モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜
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火山編 十字星を背負いし男達
ポッケ村に古くから伝わる伝説の「覇竜」、アカムトルム。その出現の報せがゼークト家に齎されたのは、約1週間ほど前のことであった。
彼の竜が現れたのはフラヒヤ山脈から遠く離れた火山地帯の奥地だが、それほどの遠方でありながら、すでにゼークト家の領土では大雨や干魃などの異常気象に見舞われていた。ハンターズギルドからは非常事態宣言が発令された今では、ゼークト家に守られていた領民達も避難を開始している。
領民のため、現当主たる父のため。「上位」に昇格して久しい、当時のクリスティアーネ・ゼークトが討伐に立ち上がったのは必然だったのだろう。
彼女の同期であるディノ・クリード、ヤツマ、そしてアダイト・クロスターの3人がそのクエストに同行することも。
◇
「はぁ、はぁッ……!」
「あぐッ、う……!」
四方を取り巻く灼熱の溶岩流。天を覆わんと広がる暗雲。その煉獄の如き「決戦場」に臨んでいた4人の上位ハンターは皆、覇竜の巨躯を前に片膝を着いていた。
討伐クエストの「受注者」として先陣を切っていたクリスティアーネは、アカムトルムの威力をその身で体感し、瞠目している。
(圧倒的な攻撃力と防御力、そして龍属性の息吹……! これがポッケ村に伝わる「災厄」の象徴、覇竜の力だというのですか……!?)
――其の口は血の海、二牙は三日月の如く、陽を喰らう。
その伝承に違わぬ覇竜の力。それが齎す事象の威力はもはや、「古龍級」と称しても差し支えないほどの域に達している。
これまで「伝説級」の活躍を重ねて来た名うての上位ハンター達でさえ、未だに決定打を与えられていないこの状況そのものが、その証と言えるだろう。
覇竜の方も彼らの猛攻に深く傷付き、死に瀕してはいるものの、その双眸には今もなおマグマの如き闘志の色が宿っている。
決着の瞬間は刻一刻と近付いている。だが、その軍配がハンター達の方へと上がる確率は、決して高いものではなかった。
回復薬の類も底をつき、頼れるものは己の装備と身体一つのみとなった若獅子達は今、分の悪い「賭け」に挑むことを余儀なくされている。
自分達の最後の攻撃が、覇竜を討ち取るのが先か。覇竜の息吹が、自分達を今度こそ薙ぎ払うのが先か。
(けど、それでも私はッ……!)
傷付いたディアブロUシリーズを纏うクリスティアーネは最後の力を振り絞り、フルミナントブレイドの巨大な刀身を持ち上げる。
(僕はまだ、倒れるわけには行かないんだッ……!)
ほとんど原型を留めていないミヅハ覇シリーズに命を預け、ヤツマもライトニングフラップを震える両腕で担ぎ上げていた。
(俺はこの生涯、仲間達を守り抜くために己の命を使うと決めた……! その道半ばで……クリスティアーネの前で、これしきの相手に屈している暇などないッ!)
そんな彼らに続くように。ひび割れたリオソウルUシリーズで身を固めているディノも、ドラゴンキラーの刃を杖に立ち上がり、覇竜の巨体を睨み上げている。
(……オレだって、まだッ……!)
そして。
半壊したレウスSシリーズから剥がれ落ちる装甲を気にも留めず、その身を引き摺るように歩み出したアダイトも、ヒーローブレイドCを握る手に最後の力を込めていた。
例え、この先に待ち受ける結末が逃れられない「死」であろうとも。ポッケ村のためにも、ゼークト家のためにも、引き下がることは出来ない。
そうでなくとも、眼前の人間達を「宿敵」と認めた覇竜が、この期に及んで彼らを見逃すはずもない。
やるか、やられるか。双方が選べる道はもはや、その二択のみなのである。
(あれ、は……)
その時。周囲の火山から噴き上がる黒煙に阻まれていた星空が、僅かにその美しさを覗かせていた。
夜空を染め上げんと立ち登る暗黒の隙間から、微かに窺える星々の輝き。そこには確かに、剣の如き「十字」が描かれていた。
星の彩りによって完成する、夜空の十字星。その煌めきに気付き、満身創痍のまま天を仰ぐアダイトの眼には、一振りの剣を彷彿とさせる星々の光が映し出されている。
「十字星……!」
やがて、血を滲ませている口元から呟かれたのは。かつての師から教わった、遥か昔に途絶えたとされるルークルセイダー家に纏わりし古の伝承であった。
◇
「……」
遡ること、約9年前。当時10歳の少年であったアダルバート・ルークルセイダーは独り、薄暗い森の奥へと身を寄せていた。
ユベルブ公国と他国との国境付近にあるこの森は、彼の小国の城下町を一望できるほどの高さにある。
闇夜の森へと足を踏み入れる直前、その「故郷」の方へと振り返った少年の背に、しゃがれた老人の声が掛けられた。
「帰って来おったか」
「……」
その声の主である小柄の老人は、深い森の闇からゆっくりと身を乗り出すと。竜人族の証とも言える長い耳を揺らし、静かな足取りで少年の隣に歩み寄っていく。
自身の側に立つ、「命の恩人」である老人の横顔を一瞥した少年の表情は――「帰郷」を果たしたばかりとは思えないほどに、暗く澱んでいた。
「皆……元気そうだったよ。父上も、大公殿下も、デンホルムも……クサンテも。皆、元気に頑張ってる。前を向こうとしてる」
「そうか。そりゃあ、何よりじゃのう」
「……」
姫君達と共に馬車に乗っていたところを上位のドスファンゴに襲われ、崖下へと転落したあの日から。少年は半年間も眠り続け、死の淵を彷徨っていた。
そこから奇跡的に目覚め、まともに動けるほどにまで快復した彼は、真っ先に故郷へと帰って行った……はずなのだが。今の彼はこうして、独りで森の奥へと訪れている。
彼の命を救い、目覚めの時が来るまで介抱し続けていた老人にとって、それは予想外の展開ではなかったのだろう。彼は特に驚くような様子もなく、こうしてアダルバートと共に公国の城下町を見下ろしていた。
過去に数多の戦乱を経験し、「守る力」を以て独立と平和を維持して来たのだと言われている、騎士の国――ユベルブ公国。その歴史に裏打ちされた国民性を知る老人には、分かり切っていたのだ。
ユベルブ公国の民はすでに、最優の名門・ルークルセイダー家の嫡男を失った悲しみすらも、乗り越えようとしているのだと。
「……オレがいなくなったからこそ、なんだと思う。公国にとっては、あのままが1番良いのかも知れない。そんなこと、見たら分かるよ」
「……そうか」
だが、頭で理解することは出来ても。未熟な幼き少年の心では、その「変わらなさ過ぎる」景色を受け止めることは出来なかったのだろう。
自分がいなくなったということについて、人々が何とも思っていないわけではない。ただ、立ち直るのが早過ぎるだけ。帰郷に半年も掛かったからといって、拒絶されるはずもない。
「……あそこにはもう、オレの居場所はないんだ。嫌でも分かっちまうんだよ、オレはいない方が良いんだって……! それが正しいんだって分かってる!」
「……」
「だったら! なんでオレはまだ生きてる!? オレはもう要らないのに! あのまま死んでおけば良かったはずなのに……! なんで、なんでオレを助けたりしたんだよ! 爺ちゃんっ!」
それでも、心だけは付いてこなかったのだ。自分はすでに、要らなくなってしまったのではないか。あそこにはもう、自分の帰る場所はないのではないか。
そんな疑念が脳裏を過り、膨らみ、やがて彼は自ら故郷に背を向けてしまったのである。堰を切ったように溢れ出る少年の嗚咽は、この静かな森に響き渡っているが――遥か遠くの城下町で暮らす人々には、届くはずもなかった。
「……空を見てみぃ、アダルバート」
「えっ……?」
少年の叫びが収まるまでその様子を静観していた老人は、澄み渡る星空を仰ぐ。彼に促され天を見上げたアダルバートの眼には、十字を描く星々が映し出されていた。
「十字星……という言葉を聞いたことはないかのう」
「クロス……? なんだよ、それ」
「……まぁ、無理もない。数百年からある御伽噺の一つに過ぎんからのぅ。どこかで失伝していてもおかしくはない」
自身が口にした言葉に眉を顰める少年に対し、老人は「仕方ない」とばかりにため息をつくと。剣の如き十字を描く星空を見上げながら、静かに言葉を紡いでいく。
「何百年も昔のことじゃ。……当時の大国から辺境の領土を与えられた、とある貴族がいた。彼は戦場で幾つもの武勲を上げたことで公国としての自治権を認められ、『ユベルブ公国』を築き上げた。その武勲の立役者であり、公国の誕生にも深く寄与していた『始まりの騎士』。それが、ルークルセイダー家であった」
「それは……父上から聞いたけど……」
「……だが、その様子だと詳しいところまでは伝わっておらんのじゃろう? 当時のルークルセイダーに勝運を齎していた、十字星の伝説を知らんということはな」
「なんだって……!?」
それは天に描かれし十字星に纏わる、ルークルセイダー家の失われた伝説であった。
当の嫡男であるアダルバートも聞いたことがないその伝承を語る老人は、その時代を懐かしむかのように目を細めている。
「天の星々が剣の如き軌跡を描きし時、ルークルセイダーの騎士に勝機が訪れん。……その古き伝説はもはや、お前の父ですら知り得ぬことなのであろうな。近しい意味合いの伝承は名残りとして残ってあるようだが、その原型である十字星の伝説を知る者はもう、公国の人間にはおらぬようだ」
「なんだよ、それ。なんで……爺ちゃんがそんなこと知ってんだよ」
「ほっほっほ。長く生きとると、そういう豆知識も頭に入ってくるものじゃよ。古文書にも残っておらんような、古〜い口伝もな」
出鱈目を言っているような目ではない。しかし、なぜそのような話を知っているのか。そう問い掛ける少年に背を向け、老人は軽妙な笑みを溢しながら森の奥へと歩み出して行く。
「お前を助けた理由なんぞ、単に死に掛けている小僧を見掛けたからという巡り合わせに過ぎんよ。今のお前が納得するほどの大層な事情なんぞありはせん。お前が生きている意味が欲しいというのなら、自分で好きに見つけて、好きに決めるが良い」
だが、その言葉が紡がれた時には。長い年月の中で重厚な経験を積み重ねて来た彼の声は、神妙な色を帯びていた。
星空の十字星を仰ぐ少年の背に向け、老人は何者でもなくなった彼に新たな「道」を示す。
「……ただ。例え居場所なんぞなくても、あの公国にいる大切な者達を想う心が今もあるのなら。せいぜい、彼らのための十字星にでもなるが良い。あの星々が描く、夜空の剣のようにな」
「……ッ!」
その「道」を教えられた少年は、頬を伝う雫を拭うことも忘れ、小さな拳を血が滲むほどにまで握り締めていた。涙を溢しながら、それでも決意の色を帯びた力強い眼差しで、彼は独り十字星を見上げる。
何者でもなくなった彼が、アダイト・クロスターとなったのは。それから、間もなくのことであった。
後書き
今回のおまけ話はちょっと長くなりそうな気配がありましたので、前後編に分けることとなりますた。次週もお楽しみに!٩( 'ω' )و
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