| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

幻の旋律

作者:伊能忠孝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三話 十三階段

退屈な学校にはもはや賢治の居場所などなかった。賢治の居場所とは、この闇の地位そして、この第七工事現場である。夕方からここに来て、自分の思い描いた設計とうりの巨大鉄橋が建設されていく、その向こう側には、夕日により赤く染まった有明海を眺めるのが好きだった。

ある一人の男が崖に立ってるのが見えた。
「あの男は!・・」
賢治はその男に近寄った。
「こんばんは!刑事さん・・」
「お!なんで俺の職業が分かったのか・・」
「見れば分かるさ・・・どーぞ・・コーヒーです。」
「おお、・・ありがとう・・」
二人はしばらく話して打ち解けた・・・
「あんたところで、ここの現場監督なのか・・」
「ああ・・そうだ・・」
「全く優秀なんだな・・この年で凄い出世だなうらやませえぜ・・」
「まあ、俺も、この前、巡査部長に出世したがね・・・何者かの情報でね・・
この事は秘密だぜ・・」
「分かってるよ・・そういえば刑事さん、一人でヤクザに乗り込んだんだって!大胆すぎるぜ・・・新聞に記載されていたぜハハハハ」
「俺達は気が合うかもな・・
これは何かの縁かもしれないなハハハハ」
この時、二人は友情が芽生え始めたのであるが会話したのは最初で最後であった。

美香は、夜の街をさ迷い一人でバーに入った。何だか今日は寂しそうである。
「パパ・・・私は、・・あなたの復讐をするためにこの闇の世界に入ったわ・・」
ふと隣を見ると・・・離れた席に若い女の子が座ってる。
「私に似て悲しい目をしてるわ・・・」
美香はこととき、昔の自分を見る気がしたのだ。

すると、木村巡査部長がちかずいて来た。
「おい、君はまだ未成年だろ・・高校生か・・・」
「・・・・」

美香は席を立った。
「あの・・・刑事さんすみません・・この子あたしの妹です!」
美香はいつもの誘惑のまなざしで木村巡査部長を見た。
「ああ・・そうですか・・ハハハでも未成年に酒を飲ませてはいけませんよ。お姉さん・・では・・」

「ありがとうございます・・・」
「高校生なの・・・」
「いいえ、退学しました・・」
「そうなの・・・」
美香はその表情で察した。
「あなた、寂しそうな目をしてるわ・・何かあったの・・話してみなさい」
その子は泣きだした・・
「私、すごく学校を辞めたこと後悔しています・・担任の先生があんなに説得してくれたのにも関わらずに・・」
「その先生私の事すごく可愛がってくれたのに・・あのとき最後に私の家をでる瞬間とても悲しい目をしていました。私は罰が当たったのかもしれない・・あのとき先生の言うことを聴いていなかったそんなことにならなかった。」
「一体、学校をやめて何があったのよ・・」
「闇の連中と付き合い始め・・」
その直後、彼女はけいれんを起こした。
「ちょっと!どうしたの!」
美香はすぐさま救急車を呼びやがて到着、その後、聖マリア病院に連れていった。
診察を終え、医者は言った。

「お姉さんですか?かなり多量の覚せい剤の反応が見られます・・この子は今、眠ってますが・・専門医で治療が必要です。明日にでも転移させます。」

美香は、病院のロビーで、下を向いていた。
「今夜は一人ではいられないわ・・・」
何気なく賢治に電話したのだった。

「美香どうした・・今夜は変だぞ・・」
「・・・・」
美香はその高校生とのやり取りを賢治に話した。
「そうか・・・その子可哀そうだな・・今、部屋で寝てるのか・・」
「ええ・・・」
「その子、学校を退学したこと後悔してるのか・・俺も今、担任もっているがクラスにも退学した女の子がいたな。彼女はおそらく後悔していないだろう・・
でも美香は他人であるその子に、ここまでするとは、なんて優しい女なんだ・・」
「・・・・・」
「昔はいい子だったんだけどね・・今は復讐に燃えた悪女よ・・」
美香はほほ笑んだ・・
「私ね・・」
美香は穏やかな顔で、昔を振り返った。

美香は、幼い時に母をなくし、父親と二人で暮らしていた。父は刑事で、麻薬捜査官だった。仕事が忙しいため父は美香の相手をすることが出来ずに悩んでいた。

「パパ・・今日も張り込みなの・・」
「ごねんね・・」
「ねえ・・私も連れてって。おとなしく車にいるから」

こうして、張り込みを共にしたのだった。美香は幸せだった。四六時中一緒にいれるからである。
「あの人誰なの・・」
「いいんだ・・あの男の顔など忘れろ・・」

その男とは、当時、銀竜組若頭の佐々木である。現銀竜組組長である。彼は大量の麻薬を輸入していると睨んでいた。逮捕のチャンスを伺っていた。それに気がついた組員に射殺されたのだ。

「それで、佐々木に接近したのか・・」
「私は、佐々木に接近するために、デート商法の勧誘、ホステス何でもしたわ・・
私はあの人を許せない・・あの子もおそらく被害者だわ!殺してやるや!・・」
「でもその事件は時効だろ・・麻薬密売の疑いがあるのであれば知り合いの刑事に任せよう!」
「警察なんて当てにならないわ・・あなたには分からないわよ!」
「相手は、巨大組織だろ!敵うはずがない・・・佐々木との接触を今すぐやめろ!殺されるぜ・・
ところで・・その復讐に燃えたその横顔・・
魅力的でイカスぜ・・・」
「何言ってるのよハハハハハ・・」

「それより今夜は眠りな・・嫌な過去を忘れて・・」
「今夜は優しいのね・・」
美香は眠った・・

賢治は病院のロビーで目が覚めた。
美香がいない・・
「あの子のところか・・」

病院のテレビでは早朝のニュース始まっていた。

「ニュースです・・ここ二〇年の間、九州地区には大量の覚せい剤が流れており、それによる中高年生中毒者は、増加するばかりです。福岡県警麻薬捜査本部は、本格捜査に踏み出しておりますが・・それらのルートは未だに発見出来ていません・・」

美香は、大牟田市役所の表側にいた。正面玄関の前には、高級車が路駐車している。

「もうすぐこの階段を下って来るはずだわ・・
あの事件は時効だわ・・でもあんたは、本来死ぬべき人間よ・・
今、あんたは、この十三階段の頂上にいるのよ・・
でもあんたが、この階段を降りて来るのであれば・・
私があなたを葬るまでよ・・・」

美香はやがて、その車の後ろに路駐車した。口には煙草をくわえている。拳銃の中に弾を込めた。
「ガチャ・・」
やがて、正面入り口が開き、佐々木は降り始めた。

「賢治・・ごめんね・・」

美香は、くわえていた煙草を窓から捨て、勢いよく飛び出した。

「佐々木!覚悟しな!・・」
「おい!美香!どういうことだよ!」
「父のカタキよ!」

しかし、車内にいた組員達から簡単に取り抑えられ、その高級車は美香を乗せて走り去った。

4時間目の昼下がりに、賢治は授業をしていた。
「整数という分野は、その昔、天才数学者ガウスによって、数学の女王と呼ばれていた・・
それは、たかが整数といえど美しい性質を持っているからだ!例えば、素数は・・」
賢治は、楽しそうに黒板に数字を書き並べた。
「2、3、5、7、11、と書き並べてみよう・・次の数字はなんだ・・」
「13でしょ?」
「おお!そうだ!13だ!ハハハハハ」
賢治だけだ興奮していた。
「先生・・一人で盛り上がらないでよ・・
やっぱり数学つまらない・・大嫌い・・・」
ある生徒が、その言葉を発してしまった。
賢治はチョークを落とした。

「あ!数学が嫌いだと!・・・
その発言は、この俺の存在を否定してるのと同じだ!
なぜならば俺は、これで食ってるからな!ふざけやがって!」
賢治は怒りだした。

「先生・・違います!勘違いです・・
先生の事は皆、大好きだよ!ねえ・・皆・・」
「はーい!そうです・・ハハハハハ」
「おお・・そうか・・そんなに俺の事好きなのかハハハハ」
賢治は機嫌を取り戻した。どこまでも単純な男である。
「ところで先生、この前みたいな面白い話ないですか?あの話、学校中超有名になってますよ!」
「ないな・・・」
「あ!そういえば、その女性の方から連絡ないのですか・・」
賢治は一瞬動揺したが。
「あるわけないだろ・・・デート商法だぜハハハハハ」
そのとき、電話が鳴った!
「キャー!彼女から連絡が来たわ!」
「ああ・・すまない・・授業中に鳴らしてしまって!」
「出ればいいじゃん!」
「そうか・・では・・」
「もしもし俺だ・・」
「何!・・・」
やがて電話を切った。賢治の顔色は変っていた。
「先生、どうしたの・・」
「いや・・今日の授業は終わりだ・・」
そう言い残しそのまま教室を飛び出してしまった。明らかに無断早退である。
「ねえ・・・先生の顔色普通じゃなかったわ・・」
クラスは騒ぎ出した。

「13か・・何だか不吉か数字だわ・・これって、先生の身に何かが起こるの・・」
「先生、大丈夫かな?・・」

賢治は慌てて、金竜組の事務所に入った。
「押す!兄貴!御待ちしていました!」
「おい!美香がさらわれたとはどういうことだ!」
しばらく事務所で緊急会合が開かれた。
「なあ賢治、銀竜組の佐々木は厄介な男だ!俺にも手が負えない所がある。今回はなおさらだ!美香が佐々木を殺そうとしたからな・・銀竜組との付き合いもあるから、慎重に事を進めないと大変なことになるぜ・・血の争いだけは避けたいのだ・・」
組員達も頭を悩ませていた。
「今、何処にいるのですか?」
賢治は質問した。
「おそらく、クラブ無限の闇カジノだ・・」
「闇カジノ・・・」

その闇カジノとは、ヤクザの幹部、財政界の著名人などが出入り出来る会員制の高級カジノクラブである。もちろん表向きは、バーであるため警察もその存在を知らない。そこには、カジノはもちろんの事、最近では花札、マージャン、チェスなどが流行しており、多くの著名人達が直接対戦する事もあるが、ほとんどは代討ち、すなわちその分野のプロのプレイヤーを雇い試合をさせているのだ。とにかくこの勝負はとんでもない額の金が動くらしい。
「そうか上等じゃないか・・組長!俺一人で十分です・・」
賢治はほほ笑みながら言った。
「おい・・お前一人で何ができるのか?
そこに行って、散乱銃でもぶっ放すつもりか?葉山商事を潰したあの警官みたいに・・・
そんな事をしても、いずれお前が消されるだけだぞ・・」
「いいえ・・・そんな低レベルな事は、致しません・・どうか、ご安心を・・
私は勝負をしてきます・・
確か、佐々木はチェス好きでしたよね・・・」
そう言い残し、事務所を出て行った。

「おい賢治、一体何を企んでやがる・・
その前に、あの余裕は何なんだ・・
一体、何の勝負をするんだよ・・そんな大金は持っていないはずだろ・・・・」

クラブ無限についた。警備は厳重である。
「なあ・・・俺はこういう者だ・・」
「地下三階です!御案内致します・・」
そこには、想像もつかない世界が広がっていた。まさしく巨大カジノであった。
天井の高級シャンデリアに照らされ、大勢の人で騒わっていた。一夜で富を手に入れる者もいれば、破産する者もいる。全くとんでもない世界だ。賢治はそんな瞬間を間も当たりにし、思わず息を飲んだ。
「おい!佐々木に面会したいのだが・・」
「はい!いらしております・・」
係員は奥の会場に案内した・・
「何だ、あの人盛りは・・」
「はい・・いつのも勝負をしていますね・・・今夜はいつも以上に盛り上がっているようです・・」
中央には一台のチェス盤があり二人の男は勝負していた。おそらく代討ちだ。それを取り囲むように、大勢の人が観戦していた。チェス盤のすぐ隣には長いソフューが横たわっており、あるボスらしき男が座っている。良く見ると隣には何と美香が付き添っているではないか・・その男の煙草に火をつけていた。
「佐々木さん・・お客様が来ております・・」
と言い残し、案内人は去って行った。
「おい、お前は、誰だ・・」
賢治は佐々木の顔を見た瞬間、何故か身ぶるがしてしまい言葉を失ってしまった。無言で立っているのがやっとであった。
「この男が佐々木か・・・」
「この男、金竜組の幹部らしいですよ」
隣にいる幹部が佐々木に言った。その男は、どうも佐々木と特に親しい男のようである。
名前は滝沢馬琴である。彼はこの闇の世界で一流の殺し屋として名が売れている存在であり、佐々木のボデーガードをしている。
試合は一時中断し、賢治は注目を受けた。
「見ない顔だな、俺はこの世界の奴を大抵は知っているつもりだったが・・新人なのか・・」
佐々木は、滝沢に質問した。
「はい・・奴は、凄腕の幹部らしいです・・」
「おお・・そうか・・お前!一体俺に何の用だ・・・」
美香は賢治に気がついていたが、冷静だった。賢治は言った。
「その女を連れに来た・・」
「ハハハハ、この女はな俺の女だぜ・・馬鹿野郎!お前に何が出来るのだ!下らん。試合の邪魔だ!」
賢治は相手にされていなかった。
「とんだ邪魔が入ったな・・では再戦だ!・・・」
佐々木のその一言で再び会場は盛り上がった。

「佐々木さん・・勘弁して下さいよ・・」
大牟田市立病院の苑仏理事が嘆いていた。
「仕方ないだろ勝負だから・・3億頂くぜ!」
会場は盛り上がるはずである。そんな大勝負であるからだ。
局面はどうも圧倒的に佐々木側が有利らしい。苑仏側のプレイヤーは絶望的な表情で長考を始めた。
「ハハハハハもう時間の問題だ・・・」
会場は大興奮で誰もがそう理解していた。
賢治はその局面をじっと考察した。そして、約5分後に思わず笑ってしまった。
やがて、そのプレイーが次の手を打とうとしたその瞬間。
「おい!待て!」
賢治は突然大声で叫んだ。
「何だよ!試合の邪魔をするのか殺すぞ!」
賢治は、園仏側のプレイヤーの肩を叩き、ほほ笑みながら言った。
「おい・・交代だ・・」
そして、賢治が座った。
「何やってんだよ!」
周囲が騒ぎ出した。
「なあ佐々木・・この勝負3億だったよな・・」
「そうだ・・」
「この試合、俺が引き継ぐ!」
「何・・どういうことだよ!」
「勝てば3億くれるよな・・そしてその金で、この女を買うぜ・・もちろんいいよな・・」
「何!・・・」
「苑仏さん・・承知してくれますよね・・」
「ああ・・構わんよ・・」
苑仏は、ホッとした顔でうなずいた。
「あなた!何言ってるの!・・誰が見てもこの勝負、負けだわ・・」
「そうだよな美香ハハハハハ負けて3億払えるのか!」
「無理に決まってるだろ・・・だから・・」
賢治は上着から銃を取りだしテーブルの上に置いた。
「これで・・俺の脳みそをぶち抜けばいいだろ・・」
「・・・・・・・」
周囲は沈黙だった。
「あなた!本気なの!やめて!」
「美香・・黙ってろ!
俺の頭脳は超ヘビー級だぜ!3億では安い程だがな・・ハハハハハ
どうだ・・佐々木・・」
「ハハハハハハハ面白すぎるぜ・・皆聞いたか!」
「そして、2度とこの女にちかずくな。皆の前で約束しろ!」
「ああ・・お前の女だからな!約束する・・しかし、勝てばの話だハハハハ・・・」
「そうだな・・・」
「おーい!サングラスの兄ちゃんがとんでもない試合を挑んだぜ!皆集合だ!」
やがて人盛りはさらに多くなり気がつけばカジノ客のほとんどが集まってしまったのだ。

そして、勝負が始まった。周囲は沈黙した。佐々木側のプレイヤーは外国人だった。どうも外国からプロを呼んだみたいだ。賢治は彼に言った。

「なあ・・アメ公!お前はチェスのアメリカ代表なんだろ・・
日本の将棋を舐めるなよ・・
俺は、ガキの頃将棋をしていたが・・
将棋はな・・チェスよりも奥が深いんだぜ・・・
これは、日本が誇る素晴らしい伝統文化なんだよ・・・」

彼は日本語が理解できないらしいが、何だか怒っているようにも見えた。
そして、その一大試合は再び幕を開けた。周囲はこの賢治の言葉に対し鳥肌が立ったという。

「ところで、俺が先手だったよな・・」
彼はゆっくりうなずいた。賢治は笑いながら言った。

「おい・・・佐々木、北斗の拳、知ってるか?」
「ああ・・・知っている。何が言いたい・・」
「ならば、主人公であるケンシシロウの有名なセリフ知ってるか?」
賢治は冷静にチェス盤を眺めながら言った。

「ハハハハこの兄ちゃんユーモア万才だぜ!」
周囲の人々が笑い始めた。

「なあ・・佐々木・・・
お前はもう死んでいる・・・
十三手後にな・・」
「何!・・・」

この言葉の瞬間、周囲の緊張感は極限状態に達した。
「なら、始めるぜ・・・」

一手目はゆっくりと指した。
その後、賢治はもの凄いスピードで駒を動かし始めた。賢治の思考時間は、ほぼに等しく連続で王手をかけたのだ。やがて、十三手目にスペードをキングの隣に置き、言った。

「チェック・メイト・・・・」

「おおおお!ありえない!」
周囲から大歓声が上がった。
「この兄ちゃん天才だぜ!ハハハハハ」

「約束だ、この女をもらう・・・」
「・・・・」
佐々木は黙ってうなずいた。
「美香・・行くぞ・・」
賢治は、美香の手を取った。
「おい・・お前の名前は・・」
「そんなのどうでもいいだろ・・」
「それより、なあ・・佐々木・・何で十三、なんだろうか・・」
賢治は不思議そうな表情で言った。
「何が言いたい・・」

「お前・・十三階段にでも縁があるのか・・
もしくは、十字架でも背負ってるのか・・」
「・・・・・・」

佐々木はその言葉に敏感に反応していた。
「すまない・・何だか、訳の分からない事を言ってしまったな・・
自分でも何を言ってるのか分からない・・
どうか、気分を害さないでおくれ・・」
賢治はそう言い残し、二人は出口へと向かって歩いた。それを大勢の客は見ているだけだった。

「あいつは一体、何を言いたかったのか・・
まあ負けたが、この勝負、痺れたぜ・・・・」
佐々木はその言葉を聞き考え込んでいた。過去でも振り返っていたのか。

「俺はこの男と初対面なのか・・
いや、分からない・・・
でもこの男、かなり危険な香りがするぜ・・・」
滝沢は離れて行く賢治を観察していた。

二人は階段を上がって行った。
「賢治・・私の為に、なんでこんな危険な事を・・」
「ああ・・俺達は運命共同体だからな・・
まだ葉山商事の赤字の埋め合わせが終わってないだろ?ハハハハ」
「そうね・・・
十三階段か・・・
でも、あの言葉、どういう意味なの・・
あなたも佐々木との関係があるの・・」

このチェス試合は、噂となり、やがて闇の世界で語り継がれた。すなわち伝説となったのだ。また、佐々木と滝沢は、賢治を幹部に持つ金竜組に対し警戒をしていた。

第七工事現場、作業着の賢治は、今日も現場監督をしていた。
崖から海を眺めていると、不思議な感覚に捕われた。

「俺はなぜ、ここにいる・・
ここは一体、何処なんだ・・
誰がこの第七工事現場に導いたのか・・」

愛しい風に当たりながら螺旋状に過去へ落ちていく感覚を覚えた。
トラックの音がする・・・
作業には無関係な数十台のトラックが工事現場沿いの泥道を通過している。
賢治は何気なく近くの作業員に聞いた。
「おい・・あのトラックは何だ?本社の作業トラックなのか・・」
やがて、そのトラックの列は、中島崖で方向を変え、中島川沿の上流へと登って行った。
「いいえ・・これは、ある業者の運搬車らしいですよ・・」
「なんで、我々の作業に無関係なトラックが我が領地を通過するのか・・」
「何でしょうね・・私はこの作業現場に長年従事していますが・・昔からなんですよ・・三池港発で毎週金曜日に通過するのですよ・・まあ、有明工業さんも通行を許可しているみたいだから・・まあ、作業に差し支えがなからいいんじゃないですかな・・」
「この河の上流には何がある・・」
「巨大ダムです・・」
「は・・・」
「でもまだ完成していないみたいですよ・・20年もの経過すれば出来るものですがね・・」
「・・・・・・・・」

賢治はその夜、上流に上り、その作業中のダムまでたどり着いた。明らかに一般の人は入れず、薄気味悪い所であった。工事器具は置いてあるが。見るからに、稼働の形跡は全く見られない・・
「あれは、工場か・・」
山奥のはずなのに、製造工場らしい、巨大工場がある・・
賢治は、恐る恐る近寄り工場の中を覗いた。
「これは!なんということだ・・・・・」
賢治は朝方まで徹底的に情報を集めた。

「美香・・証拠を掴んだ!これで佐々木を逮捕できるぜ。後は、警察に任せよう・・・・」
「ええ・・・その方がいいかもね・・」

賢治は県警の木村巡査部長宛に、トラックの経路、上流のダム周辺の地形図、写真、軍事力など正確すぎる情報送った。
「刑事さん頼むぜ。極上の情報だ!またド派手にやってくれハハハハハハ」

「おいおい今度は何だ!死体でも入ってるのか・・」
今度は、段ボールで到着したのだった。木村巡査部長はしばらく眺めた。
今度ばかりは自分一人で情報を集めたとは言えなかったのだ。なぜなら、詳細な山の斜面の測量図まで入っていたからである。その後、県警本部はその地形図を元に麻薬アジト崩壊作戦を立てた。完全武装を相手にするため、県警側は、死者が出ることを覚悟していた。この作戦の隊長に任命された木村巡査部長は、またもや大胆な行動に出た。県警押収品にも物足らず、閉坑された三池炭鉱の廃墟から発掘用の強力なダイナマイトを拾い集めこの作戦に挑み麻薬アジトを破壊してしまった。このとき県警側は死亡者はいなかったが、相手側は多数の死亡者が出たのだった。木村巡査部長はまたのや出世したのだった。また、この麻薬アジトを指揮していた銀竜組組長、佐々木次郎と以下幹部はやがて逮捕されこの組は解散に迫られた。

次の週の金曜日、麻薬輸送に関わった銀竜組組員の協力を得て、大量の麻薬上陸地である三池港では、韓国密輸船の一斉検挙が行われた。護送車、装甲車、パトカー数十台が港に集結していた。パトカーランプがやけに眩しくある男を照らしていた。その周りには数十人の警官らは男に対して沈黙し整列していた。しかし彼は見向きもせず、部下に背を向け港の向こうの有明海を眺めるだけだった。やがて部下である稲又警部補が報告に来た。

「木村警部!検挙終了です・・
キム船長以下、五〇名を検挙し護送準備を終了致しました!」
「そうか・・ご苦労・・」
木村警部は無関心に返事をし、タバコに火を付けようとした。すると稲又警部補は、慌てて、マッチに火をつけ言った。
「どうぞ・・」
木村警部はゆっくりと最初の一拭きをし言った。
「なあ、稲又警部補・・時効とは何だ・・・」
「はい?・・それは・・」
「刑法で定められている捜査期限であります・・その昔、警察学校で教わりました!」
「そうなのか?・・・俺は刑法の授業中居眠りばかりしていたから、知らないぜ!ハハ」
「・・・・・・」
「冗談だよ・・俺の刑法には時効制度なんか存在しない・・
何故ならば、現在日本は、捜査技術以上に犯罪技術が高度化している。連中も真剣に法律を学んいでるためだ。それでは悪い奴らが逮捕できるはずもなかろう・・
時効の事件を追うことは無意味なのか・・
その前に、時間の概念とは一体なんだ・・・
なぜ一分は六〇秒なんだよ!一〇〇秒じゃだめなのか!」
稲又警部補は、返答に困っていた。
「後一年あれば・・過去に捕らわれるのは愚かな事なのか・・・」
そのとき高級車センチュリーが警部の前に止まった。

「警部!お迎えに参りました!」
部下の運転手は礼儀正しく、後部座席に案内した。
「どうぞ・・」
木村警部は、無表情に言った。
「先に帰ってろ・・」
「はい?・・」
「俺は、まだここにいる・・
もう少しだけ、この有明の風に吹かれていたい・・
今夜はそんな気分なんだ・・・」
「了解致しました!失礼致します!」
やがて、車の列は、走り出し、車内の警官達は、ただ一人残された木村警部に敬礼をした。やがて車も走り去り再び三池港は暗闇となった。
木村警部は港から有明海を眺めていた。

「親父・・あんたも、麻薬捜査をしていた・・
そして、何者かに殺された・・
二〇年前か・・犯人を見つけたところで、もう時効だがな・・・・
でも俺は、その犯人を捕まえる為に刑事になったんだぜ・・
そして、一体誰だ!葉山商事の件といい、麻薬運送ルートの情報まで俺に流した奴は・・
これらの出来事は関連してるのか・・・
そうだよな、親父・・なんか匂うぜ・・」
木村警部は、ここ三池港で自分なりの指命を強く感じたのだった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧