儚き運命の罪と罰
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第二章「クルセイド編」
第十八話「少女の激情」
前書き
作中の非殺傷設定の説明や仕組みについてはオリジナルです。
「「デモンズランス!!」」
そう言って投げられた漆黒の槍は、魔法生物を串刺しにして葬り去った。
それを見て取ったリオンは素早く着地の体勢に移り音も無く降り立って息を吐く。その動きには何の陰りも無い。
「すげえ威力だな」
それを見たエレギオはそう呟いた。肩にライフル……ドラゴンソウルを担ぎながら。
一方褒められたはずのリオンはニコリともせず寧ろ不気味そうに自分の足を眺めていた。
「……スプーキー」
「ああ、OKだ、じゃあ魔法生物回収するぜー」
そう言ってその死骸を巨大なアームで摘み上げた。スプーキーお手製の自動機械だと言うがその力はリオンが時の庭園で見たそれを上回るものだった。技術者としてはあのプレシアよりも優秀だとリオンは睨んでいる。そう言うとアフロに手を突っ込んで「いやーそれ程でもー」等と口にした、リオンもシャルティエもイラッと来て一撃加えたのはつい先日の事である。
「それでデータは取れたのか?」
その言葉を聴いて会心の笑みをした物がいた。
「バッチリっす。晶術の波長、認識できたっすよ」
晶術の波長、コレを調べる事がリオンとツァーライト一味がこんな魔法生物しかいない様な次元世界に来て狩猟紛いの事をやっている最大の理由だった。会心の笑みを浮かべたモールはそのまま魔力無しでも使えるデバイス……IDEALを片手に見かけ通りの素早さで次元船マルチネスに向かってダッシュした。ちなみにこのIDAELはリオンが同盟を組むに当たって直ぐにスプーキーに見せびらかされた物だったが次元世界の住人ですらなく、魔法についてもフェイトから少しは教えてもらっているとは言え素人同然のリオンではその発想の凄まじさにはなかなか気が付けるものではない。
リオン以外の人……例えばクロノが見たらその余りの画期的な発想に絶句したかも知れない。「魔力を充電する……だと!?」とか何とか言って、速攻でスプーキーを連行していくだろう。忘れてはいけない、すっとぼけていても彼らは犯罪者だ。それもS級の。
「で、どうだったんだその波長は?」
エレギオが耳を穿りながらモールに言った。
「大方の予想通りっすね、魔力と波長が似てるっす」
そしてニヤリと笑いながら続けた。
「これなら非殺傷設定も付加できるっすね」
非殺傷設定。リオンからしてみたら画期的な、シャルティエからしてみれば眉唾物のシステムだった。そしてそれの搭載が同盟の条件だったのだ。エレギオはその賞金、4億ドルという数字が示す凶暴性とは反対に基本的に不殺を心情としている犯罪者なのだ。無論『可能ならば』であって『決して殺さない』ではないが。それを果たす為には非殺傷設定は必要不可欠だ。
ところがここで一つの問題が発生する。
非殺傷設定は次元世界共通の技術であるが、リオンは生憎その住人ではない。異界の技術である晶術にそんなシステムは盛り込まれていないし、如何に優れた技術者が揃っていようと稀代の大天才ハロルド・ベルセリオスの発明品たるソーディアンをいじくる事などできる筈もない。それこそ気の遠くなるような時間がかかってもレンズの無いこの世界ではシャルティエに非殺傷設定を付加する所かシャルティエが喋るメカニズムすら解明はできないだろう。あわや八方塞がりかと思われたその時スプーキーはある事を言った。
「どうしてシャルティエさんの声は魔道士なら聞こえるんすかねえ?」
そこからある仮説が立てられた。『シャルティエの声は念話に近いものでは無いか?』
つまり魔法と晶術は近い力なのではないかと言う推測だ。そもそも非殺傷設定とは魔力を武器や攻撃に作用させて無害化する、例えるなら剣の刃を潰すと言う事である。魔法同士で殺傷できる層を無害化する層で持って覆い魔力弾なら着弾時に無力化すると言うメカニズムなのである。
これは魔法でなく普段我々が口にしているコーヒーでさえ同じ様な事が言える。砂糖を大量に入れた層とそうで無い層……つまりは濃度によってコーヒーはコップの中で層を作る事がある。簡単な話それと同じだ。非殺傷設定は魔力を濃度ではなく、性質で分ける事によって引き起こす言うならば化学反応なのだ。もし魔力と晶力が近いものならば、その応用で非殺傷設定も組めるのではないか……二人の天才はそう考えた。
「コレで良いのか、エレギオ・ツァーライト」
「ああ充分だ。戻ろうぜアジトに」
言い終わるや否や、少し離れた所にドラギオンが着陸した。開いたハッチからジャックが手を振っている。最初は外見でもその性格でもなく普通にドラギオンに乗るのをリオンは渋っていたのだが乗ると嫌でもジャックの操縦者としてのセンスが飛び抜けた物であると悟った。無論そういう補助もあるのだろうが、傍から見ると肝が冷えるアクロバティックな飛行をしているのにも拘らず中は恐ろしく安定しているのだ。リオンも全く酔わない。また中は外見で予想できるよりも広く、乗り心地が良くて度々驚かせることとなった。
「ドラギオン、離陸」
その声を聞いてからしばらくたって、エレギオがリオンに窓の外を見るよう促した。
「……マルチネスだな」
向こうからも手を振っているのが見える。ある意味「漆黒の翼」を思わせるような連中だが関係は勿論無い。
「ククッ、あいつら和むぜー」
その中でモールとスプーキーが取っ組み合いを始めたのを見てエレギオは笑った。彼等のほうの操縦は自動運転にしてあるのでああやって喧嘩してようが何してようが問題ないらしい。リオンからしたら和むも何もあった物じゃないが。今もエレギオの首をシャルティエの射程からは決して外してはいない。
「………フン」
「ありゃりゃ、つれねえの。サンドウィッチでも食うか?」
「貰おう」
口に含んだそれはリオン好みの甘い蜂蜜のサンドウィッチだった……だが残念な事にその香りだかい味も戦場にいる気分では美味しく味わえなかった。その一方エレギオは欠食児童のようながっつきぶりだった。
--------
「……………………」
アジトに戻ったリオンはある部屋の前で硬直していた。その顔からあふれ出る不機嫌オーラ足るや最高潮に達していてシャルティエもおいそれと発言できないレベルである。
リオンが戦場にいる気分だった理由………勿論ツァーライト一味の中にずっといたからと言うのもそうだが………一番はコレだろう。そのドアの向こうに今寝泊りしているのは魔法少女一人とその使い魔一匹だ。
「フェイト、いるか?」
「リオンさん?ちょっと待ってて、今開けます」
そう言って本の数秒後、ドアが開いてリオンが見たフェイトの顔はこれ以上無いほどの完璧な笑顔だった。元々顔も良いフェイトがそんな顔をしている今この世の男全てが惚れてしまいそうな笑顔だ。良い笑顔、と言えるだろう。
人は特に何があったわけでもないのにそんな笑顔をする事はできない。
「この馬鹿!」
次の瞬間リオンは平手をフェイトの頬に叩きつけていた。悔しかった、こんなにも年齢が二桁にもならない少女が心配させまいと普通に振舞おうとするのを見るのが、それに付き合って無理やりにニコニコ笑う使い魔を見るのが、
そしてなによりもそういう顔しかさせられない自分がリオンはたまらなく悔しかった。
「リオンさん?」
叩かれたのにまるで何事もなかったのかのように自分の名前を呼ぶフェイトも
「な、何するんだよアンタ……」
誰よりも敬愛する主人が叩かれたのに何時もの威勢で怒鳴ることをしないアルフも
「貴様は何をそんなに怯えているんだ」
そして何よりこんな時でも何処か平常心を保っている自分が気持ち悪くて、悔しかった。
「怯えて……?私そんな事何も」
「……じゃあどうしてお前は目の下に泣いていた後があるんだ?」
「ふぇ……」
半ば呆然といたようにフェイトは自分の目元へ手をやった。よほど念を入れてふき取ったのだろう、リオンはそんな物見つけてはいない。ただカマをかけただけだ。だがそうやって無い涙をふき取ろうとするフェイトは何よりも癇に障った。
「お前は何で泣かない?」
彼女は泣かなくてはいけないのだ。プレシアの為に、母から拒絶されたと言うショックで泣かなくてはならない。あれほどに慕っていたプレシアから最後の最後まで拒絶されたフェイトは涙を流さなくてはならない。せめて人並みにでも悲しまなくてはならない。
お尋ね者された時だってそうだ。聞いたときには取り乱したが翌日にはもう冷静さを取り戻していた。それは『良くできた子』では済まない事だ。世界からも拒絶されたと言うのに、彼女はまだ偉大な傑物でも大悪党でもないのに。
フェイトは俯いた。
「………わ・・な・よ」
「なに?」
「リオンさんにはわからないよ!!」
幼い手で、拳を握り締めるのが見えた。
「そんなに強いリオンさんには、私の気持ちはわからないよ!」
「なっ…」
それは最後の時プレシアが上げた声ととても良く似ていた。リオンも思わず気圧される様な激情の叫び。
「私は母さんの娘でいたかった!母さんが後もう少しで死んじゃう事も知ってたけどそれでも良いって思った!
母さんと一緒に過ごせるなら他に何も要らない思ったんだ!誰に偽者って言われても私は私だって言えたんだ!」
その傍で、アルフもバルディッシュもひたすらに沈黙していた。彼女たちもわかってはいたのだろう主人の凄まじく深い悲しみに。だが彼らは同時にこんな彼女を見たくなかったのかもしれない。
「私すっかりいい気になってた、リオンさんの警告も聞かないで
もしかしたら母さんは何か理由があって私を痛みつけてるんだって思ったから、
時の庭園の資料を見に行ったんだ!覚悟なんか何もできてなかったんだ!
今だって、どうして私に教えたのって思ってるんだ、あんなことなら知らないままのほうが良かった!」
「フェイト…お前は」
「止めて!聞きたくない!」
フェイトは机の上に乗せてあったバルディッシュを握って外へ出て行ってしまった。
どっと疲れたリオンはフェイトの部屋だと言うのも構わずにドサッと椅子に腰をおろして溜息をついた。そんな彼を見てもアルフは責めようとすらしない。むしろ彼女も少し怯えたようにリオンを見るだけだった。
「良いんですか坊ちゃん、追わなくて」
リオンもまた、シャルティエのその声に答えることができなかった。
--------
「どう、してっ!」
逃げるように部屋を飛び出したフェイトも解ってはいた。今の自分の態度が『逃げ』でしかない事を。だがそれでも今彼の前にはいたくなかった。激情が胸を支配する中エドワードの制止する声すら振り切ってひたすらに走った。
フェイトは年の割にはとても聡明だ。もう一端の大人と扱っても良い位に。
だからフェイトは言葉でこそ表せないが本能的な部分では解っていた。人間と言うのは愚かな生き物だ。苦しければ苦しいほど、愚かな自分から目を逸らせば目を逸らすほど、愚かになる。それを知っていた。だからこそ理解できてしまう。現状と……自分が唯のクローンで母からは終に受け入れられなかった事を認めなくてはならないのだと解ってしまう。それがどうしようもなく悲しかった。
聡明では有るがフェイトがまだ九歳の女の子なのだ、そんなことを「はいそうですか」と受け止めるなんて残酷な事は本来『しなくてもいい』事でさえある。そういう意味で恐ろしいほどに世界は不平等なのだろう。少なくともフェイトには優しくない。
「リオンさん……」
嫌いでは無い。寧ろ好きな人間だ。その強さには憧れるしぶっきらぼうな優しさはアルフやバルディッシュやリニスとも違う安らぎを彼女に与えてくれる、兄と言う存在を知らないフェイトだったがまさしくフェイトはそんな感情をリオンとシャルティエに持っていた。だが、自分と同じ。そう考えるには余りに彼等は強すぎた。
「サー……」
「ごめんバルディッシュ……今は黙ってて」
強い人間の言う事は正しい。そして弱い人間は間違いを犯す。だからこそ今はフェイトは認めたくなかった。自分でも愚かだとわかるような願い「母さんはきっと生きていて自分はまだ娘でいられる」と言う考えを否定して欲しくはなかった。そしてリオンはきっと……いや、間違いなくそれを否定してしまうだろう。それが堪らなく怖かった。
「……うっ、ううう」
堪えていた訳ではない。ただそれを流したら記憶と共に流れ出てしまいそうだと思っていたのかも入れない。悲しみが粒となって目から落ちていく。もう限界だった。
「うぐっあっ。か、あさん………母さん……あああああああ」
……あの後プレシアが自ら虚数空間に身を投げた事をフェイトは知らない。救いが有るとすればその位か。
そしてこの世界は、何処までもフェイトに優しくなかった。
「……大きな魔力だな」
泣きじゃくるフェイトを見ながらそう呟いた者がいた。
「だ、れ?リオ、ンさん?」
歯噛みする気配がした。そして結界が張られる、そこでフェイトは漸く気付けた。敵襲なのだと、そして自分が今どういう立場なのかを。世界は彼女が落ち着いて悲しむ事すら許さなかった。
凄まじい剣閃がフェイトに幾重にも襲い掛かる。即座にバルディッシュを起動して避けるまでは成功した、が。
「なんて切れ味……」
その剣閃はその周りに立っていた木々を容赦なく薙ぎ倒した。それは防御の薄いフェイトでは到底耐えられない威力を示していた。強者の気配がフェイトの神経を刺激する。再び剣閃が弧を描いてフェイトに襲い掛かった。
「サー!!」
これほどの敵と戦えるほど、フェイトはまだ冷静ではない……そう判断したバルディッシュが逃げるように指示をしようとした。だがフェイトはバルディッシュの予想を遥かに超える行動に出た。
「何をするんだ……」
フェイトには決して似合わぬ憎悪に満ちた眼差し。謎の剣士もその眼光には一歩引いた。
「サー!?」
冷静沈着を地で行くバルディッシュも流石に焦り声を上げた。確かにその声には迫力もあるし気持ちも強い。普通なら歓迎すべき事なのにそれでもバルディッシュが焦り声を上げるのは何故か、
フェイトは今、自分の悲しみを全て叩き付けようとしているのだ。バルディッシュには自分が振るわれるだけで主が今どんな状態なのかわかってしまう。気持ちでは強いはずのその攻撃は到底美しいとは言えない軌道を描いて謎の剣士に襲い掛かった。
「おおおおおおお!!!」
当然そんな無茶苦茶な軌道では当たるものも当たらない。せめてフェイトが冷静ならマトモな攻撃を……いや、それ以前に一当てして逃走と言う選択肢をバルディッシュに言われるまでも無くとっただろう。フェイトは教えに忠実な生徒で彼女に魔法を教えた教師はそう教えていたはずなのだ。
「そんな無茶苦茶な攻撃では私には当たらないぞ」
「五月蝿い、どんな戦い方をしようと私の勝手」
フェイトの眼光に若干の怯えを見せた敵も直ぐに冷静さを取り戻したのか再び剣を振るい始めた。一合、二合と斬り合いが始まる。だが言うまでも無く圧倒的にフェイトが不利だった。謎の剣士の振るう剣は重く、確実にフェイトの体力を奪って行く。その事がわかっているのかフェイトの顔にも焦りが見え始めた。
「勝手、か。まあ良いだろう、私は今それで助かっているんだからな」
「ぐっ!?」
再び剣を振りかぶって一閃。今度もフェイトはそれをバルディッシュで受け止める。鈍い音と共にフェイトの細腕は悲鳴を上げる。今の彼女は持ち味のスピードを生かそうとすら考えてはいない。地力がどうこう云々以前の問題だ。これでは勝負にもならない。
「サー!逃げましょう、今の貴方じゃ無理です!」
「ハァ…ハァ…黙ってって、言ったよね。バルディッシュ」
「サー!?」
よもやバルディッシュの忠告にも耳を貸そうとしない。なのに戦意だけは体から溢れるように出ていて……いや、これはもう戦意ではない。狂気だ。それも本当に純粋な、怒りも何も無い狂気だ。狂気と嵐のような激情が彼女を支配していた。
「愚かな……」
そんなフェイトを見て剣士は寧ろ哀れむような声でそう言った。
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