モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜
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特別編 追憶の百竜夜行 其の十二
アダイト達と大物リオレイアの死闘も、すでに最終局面を迎えていた。6人の主力メンバーによる総攻撃は「反撃の狼煙」にヤツマの演奏効果も加わり、より高い威力を発揮している。
全ては、ここに英雄がいたのだという証を立てるために。
「年長者として、まずは我々が小僧共に手本を見せてやるとしよう。仕掛けるぞ、カツユキ!」
「言われるまでもないわッ!」
その先陣を切るのは、主力メンバーの中でも年長者であるレインとカツユキ。レインのハンターライフルが火を噴くと同時に、カツユキは己の肉体そのものを弾丸とするかの如く、猛烈な勢いで突進を仕掛けていた。
真っ向から矢面に立ち、雌火竜目掛けて猛進するカツユキの大楯に、巨大な猛炎が直撃する。だが、その高熱に晒されても彼の勢いは全く衰えることなく、リオレイアの巨躯にパラディンランスを突き立てていた。
「悪くはない焔だが……その程度で某の盾は貫けぬぞッ! 渾身、一擲ィッ!」
「さすがだな、カツユキ……それでこそ、私が惚れ込んだ男だッ!」
リオレイアの猛炎をものともせず、カウンターの大槍を突き込み鮮血を浴びるカツユキ。その勇姿を称賛するレインの弾丸が、雌火竜の片目を潰していた。
予期せぬ激痛に絶叫を上げ、さらに激しく猛炎を吐き散らすリオレイア。その暴走はハンター達の予測を超え、戦域から離れようとしていた里守達にも被害を及ぼしていた。
「うあぁああッ!」
「おい、大丈夫か!?」
猛炎に巻き込まれた里守の1人が、灼熱に苛まれのたうち回る。そんな「手負い」にとどめを刺そうとする雌火竜の眼前に、大楯を構えるナディアが立ちはだかった。
「……させませんッ!」
大楯を傘にして火炎放射から里守を守る彼女は、視線をリオレイアに向けながら豊満な胸元に手を入れると、回復薬を取り出し片手間で飲ませていく。しかし雌火竜の火炎による火傷はかなりの深さであり、通常の回復薬だけでは足りないようであった。
「ナディア、これだけでは足りん! 回復薬グレートが必要だぞ!」
「ならばこの場で調合します! ハチミツください!」
「心得たッ!」
共に大楯を構えて里守を守っているカツユキからハチミツを受け取ると、ナディアは回復薬入りの瓶にその液を落とし、回復薬グレートを調合する。それを飲むことで、里守もようやく意識を取り戻し始めていた。
「……いつまで攻める側にいるおつもりですか。『狩り』をしているのは、私達の方ですッ!」
その快復を見届け、胸を撫で下ろしたナディアは鋭い眼差しで、リオレイアの方へと向き直り。火炎放射が止んだ瞬間を狙って、討伐隊制式銃槍の切っ先を向けると――怒りを込めた渾身の竜撃砲を撃ち放つのだった。
火炎放射の意趣返しとばかりに、大顎に痛烈な一撃を叩き込まれた隻眼の雌火竜は、憎悪に満ちた凶眼でナディアを射抜く。だが、彼女という「姫君」を守る紫紺の「騎士」は、すでにその懐に入り込んでいた。
「……ナディアを殺ろうというのであれば、まずは俺が相手になるぞ」
ガルルガシリーズの防具を纏い、颯爽と滑り込んできたレノの鬼斬破は。鮮やかな弧を描いてリオレイアの両脚を切り裂き、その巨躯を転倒させている。
そこからさらに、瞬きする間もなく。流水の如き刀捌きで雌火竜の全身を切り刻み、最後には尻尾まで斬り落としてしまうのだった。
すれ違いざまに、忌々しげに自分を睨むリオレイアと視線を交わしていた彼は。普段と変わらない怜悧な面持ちのまま、こめかみに青筋を立たせている。
「……挑発的な目はやめておけ。俺はこう見えて、気に食わん奴には容赦がないタイプだ」
訓練所時代から、アダイトやディノにも並ぶ成績優秀者だった彼の剣技は、実戦を重ねるに連れてさらに冴え渡っていたのである。そんな彼も、ヤツマの献身には敬意を評していた。
だからこそ。そんな彼を跳ね飛ばした挙句、嘲笑うような咆哮を上げていたリオレイアにも、静かな怒りと殺意を燃やしているのだ。
その闘志を宿して唸りを上げる、気刃斬りの乱舞。それを目の当たりにしたナディアは、同期達の中でもトップクラスの剣技に息を呑む。
そんな彼女が、ランスよりも真っ直ぐなレノの眼差しに射抜かれたのは、その直後だった。
「レノさん……!」
「ナディア。お前がアダイトのように……常に、誰かを守るために戦い続けるのであれば。俺は、そんなお前を守る剣となる。今はそれだけが、ヤツマの覚悟に報いるただ一つの道だからな」
「そ、そういうキザなセリフを真顔で言わないで頂けますか!?」
「……? キザかどうかは知らんが、俺は本気で言っている。へらへらしながら真剣な話をする奴などいるものか」
「もうっ……アダイトさんといい、殿方は良くも悪くも変わらない人ばかりですわっ!」
口説いているような文言を照れもせず、真剣そのものといった表情で言い放つレノの天然ぶりは、今に始まったことでもないのだが。訓練所時代から、その真摯な貌に心を揺さぶられてきたナディアは、頬を赤らめながらため息をついている。
「相変わらずお熱いねー、あそこのお2人さん! ……じゃあアタシはアツアツなカップルのためにも、お邪魔な奴を仕留めてやるとしますかッ!」
その様子を上空からニヤニヤと見下ろしながら、翔蟲の力で颯爽と空中を舞うカグヤは――ヒドゥンブレイズを振り上げ、リオレイアの片翼を狙い急降下していく。
「アタシの修行の成果、あんたで確かめさせてもらうよッ! どりゃあぁあぁあッ!」
その叫びと共に炸裂する、渾身の溜め斬り。彼女の全力と大剣の質量を乗せたその一撃は、上空から火炎で一掃しようと企んでいた雌火竜の翼を破壊し、大地に叩き落としていく。
それは、翔蟲が使えないアダイトに攻撃のバトンを繋ぐための「サポート」でもあった。
「決めてやりな、アダイト! コイツを倒して未来を切り開く……それがあんたの、役目でしょッ!」
「ああッ! ……オレ達全員の力なら、この群れだって打ち破れる! その証を、ここに立てるんだァッ!」
翼をもがれ、地に落とされたリオレイアはもはや半死半生。決着を付けるなら、今しかない。
アダイトはバーンエッジを振り上げ、雌火竜の頭部目掛けて一気に飛び掛かる。だが、1人でも道連れにしてやろうと殺意を露わにするリオレイアも、大顎を開き至近距離での火炎放射を放とうとしていた。
「させるかぁあぁあぁッ!」
「――! ウツシッ!?」
それを発射直前で阻止したのは、ウツシが操るバサルモスの熱線だった。「主人」の想いを表現するかの如く、灼熱の閃光は真横からリオレイアの大顎を撃ち抜いていく。
並の個体なら即死している威力だ。しかし大物の雌火竜はその一撃でも沈まず、突っ込んでくる岩竜の首を瞬く間に食い千切ってしまう。
「うおぉおぉッ!」
その衝撃で投げ出されたウツシは、翔蟲で受け身を取る間も無く、再び岩壁に叩き付けられていた。だが、傷が開き鮮血が噴き出ても、焔を灯したその眼には一片の曇りもない。
「ウツシッ!」
「アダイトッ! 皆ッ! この里を……カムラの里の未来を! 俺達に、勝利をッ!」
「……あぁッ!」
彼が切実に望んでいるのは、カムラの里の平和。そして、その可能性を未来に紡いでくれる、同期達の勝利であった。
そのためならば、死に瀕するほどの傷も厭わない彼の「焔」に呼応するように。雌火竜の眉間にバーンエッジを振り下ろすアダイトに続き、周囲の同期達も最後の一撃を仕掛けていく。
「でぇやぁあぁあぁあーッ!」
やがて、彼らの絶叫が天を衝き。
とどめを刺された「大物」は、断末魔の咆哮を上げ。ついに轟音と共に倒れ伏し、その生涯に幕を下ろす。
「……!」
その瞬間を背中越しに感じ取ったフゲンが、目を剥いた瞬間。「首魁」を失ったモンスター達は突如進路を変え、四方八方へと逃げるように駆け出して行った。
「やりおったのか、ウツシ……! 皆の者ッ……!」
群れを率いる「中枢」を狩られた今、彼らはもはや烏合の衆に過ぎず。どこに向かえばいいのかも分からないまま、この砦から立ち去るしかなくなっていたのである。
眼前に広がるその光景を目にしたフゲンは、歓声を上げることも忘れ、太刀を握る手を震わせていた。自分が見込んだ若者達は、ついにこの災厄を乗り越えたのだと。
「お、終わっ……たッ……!?」
「最後の、誰だ……?」
その完全勝利を齎したのは、アダイトのバーンエッジだったのか。
レノの鬼斬破だったのか。
ナディアの討伐隊制式銃槍だったのか。
レインのハンターライフルだったのか。
カツユキのパラディンランスだったのか。
カグヤのヒドゥンブレイズだったのか。
今となっては、もはや誰にも分からない。ウツシが倒れる瞬間に決まった全員の攻撃は、同時だったのだから。
「……まぁ、いっか」
そんなアダイトの呟きが、結論であった。
誰が仕留めたかなど、どうでもいい。自分達全員が力を尽くして、この百竜夜行に勝利した。分かることなど、それだけで十分なのだと。
「はは……皆、満身創痍だな」
「うるさいなぁ、お前にだけは言われたくないよ」
「……全くだ」
立ち上がれる力さえ残っていないウツシが、乾いた笑みを溢し。それに釣られてアダイトやレノも、苦笑を浮かべている。他の同期達も、同様であった。
「流石にもう……動けそうにありませんわ」
「私もだ……これほど長時間、休まず動き回ったのは初めてだよ」
「情け無い限りだが……某も、しばらくは立てそうにない」
「あははっ……文字通り、全力出し尽くしちゃったもんねぇ」
ナディア、レイン、カツユキ、カグヤ。
「お、終わった……!? はぁあっ、やぁっと終わったんだねぇ……ボク、もう全っ然動けな〜い……」
「ようやったのう、皆……ワイももう、ヘロヘロや……」
「へっ……お前でも疲れ果ててるくらいなんだから……俺らが立ってられるわけ、ねぇか……」
「……もう、限界っ……」
アテンス、シン、ディリス、ユナ。
「や、やったのか……!? へへっ、アダイト達がやったんだな……!」
「あはは……もう俺達も、ヘトヘト……ですね」
「……早く帰って、うさ団子食べたい……」
ドラコ、ゴウ、カエデ。
「レマ……まだ、生きてるか?」
「うッス……! アカシさんこそ、ご無事で何よりッス……!」
「……うふふっ。私達皆、もうクタクタですけど……依頼達成、ですね」
アカシ、レマ、ヤクモ。
「終わりましたの……!? ディノ様、やりましたわ! 私達の勝利です……!」
「あぁ分かってる、無理にはしゃがなくていい。……よく頑張ったな、クリスティアーネ。それに……お前達も」
「ちょっとノーラさん! 全くもう、いつまで寝てるつもりなんですかっ!」
「ふへへ〜……ベレッタひゃんの膝枕、すべすべのふかふかですぅ〜……」
クリスティアーネ、ディノ、ベレッタ、ノーラ。
「……立てるか、カノン。どうやら終わったようだぞ。……俺達はまた、くたばり損ねたらしい」
「そうみたいですねぇ……俺のことはいいんで、ビオさんも休んでてくださいよ。そっちこそフラフラじゃないですか」
ビオ、カノン。
「皆……勝ったんだね。僕もやっと……これで、本当の……仲間にっ……」
ヤツマ。
「ウツシ……間に合ったんだ、良かった……」
「ハッ……あたしのバスターソードも、すっかりボロボロになっちまったなぁ」
「じゃあ、また新しく作ればいいさ。素材集めくらい、俺がいつでも付き合うよ」
「うーん、おアツいねぇ! じゃあそんな2人の将来に向けて、俺から一曲プレゼントしようか!」
「立てる力も残ってないくせして、何言ってるんですか全く……まぁ、私達もですけど」
エルネア、イスミ、ディード、ムスケル、フィオドーラ。
限界以上の戦闘力を引き出す、「反撃の狼煙」の反動なのか。彼ら同期達にはもはや、まともに立てるだけの体力も残っていない。
この未完成の砦を守り抜くために立ち上がった、29人ものハンター達は、とうにその全力を使い果たしていた。
「だ、大丈夫か皆ッ! まだ生きてるよなッ!?」
「酷い怪我だ……とにかく、急いで手当てを! 勝利を祝ってる場合じゃないぞッ!」
「お、おうッ!」
やがて駆け付けてきた里守達の肩を借りて、ようやく地を踏めるようになった彼らは、続々と戦場を後にしていく。歓声を上げる余力すらないまま、若者達は笑顔だけを咲かせていた。
「里長……」
「……ありがとう、ウツシ。そして皆も、よくやってくれた。お前達こそ正しく、この里の未来を照らす希望の焔だ。……俺の眼はやはり、間違ってはいなかった」
己の傷も顧みず、ウツシに肩を貸しているフゲンも。誇らしげに笑みを浮かべ、明けの明星を仰いでいた。
――そのあまりの眩さ故に。彼ですら、気付いていなかったのである。
自分達を崖の上から見下ろしていた、鬼火を纏う怨虎竜の眼光。そして、遥か天空に輝く赫い彗星に。
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