戦国御伽草子
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壱ノ巻
由良の縁談
2
そういえば、あたし、いつの間にか眠っちゃったんだっけ…。
あの時、あたしは11歳、高彬は10、兄上は16だった。
母上が亡くなられてすぐ後、落ち込んでいたあたしを兄上が遊びに誘ってくださった日のこと。
忘れてはいないけど、遠い日の話。
どうして今更、あの日のことを夢に見たのかしら?
あたしはいつのまにか噴きだしていた額の汗を拭った。
「瑠螺蔚さん」
あたしはびくっとして顔を上げた。
夢の中より、少し低い声。
「高彬…」
あたしはぼんやりと呟いた。
ニコニコと笑う、人のよさそうな笑顔は、小さい頃からずっと変わらない。
「瑠螺蔚さん、ちょっといいかな?」
「え、あ、いいわよ?」
高彬が、すとんと腰を下ろす。
「あたしに何か用?」
「由良に縁談が来た」
高彬は単刀直入にそう言った。
「そう」
「そう、って瑠螺蔚さん、驚かないね」
高貴な姫のところに縁談が来ること。
そんなことは、よくあること。
あたしのトコにもそれなりに来てるし、高彬の妹の由良のところにも、そろそろ話はいくんじゃないかとは予想していたけど。あのコももう14だしね。
「で、由良はそれを望んでるの?」
この政略結婚の御時世望んでるわけがないとは思いながらも一応聞く。
「え、いや…」
案の定、高彬の返事は歯切れが悪い。
そう問題はそこ。望んでないだろうとは承知で聞いたけれども、あの大人しい由良が態度に出して望んでいないということを主張するってのが…。由良は家のためなら、って涙をのんでくそじじいにも嫁げる子だ。それが嫌がるとなると…なんかあるわね。
「そう。じゃあ、あたしを由良のところに連れてって」
あたしがそう言うと、高彬はほっとしたように頷いた。
「瑠螺蔚さんなら、そう言ってくれると思ってた。ありがとう」
「あたしはまだ由良のところへ連れて行けとしか言ってないわよ?」
「瑠螺蔚さんなら、由良が嫌だというのなら天地城に乗り込んで上様を怒鳴りつけたりだってしてしまうんだろう?」
高彬はいたずらっ子のような笑みを浮かべてそう言った。
「勿論、そこまでさせないけどね。でもそれくらい、僕は瑠螺蔚さんを頼りにしてるから。」
「そりゃぁ、アリガトウ」
なんだか素直に喜べないわね。
「じゃ、来て。由良は、家にいるから」
「瑠螺蔚さまっ!」
由良は、あたしを見ると火がついたように泣き出した。
「私は、嫌ですわ!徳川家などに、嫁ぎたくはありません!三浦さま以外の、誰にも嫁ぎたくはないのです!」
あたしはぎょっとして周りを見回した。
高彬は、いない。気を利かせてどこかへ行ったらしい。
『三浦さま』って、由良、好きな人いたの…。そりゃぁ好きでもない人に嫁ぎたくないわよね。
「そうよね、由良。好きな人がいるのに他の人の奥方になるのは嫌よね」
「瑠螺蔚さまーーーーー!」
由良は、わんわんと泣いた。
ひとしきりあたしにしがみついて泣くだけ泣くと、由良はぐずぐず鼻を啜りつつもぴたりと泣くのをやめた。
「…ごめんなさい、瑠螺蔚さま。私…っ、誰かに話を聞いてもらいたかっただけなのですわ。覚悟は出来ております。お家のためですもの」
「それでもやっぱり行きたくない?」
由良ははっとしたようにあたしを見た。
その丸い瞳に、大粒の涙がゆっくりと盛り上がる。
はらはらと涙をこぼしながら、由良は小さく頷いた。
「そう。それなら、断ってくるわ」
「っ瑠螺蔚さま!?」
あたしがあっけらかんと言うと、由良がばっと顔を上げた。
「な、なにを…」
「だから、断ってくるんだってば。由良は、結婚するのがヤなんでしょ?」
「や、やめてください!そんな、断ったりしたら、家は…佐々家は…」
由良は蒼白になって言った。
「大丈夫よ。まぁ、あたしにまかせときなさいって」
茫然としている由良にぱちりと目配せ(ウインク)を飛ばす。
それにね、高彬はいくら妹大事だとはいえそれで目が曇るような人でもない。あたしのところにくるってことは、あいつが懸念するようななにか原因が徳川家かその結婚相手にあるってことよ。なら、そこを突くのみ!
覚悟してなさいよ、徳川家~!
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