| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

歪んだ世界の中で

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二十二話 吹雪でもその七

「希望といいますね」
「希望・・・・・・」
「パンドラの箱を開けた後に最後に残っているものです」
「僕のこの名前の通りに」
「そうです。希望を持たれていますね」
「あるからだよ」
 その希望は微笑んで。自分の目の前にいる彼に答えた。
「一日も休まないでね。千春ちゃんのところに行ってるんだよ」
「そういうことです。希望を忘れないでいけばです」
「適うっていうんだね。願いが」
「その通りです。それに」
「それにって?」
「あの人のお名前ですが」
「千春ちゃんだね」
 希望がその名前を口にしてみせた。
「夢野千春ちゃんだよ」
「そう、春ですね」
「そうです。春ですから」
「千春ちゃんには春に出会えるのかな」
「草木は冬は耐え春に生気を取り戻すものですから」
 だからこそ春は尊ばれるのだ。どの国でも。
「その為に。おそらくは」
「春になんだ」
「もう少しですよ。頑張って下さいね」
「そうだね。もう少しじゃなくても頑張るつもりだけれど」
 こう言ってだった。真人は自分のお好み焼きをひっくり返した。希望もそれに倣い自分のお好み焼きをひっくり返した。そのうえで裏面も焼く。
 その香ばしい匂いも楽しみながらだ。希望は真人に答えた。
「春になるのを楽しみにしてるよ」
「それはもうすぐですから」
「希望だね。希望があれば絶対にね」
「諦めてはいけないですから」
「高校に入学してすぐ。あの時は」
 今では遠い過去のものになっていた。まだ一年と経っていないのに。
 その過去を思い出してだ。彼は今はこう言った。
「こんな風には思えなかったよ」
「絶望でしたか」
「それしかなかったよ」
 こう言ったのである。
「あの頃はね」
「希望は見られなかったですか」
「いや、あったんだね」
 真人を見てだった。希望は言えた。こう。
「あったんだよ。あの時も」
「何処にですか?希望があったのは」
「友井君だよ。友井君は何があっても僕と一緒にいてくれたから」
「僕が遠井君の希望だったのですか」
「そうだったんだよ」
 微笑んでだ。希望は真人に言った。
「支えでいてくれたから」
「支えもまた、ですか」
「うん。希望だったんだよ」
 彼自身の名前でもあるこの言葉をだ。希望は言っていく。
「僕にとって。ずっとある」
「いえ、僕は」
「希望じゃないっていうのかな」
「そんな大それたものじゃないですよ」
 気恥ずかしそうに笑っての返答だった。
「とても。そんなのじゃ」
「ないっていうのかな」
「そうです。僕は遠井君の友達というだけですよ」
「いや、友達だからね」
「希望ですか」
「希望ってつまりは光だよね」
 多くの災厄や絶望という闇を照らす。それだというのだ。
「そうだよね。だからね」
「僕が光・・・・・・」
「あの時。遠井君がいないと僕は完全に孤独で」
 それでだというのだ。
「そのまま潰れていたから」
「完全にですか」
「そう。そうならなかったのは友井君がいてくれて」
「潰れなかったというんですね」
「あそこで潰れてたら千春ちゃんどころじゃなかったよ」
 こう言ったのである。
「とてもね」
「そうだったんですか。僕は」
「うん、希望だよ」
 言葉は過去形ではなかった。現在形だった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧