真・恋姫†無双~俺の従姉は孫伯符~
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月様+詠さん×皆=董卓軍の誓い
董卓を討て。
袁紹が大陸中に送った檄文の内容は、簡単に言うとそんな感じだった。まぁ、内容の七割近くは袁家のお家自慢で埋まってたんだけどな。袁紹って奴はよっぽど家柄を鼻にかけたいらしい。典型的な金持ちお嬢様キャラすぎて逆に微笑ましく思えてくる。……だが、そんな軽口を叩ける状況にないということは、いくら馬鹿の俺でも重々承知していた。
反董卓連合。俺達董卓軍を討伐するための軍隊が、今この瞬間にも集結しているのだ。
おそらく、大陸中の諸侯が参加するだろう。この戦で手柄を立てれば、大きな名声を勝ち取ることができる。自軍の興廃が、この討伐戦にかかっているといっても過言ではない。まったく、いい迷惑だよな。
「ホントよ……ボク達が何をしたっていうの? 言いがかりも甚だしいわね」
はぁ、と盛大に溜息をつく詠さん。なんか苦労人オーラが滲み出ているのは気のせいではあるまい。いつも大変そうだからな……しかも、今回はさらに心労モノだろう。なんたって、大陸中から反逆者扱いを受けているんだから。しかもそれが袁紹の一方的な言いがかりによるもだという……いっぺん臨死体験をさせてやろうか? 袁紹。あんまり嘗めたことやってるとキレるぞ。……いや、今は自粛しておこう。連合軍に対して憤りを感じているのは、俺だけではないのだし。
「よし、では袁紹のところに行って来よう」
だが、俺以上に気の短い猪武者が、どうやらこの軍には存在したようだ。
その美女――――華雄さんは、愛用の戦斧を携え出口へと歩いていく。……当然、羽交い絞めにされる華雄さん。
「は、離せ霞! 月様を愚弄した命知らずなど、私が直接首を刎ねてやる!」
「落ち着かんかい華雄ちん! はらわた煮えくり返ってるのは皆同じなんや! この怒りは戦いで晴らせばえぇ。だから、今は我慢して耐え忍んでくれ! な?」
「……心得た」
霞の姐さんの決死の説得によって、どうにか矛先を収めてくれる華雄さん。だが、彼女の気持ちは十分に理解できる。制止した姐さんだって、今すぐにでも袁紹の命を刈り取りに行きたいくらいだろう。勿論、俺もだ。
ようやく場が落ち着いたのを見計らい、俺は溜息交じりに、
「でも、許せませんよね。こんなことやって何が嬉しいんでしょう? ……いや、出世の為に仕方がないってのは分かりますけど……ただの虐めですよね、コレ」
「雹霞の言う通りなのです。こんなの酷過ぎるですよ! 月様は何も悪いことしてないのに……あんまりです!」
目の端に涙を浮かべ俺に続くのは、黒い大きめの帽子が特徴的な少女、陳宮――――音々音である。恋さんの軍師をしているヤツで、プライドが高くなにかと俺に突っかかってくるムカツクちびっ子だ。……だが、彼女には珍しく、今回は俺の言葉に同意するねね。それほど、俺達は激怒しているということだ。いい加減にしろよ、袁紹……!
「自分も落ち着かんかい、雹霞。貴重な冷静武将がこれ以上減ってしまうのは堪忍やで」
「……すみません、姐さん」
どうやらいつの間にか怒りが表情に出てしまっていたようだ。姐さんは俺に声をかけると、優しくそっと頭を撫でた。……ぐ、恥ずかしい……。いつも思うのだが、なんで姐さんは俺の頭を撫でたがるのだろう。そんなに弟気質だろうか。少し自分を見直してみるか。
「……霞に頭撫でられて鼻の下伸ばしてんじゃないわよ。この変態」
「へ、変態じゃありませんよ! 失礼ですね詠さん!」
この人も姐さんくらい優しく接してくれてもいいのにと切実に思う今日この頃である。
「しっかし……結局どないすんねん。むこうさんは少なく見積もっても三十万はくだらない超大群やで? 対してウチらの戦力は休暇のヤツ引きずり出してきても二十万がいいところや。普通に考えて、勝ち目なんてほとんどないで?」
「分かってるわよ、勝率が皆無なことなんて。でも、負けるわけにはいかないのよ。……絶対に、ね」
詠さんの重々しい呟きががらんとした大広間に木霊する。そんなことは、全員が承知していた。誤解を抱いたまま攻め込んでくるような馬鹿共に、負けるわけになどいくはずがない。
俺含め、全員がしんと静まり返った。皆、一様に考えていたのだ。圧倒的戦力差、および劣勢状況を覆す方法を。頭が残念な恋さんや華雄さんまでもが、必死に考えを巡らせている。
――――そんなときだった。
「あ、あの……ごめんなさい」
『…………は?』
突然頭を下げた月様に、俺達は目を丸くする。洛陽の統治者が部下に頭を下げるなんて、絶対にあってはならないことだ。
しかし、月様は何度も頭を下げながら言葉を続ける。
「私のせいで……私なんかのせいで、皆さんにご迷惑をおかけしてしまって……」
「なっ……なにを言っているんだ月様!」
「せや! なにも月ちんが謝る必要はないで!?」
「悪いのは連合軍なのです! 月様は微塵も悪くないのですよ!」
「……月、無実……」
沈んだ表情のまま謝罪の言葉を並べ立てる月様を、周囲の武将達が慰めていく。しかし月様の表情が復活する様子はない。未だ顔を俯かせたまま、「ごめんなさい」を繰り返している。
……マズイ状況だ。仮にも主である月様がこんなに弱気なのでは、軍の士気が下がってしまう。ただでさえ不利な戦況なのに、これではさらに勝ち目が薄くなってしまう。
早く月様を元気づけなければ。姐さんたちに加勢しようと、口を開こうとした時――――
パァンッ!! という甲高い音と共に、月様の顔が勢いよく右を向いた。
「え……?」
「……グダグダ言ってんじゃないわよ、アンタ」
月様の目の前では、緑色の髪を三つ編みにした眼鏡少女――――詠さんが右手を振り切った状態で月様を睨みつけていた。そこにはいつも彼女に向けるような慈愛の感情はなく、ただ、怒りのみが棲みついている。
あまりにも詠さんらしくない行動に、俺は思わず彼女に詰め寄っていた。
「ちょっ……詠さん!? いきなり何を――――」
「黙りなさい、雹霞。今ボクは真剣に怒っているのよ」
「っ……」
いつになく緊迫した空気に、俺は無言で一歩下がった。無言のプレッシャー。決して抗うことのできない何かが、詠さんの身を纏っていた。
詠さんは引っ叩かれて呆けたままの月様の目を見据えると、溜りに溜まった鬱憤をぶちまけた。
「いっつもいっつもペコペコペコペコして……アンタはこの街の領主なのよ!? 一番偉いの! この街にいる誰よりも、上の立場にあるのよ! それなのに、なんでそんなに謝ってばかりなワケ!?」
「ごっ、ごめんなさっ……」
「だから謝るなって言ってるでしょうが!」
「ひっ」
バン! と思いっきり円卓を叩いて月様を威嚇する詠さん。何を考えているか知らないが、いくらなんでもやりすぎではないだろうか。
そろそろ止めに入らないと。そう思い、再び動き出そうとした俺だったが……次は姐さんに腕を掴まれ、制止せざるを得なくなる。
姐さんは厳しい表情で俺を見つめていた。
「……アカンで、雹霞。賈駆ちんにも、考えがあるんや。月ちんをもっと『強く』するために、大切ななにかを考えているんや」
「大切な、なにか……?」
「せや。やから、止めたらアカン。ウチらは黙って見守っといた方がえぇ」
「……わかりました」
なぜか、逆らってはいけないような気がして、俺はそのまま口を閉じた。普段の董卓軍にはない空気が、広間を支配する。
詠さんは続けた。
「謝るなっ……! アンタが堂々としてなきゃ、部下に示しがつかないでしょうが……!」
「え、詠ちゃん……」
「いつだって謝って、謝って、謝って……死罪寸前の咎人じゃないんだから、そんなに謝らないでよ……ボクは月に強くあってほしいの。優しくてもいい。力が弱くてもいい。でも、心だけは弱くならないでちょうだい……!」
ポロ、と詠さんの目から涙がこぼれた。溢れる思いが堰を切り、とめどなく溢れだしている。
いつもはあんなに憮然としている詠さんが、こんなに泣くなんて……。非現実的な光景に、俺だけではなく全員が息を呑んでいた。
詠さんが泣いているのを見て、月さんは何かを決意したような表情になると彼女の背中を優しく擦る。
「……ごめんね、詠ちゃん」
「……謝らないでよ、月」
「うん。わかったよ。私はもう、無駄なことで謝らない。もっと強くなるよ。私の為に頑張ってくれている皆さんの隣で笑えるように、もっともっと強くなるよ。……だから、今日までは、うんと謝らせてくれないかな?」
「……この、バカ娘……」
「ごめんね、詠ちゃん。いつも迷惑かけて。心配させちゃって、ごめんね……!」
我慢しきれなくなったのか、ついには月様まで泣き出してしまった。二人して抱き合い、思いの丈を吐き出していく。長年積み重ねてきた思いのすべてを、ぶつけ合っていく。
……そして、十分ほどが経過した。
「……皆さん、今までご迷惑をおかけしました。私は、頑張ります」
玉座に腰掛ける月様。今までどおりの儚い容姿だが、そこにはさっきまでのような弱々しく情けない印象はない。まだ目が赤く、泣き腫らしたようではあったが、その瞳には確かに強い覚悟の焔が灯っている。
本当の『支配者』が、そこには君臨していた。
「今回の戦いは熾烈を極めます。多くの兵が死に、多くの血が流れるでしょう。もしかしたらこの中でも命を落とすものが出てしまうかもしれません」
『…………』
思わず、周囲を見渡す。そうだ。これは戦だ。いつ死んでもおかしくはない。大切仲間達に、二度と会えなくなる可能性だって、大いにあり得る。
俺達の様子に、月様はくすりと笑う。
「でも、私は信じます。皆さんが生き延び、必ず再会できるということを。たとえ離れ離れになってしまっても、いつの日かまた全員が集まれることを、私は一生懸命願います。……ですから、絶対に死なないでください。どんなことがあっても、絶対に無茶はしないでください。死んだ方がましなんて馬鹿な考えは持たずに、危険になったら全力で逃げてください。……お願い、します」
深く頭を下げる月様。その姿は統治者ではなく、一人の少女として。一人の人間として、大切な仲間達を思いやっている姿だった。
ソレは普通に考えれば綺麗事だ。戦に出る以上、全員が生きて帰れるなんて保証はどこにもない。絵空事、世迷言だと笑われてしまうような、綺麗な願い。……しかし、俺達は違った。
ニッと口元を吊り上げ、右手を天井に高々と突き上げると、腹の底から思いっきり叫び声を上げた。
『……応!!』
董卓軍は集結した。心を通わせ、どの軍にも負けない誓いを胸にし、さらに強固な絆を持って、連合軍に立ち向かう。……不思議と、先ほどまでのネガティブな感情が薄くなっているのに気づく。
気楽だな。絶体絶命未曽有の大ピンチだっていうのに、驚くほど気楽だ。
まぁ、でも……
「負ける気はしねぇな」
俺達には、守るべきものがあるのだから。
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