ＦＩＲＥ　ＳＴＡＲＴＥＲ

　　　　　　　　　　　　　　　　ＦＩＲＥ　ＳＴＡＲＴＥＲ
　一塁側ベンチで彼は私の横で嘆いて言った。
「あいついつもな」
「どうなの？」
「立ち上がりが悪いんだよ」
　こう私に言うのだった、マウンドにいる先発投手である石井一久投手を見て。彼はヤクルトファンで野球はどちらかというとパリーグで日本ハムを応援している私に語った。
「それで点取られるんだよ」
「そうした人なの」
「兎に角立ち上がりが悪いピッチャーで」
「最初に点を取られるの」
「そうじゃないとどんどん調子が上がってな」
「そこからは点を取られないのね」
「二回三回って進むとどんどん調子がよくなって」
　そしてというのだ。
「点取られないんだけれどな」
「この一回がなのね」
「問題だよ、頼むから抑えてくれよ」　
　彼の言葉は切実だった。
「先制点取られて打線がその後さっぱりってあるからな」
「野球はあるわね、打線がずっと打たないから」
「それでだよ、打線は打つか打たないかわからないからな」　
　彼が言うには打線は水ものだ、だから打つ時は打つけれど打たない時は打たない。そうしたものだという。
「うちの打線は結構打つけれどな」
「打たない時もあって」
「それでな」
　だからだというのだ。
「俺今祈ってるんだよ」
「打たれないでって」
「ランナー溜めてでかいのとか止めてくれよ」
「ホームランとか」
「二点三点取られたらな」
　試合がはじまってすぐにというのだ。
「そこで試合の流れ決まりかねないしな」
「だからなのね」
「ああ、頼むから抑えてくれ」　
　立ち上がりの一回をというのだ。
「後は殆ど打たれないからな」
「それじゃあ」
「この回が勝負だよ」　
　一回、はじまってからだというのだ。彼はマウンドの左腕石井一久投手を観ながらそう言うばかりだった。
　試合がはじまった、すると。
　石井投手は戦闘バッターを三振に取ったが。
　ヒットそして四球でワンアウトランナー一塁二塁になった、ここで彼は嫌な顔になって言った。
「四番か」
「相手のね」
「これはまずいな」
「ここで抑えないとよね」
「本当に石井立ち上がり悪いんだよな」
「エースよね」
「エースだけれど立ち上がりが悪いんだよ」
　このことは変わらないというのだ。
「それでコントロールもな」
「悪いってのは私も聞いていたけれど」
「それがな、ここで打たれたら」
「まずいわね」
「相手はゴメスだからな」
　相手の中日ドラゴンズの主砲だ。
「ここで抑えられないとな」
「まずいわね」
「ゴメスには打たれないでくれよ」　
　彼はここで試合が決まると言わんばかりの必死さだった、それで試合を観ていたが。
　石井投手はコントロールの悪さを発揮していきなりボール二つだった、しかも二球目は暴投寸前のもので。
「今のは古田じゃないとな」
「捕れなかったのね」
「うちのピッチャー古田じゃないとな」
　球界最高のキャッチャーと言われるこの人でないと、というのだ。