らない方が幸せなこともありますわよ」など、言いたいことを囁き合っている。
「でもまあこれで、優勝は決まったも同然ですわね。名残惜しいですが、あなたと一時でも同じ舞台で戦ったこと、わたくしは忘れるまで忘れませんわ」
すると王女はわざとらしくため息をつき、私のことなど眼中にない様子で、
「そしてわたくしは、ユウリ様と将来を誓い合った関係になるのですわ!! ああ、なんて待ち遠しいのでしょう!!」
そう言ってその場でくるくると踊ったではないか。なんかもう完全に自分の世界に入ってしまっている。
「そうだわ! 最終審査が始まるまで、またユウリ様に会いに行こうかしら! ユウリ様もきっとわたくしがやってくるのを心待ちにしてるはずですもの!!」
一人で納得すると、ヘレン王女は私のことなど見向きもせず、一目散にこの場から走り去った。
「なんだったの、今の……」
彼女と話すだけで、なんだかどっと疲れが出てきた気がする。
「あの……、ミオさん?」
おずおずと声をかけてきたのは、マギーだった。
「私はミオさんの正拳突き、とても美しかったと思います!!」
マギーは瞳をキラキラさせながら、興奮気味にそう言ってくれた。
「ありがとう。でも、美少女コンテストで披露するには場違いだったよね」
「いいえ! 美しさを競うコンテストに、場違いも何もないじゃないですか! それを言うなら私だって、勇者物語を語ったことが場違いじゃないとは言えないですよ。何より、他人の努力を貶すような人こそ、私は美しいとは思いません」
そう言ってマギーは、両手でしっかりと私の手を握りしめる。その手の温もりが、私の沈んでいた気持ちを溶かしてくれる。
「ありがとう、マギー」
ユウリたちと離ればなれになって心細さを感じていた自分にとって、マギーの存在はとても嬉しかった。
ってあれ? そういえば王女はさっき、ユウリに会うって行ってたけど、観客席まで行くつもりなのかな?
予選通過の発表があるまで時間があるとはいえ、王女様があんなところにいたら、ちょっとした騒ぎになるんじゃないだろうか? それに、騒がしいのが嫌いならユウリのことだ、尚更嫌がる姿が目に浮かぶ。まあ、ビビアンかアルヴィスがなんとかしてくれるだろう。
「はあ……。せっかくみんなに後押ししてもらったのにな……」
予選を振り返ると、満足の行く出来とは言えない。私はモヤモヤした気持ちになりながらも、予選通過の発表を待つしかないのだった。
「では、まもなく予選通過者の発表を行います!! 出場者の皆様はステージ上にお集まりください!!」
全ての出場者が出揃い、ほどなく司会の人がステージ上でアナウンスを始めた。
いつのまにか戻ってきたのか、ヘレン王女が我先にと舞台を上る。私はマギーの後ろに並び、ステージでは彼女の隣に立つことにした。
改めて見ても、マギーの美しさには敵わない。これで性格もいいなんて、羨ましすぎる。でも、優勝するならこういう人になって欲しい。いや、本当は私が優勝しなければ行けないのだが。
そして期待と不安の入り交じる中、ついに発表の時がやってきた。
「では、予選通過者の発表をします!! まず一人目!! エントリーナンバー六番、シャノン・エバンスさん!!」
おおっ、と一際大きな歓声が響き渡る。
(あの人、凄く大人っぽいって思ってた人だ!やっぱり最終審査に選ばれる人は違うなあ)
改めて、自信が失っていく。この十数人の出場者の中から、たった四人しか選ばれないのだ。
「続きまして、十番、マギー・ジークライトさん!!」
わああっ!! と、先ほどよりさらに大きな歓声を響かせたのは、ほぼ予想通りの人物、マギーだった。
(やっぱりマギーの美しさは本物だ)
深く一礼するその立ち振舞いすら、見惚れてしまう。
そうなると、あと二人はーー。
「続いて十一番、我が国の宝でありエジンベア国王女、ヘレン・アナベル・ド・エジンベアさん!!」
その瞬間、どおおおっ!! と、人が放つとは思えないほどの盛大な歓声と拍手が巻き起こった。
「ふふ、当然ですわ」
その言葉通り、彼女が最終審査に残ることが必然であることは、この大音量の歓声が証明している。もはやここにいる全ての観客が王女の味方なのでは、と思い込んだ私は絶望感でいっぱいになっていた。
後悔がないと言えば、嘘になる。けれど、やれるだけのことはやった。あとは結果を受け入れるしかない。
ごめんなさい、ユウリ、ビビアン、アルヴィス。皆がせっかく協力してくれたのに、私が不甲斐ないせいでがっかりさせるようなことをしてしまった。渇きの壺は手に入ることは出来なくなってしまったけれど、なんとか他の手段を考えなければ……。
「そして最後の一人は、十二番、ミオ・ファブエルさんです!!」
王様にもう一度頼み込む? それともヘレン王女に訳を話すとか……うーん、それは何となく嫌だ。
「ミオさん! 呼ばれてますよ!」
「それかユウリに女装してもらって……って、どうしたの、マギー?」
横でマギーに服を引っ張られたので振り向くと、何やらマギーが目で訴えている。私が小首を傾げると、
「ミオさん、予選通過しましたよ!!」
と、小声で耳を疑うような台詞を言い放った。
「え? 嘘っ!?」
私は思わず大声を上げてしまい、出場者の視線が一斉にこちらに向く。その中にはヘレン王女の姿もあった。
「どっ、どっ……、どうしてあなたが予選通過するんですの!?」
驚き動揺する王女を尻目に、司会が一歩前に出る。
「はい、以上四人が最終審査に進出することが決まりました!! 皆様、盛大な拍手を!!」
「ちょっと、審査に不備があったんじゃなくて!? ねえ、聞いてますの!?」
ヘレン王女の訴えは、司会の一声と拍手にかき消された。
「では、今から最終審査の舞台を準備いたしますので、準備が出来るまで観客席の皆様しばしご休憩下さい! そのあと、指示がありましたら最終審査の会場へと移動してもらいます。他の出場者の皆様も、ありがとうございました!!」
パチパチ……と、ようやく拍手が鳴り止むと、ステージにいた出場者が一斉に舞台を降りる。
そんな中、私はまだ夢心地な気分だった。後ろではヘレン王女がなにやら司会の人に話しかけているようだが、今の私の耳には入らない。
本当に、私が最終審査に……!?
先ほどまで自信を失い落ち込んでいた筈なのに、今は嬉しくて小躍りしそうだ。自分はなんて単純なんだろう。
「ミオ!!」
久々に聞く声に顔を上げる間もなく、私は勢いよく抱きつかれ、たたらを踏む。
「ビビアン!!」
「ちゃんと客席で見てたわよ! 最終審査進出おめでとう!!」
「ちょっと、アタシもいるわよ? それに、優勝した訳じゃないでしょ? まだ通過点に過ぎないんだから、喜ぶのはまだ早いわよ」
「そうは言うけど、アルヴィスだってミオの番のとき、ヒヤヒヤしてたじゃない」
「そりゃあ、初っぱなから爆弾発言ぶち込んでんだもの。いきなり好きな食べ物を肉って……、肉……ふふっ、あはははは!!」
さっきの私の失言を思い出したのか、急に笑いだすアルヴィス。
「却って印象に残ったんじゃない? あと、司会がまさか格闘好きだなんて予想外だったわ」
「そうねえ……。そもそもその前の王女様があんな素敵なダンスを披露するんですもんね。変えて正解だったわよ」
「ごめんね、二人とも。せっかく教えてくれたのに……」
「いーのよ。それにもしあの時ダンスの方を選んでいたら、きっと予選に落ちてたかもしれないもの。女性らしさとか関係ないわ。私はミオの正拳突き、かっこよかったと思ったわ」
「そうね、しっかり基本が出来てる、理想の型だったわ。さすがユウリくんと一緒に戦ってるだけあるわネ」
「へへ、ありがとう。……そういえば、ユウリは?」
見回しても、ユウリの姿はどこにもない。
「あー、ちょっと客席の方で色々あってね……。予選通過の発表の前にヘレン王女がやってきて、そりゃあもう大変だったのよ。ここに来たらまたヘレン王女に会うかもしれないからって、客席で待ってるって言ってたわ」
「ああ、さっき王女様、ユウリのところに行くって言ってたからね」
それなら仕方ない。そう思いつつも、いざ会えないとわかるとなんだか寂しさを感じる。
「まだ準備に時間かかると思うから、会いたいのなら連れてくるけど?」
ビビアンが気を利かせて誘ってくれたが、私は首を横に振った。
「ううん、大丈夫。戻ったら、絶対優勝するからって伝えといて欲しいな」
「……わかったわ。それじゃあ、頑張ってね、ミオ」
「うん」
私が首肯すると、アルヴィスが一歩前に立ち、私の肩を優しく叩いた。
「ミオ。私たちはあなたの魅力を最大限に発揮できるように下準備をしただけよ。それを本番で生かすのはミオ、あなた次第なの。私たちの言葉だけに囚われず、あなたはあなたの思うままに進みなさい。それがあなたの素敵なところなんだから」
「……うん! ありがとう、二人とも」
別れ際、二人にエールをもらった私は、力強くそう頷いたのだった。
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