幻想甲虫録
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
魔法の森のチンピラ
鎧凰丸がオズワルドを倒し、夫がウスバクワガタに殺された翌日のこと。赤い帽子と洋服を身につけた1人の少女が魔法の森の中を歩いていた。
彼女はプリズムリバー三姉妹の末っ子にしてキーボードの演奏を担当する『リリカ・プリズムリバー』、種族は姉と共に騒霊。リリカは魔法の森の中を歩く足を止めると、あることをポツリと呟いた。
リリカ「そういえば私………ここで日花に助けてもらったっけ……………」
足を止めたリリカは魔法の森を見渡しながら、ある2匹のチンピラ甲虫に襲われたことを思い出していた。
遡ること数週間前、ソウゴが2代目ムシキングになると言い出す前の出来事………リリカはある甲虫に呼ばれて魔法の森へ来たのだが。
リリカ「あの虫さんが言うにここっぽいけど、ここに何かあるのかな?何もないように見えるけど……」
???「やいコラ、そこのお前!オメェだよ、そこのお嬢ちゃん!」
リリカ「へ?もしかして……私?」
???「そうだ、テメェだよコラ!!ここにはテメェしかいねぇんだ!!俺たちの縄張りに何しに来やがった!!」
振り向くと、大木には声の主であろうメンガタカブトがしがみついていた。だが彼だけではない、他にもリリカを呼んだと思わしきサビイロカブトがメンガタカブトと同じ大木にしがみついている。
メンガタカブトとサビイロカブトは自分たちが大木から飛び降りると、ソウゴたちのように巨大化。リリカの前に立ちはだかる。
サビイロカブト「ねえメンガタ、あいつだよ。君のことバカにしてた女の子」
リリカ「へ?何言ってるの?てか、あなたたち誰?」
理解できないまま名前を聞こうとする。するとメンガタカブトがグイと顔を近づけてきた。
メンガタカブト「は~ん?俺のことを知らねぇ奴がいるたぁどんだけ鈍感なんだ?まあいい、耳ン中かっぽじってよ~く聞きやがれ!甲虫界の喧嘩番長、メンガタ様たぁ俺のことよ!!」
サビイロカブト「そして僕はサビー。よろしくね~」
安直すぎる名前に思わず吹き出しそうになったリリカ。それが火に油を注ぐ羽目になってしまい、メンガタにさらにグイと顔を近づけられ、睨まれながらこうすごまれた。
メンガタ「テメェ、今笑っただろ……?笑ったよなぁ……?この甲虫界の喧嘩番長をバカにするたぁいい度胸じゃねぇか………!」
リリカ「え、ちょっと待って。ねえ、ホントに何言ってるの!?私別にバカにしてないし、第一初対面でしょ!?」
サビー「ほらほらメンガタ。あの目。君のこと虫ケラみたいな目で見てるよ~」
メンガタ「ほう、やっぱりバカにしてんじゃねぇか!俺に楯突くってこたぁ、ボコられてもいいってことだよなぁ!?」
リリカ「へ?ちょ、何を!!」
ソウゴと同じダゲキ技、ローリングスマッシュでリリカを殴ろうとするがかわされた。
それを見計らっていたかのようにサビーがニヤリと笑う。
サビー「かかったね。食らえ、『ダンガン』!」
リリカ「イタッ!」
夫の肩を貫いたウスバクワガタのものより威力は劣るものの、きりもみ回転しながら体当たりするサビーに直撃したリリカは近くの木に激突。そのまま崩れ落ちた。
崩れ落ちたリリカにサビーはニヤニヤしながら近づいてきた。同時にメンガタもリリカを攻撃しようとジリジリと寄ってくる。尻餅をついたまま後ずさるリリカ。
サビー「いや~、君が来てくれて本当によかったよ。いじめ甲斐のある奴がいないか探してたトコでね~」
リリカ「な…何言って…」
サビー「君は見るからに騙されやすかったんだもん。まあ、恨むなら僕たちじゃなくて騙された自分を恨むんだね……アッハハハハハハハ!!」
メンガタ「ギャハハハハハハハハハ!!お前のそのかわいい顔、アザだらけにしてやるから覚悟しなぁ!!」
2匹の笑い声が魔法の森に響いた。その隙にリリカは震える足で立ち上がると、すぐにメンガタとサビーの前から姿を消した。
笑うのをやめた時には魔法の森から脱出しようとおぼつかない足取りで全力疾走するリリカの姿があった。
メンガタ「おい逃げんな!!」
サビー「逃げられると思ってるのかい?」
せっかく見つけた獲物だ、絶対に逃がさない。
共に羽を広げると、逃げるリリカの後を追っていった。
一方、リリカはメンガタとサビーから逃れるため、魔法の森から脱出しようと半べそで疾走していた。
森の奥には出口である光が差していた。
リリカ「嫌だ…嫌だ…!誰か助けて………!ルナ姉……メル姉……フォルテさん……奏……!」
背後から不気味に聞こえる大きな羽音がリリカをさらに恐怖で煽っていた。早くなる鼓動、込み上げる吐き気。だがここで足を止めれば最悪な結末が降りかかる。
足がだんだん思うように動かなくなってきた。しかし出口へと続く光がどんどん大きくなっていく。リリカと出口との距離はどんどん縮み、あと10メートル、9メートル、8メートル……もう少し、もう少しだ。
同時にリリカを追う2匹の甲虫も彼女との距離がどんどん縮んでいた。リリカに暴行したくてたまらないメンガタ、にやけるサビー。
リリカ「!!」
なんという災難か。出口まであと5メートルというところで石につまずいた。
転倒したところをあっという間に追いつかれた。顔を上げると、出口を塞ぐようにメンガタとサビーが立ちはだかっていた。
メンガタ「もう逃がさねぇぞ……ボッコボコにしてこのメンガタ様に逆らえねぇようにしてやる……!」
サビー「そうそう、念入りにね?」
リリカ「い………いや………お願い……やめて………!来ないで……!」
絶体絶命。万事休す。これから起こる最悪なことを想像し、思わずこんなことを言い放った。
リリカ「お願いだからやめてよ!!こっちに来ないで!!このゴーカン虫!!変態!!痴漢!!私を痛めつけて【自主規制】とか【自主規制】とかするつもりでしょ!?」
サビー「は?君、何言ってんの?ねえメンガタ、なんかあの子変なこと想像してない?」
メンガタ「知るか!いや待てよ……?」
リリカの口から飛び出した3つの言葉『ゴーカン』、『変態』、『痴漢』。一度サビーに怒鳴ったメンガタだが、改めて考え直すと、自然に気色悪い笑みが浮かんできた。
メンガタ「………ゲヘヘヘヘヘ、こいつァいいや。グレートだぜ、こいつァ。このメスは俺たちの縄張りに入ってきやがったんだ。そういうことをするのもあり―――――」
???「待ーて待て待て待て待て、待てぇい!」
リ・メ・サ「「「!?」」」
リリカの背後から別の声が聞こえてきた。まさかこいつらの仲間?リリカは恐る恐る振り向いた。
メンガタ「な、何だ何だ!?」
彼女の背後にいたのはどこからともなく現れたカブトムシ、ゴホンヅノカブトだった。だがゴホンヅノカブトにしては前翅がいぶし銀に染まっている。見たところクロゴホンヅノカブトでもなさそうだ。
いぶし銀のゴホンヅノカブトが目を向けているのはリリカではなく、メンガタとサビー。どうやら彼らに用があるようだ。
いぶし銀のゴホンヅノ「お前ら、女の子に手を出そうなんてこの俺っちが許さねぇ!」
サビー「あれぇ?君よく見たらタイゴホンヅノか。ていうか君、日花じゃん!」
メンガタ「あ、ホントだ。また俺たちの邪魔しに来やがったのか!うぜぇんだよ!」
日花と呼ばれるタイゴホンヅノカブト。敵ではなさそうだ。
そしてメンガタとサビーのようにまばゆい閃光が全身を包んで巨大化すると、リリカを守るように彼らの前に立ちふさがる。
日花「お前らはこの日花様が相手してやんよ!逆にお前らに吠え面かかせてやる!」
サビー「僕ちゃんたちに勝つって?無理無理!僕ちゃんとメンガタは―――――」
日花「先手必勝!!『ヘッドスピンラッシュ』!!」
逆立ちしながら回転して突進するダゲキ技『ヘッドスピンラッシュ』。言い終わらぬうちに日花はすぐさまそのダゲキ技を食らわせにサビーに襲いかかった。
とどめに強烈な一撃を食らったサビーは魔法の森の外まで吹き飛ばされた。
メンガタ「サビー!」
日花「どうでぃ!俺っちの技は!」
サビー「イッタタ………日花のくせに生意気な………!」
メンガタ「テメェ……人の話を無視してサビーに攻撃するとかいい度胸じゃねぇか!!」
リリカ「危ない、避けて!」
日花「え?って、ヤッベ!『アクセルグライド』緊急回避バージョン!」
羽を広げ、メンガタの突進を素早くかわした。もしあの時リリカに声をかけられていなければ、ハサミ技を食らっていただろう。
さて、突進をかわされたメンガタはというと。
メンガタ「と、止まれねぇ!?おいサビー、そこどけぇ!!」
サビー「え?」
ゴッヂイイイイイイイイイイン
突進をかわされた上、サビーにも正面衝突してしまった。それだけならまだマシだったものの、彼らは互いに顔をくっつけていた。
メ・サ「「……………!//////」」ブチュウウウウ
正面衝突したはずみでキス。この場にある恋愛煩悩なサタンオオカブトがいればさぞ歓喜をあげていたであろう。
メンガタ「サビー!!よくも俺様の唇を奪いやがって!!」
サビー「わ~ん、わざとじゃないのに~!!」
日花(うげぇ………あいつらそういう関係なの?吐きそう………)
この光景を見た日花は引いていた。戦いを放り出したメンガタは激昂しながらサビーを追いかけていった。
彼らの姿が見えなくなったことを確認すると、リリカの方に目を向け、心配そうに優しく声をかけた。
日花「なあお嬢ちゃん、大丈夫か?」
リリカ「う、うん………えっと…あなたは?」
日花「俺っちか?俺っちは日花ってんだ。お前は?」
リリカ「…リリカ。リリカ・プリズムリバー」
日花「リリカか。もう安心しな、俺っちがお前を守ってやるよ。俺っちは―――――」
次の言葉を遮るように、リリカはこう言って日花に笑顔を見せた。
リリカ「うん。私を助けてくれた虫だよね。お願い、どうかこれからもそばにいて!」
日花「え!?これからもそばに!?………お、おう、任せとけ!この日花様にできねぇこたぁねぇ!」
その日から日花はリリカを守るため、彼女のパートナーになった。
時々衝突しながらも、リリカは日花と共に過ごしていった。
そして今に至る。数週間前の出来事を隅々まで思い出し、気づけば彼女は魔法の森の奥まで来ていた。
愛用のキーボードの鍵盤に指を置き、やがて魔法の森にキーボードの美しい音色が響き渡る。
リリカ(…………ホント、日花が助けに来なかったら今頃大変なことになってたかも。あの2匹はもう二度と私を狙ってこない。それにここなら誰も来ないし、ゆっくり練習ができる―――――)
日花「おーい、リリカー!」
遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。少しぎょっとするも、声の主が日花であることにそんなに時間はかからなかった。
リリカ「日花!?私、1人で出かけるって言ったよね!?」
日花「はぁ!?何言ってんだよ!?1人で行くって…しかもここ、あいつらがいた場所じゃんか!そう言ってくれれば俺っちもついてくのに!」
リリカ「大丈夫。だって日花が私を助けてくれるんでしょ?」
日花「そう思うなら次から俺っちも呼んでよ!?心配させんなよ!」
だが………日花の悪い予感がここで当たり、さらにリリカの身に最悪な事態が起こるとは思ってもいなかった。
ページ上へ戻る