間取り探偵
暴力系犯罪の八割は屋内で起こっている。
犯罪率の上昇に伴い、不動産鑑定士には独立した捜査権が認められる。
令和x年xx月 国家公安委員会、金融庁、総務省、国土交通省告示
【第一話】
“間取り探偵”について話す前に、まずはわたしのことを話しておかなきゃいけない。わたしは工業高校二年生のあんまり冴えない女の子。一六歳になると同時に居酒屋↓ コンビニ↓ ドラッグストアとアルバイトを転々として、今は彩イロドリ不動産の経理・事務・広報担当・お守(と言ったら怒られる)をやっている。本業は経理だ(と思いたい)。
要領の悪いわたしは、居酒屋ではお客さんにビールを掛けて、コンビニではフランカーを爆発させて、ドラッグストアでは売っちゃいけない薬を売っちゃって一月拘置されたけど、彩不動産に来てからは毎日が楽しいのでした。
そして、今向かいの事務机で様々な書類に目を通しているのが、“間取り探偵”のまどりちゃん。まどりちゃんから日報をつけろって言われて、書き始めてから早二時間、日報って日記のことだよね? まどりちゃんはいつも通り、可愛いシャツにジャケットを羽織っている。回転椅子の背には、五年間使ってぼろぼろになったランドセルが掛かっている。今はお客さんから相談を受けていて、ついたての向こうで甲高い声が聞こえた。
「それで、いなくなった息子さんを探してほしい、というわけですね」
「そうなんです! 今はもう八月ですよ。夏期講習も予約してしまっているし、家庭教師の先生も、模試だって」
一時間近く同じ会話が続いている。相談内容は丸一日行方不明になっているご嫡子の捜索なんだけど、警察にはまだ話していないみたい。まどりちゃんの声色に怒気が混じってきていて、わたしは(そろそろかな?)と思って耳栓を探すが見つからなかった。
「まどりさんはまだこれからだから、分からないかもしれませんが、お受験はヒロトの人生を決定づける大事な大事な……」
「出てけーッ!」
キーン!と耳をつんざく怒鳴り声。私は玄関戸を慌てて開けて、蹴りだされるおばさんがせめて扉に激突しないようにした(本当は扉を壊されたくなかっただけなんだけど)。おばさんはアスファルトに手をついて、きつい目でまどりちゃんを見た。
「な、なにをするんです!? まどり探偵は評判が良いから相談しに来たのに!!」
「うちは便利屋じゃないのよ。犬猫探しなら他を当たりな!」
「まぁ! ヒロトちゃんを犬猫扱いするなんて! 訴えてやるから!」
「ペット扱いしてんのはあんたでしょ!」
「キー! ヤブ! 悪徳不動産! 皆さん彩不動産は困ってる親子を見捨てる冷酷不動産屋ですよ!」
集まってきた人々に、おばさんが涙ながらに訴える。
「ふん、連れ戻す前に帰ってこれる場所でも作ったら? このバカ!」
あわわわ。まどりちゃんは毅然とした態度で見物人をキッと睨み返すと、商売の邪魔だよと手を振った。そして「オープン お気軽にご相談ください」の札をひっくり返して「クローズ また明日どうぞ」にする。
まだ外で演説しているおばさんを放っておいて、事務所へ帰ってきた。まどりちゃんはソファーに倒れこんで私のスカートに顔をうずめると、今日は帰っていいわよと言った。有名人は大変だなぁと私は思ったものでした。
「まどりちゃん、ヒロトくんは探さないの?」
「いい、探したくない」
「でも、こんなに外暑いから、迎えに行ってあげないと倒れちゃうかもよ」
「倒れたいのは私の方よ。家出した子供なんて知らない」
中学生のヒロトくんは少なくともまどりちゃんより年上なんだけど……って思ったけど、年齢のことを言うとまどりちゃんはすぐに人を事務所から蹴りだすから言わないでおいた。まどりちゃんは自分が十二歳であることがあまり好きじゃないみたい。
「私の専門は【屋内】なの。家出息子の行先なんて分かるわけないじゃない」
「前話してたやつ?」
「暴力系犯罪の八割は屋内で起こっている。犯罪率の上昇に伴い、不動産鑑定士には独立した捜査権が認められる」まどりちゃんはわたしと初めて出会った時と同じようにすらすら言った。捜査現場で名乗ることが多いのだと思う。
「でも屋内に問題があるのかもしれないよ」
まどりちゃんは仰向けに寝がえりをうつと、乙女的にはあんまり見られたくない角度で私のことを見上げた。少し熱っぽい、子供の瞳にしかないきらめきが双眸に燃えている。思わずドキッとした。
「問題のない家庭なんて、あるのかな」
まどりちゃんは不意にこぼした言葉を、帳消しにしたがるみたいに跳ね起きると、バイク回してと言った。
「行くの? まどり探偵」
「あんたも責任とんなさいよ、かんな」