異伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(ヴァレンシュタイン伝)
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帝国領侵攻作戦(その2)
帝国暦 487年 8月15日 オーディン ローエングラム元帥府 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト
「ビッテンフェルト元帥、この度の武勲、まことに見事であった。まさに帝国随一の猛将、いや名将に相応しい働きで有った」
「はっ」
うむ、黒真珠の間で皇帝陛下から直々に賛辞を頂く、これぞ武人の誉れだろう。これ以上の物は無い。
「これからもそちの働きに期待しておるぞ」
「はっ、必ずや陛下の御期待に応えまする」
「うむ、頼もしい事よ。そちにこれを授けよう」
そう言うと皇帝は俺の胸に勲章をつけた。双頭鷲武勲章、帝国で最も名誉ある勲章だ。それを皇帝陛下が自ら俺の胸につけてくれる……。誇りと喜びが胸に満ちた。
勲章の授与が終わると俺は急いで家に帰った。軍人としての本懐を遂げた以上、次は男としての本懐を遂げなければならん。もどかしさに胸を焦がしながら家に戻った。
「帰ったぞ!」
ドアを開けて大声で帰宅を告げるとパタパタと駆け寄ってくる足音がした。この音が良いのだ、胸がはずむ。小柄な人影が近づいてきた。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「おう、今帰った」
俺の目の前には完璧な女が居た。ロリ、巨乳、メガネ、ネコ耳、ツインテール、ミニスカ、これぞ俺の求める女だ! 大艦隊を率いて敵を蹴散らし、家に戻れば好きな女を求める。これこそが大丈夫の一生というものだろう。俺には他に欲する物は無い。
「元気だったか、ネコ耳ちゃん」
「元気じゃありません」
何、元気じゃない? 聞き捨てならん、どういう事だ。風邪でも引いたか? 俺が彼女を見詰めるとネコ耳ちゃんはうっすらと涙を浮かべた。おいおい、どうした、大丈夫か、ネコ耳ちゃん。
「御主人様がいらっしゃらないから私、寂しかったです」
「そ、そうか」
「御主人様は私と会えなくて寂しく無かったのですか?」
ネコ耳ちゃん、涙目で俺を睨むとはずるいではないか。
「そ、そんな事は無い。お、俺も寂しかったぞ、とっても寂しかった、毎日お前の事を思っていた」
いかん、声が上擦っている、落ち着け。
「本当に?」
「もちろんだ。俺は嘘は嫌いだ」
俺の言葉にネコ耳ちゃんはにっこりと笑みを浮かべた。カワイイ……、なんでお前はそんなにカワイイのだ。
「お風呂になさいます、お食事が先かしら、それともアップルパイ?」
「そうだな……」
ネコ耳ちゃんが無邪気に問いかけてきた。さて、どうする? 風呂に入ってさっぱりするか、ネコ耳ちゃんの手料理を食べるか、それともアップルパイで“あーん”をやるか……。
うーむ、迷うところではあるがここはやはり、
「ネコ耳ちゃん、俺はお前が」
「ビッテンフェルト提督」
誰だ、煩い奴だな。俺はこれからネコ耳ちゃんと……。
「ビッテンフェルト提督」
「……ワーレン提督?」
なんでワーレンが俺の家に居るんだ? いや、大体ここは何処だ? 俺の家じゃない、俺の家は一体何処に……、それにネコ耳ちゃん、ネコ耳ちゃんは何処に行った?
「大丈夫か、ビッテンフェルト提督」
「いや、大丈夫だ」
「心配したぞ、何度か声をかけたのだが返事をしないのだからな、本当に大丈夫か」
あれは夢? 幻? しかし、確かに俺にはネコ耳ちゃんが見えた、声も聞こえたのだが……。
ワーレンが心配そうな表情で俺を見ている。とりあえず、この場を何とかしないといかんな。
「済まぬな、ワーレン提督。つい考え事をしていて気付かなかったようだ。問題ない、大丈夫だ」
俺の言葉にワーレンが深刻そうな表情をした。そして小声で問い掛けてくる。
「参謀長の事か」
「あ、いや、まあ、……そんなところだ」
オーベルシュタインの事を考えていたわけではないがワーレンの心配そうな顔を見ると間違ってもネコ耳ちゃんの事を考えていた、いや妄想していたとは言えん。済まん、嘘を吐いた、ワーレン、ネコ耳ちゃん。お前の所為にしたが悪く思うなよ、白髪頭……。
「気持ちは分かるがあまり考え過ぎると身体を壊すぞ。もうすぐ大きな戦いが始まるのだ、気を付けないと……」
「うむ、そうだな、気を付けるとしよう」
ワーレン、卿は良い男だな。卿と知り合えたのは俺にとって全くもって幸運だった……。
ようやく思い出した。俺は昼食を外でとって元帥府に戻ってきたところだったのだ。どうやら戻る途中で妄想に囚われたらしい。多分、昨日の夜、あれを五回見た所為だ。その所為で今朝方変な夢を見たが、その続きを見ていたらしい……。
いかんな、気を付けよう。あれは常習性と催幻覚性が有るようだ。夜見るのは二回までに制限したほうが良さそうだな。そう言えばこの間、オイゲンがぼんやりしていたな、グレーブナーもだ。まさかとは思うがあいつらも幻覚を見ている可能性がある……。
変な事故が起きる前に艦隊内に周知した方が良いかもしれん。あれを見るのは昼は一回、夜は二回までに留めろと。このままでは現実と妄想の区別がつかなくなる奴が出てくる危険性が有る。そうなる前に手を打たねば……。甘美なだけに危険だ。
前方に見慣れた後姿の男がいた。どうやら戻ってきたらしい。話を変えるのにも丁度良いだろう。
「ワーレン提督、あれはケスラー提督ではないかな」
「うむ、そうだな。辺境星域から戻ってきたらしい」
「ケスラー提督、戻られたのか」
近寄って俺が声をかけるとケスラー提督が振り返って破顔した。懐かしい笑顔だ。何時も思うのだが良い笑顔をするな、ケスラー提督は。
「ビッテンフェルト提督、ワーレン提督。今戻ってきたところだよ。これから元帥閣下に報告をしに行く」
「そうか、辺境星域では大変だったと思うが……」
俺が労うとケスラー提督は笑い出した。
「まさか食糧を我々に奪われたという事にして隠せとはな。住民達は最初、何を言われているのか分からずポカンとしていたぞ。卿の発案らしいな、面白い案だ」
「うむ、まあ……」
最初の案を考えると、いや、オーベルシュタインの事を考えると素直に笑う事が出来ん……。
「浮かぬ顔だな」
「……そんなことはない、俺は極めて単純な男だ。ケスラー提督に褒められれば嬉しいさ」
「昔は単純だったかも知れんが今は違うだろう。ロイエンタールも卿が変わったと言っているぞ」
ワーレンが俺が変わったと言っているが俺には良く分からん。やらなければならないと思った事をやっただけだ。俺は馬鹿と呼ばれてもかまわんが卑怯者とは呼ばれたくない。弱い者を、ましてや味方を踏みにじるなど到底出来ん。それだけだ。
心配なのは元帥閣下だ。今回は未然に防げたとは言え、あんな作戦案を受け入れたとは……。これきりで有って欲しいものだ。しかし、そばにはオーベルシュタインが参謀長としている……。心配は尽きんな、だからだろう、ネコ耳ちゃんに会いたくなる。
「……当初は住民達から食糧を奪うという案だったとメックリンガー提督から聞いた。良く止めてくれた。もう少しで俺が食糧を奪う役になっていた、卿には感謝しているよ」
ケスラー提督が沈鬱な表情になった。いかんな、帰還早々心配をさせるのは俺の本意ではない。
「なに、大したことじゃない。俺には頼りになる部下がいるのでな。それより俺達が引き留めていてなんだが急いだ方がよいな、元帥閣下も卿の報告を待っているだろう」
「そうだな、では失礼する」
ケスラー提督が笑顔を浮かべて片手を上げたので俺もワーレンも手を上げてそれに応えた。ケスラー提督が俺達に背を見せて歩き出す。暫くケスラー提督の後姿を見送ってからワーレンと別れ自分の部屋に戻った。
部屋に戻るとヴァレンシュタイン大佐が待っていた。ネコ耳ちゃんじゃないぞ、これはヴァレンシュタイン大佐だ。大佐は決裁文書にサインが欲しいらしい。一つ一つ確認を取りながらサインをしていく。以前碌に見ずにサインをして彼女に怒られたことがある。艦隊司令官は艦隊の責任者であり戦う事だけが仕事ではないと言われた。
もっともな意見だ、それ以来書類を見るのは苦手だが真面目に見るようにしている。幸い俺の所に来る文書は事前に彼女が確認をしてくれる。間違いや言い回しの分かり辛い所は彼女が手直しさせているので俺が見るときには比較的見易い、理解し易い文書になっている。おかげで余り決裁に負担を感じる事は無くなった。
あと二、三の文書のサインをすれば終わるという時だった。TV電話の呼び出し音が鳴り受信するとオーベルシュタイン大佐の顔がスクリーンに映った。常に変わらぬ陰気な顔だ、何となく気が滅入った。文句あるのか、この野郎。お前が食料奪おうなんて馬鹿な事を言うのが悪いんだ。参謀長ならもう少しまともな作戦案を考えろ!
後でネコ耳チャンの映像を見て元気を取り戻そう、あのアップルパイを思い出すんだ。我が至福の時間、至高のアップルパイ……。あの映像を見れば必ず気分はハイになる。でもハイになりすぎないように気をつけなければならん。それとヴァレンシュタイン大佐に見つからないようにこっそりとだ。別に怒られるわけではないし、軽蔑されるわけでもないが何となくその方が良さそうな気がする。
『ビッテンフェルト提督、ローエングラム伯がお呼びです。至急閣下の執務室に出頭していただきたい』
「了解した」
それで終わりだった。何も映さなくなったスクリーンを見ながらあの男には友達など居ないのだろうなと思った。
決裁文書のサインを一旦切り上げ元帥閣下の執務室に赴くがどういうわけか足取りが重くなった。執務室には当たり前だが元帥閣下とオーベルシュタインがいる。オーベルシュタインは血色の悪い顔で無表情に俺を見ていた。その爬虫類みたいな目で俺を見るんじゃない! 何となく嫌な予感がした、どういう用件だろう。
俺が入り口で戸惑っていると元帥閣下が明るい声で“そこでは話が遠い、こちらへ”と俺を呼んだ。どうやら悪い話ではないらしい。ほっとすると同時に猛烈に腹が立った。紛らわしい顔をするな、この白髪頭! 他人を不安にさせて楽しいか? だからお前は周囲から受けが悪いんだ。せめて笑顔を見せてみろ、そうすれば俺に爬虫類と言われずに済む。
「ビッテンフェルト提督、卿に来てもらったのは他でもない、いずれ来る反乱軍への反攻についてだ」
「はっ」
「その折、卿にはケスラー、アイゼナッハ、ミュラー、キルヒアイスを率いてもらう」
「は? 小官がでありますか」
思わず間の抜けた声を出してしまった。元帥閣下が可笑しそうに笑い声を上げる。
「そうだ、彼らには既に伝えてある。反攻の時期は近い、連携を執れるようにしておいてくれ」
「はっ」
それで話は終わりだった。ケスラー、アイゼナッハ、ミュラー、キルヒアイスか……。確かに彼らの艦隊は一個艦隊に満たない。ケスラー、アイゼナッハ、ミュラーが約五千隻、キルヒアイスが二千隻程だ。反乱軍に当てるには戦力として劣弱に過ぎる。誰かの艦隊に付属させるというのは分かるが全員を俺の所にか……。キルヒアイス少将は元帥閣下御自身の傍に置きそうなものだが……。喜びよりも困惑の方が大きかった。
自分の部屋に戻り皆にその事を告げると口々に“おめでとうございます”と言われた。
「これで提督が名実ともにローエングラム元帥府の№2ですな」
「その通り、指揮下の兵力は三万隻を超えます」
グレーブナーとオイゲンが声を弾ませて喜んでいる。俺が№2? どうもピンとこない。
「俺はそんなものはどうでもいい。ただ俺の艦隊を宇宙最強の艦隊だと証明できればな」
俺の言葉に皆が笑いだした。失礼な奴らだ、顔を見合わせて笑っている。そんなにおかしなことを言ったか?
「そうはいきません。元帥閣下は提督に大部隊を指揮するだけの力量が有ると見ておられるのです。次の戦いでは提督に大きな役割を任せるつもりなのでしょう。その期待に応えなければ……」
「……」
ディルクセン、卿の言う事は分かる。分かるがな、どうにも納得がいかん。卿、無理に俺を納得させようとしていないか?
「おそらく元帥閣下はビッテンフェルト提督に御自身の副将としての役割を期待しているのだと思います」
「副将? 俺にか?」
「はい」
「うーむ、元帥閣下の副将か……」
ヴァレンシュタインの言う通りなら名誉な事だ。元帥閣下程の方の副将とは……。
「分かった、名誉な事だな、そして責任重大でもある。期待に応えなければ……」
おい、お前達、そうも露骨に嬉しそうな顔をするな。何となく面白くないじゃないか。
「早速だがケスラー提督達を呼んでくれ、話をしたい。それとヴァレンシュタイン大佐、さっきの決裁の残りを片付けてしまおう」
「はい」
元帥閣下の副将か……。責任重大だな、と決裁をしながら思った。大丈夫だ、俺は俺の出来る事をすれば良い。俺には頼りになる部下達が居る。俺の足りない部分は部下達が補ってくれるだろう……。
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