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たぶの木

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第二章

「それが厄介であるな」
「全くです」
「それで我等も困ってです」
「住職にお話しましたが」
「もうあちこちに落書きしているので」
「本当に困っていまして」
「そうであるな、だが仏門の修行ではそうしたことには多少耐えるのもな」
 このこともというのだ。
「修行のうち。拙僧にも悪戯をしておるが」
「それはですか」
「辛抱することですか」
「そうすべきですか」
「うむ、その様にな」  
 こう言ってだった。
 木娘の悪戯は仕方ないとした、しかしこれがだった。
 寺に参拝をしてきて泊まる者達にも及んだ、それでだった。
 住職は遂にこう言った。
「流石に我等だけでなくな」
「はい、参拝に来る人達にも及ぶとなると」
「それならですね」
「ここはですね」
「もう捨て置けませんね」
「拙僧がことを収める、この寺には殿も来られる」 
 寺がある彦根藩の藩主もというのだ、井伊家という幕府でも代々重責を担う立場にある家でありその格はかなりのものだ。
「だからな」
「はい、殿に何かすれば」
「もう笑いごとでは済まされません」
「それではですね」
「その様なことをする前に」
「拙僧がことを収める」
 こう言ってだった、住職は。
 夜にその淡い緑の葉が生い茂り実に太い幹のたぶの木の前に来た。すると娘が出て来て言ってきた。
「やあ住職さんどうしたの?」
「お主の悪さが過ぎるので収めに来た」
 小柄で丸々とした黒髪の娘に言った、娘の服は幹の色だった。
「まして殿に何かする前にな」
「ああ、殿様だね」
「左様、お主も考えておるな」
「殿様のお茶を馬のおしっこにしたりお饅頭を牛のうんこにとかね」
「その様なことをする前にだ」
 住職は怒った目で言った。
「お主を封じに来た」
「封じるってどうするの?私を捕まえられるの?」
「拙僧を侮るな、お主なぞ簡単に封じられる」
「ふうん、じゃあ止めてみてよ」
 娘はそれは絶対に無理と思ってだった。
 木の周りをさながら鬼ごっこから逃げる様に動き回りだした、歳老いた住職にそんなことは出来ないと思った。しかし。
 住職は一歩も動かなかった、暫く立ったまま瞑目していたが。
 やがて目をかっと見開いて言った。
「喝!」
「!?」
 娘は住職のその声に思わず動きを止めた、そしてその隙に。
 住職は娘に高齢とは思えない速さで駆け寄り娘の身体を掴むと娘を背負い投げで木にぶつけた。すると娘は木に吸い込まれる様に消えたが。
 住職は今度は木に突っ込み木に、右の拳を打ち込んでそこから己の法力をぶつけられるだけぶつけた。そこまで終わってだった。
 住職は離れた場所で見守っていた僧達のところに行って話した。
「これでだ」
「木娘は封じましたか」
「そうされました」
「今ので」
「うむ、これでな」
 まさにというのだ。
「全て終わった」
「一気にでしたね」
「喝から木を打つまで」
「そこまで」
「左様、これで娘は封じた」
 木にというのだ。
「まあ数百年は出て来れまい」
「それで、ですね」
「木娘は出ず」
「もう悪戯なぞしない」
「誰にも」
「我等ならまだいいが」 
 それでもというのだ。 
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