俺様勇者と武闘家日記
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第2部
エジンベア
謎の少女
「ちょ……、ちょっと休憩……、させて……」
私は息を切らしながら、全速力で前を走っているユウリにたまらず訴える。
少女が放った謎の葉の粉を浴びてなぜか体が消えてしまった私たちは、その好機を逃さず無事に衛兵の目をかいくぐることができた。
だがお互いの姿が見えないため、こうして手を繋いでいるのだが、ユウリの無茶苦茶なスピードに次第に追いつくことができず、私は半ば引きずられるように走っていたのだった。
もちろん星降る腕輪を使えばユウリを追い越すことは可能だが、一時的に素早さを上げるだけなので長時間は持たない。瞬発力はあれど持久力はユウリには遠く及ばないのだ。
「ちっ、仕方ないな」
私の願いを聞いてくれたのか、近くの路地裏に入り込むユウリ。すると間もなく、二人の体が見る見るうちに姿を現した。
「間一髪だったな」
建物の陰に隠れながら辺りの様子を冷静にうかがうユウリ。それとは対照的に、私はぜえはあと肩を大きく上下し、呼吸を整えるので精一杯だった。
「あの子の、お陰で、助かった、ね」
息切れしながら私が言うと、ユウリは繋いでいた手をぱっと放した。
「よくわからんが、とりあえずエジンベアには入ることが出来た。早速情報を集めるぞ」
ユウリの提案に、私は無言で頷いた。とはいえ、あまり目立った行動をするとまたあの衛兵に見つかってしまう。結局二人で話し合った結果、近くの店で服を買い、変装をすることにした。
路地裏を抜け、出来るだけ人目につかないようにこっそりと近くにある服屋へと入る。入った途端目に飛び込んだのは、まるで宝石でも撒き散らしたのではないかというくらいキラキラとした装飾だった。天井のシャンデリアはもちろん、壁紙や床まで全てが光り輝いている。売り場には、貴族の人たちが身に付けるようなきらびやかなドレスやスーツが並んでおり、旅装束の私たちには場違いであった。
すると、この店の店主と思われる人がやって来た。店主はニコニコとした笑顔を見せると、
「すみませんねえ、あいにくあなた方のような田舎者にお売りできる品物は、私どもの店には置いてないんですよ。他のお店を当たってくれませんかねえ」
そうにべもなく言われた。一瞬ポカンとした私だったが、すぐに冷静になる。要するに、田舎者はここから出ていけと言っているのだ。
「なんだと!? おいお前、この俺をいったい誰だと……」
「ごめんなさい!!失礼します!!」
せっかく街の中に入れたのに、こんなところで騒ぎを起こすわけには行かない。私は再び呪文を唱えようとしているユウリを強引に店の外へと連れ出した。
その後も何軒か同じような店を回ったが、どれも同じような反応で門前払いをされてしまう
。例えば、
「申し訳ありませんが、あなた方田舎者が身に付けられるような服はここにはないんです」
「残念ですが、ここは田舎者が入店できるお店ではないんですよ。どうかお引き取りくださいませ」
と、こんな感じでとりつく島もなく入店すら拒否される。まあ、入る店のほとんどが高級なドレスやスーツばかり売っているからと言うのもあるのだが。
隣にいるユウリを見やれば、再びエジンベアを滅ぼそうとする気満々のオーラを放ち続けている。もはや爆発するのも時間の問題だ。
「ねえ、変装するのはやめて、地道に情報を集めた方がいいんじゃない?」
私がそう提案すると、ユウリは渋面に満ちた顔で、
「お前、あれだけ田舎者呼ばわりされて悔しくないのか!?」
「いや……。別に普段からユウリにもさんざん言われてるし……」
「お前は正真正銘田舎者だからまだいいけどな、俺はアリアハンの王宮に頻繁に出入りするくらい王家とはかかわりが深いんだぞ! それなのに俺を田舎者呼ばわりするなんて、この国の奴らはどうかしている!」
いや、それとこれとは関係ないような……。
「それに情報を集めるにも、服屋だけじゃなく他の奴らからも同じような反応をされるかもしれないだろ! だったら少しでも田舎者と呼ばれない格好をした方がマシだろうが」
「そりゃあそうだけど……」
「まだ全ての店を回っていない。もしかしたら変わり者もいるかもしれないだろ」
そう言い放つと、ユウリはまた別のお店に入ってしまった。よくわからないが、彼のプライドが大分傷つけられたと言うのは理解できる。
仕方なく私はユウリの後を追い、彼が入ったお店に入ることにした。するとそこは、今まで入ったお店とは一風変わった、素朴な雰囲気の明るい店内だった。可愛らしい小物や装飾品などが随所に飾られ、眺めるだけで購買意欲を掻き立てられる。
「いらっしゃいま……、あっ、あなた方は!?」
『!?』
聞き覚えのある高い声に、思わず二人とも店の奥にあるカウンターを振り向く。なんと、そこに立っていたのは、 先ほどユウリを助けてくれた銀縁眼鏡の少女だった。
なぜ彼女がここに? という疑問と、再び出会えたことによる喜びがいっぺんに押し寄せてくるが、まずは一言言わねばならない。
「あのっ、さっきは助けてくれてありがとうございます!」
カウンターまで足早に向かうと、私は早速お礼を言った。
「いえいえ、勇者様たちが困っていたのですもの。助けて当然です。あ、自己紹介が遅くなりました。私はここの仕立て屋の娘でマギーと申します」
「私はミオ。それでこの人が……」
「ユウリだ」
私の言葉を遮るようにマギーさんに名乗るユウリ。
「勇者のユウリ様ですね! よろしくお願いします!」
嬉々とした表情で挨拶をするマギーさん。ユウリを勇者物語の主人公と言うだけあって、彼を見た途端瞳を輝かせている。
「あの、さっきはなんで助けてくれたんですか? いくら見た目が勇者物語に出てくる主人公に似てたとしても、初対面ですよね?」
私は疑問に思っていたことをマギーさんに尋ねた。彼女はユウリから目を離すと、何を今さら、とでも言うように私に向き直った。
「え!? ユウリさんは勇者様ではないのですか!?」
「あ、いや、勇者は勇者なんですけど、その……、格好が似てるからと言って本物の勇者とは限らないじゃないですか」
「でも今、勇者だと言いましたよね? それに、ここまで本とそっくりな人が、勇者様じゃないわけがないじゃないですか」
「えーと……」
「勇者様をお助けするのは当然の義務です。だから私は行動に移しただけです」
「……そ、そうだったんですね。おかげで助かりました」
マギーさんの言い分に、私はこれ以上追求することをやめた。
「現実と虚構の区別がつかない女なんだな」
私しか聞こえない声で、身も蓋もないことをぼそりと呟くユウリ。
私は話題を変えようと、カウンターの隅にこっそりとおいてある、先ほど衛兵に見せていた勇者物語の本に視線を向けた。
「と、ところで、その本はいつも持ち歩いてるんですか?」
私が聞くと、マギーさんは少し顔を赤らめながら、
「ええ、勇者様本人の前で言うのも恥ずかしいのですが、小さいころから『勇者物語』の大ファンでして、片時も離さず毎日五回は読んでるんです」
そう言ってユウリの方を見た。ユウリ本人は特に愛想を振り撒くこともせず、無表情を貫いていたが、
「経緯はどうあれ、お前とその本のおかげで助かった。礼を言う」
そう素直にお礼を言った。
「ゆゆゆ勇者様にそんなことを言っていただけるなんて光栄です! あっ、あの! もしよければこの本の表紙にサインを頂いてもよろしいですか?」
大袈裟なくらい喜んだマギーさんは、先程よりさらに顔を真っ赤にしながらも、おずおずと先ほど大活躍した件の『勇者物語』の本をユウリの目の前に差し出し、ご丁寧に羽根ペンとインクまで用意した。
「助けてくれた礼だ。サインならいくらでも書いてやる」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
まんざらでもないのか、すぐに本とペンをとりさらさらと流暢にサインをする勇者。その好意的な態度に、マギーさんはさらに嬉しさを隠し切れず、瞳を輝かせてずっとユウリがサインする様を見続けていた。
「マギーさんは勇者物語の勇者がとてもお好きなんですね」
私があえて『勇者物語の』勇者だと強調しながら言うと、マギーさんは必死の形相で私に詰め寄った。
「み、ミオさん!! 本人を目の前にしてそんなこと言わないでください!!」
「ご、ごめんなさい!?」
恥ずかしそうに私を窘めるマギーさんは、やはり物語の勇者とユウリを同一人物だと思っているようだ。
私も初めてユウリに会った時、物語に出てくるような完璧な勇者だと思ったけど、今のマギーさんもそういう心境なのだろう。私の場合、彼の第一声でその理想像は瞬く間に崩れ去ったから、彼女も彼の振る舞いを見て、私の二の舞にならないことを願いたい。
ひとしきり落ち着いたところで、マギーさんは私たちに向き直った。
「ところでお二人とも、どのようなご入り用ですか?」
するとユウリが待ってましたとばかりに、懐から財布を取り出した。
「金はいくらでも出す。田舎者と呼ばれないような服があったら売ってくれないか?」
「え?」
こういうお客の対応に慣れていないのか、しばしポカンと口を開けるマギーさん。確かにそんな言い回しで店員に尋ねるお客さんはいないだろう。
私は状況が把握できないマギーさんに、簡単な説明をした。
「……というわけで、どのお店も私たちを田舎者扱いして、まともに取り合ってくれないんです。これじゃ欲しい物も情報も手に入らなくて……。なので最低限田舎者に見られない服装をしようかと思って」
「なるほど……、それは困りますね……。ただ私の店は主に服を手直ししたりするのが仕事なので、すぐに服を用意することは出来ないんです。三日ほどお時間をいただければすぐにお作りすることはできますが……」
「それじゃ遅い。すぐに必要なんだ」
「そうですよね……。すみません、お役に立てなくて」
「気にしないでください。マギーさん」
けれどマギーさんは、なんとか私たちを助けようと、何やら考え込んでいる。すると、私の方をちらちらと見てくるではないか。
「何か私の顔についてます?」
「あ! ……ごめんなさい。あの……勇者様のお仲間にこんなことを言うのも失礼ですが、服装を変えるだけではあまり意味がないかと……」
「え!? どういうこと!?」
私はついカウンターから身を乗り出して尋ねる。マギーさんは言いにくそうにしながらも、意を決したように口を開いた。
「その……、ミオさんからはどうしても田舎者らしさが滲み出てるんです。おそらく外見を多少変えるぐらいでは、この国の人たちには通用しないかと思います」
「はぁ!?」
田舎者らしさが滲み出てる!? 何その言葉初めて聞いたんだけど!?
マギーさんに悪気はないとは思いつつも、不満の声を上げる私。すると隣で何やら肩を震わせているではないか。
「ユウリ!! こんな時に笑わないでよ!!」
そう、こういう時は決まってユウリは声を押し殺して笑うのだ。完全に馬鹿にしているとしか思えない。
「いや、確かに一理ある。お前と一緒にいたから俺まで田舎者扱いされたんだ。そうでなければ俺まで田舎者にされるはずがない」
「ミオさんのお人柄が良いのはわかっています。ですが、それを上回るほど圧倒的に田舎者なんですよね」
田舎者田舎者って……、そんなに馬鹿にされるほど田舎の人間は周りに迷惑かけてないはずだけど?
この国で田舎者と呼んだ人たちの顔を思い浮かべ、私は徐々に怒りが込み上げてくる。
だがそんな私の心中などつゆ知らず、二人で納得した顔をしている。こんな形で意気投合しないでほしい。
「今度は俺一人で別の店に入って確かめてみる。お前はここで待ってろ」
「えっ、ちょっと……」
いきなりそう言い放ち外に出るユウリを見送ると、私の中の怒りが消化不良のまましぼんでいく。
「……行っちゃいましたね」
「もう! 勝手すぎるよ!!」
文句を言う間も与えずさっさといなくなったユウリに、私は吐き捨てるように悪態をつく。
そしてふと、今ごろになって衛兵とのやり取りを思い出した。
「そういえば、マギーさんが私たちに何かを投げた後、私たちの体が消えたけど、いったい何を投げたんです?」
「ああ、あれは『消え去り草』って言って、体に振りかけると姿を消すことが出来るんです。あまり店では出回らない道具なんですが、護身用に使えるかと思っていつも持ち歩いてたんです」
「消え去り草?」
聞いたことのない名前だ。ひょっとしたら旅商人である私のお父さんが扱っていたかもしれないが、どちらにしろこんな便利な道具があるなんて知らなかった。
「はい。といっても悪いことには使いませんよ? むしろ勇者様たちを助けるために使えて良かったです」
「ありがとうございます。お陰で助かりました」
私は改めてお礼を言う。
「それは良かったです。消え去り草は、もともと一部の地域でしか出回らないうえに、今はどこの国も入国禁止令が発令されたりして、なかなか手に入らないんですよ。私が持っていたのは何年も前に行商人から買ったものなのですが、それ以降は店でもお目にかかったことはないですね」
「そんな貴重なものを使わせてしまって……すいません」
申し訳ない気持ちになりながら私が謝ると、マギーさんは私の手を取り、首を振った。
「先ほども言いましたが、お二人を助けることができてよかったと思ってます。きっと消え去り草を今まで使わなかったのも、この日のためだったんですよ。だから、あまりお気になさらないでください」
そういうと、マギーさんはにっこりと微笑んだ。私と同年代とは思えないその大人びた雰囲気に、思わず私はどぎまぎしてしまう。
よく見ると、眼鏡越しに映るマギーさんの紫の瞳はとてもきれいで、まるで宝石のようだった。加えて長いまつげに白い肌。小顔の割に眼鏡が大きいから気づかなかったが、彼女は相当の美人だ。
「それに、勇者様を助けたことでお役に立てたのなら、この上なく本望です。自分も勇者様の冒険に関わった感じがして、今思い返しても嬉しさが抑えきれなくて……」
「そ、そうなんだ」
外見と中身のギャップに戸惑いながらも、私は恍惚としているマギーさんの姿に苦笑いを浮かべる。そしてその後、ユウリが再び店に戻るまで、マギーさんの勇者に対する熱い思いをひたすら聞かされたのだった。
「明日は城に行って、国王に会ってくる」
結局ユウリがマギーの店に戻ってきたのは、夕暮れ時だった。
どうせユウリ一人で行っても田舎者扱いされるだろう……いやされればいいと高をくくっていたのだが、どういうわけか誰も彼を田舎者扱いしなかったと言う。
ということはやはり、私が一緒にいたからユウリまで田舎者扱いされていたということだ。
しかも、大胆にもユウリは最後の鍵の情報収集のためお城まで行き、王様との謁見も約束したらしい。衛兵の話によると、明日の午前中に入城すれば会えるそうだ。
「……」
だがそんなトントン拍子で進んだ話も、私には皮肉にしか聞こえない。
私がいなかったことでここまで事が進んだのだ。喜んでいいのか怒っていいのか、こっちとしては複雑な心境だ。
「ミオさん、あまりお気になさらない方がいいですよ」
ユウリを待っている間、マギーとは多少打ち解けるようにはなったが、今の私はうかつに近づくなオーラを放っているからか、心なしか彼女も距離を置いて接している。
「そんなに気に病むな。たまたまお前とこの国の相性が悪かっただけだろ」
いつにもましてユウリも声をかけてくるが、それが逆に神経を逆なでしているのに本人は気づかない。いやもしかして、気づいて言っているのだろうか?
「いいよね、ユウリは田舎者扱いされてないんだから。私なんか、下手したらこの店から一歩も出られないんだからね」
一度試しに店の外に出ようとした。するとたまたま店の前を通りかかった通行人が私の方を見て、くすくす笑ったではないか。その瞬間、私は頭に血が上り、急いで店の扉を閉めた。そう、私はこの国では通行人ですら嘲笑される存在なのだ。
そのため店内にいてもマギーの店に迷惑がかかると思い、私はお客さんから見えないよう店の奥に隠れて座っている。幸い人の少ない時間帯だからか、マギーもちょくちょく私の様子を見にきてくれた。
そんな憮然としている私に、さすがのユウリもこれ以上は何も言わなかった。
田舎者の私が行けば、せっかく王様との約束を取り次いだユウリの苦労が水の泡になる。一人取り残されるのは正直寂しいし、悔しいけれど、最後の鍵を手に入れるためならば、ここはおとなしくしていた方が良さそうだ。
「それじゃあユウリ、明日はよろしくね」
別に嫌味で言ったわけではないのだが、なんとなくそういう雰囲気で受け取ったのだろう。今度はユウリの方が不機嫌そうな顔を見せる。
「いつまで拗ねてるんだ。そろそろ船に戻るぞ」
「あ……、うん」
「ミオさん、勇者様がお城に行っている間、またここで待っていただいても構わないですよ。私、二人のお話たくさん聞きたいです」
「ほ、ホント? じゃあお言葉に甘えてまた来ちゃおうかな」
「ぜひ来てください! お二人の活躍されたお話、楽しみにしてますから!!」
そう言うマギーの弾む声を聞いて、私も明日またマギーとおしゃべりするのが待ち遠しくなってしまった。
別れ際にマギーに手を振ると、その様子を見たユウリが不思議そうな顔をする。
「さっきから怒ったり喜んだり、忙しい奴だな」
拗ねたら拗ねたで文句言うくせに、とユウリをじろりと横目でにらむが、本人は無反応。
ともあれようやく最後の鍵の情報を手に入れることができるかもしれない。私たちは逸る気持ちを抑えながらも、足早にヒックスさんたちの待つ船へと向かったのであった。
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