MOONDREAMER:第一章(ノベライズ作品)
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第一章 幽々子オブイエスタデイ
第2話 月の守護者と兆候:後編
そして、姉妹が八意の手紙により月の都の侵略の話を知った現在に至るのである。
『当然 月の都では私を疑っている人もいると予想する。
でも貴方たちなら、私の言う事を信用してくれると思っている。
私は月の都を守るための知恵を貸したいだけだ。
大丈夫。私の言うとおりに動けば見えざる敵が誰であろうと足を封じることができる』
「「……」」
そして二人は暫く手紙を読み進めていたが、「?」と疑問符を浮かべた。
「これは……」
「そうじゃなくて……」
「……」
それから二人は、あーでもない、こーでもないと談義をしていた。
◇ ◇ ◇
場面は綿月邸の庭へと移る。
そこにいるのは数多の玉兎であった。皆レイセンのように人型となった兎である。違いは白いヘルメットを被っている事と、耳が洗濯して縮んだかのようにくしゃくしゃになっている事だろうか。
皆銃剣を持っているが、どうもお喋りしたり居眠りしたり桃を食べたり読書したりな者ばかりの状況には不釣り合いなものであった。
「前に地上に行ったときはさー」「マジでー?」等と話し、完全にだらけ切った空気である。
そこにとある人物の足音が聞こえた。それを玉兎達は聞き付け、一斉に動き始めた。そして銃剣を打ち合っていた。
「ちゃんと稽古してたかしら?」
その場に現れた依姫が言った。傍らにはレイセンを連れている。
玉兎達は……稽古の最中だったようである。つまりは依姫がいないのをいい事にそれをさぼっていたのだ。
だがうんうんと頷きシラを切り、それを隠す玉兎達。
「まあいいけど。今は緊急事態なんだからね」
そこで依姫は一息おく。
「そんな緊急事態で緊張しているはずの貴方たちに、新しい仲間を紹介するわ」
依姫により、玉兎達に自分を紹介されてレイセンはペコリとお辞儀をした。
「訳ありでうちに匿っているだけだから……あまりこの娘のことは口外しないように」
レイセンの肩に手を置きながら依姫はそう説明した。
「さあ、あの兎に稽古をつけてもらいなさい」
「え……でも……」
突然指名された金髪の玉兎は戸惑ってしまう。無理もないだろう、始めて会う見ず知らずの玉兎と一緒に稽古するとなれば。
それは依姫も承知の上であった。そこで彼女は言葉を続ける。
「大丈夫。今日からレイセンの役はこの娘が務めることになったのよ」
その言葉には初代レイセンと今のレイセンをかばう意味合いがあったのだ。戦いを嫌い逃げた初代レイセンを無理矢理連れ戻さず今の彼女を大切にするためと、今のレイセンに再び居場所を与えるためである。
依姫のその言葉を玉兎達はどこか呆けた様子で聞いていた。
「貴方たちも、いつまでも過ぎ去ったことばかり考えていては駄目よ」
そう依姫は締め括った。
それから暫く呆けていた玉兎達であったが、徐々に雪解けのように表情が和らいでいったのだ。
「近い未来に地上から現れる敵に備えて稽古することが、貴方たちの仕事です」
そう依姫が語りかける眼前では──すっかり玉兎達とレイセンが打ち解け合っている光景があった。
『レイセン』の名前を出したのは正解であったようだ。このお陰で彼女は、他の玉兎にいじめられる事もなく馴染めたのだから。
勿論彼女は彼女であり、『レイセン』ではない。だが、この場を穏便に進めるためには敢えてその役割を与えるのはうまいやり方と言えよう。
そして、これは依姫自身の密かな『我が儘』でもあるのだ。この娘が自分自身の道を見つけるまで自分の側でレイセンとして居てもらいたいという気持ちがあったのである。
「はいはい、静かに」
賑わう玉兎達に依姫が呼びかける。
「新しい仲間が入って士気が高まったところで、稽古を続けなさい」
「おー!」
玉兎達は一斉に手を上げて一致団結していた。
◇ ◇ ◇
豊姫は空に地球が映る海岸へと来て、物思いに耽っていた。
──静かの海。
月の都と正反対の場所に存在する、地上にもっとも近い海。
月の都が存在するのは月の裏側と呼ばれているが、この場合の表裏とは月の都の結界の内側か外側かという意味である。
結界の内側、つまり裏側の月は穢れのない海と豊かな都の美しい星であるが、外側、つまり表側は荒涼とした生命のない星である。
表側の静かの海には機械の残骸や人間の旗など、穢れた人間の夢の後が眠っているという。
「お姉様?」
豊姫の元に依姫が来て呼びかけた。
「また静かの海に来ていたのですね」
「ん? ああ、なんとなくね」
妹に話かけられて、豊姫はそう言った。
「八意様の手紙どおりならば、地上から敵が現れるのはまだ先の話です。なんとなく、海は懐かしいだけよ」
「それは……綿月の家系ですからね、でも。不確かな噂の飛び交う中、今信じられるのは八意様の手紙だけなのです」
風に帽子を飛ばされそうになるのを押さえながら、それを聞く豊姫。
「そのため私は兎たちに戦闘に備えて稽古をつけています。先の戦いで戦闘要員の兎たちも減ってしまいましたから、その分稽古も厳しくなっています」
そこに「サボってなければ」と依姫は付け加えた。
「でも、お姉様は……」
自分の姉の身を案じて、不安そうな表情を覗かせる依姫。しかし、豊姫の様子は落ち着いている。
「わかっているでしょう? 私は海と山を繋ぐ事ができる。貴方は神霊を呼ぶ事ができる」
そこで豊姫は目を細め、続ける。
「その能力を見越して、八意様は私たちが協力するのではなく──バラバラに動く事を強要しているの」
言い終わった豊姫は小石を摘んでぽいっと海面の円形に光る場所へと投げた。
するとそこにカッターの刃を進めたかのように真横に伸びる線が現れ──そして猫化の動物の眼のような形に開かれたのだ。そして小石はその中へと吸い込まれていった。
これが月の結界の入り口なのである。
「あの石が地上に落ちていったように、水に映った星から地上の生き物、たとえば鳥なんかが沸いて出てくるかもしれない。
貴方は兎たちの稽古で忙しいかもしれないけど……。
私は貴方が動くかこのへんに地上から何者かが現れるまで──やることないのよね」
と、豊姫はおちゃらけて締めくくった。
「……」
それを依姫は何とも言えないといった表情を浮かべながら聞いていた。
「地上の生き物なんて滅多に来ませんが……じゃあ鴉なんかが月に迷い込んだりしたら、お姉様も兎と一緒に稽古するなり本気を出してくださいね」
「最近 桃食べすぎですから」
「……」
「……」
「ん?」
「……」
そんな言葉なきシュールなやりとりでこの場は幕を閉じた。
──しかし、豊姫は以前まさに『迷い込んだ鴉』と対峙していたのである。とある人物の式の鴉とである。
そして、豊姫は自分の能力を使い鴉の周りを真空状態にして……息の根を止めたのだ。
やむを得ない事だったのだ。地上の生き物に月の都に安易に入り込まれたら、都の安全が脅かされかねないのだから。
依姫に対しては『桃の食べすぎ』だとおどけて見せてはぐらかしたのである。
それを依姫に知られたくはなかったからである。何故なら彼女は無益な殺生を好まない性質だからだ。
気丈に振る舞う依姫であるが、先程姉の身を案じたように、完全な鋼のような精神を持っている訳ではなく、桜のように『儚い』一面もあるのである。彼女が武人気質であれど……いや、武人性を秘めているからこそ儚さを持っているのであった。
だが、武人性を本当に大切にしてるからこそ、他の人のやり方は尊重するだろう。故にもし豊姫が鴉を殺した事を知れば、依姫は自分の信条と姉のやった事を咎めたくはないという理想と現実の狭間で苦悩する事となっていただろう。
豊姫は普段は桃を追い回したりして、脳天気に振る舞っているが、実際は切れ者なのである。だから、道化を演じる事で依姫に余計な負担を与えないという配慮を見せたのだ。
そう、依姫の今がある陰には豊姫の存在なくしてはあり得ないのであった。
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