SAO(シールドアート・オンライン)
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第十話 モテたい年頃のキリト君(キリット part2
前書き
キリット「俺が二本目の剣を抜けば!」
グランット「立っていられる奴は!」
ハルッキ「いない!!!」
アスナ「キリット」
「……あの、キリト?」
「うーん、いや、そうだなぁ……」
そして、ここで、冒頭に至るのである。
直前までの流れで居た堪れないことになってしまったキリトと流れについていけていないサチが慌ててグラント達を追ってボス部屋に入った直後の事である。
もちろんそこでは、先にボス部屋に入ったグラント帝国の皆さんが、そのボス「スヴィオール・ザ・ジャイアントドワーフ」……直訳して「巨大ドワーフ・スヴィオール」という、なんとも矛盾した名前と体躯を持つボスを取り囲んでいた。
「……なぁグラント、俺はあんまりそういうの詳しくないけどさ。
ドワーフって、人間より小さいんじゃなかったか?」
「ウン、その筈なんだけどねー。なんかめっちゃでかいよねコイツ」
ハルキとグラントの会話通り、そのボスは見た目は思いっきりドワーフなのに、フロアボスに匹敵する程の巨体を持っていた。
その一方で、鍛治技術に長けるとされるドワーフの一般的なイメージ通りに、自らが作ったと推測される斧をそれぞれ両手に二本持ち構えている……もちろんボス自体が巨大なのでその斧も例外なく巨大なのだが。
「うーん……この調子であと数層はドワーフ系のモンスターが出現するパターンだったよな……ひょっとしてここが初出か……?」
「き、キリト、冷静に分析しないで! えっと、私たち何すればいいんだっけ……?」
「………そうだった」
ボスの特徴から話を戻すと、キリトとサチは彼らより先にボスと戦っているグラント達の、その戦い方に呆気にとられていたのである。
「よーし、いいよーみんな! その調子でどんどん投げまくっちゃえー!!」
そう、野郎どもは自分たちの持つ得物を殆ど使用していなかった。その代わりに「投げて」攻撃しているのである。
「……どういうこったい」
一人ずつ説明しよう。
まずはトミィ。彼は持ち前の疾走スキルを活かして、円形のボス部屋を縦横無尽に駆け巡りながら(しばしば壁に大激突しながら)、アイテムストレージから出したあるものを、ボスに投げまくっていた。
実はトミィ、全く武器が使えないという事でギルドでの協議の結果、仕方がないのでアイテムを投擲してモンスターにダメージを与えるスタイルでいこうという事になった。
しかしSAO内における投擲用アイテムは、基本的には牽制や対小型モンスター用の、通常の武器攻撃に比べると威力が格段に劣るものばかりである。
「おー、やっぱりアレ持たせて正解だったなー。トミィにはピッタリのアイテムだぜ」
アインクラッド第十三層。
火山地帯が特徴的なそのエリアのダンジョン内には、プレイヤーの攻撃が少し掠めただけでも誘爆してこちらに多大なダメージを与えるトラップアイテム、「溶岩石のかけら」が大量に存在していた。
それは逆に言えばその場のモンスターを爆発に巻き込んで広範囲に大きなダメージを与える事も可能で、当時の攻略パーティは如何にそのトラップアイテムを有効活用するかを必死になって考え出していたものだった。何せ、少しでも衝撃を与えてしまうと大爆発である、持って投げようにも通常なら拾って振りかぶるその挙動だけでアウトなのだ。
しかーし! これをトミィが使うとなると話は別なのだ。元々意味不フットワークの原因にもなっていたSTR極振りのビルドのお陰か、指先でスッと静かに押すだけでその爆弾石は誘爆する事なく弾丸のようなスピードで前方に撃ち出されるのだから。
果たしてトミィさん、数日にして高速フットワークからトラップダメージ級の凄まじい超火力を出す遊撃手に早変わりである。
「○△#?%◎&%×$!!」
さて、次はオルス氏。
元々強靭なメイス使いだった彼をこれ以上強化するというのも必要かと言われればそんなことは無いようにも思えるのだが。
だがそんな彼だから勿論、グラント帝国の先陣を切ってボスに肉薄してメイスを叩き込んでいるかというと、そんな事はなかった。
「あーこらこら。オルス、ちゃんと狙ってるかい?
あーいう如何にも外見セクハラ系裸同然の敵には、こっちもやり返しちゃえばいいんだって。
男子の急所に、レッツァゴー!!」
いくら相手がドワーフ……もとい、デジタルデータとは言え酷いところを狙うものである。というかグラント自重しろよ。
「■$☆♭#☆♭*……?」
ギルドメンバー全員での体術スキルの習得。そのもう一つの理由が、そこにはあった。
先程投擲用アイテムは威力の低いものばかりであると述べたが、トミィの様な例外を除いてもたった一つだけ、相手に対して高火力を出せるものがある。
それはズバリ、自分の持っている武器そのものである。
意外と知られていない事だが、投擲スキルというのは投擲用アイテムだけを投げるために存在するものではない。その気になれば自分の武器や、装備やポーションなどの消費アイテムなどを投げる事も可能なのである。
だがそれを誰も行わない理由があるとすれば、それは間違いなく、投擲スキルで投げたアイテムはその耐久値を大きく損なってしまうという致命的な欠点にあるだろう。鎧や盾のような耐久値に特化した装備やアイテムでもなければ、一度投擲した時点でもうその戦闘では使い物にならない程に損傷してしまうのである。
……ある、例外的な状況を除いて。
「あいつら……もしかしてネズハの使ってた、アレか……!?」
「えっと…? キリト、何か分かったの?」
ネズハ。
アインクラッド第二層で勃発した、「強化詐欺」事件の犯人の一人である。
FNC……VR環境に対して通常の適性がなく、フルダイブ時に一部の知覚障害を抱えてしまうというペナルティを負った彼は、それでも同じギルドのメンバーの役に立ちたいと思い立ち、とある男の悪魔の囁きに屈してプレイヤーから装備を奪って換金するという深刻な事件を起こしてしまった。
せめて罪滅ぼしをしたいと願ったネズハに、当時事件の真相を突き止めたキリトとアスナは……二層フロアボス対策として、ある武器を彼に手渡し、その習得を提案したのだった。
「間違いない……! あれはチャクラムのソードスキルだ!!」
そう、チャクラムである。
ブーメランみたいに手元に帰ってくる投擲武器。ただの投擲スキルとは別にサブカテゴリとしてチャクラム専用のスキルが存在し、そしてその習得条件は、チャクラムを一度でも装備をした事がある上で……「体術スキル」を習得する事。
所詮二層で手に入る武器なんぞ耐久値はたかが知れている。だがそのチャクラムはいくら敵を攻撃しようと全く破壊する気配はない。
その秘訣こそが、チャクラムのソードスキル……威力はやや落ちるものの、投擲したアイテムの耐久値を減らす事なく相手にダメージを与え、尚且つ手元に帰ってくるという、破格の性能によるものなのだ。
そしてオルスは今そのソードスキルの恩恵を十二分に味わっていた。メイスを水平になるように持って後ろに引くと、チャクラム用ソードスキルの発動を示すライトエフェクトが生じ……直後にその武器が彼から放たれ、したたかに巨大ドワーフの「男子の急所」を打ち据えて手元に帰ってくる。オイ。
「なんだこれ……ここSAOだぞ……遠距離攻撃手段がないのが特徴のSAOだぞ……!?」
「キリト、顔が凄いことになってるよ……?」
サチから心配の声が上がるが、まぁ無理はないだろう。みーんな遠くから攻撃できないからこそ、必死にタンクだのスイッチだの独自のシステム外スキルを身に付けようと努力していたのだから。
「ぐっ……くそっ、おい、トミィは良いとしてオルスも盾男も! 前衛俺にばっか任せるなよ! いい加減休みたいんだけどぉっ!?」
『(´ε`;)』
「えーっ、めんどくさー。じゃあオルス、前に出てやってー」
「*▲※△#?%◎:!!」
残念ながらハルくんはいつもどーりである。残念。ソードスキルないし。しょうがないよね。結果として前衛一人になりつつある現状はどうかと思うけど。
そう、キリトたちが見ているのはまさにその異様な光景である。ギルド全体(マソップ除く)でボスに挑んでいるというのに、ハルキ一人を前に出してあと全員が、周りからなんか色んなものを投げまくっているのである。あ、ちょっとオルスが前に出たっぽいけど。
「と、とにかく、私たちもハルキさんをサポートしなきゃ!ずっとあれじゃあ疲れちゃうもんね!」
「……っ!? いや、待てサチ!!」
だがそんな時だった。
ボスのヒットポイントゲージがイエローゾーンからレッドゾーンの領域に達した瞬間、その巨大ドワーフは耳をつんざくような咆哮をあげ……そして手にしていた武器を足元に置いたかと思うと、なんと下半身に辛うじて纏っているボロっちい腰巻から、片手に四本、両手に八本の小型ナイフ(そもそもが巨大なのでプレイヤーからすれば巨大ナイフ)を取り出したのだ。
「まずい!! みんな、構えろ!!」
そしてそれをいち早く察知したキリトがサチとグラント達に警告しようするより早く、巨大ドワーフはそれらをプレイヤー達に向けて投げつけてきたのだった。
今まで単純な近接攻撃しか行ってこなかった事もあり、その場にいるプレイヤーの殆どが反応できなかった………。
そう、殆ど。正確には一人を除いて。
「おーし、俺の出番かな」
グラントである。ここまでギルメンを煽ったり励ましたりしながらも、何だかんだ実は何もしてねーなお前というヤツだったグラントが、ここで反応である。
そんなおバカ落武者男が一体何をするのかと、自分達に向かって飛んでくる巨大ナイフに身構えながらもその場にいる全員が彼を見やる中、当の本人は盾を大きく上に掲げる。するとその盾……一層のあのコボルドの洞窟から使い続けている愛盾が赤く光り始めた。
「全ナイフ諸君に告ぐ! みんなこっちこーい!!」
盾ソードスキル、「ハウリングホール」。
記念すべきグラントの発動した、二つ目の盾ソードスキルである。ちなみに出元のない本作オリジナル技なので注意。
基本的にはタンク仕様のプレイヤーがよく使う「威嚇」と同じ効果である。モンスターのヘイトを集めて自らに注意を惹かせるというものなのだが。
だけどもこのスキルにはもう一つ、独特な特徴がある。それは今正にグラントが行った様に、「既に発動した技も含めてその後の攻撃を盾に一定時間引き寄せる」というものだ。よって、ボスから放たれた巨大ナイフは一本残らずその矛先を切り替え、物理法則的におかしな軌道でグラントに向かって迫り始めていた。
「うむ、近う寄れ、ちこーよれ……今だ!」
もちろん、ここで普通のタンクならその攻撃を一歩も引かずに全て受け止めるのがセオリーである。というかそもそも攻撃が引き寄せられているので避けようがないわけで、だからこそこのスキルはよほどヒットポイントが高いプレイヤーが使用しない限りはリスクがとても大きく、一度死んだらお終いのデスゲームとなった現状においてはほぼ死にスキル扱いされていたのだが。
だがそもそもタンク仕様でないグラント、何とここでその赤く輝く盾を……振りかぶったのである。
「そら、とってこーい!!」
先ほどの盾スキルの効果をもう一度、ここに記す。
「既に発動した技も含めてその後の攻撃を盾に一定時間引き寄せる」。
→「攻撃を盾に一定時間引き寄せる」。
→「盾に引き寄せる」。
→「盾に」。
そう、なんとこのスキルは使用したプレイヤーではなく、彼らの持つ盾に攻撃を引き寄せる技なのである。これがどういう事か、お分かり頂けるだろうか。
つまりである。ハウリングホールでナイフを引き寄せておいて、その盾をボスに向かって投げれば……ボスに向かって飛んでいく盾を追いかけて、ナイフもボスへと迫っていき。
「ふる♡かうんたーっ!!」
……対遠距離攻撃用カウンター技の完成である。今現在彼らの目の前で、巨大ドワーフは自らの投げた八本のナイフに狙い誤らずに貫かれていた。
「ま……まじか………!!」
「き、キリト……? 目が怖いことになってるよ……?」
攻略最前線を離れて長らく忘れていた戦闘狂ゲーマーとしての本能をくすぐられ、思わずマジ顔になってしまったキリト……そしてそんな彼にドン引きしているサチ。
だが彼の気持ちも考えて欲しい。そりゃそうだ、フロアボスに始まりどのモンスターにしろ、基本的にその攻略法は前衛が相手の攻撃を防ぎながら後衛が体力補給をして、ローテを組みながら戦うというものである。
だからこそ、時折モンスターの放つ広範囲攻撃、ないしは遠距離攻撃はそのサイクルを破壊しうる要警戒事項であり、それを乗り越えるために攻略組も必死になって相手の挙動を見てパターンを覚えようとしているというのに。
だが、今回のグラントの「ふる♡かうんたー」は、そんな常識を一気に覆すものなのだ。だってそれするだけで遠距離攻撃ぜーんぶ相手に跳ね返せるし。
「うまく決まったみたいじゃん、良かったなグラント」
「まあねー、それほどデモー……あるね」
『(≧∇≦)』
「#$+♪÷*●/&\\!!」
どうやら先ほどの盾の投擲も、オルスと同じでチャクラムのソードスキルを使っていたようである、何事もなかったかの様に戻ってきた盾を再び腕に通すグラント。そしてそんな彼を中心に、彼のギルドのメンバーが集まっていった。
「――――――危ない!!!」
「えっ、キリト!?」
その時だった。自分達の出る幕はなかったなと苦々しく思いながらも、グラント達の元へと歩き出していたサチの横を、黒コートが一瞬で駆け抜けた。
「させないっ!!」
そして手にしていた剣をソードスキルのライトエフェクトで光らせ、片手直剣四連撃技「バーチカルスクエア」を発動。
その剣先は、自らの投げた八本のナイフに貫かれながらも……未だヒットポイントバーを全損させておらず、最後の力を振り絞ってグラント達に不意打ちをしようとしていた巨大ドワーフの腕を切り飛ばしたのだ。
「これで……終わりだ!!」
そして呆気にとられているグラント達を他所に、キリトの渾身の四撃目がボスの眉間を切り裂くと。
晴れて、その巨人ドワーフは大きく断絶魔をあげたのち……光の破片となりその場で砕け散った。
「……すごーいっ!!
キリト、かっこ良かったよ!」
その後ほんの少しの間流れた沈黙を破ったのは水色の少女、サチだった。
この非常時に無意識にキリトが行った攻略組顔負けの動きに心を奪われているようだった、その目はキラキラと輝いていて、剣を鞘に戻し肩から力を抜いたキリトにぐいっと詰め寄る。
皆の衆、おわかりだろうか。これこそが、キリトがキリトたる所以、キリトが何故か持って生まれ出でた能力。
「……なんだか知らないけど、キリトってちょうど良くカッコいいよなー。ラストアタックまで決めて、サチさんにはモテるんだからなぁ」
『(*´ー`*)ウンウン』
戦闘の終わりを悟ってこちらも剣を納めるハルキが、目の前でサチに照れた顔を向けるキリトを見てそう、呆れたように言った。そしてそんな彼女に、トミィもオルスもほっこりとした様子で頷く。
そうして、このダンジョンの攻略は平和に終わった……かのように思えたのだが。
「………違う」
「÷○°♪〆$>>°#??」
……まーた盾男が、せっかくの雰囲気をぶち壊そうとしております。
「……違う違う違うなんかちがう!!!
ちっくしょー!! キリトめ、覚えてろよ!! 折角さっきまで俺がめっちゃカッコいい感じだったのによー!!
三日三晩考えて編み出したふる♡かうんたーがこれじゃかませ犬扱いじゃねーかチクショー!!」
「あーはいはい、見苦しいから帰るぞグラント」
『( ^ω^ )プププ』
全く悪気のないキリトとサチを他所に、ハルキが哀れな落ち武者男の首根っこを掴む。そして意外とトミィの煽りが目立っている今日この頃である。グラント達ギルメンの戦い方も少しずつ確立して来ていて、ああ平和な日常である。
「……ん? なんだよメッセージか、こんな時に誰だよ……?」
そう、この瞬間までは、ハルキの胸中も平和だったと言えたのだ。
「…………そんな、馬鹿な」
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