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天才少女と元プロのおじさん

作者:碧河 蒼空
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三回戦前
  17話 フォーム変えちゃおうか

 
前書き
 設定の変更

 正美の背番号:11→10

 それに伴い、本作では芳乃の背番号は11、光の背番号は12となります。 

 
 影森高校との試合後、学校に戻った新越谷高校野球部の面々はビデオ室にて梁幽館高校 対 埼玉宗陣高校の中継を見ていた。

 ゲームセットと共に、次の対戦相手は梁幽館高校と決まった。白球は一同気合いを入れ直し、室内練習場に移動する。

 室内練習場は広さなどの都合上、大した練習が出来ない為、白菊を除いたメンバーは素振りを行っていた。そんな白菊はというと、ピッチングマシンを運んで仕切りのネットを張り、打撃練習のエリアを作っている。

「菫さん。マシンバントの自主練、付き合ってくださいませんか?」

 白菊はバントの練習相手に菫を指名する。2番打者である菫は、試合でのバント数がチーム内で一番多い。

「良いわよ。珍しいわね」

 菫の言う通り、白菊は体験入部の時から長打力を見せていた為、チームからは大きな当たりを求められており、今までバント練習をしてこなかった。故に白菊がバントする姿は初心者そのもの。手でボールを追うので、顔とバットの距離が開いてしまう。

「硬いわよ。もっと膝を使って!」

 当然、菫から注意が飛ぶ。しかしながら、どうも動きがぎこちない。

「正美。ちょっと見本見せてあげて!」

 どうにも上手くいかない白菊を見て、菫は仕切りネットの向こうで素振りをしていた正美を呼んだ。試合で正美がバントする機会は未だ訪れていないが、彼女のバントの腕も菫に劣らない。

「りょうかーい。1球白菊ちゃんのバント見せてよ」

 正美は白菊のフォームをチェックする。スタンスはオープン、体の正面をピッチャー側に向けていた。どうも、体が上手くホームベース側に出ていかない様子である。

「オープンスタンスは難しいから、いっそフォーム変えちゃおうか」

 正美はネットを抜け、白菊と交代した。正美はバントの構えをとる際、右足を背側に引く。マシンから放たれてきたボールはその勢いをバットに奪われ、ゆっくりと転がっていった。

「足は後ろに引くと体を前に出しやすいし、アウトコースも顔とバットが離れにくくなるよ。……重心は軸足に乗せる。……バットはボールと両方見える位置をキープして。······慣れてきたら右手だけで練習すると球威を殺す感覚が掴みやすいよ」

 バントする様子を実際に見せながら、一つ一つポイントを白菊に教えていく。

「それじゃあ白菊ちゃんもやってみよっか」
「はい。······お願いします!」

 正美は打席を白菊に譲り実践を促すと、白菊はバントの構えを取り、彼女の合図を受けた菫がマシンにボールを投入した。

 迫り来るボールをバットで迎え入れる白菊は、決してバットから顔を離さない。剣道をやってただけあり度胸は満点である。

「うんうん、その調子。それじゃあ菫ちゃん、あとはお願いねー」

 正美は白菊のフォームが改善された事を確認すると、素振りに戻って行った。






 梁幽館高校野球部。部員数は100を超え、毎年、県内外から有力選手を多数スポーツ推薦で獲っている。激戦区の埼玉県において夏5回、春2回の全国出場を果たした、誰もが認める強豪校である。

 ここ梁幽館でも2回戦に向けたミーティングが行われていた。

「最初の難関、宗陣は本来ベスト16以上で当たる相手だ」

 キャプテンの中田 奈緒はメンバーの前に立ち話している。強豪梁幽館でキャプテンのみならずエース4番の席に座る彼女は高校通算50本塁打を記録している埼玉高校野球切ってのスタープレイヤーの一人である。

「それを突破できた事でしばらく楽な相手が続くと気が緩んでいる事だろう」

 中田のこの言葉にメンバーの何人かが気まずそうに視線を逸らした。

「それは必ずしも悪い事では無い。格下と思えるのは激しい練習に耐え、強者の自覚を持っているからだ。ただ野球をナメるな!何があるか分からん。自信をもっていつも通り勝つぞ!」
『おおっ!』

 中田の発破を掛ける言葉に一同が応える。

 この場は解散となるが、何人かは新越谷対影森の映像を見る為、この場に残った。

 白菊のホームランのシーンになると、ノートパソコンに映る映像を見ていた者達は彼女のパワーに感心を覚える。

「岡田と大村……打線ではこの二人は要注意だな」

 中田はそう呟くと、レフトのレギュラー、太田は怜とガールズ時代に一緒にプレイしていた加藤 千代を呼んだ。彼女は懐かしそうに画面の向こうにいる怜を見つめていた。怜の活躍を心から喜んでいる様子。

 場面は伊吹の登板シーンに変わる。初心者のアンダースローが投げていると聞いた吉川が疑問符を浮かべた。

「初心者?エースは投げてないんですか?」
「5番と7番の継投だよ」

 映像を最初から見ていた二塁手のレギュラー、白井が吉川の疑問に答える。

「初戦、絶対勝ちたいだろうに温存しやがったな」
「……隠したというのが正しいかもね。どんなピッチャーか全く分からないし」

 吉川の言葉に、キャッチャーの小林が訂正を入れた。彼女の読み通り、これは芳乃の作戦である。この作戦により、梁幽館は試合開始まで詠深の対策を練ることが出来ない。

「ま、こっちも私を温存していたし、五分だろ」
「あんたはただの二番手よ」

 調子付く吉川を小林は容赦なく切り捨てる。吉川のこういう所が珠姫や小林を容赦のない口先にしたのかもしれない。

「この代走速いぞ。2人も確認しておけ」

 中田に呼ばれた吉川と小林はノートパソコンの前に戻った。巻き戻された映像が再び再生される。

「……速いですね」

 小林は正美の盗塁を見て難しい顔をする。

「ああ。咲桜の小関にも引けをとらないだろう。小林、刺せそうか?」

 中田は県内塁間最速と言われるの小関を引き合いに出した。彼女は小林に確認する。正美の盗塁を阻止できるか、と。

「いえ。ストレートからの送球でもどうか……」

 盗塁阻止は極めて困難、という見解を小林は示した。

 そして、場面は試合の最終打席。正美がサヨナラを決めたシーンだ。

「ストレート2球見逃して、あえて難しいコースのスライダーを打ちにいった……スライダーを狙ってた?」
「いや、どちらのストレートも体はしっかりタイミングを合わせている。少なくとも2球目は打てたはずだ。しかも、影森のピッチャーは当ててからスライダーを投げていない」

 メンバーの一人の言葉を中田は否定した。

「これは私の予想なんだが……」

 中田の仮説を聞いた一同は同様に疑問符を浮かべる。

「わざわざその為に?」
「あくまで私の仮説だ。合っている保証もない。だが、彼女は試合でその様な事が出来るだけの技術や余裕があったという事は確かだ」

 この中田の言葉に一同は驚く。

「背番号10って事は控え選手ですよね?レギュラーは全員手を抜いてたとか?」
「いやいや。流石にないでしょ」
「なら何でこの子が控えにいるのよ?」
「······心臓が弱いとか?」
「そうなら代走では出ないって」

 一同の間に憶測が飛び交う。

「友理、彼女のデータは無いのか?」

 マネージャーの高橋 友理は中田の問いかけに首を横に振った。

「名前が三輪 正美という事以外は何も……過去の経歴は一切不明です」

「······これ厄介な相手になるかもしれないな」

 そう言う中田を始め、正美の映像を見ていた者達は不気味さすら覚えるのだった。 
 

 
後書き
 バントのフォームについて。

 原作キャラで例えると、6巻第32球の稜がオープンスタンス、6巻第32球の菫がスクエアスタンス、4巻第19球の理沙がクローズドスタンスです。

 ちなみに、原作では同じ選手でも、場面が違えばスタンスも変わります。




 白菊のバント、原作4巻69ページの1コマ目では下手っぴなオープンスタンスだったのですが、最後の同ページの最後のコマでは綺麗なクローズドスタンスに変わってるんですよね。菫は一体どんなマジックを使ったのでしょう(笑) 
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