俺様勇者と武闘家日記
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第1部
ポルトガ~バハラタ
タニア救出作戦
赤く染まった夕焼けが、建ち並ぶ家々の壁にゆっくりと沈んでいく中、私たちは再びタニアさんを見失った例の場所で犯人を待っていた。
うう……。下がスースーする……。
スカートなんて慣れないものを穿いてるせいか、足元の風通しの良さが気になってしかたがない。
髪を下ろし、白いカーディガンとピンクのロングスカートを穿いた今の自分の姿は、いかにもどこかの町娘のような格好だ。
靴もいつもの武闘着に合わせた武骨なブーツではなく、スカートの色に合わせたかわいらしい靴を履いている。正直歩きにくいが、サイズが合っているだけましだろう。
なぜそんな格好をしているのかというと、端的に言えば『囮』である。
犯人のいる場所がわからないなら、犯人に連れてってもらえばいい。つまりタニアさんのときと同じ状況になればいいのだ。
いつもの装備ではないので心許ないが、そもそも武闘家に装備はあまり必要ない。身が軽いほど攻撃も避けやすいので、必要最低限の防御力で十分なのだ。
それに、ロズさんからもらった星降る腕輪をこっそり腕に身につけている。カーディガンで隠しているのでそれほど目立たないはずだ。
「ねえ、ミオちん。本当に犯人くるかな?」
私の横で心配そうな顔を向けるのは、長い髪をおさげにして、メイクもいつもより控えめにしているシーラ。
水色のワンピースを着こなす彼女は、まるで深窓のお嬢様のようだ。
ちなみに私たちが来ている服は全てタニアさんのものである。マーリーさんの許可を得て貸してもらった。
「うーん、こればっかりは待ってみないとわかんないよ」
実は最初、私一人が囮になる予定だったのだが、シーラが「ミオちんがやるなら私も!」と言って参加することになったのだ。
ユウリとナギも、私一人よりは、シーラと一緒の方が安心だと判断したようで、渋々承知してくれた。
「確かにお前一人でいるより、拐われる確率は高いかもな」
それってどういう意味?! ってそのときは思ったけど、シーラのお嬢様姿を見てなぜか妙に納得してしまった。
バニーガール姿のときとは違い、幼い顔立ちの残るその風貌は、思わず守ってあげたくなるほどの儚さと愛らしさを醸し出しており、犯人じゃなくても拐ってしまいたくなるほどだからだ。
別の危機感も生まれてしまったが、とにかく私たち二人は、拐われたタニアさんの居場所を突き止めるべく、この聖なる川と呼ばれる川の畔で犯人を待つことになった。
ちなみに、私たちがいる場所から少し離れた物陰には、ユウリとナギがそれぞれ別の場所に隠れている。
「でもさ、ただこうしてじっと立ってるより、なんかしてた方が怪しまれないんじゃない?」
シーラの言葉に私は考え込んだ。確かにこれじゃ、いかにも拐ってくださいといわんばかりで、逆に罠があるんじゃないかと不審に思われるかもしれない。
「うーん。言われてみればそうかも」
「というわけで、今から恋バナしよう!」
「は?」
初めて聞く単語に、私は思わず間の抜けた顔で聞き返してしまった。
「つまり、恋愛の話だよ♪ せっかくこういう格好してるんだもの! やっぱり女子たるもの、恋の話で盛り上がらないと!」
「えー、でも私、恋なんかしたことないし……」
「それじゃあさ、ミオちんはどんな人が好みなの?」
興味津々で聞いてくるシーラに対し、私はどう対応していいかわからず、しどろもどろになる。
「え~と、あの、その、なんだろう……?」
「一緒にいて、ドキドキしたり、ホッとしたりする人とかは?」
「ドキドキはないけど、ホッとする人ならいたかな」
「誰々?!」
「亡くなった師匠だよ。ずっと師匠のもとで修行をしてたから、家族みたいに安心できる人だったよ」
「そっか……。ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」
「私こそごめん。それに、全然辛くなんかないよ。この前幽霊の姿だったけど会えたし」
申し訳なさそうにシーラが謝るので、私は慌ててフォローする。
「そういうシーラこそ、好きな人いないの?」
「う~ん、アッサラームにいたときは何人か付き合ってたりしたけど、今はいないかな~」
「すごーい!! シーラ付き合ってた人いたの?!」
「すぐ別れたけどね。やっぱり男は顔じゃなくて中身だよ」
そう自分に言い聞かせるように、うんうんと頷くシーラ。経験者ゆえの価値観というものがあるのだろうか。
「ミオちん、アッサラームでこの人いいなって思った人はいなかったの?」
「そうだなぁ、大道具の人ですごく鍛えてるなって思った人はいたけど、別に好きだからって訳じゃなかったし……」
考えれば考えるほど、自分の恋愛スキルの低さが露呈していく。こんなんでいいのだろうか? 私は。
「しょーがない! この愛の伝道師シーラが、ミオちんに恋愛のイロハを教えてあげよう!」
「お、お願いします! 師匠!」
なんだかよくわからないが、いきなりシーラの恋愛講座が始まってしまった。
それから、数十分くらい経っただろうか?
シーラが「自分が興味のある男の人には変に色目を使ってはいけない」という説明を、私が真剣に聞いていたときだった。
「やぁ、かわいらしいお嬢さん方。ずいぶん楽しそうに話をしてるね」
私たちの目の前に現れたのは、二十歳半ばくらいの細身の青年だった。
パッと見た感じ、細い体つきと切れ長の目のせいか女性受けしそうな容姿をしているが、髪の毛が若干ボサボサだったり、服の裾が薄汚れてたりと、所々残念な印象を受ける。
そもそも常日頃から容姿の整ったモテ男たちが隣にいるので審美眼は鍛えられている方なのだ。それにユウリはともかく、ナギでさえも(こう言うと本人には失礼だが)身だしなみには気を付けている方なのだから、二人とも外見に関しては完璧と言わざるを得ない。
なので彼らを見ていると、どうしても他の男性の方が見劣りしてしまう。
目の前にいる男性も例に漏れず、私たちから見るとお世辞にも美青年とは言い難い。
けれどおそらく彼は、私たちをナンパするために話しかけたのだろう。今しがた学んだ、シーラの『ナンパかそうでないかの見分け方』を今の状況に当てはめながら、私はそう推測した。
普通ならここで適当に話を合わせつつ、誘われそうになったら断るらしいのだが、今回はあえて誘いに乗らなければならない。もしかしたらタニアさんを拐った犯人かもしれないのだ。
「そーだよ♪ お兄さんも一緒にお話しする?」
シーラがにっこりと笑顔を見せながら青年に尋ねる。彼は一瞬顔を赤らめたが、頭を振って元の表情に戻した。
「本当かい? なら二人とも、向こうにあるお店で食事でもどうだい?」
彼が指差したのは、私たちが昼間訪れたレストランだった。
「あそこは肉料理とワインがおすすめなんだ」
「ホント?! それじゃあ連れてってよ☆」
「ああ、もちろん」
ワインと聞いて目を輝かせ、青年の腕を絡めるシーラ。その慣れた様子に、私は小さく感嘆の声を上げた。
二人がレストランに向かって歩きだしたので、私もあとに続く。
その瞬間――。
「っっ!!??」
急に後ろから布のようなもので口を押さえられ、羽交い締めにされた。
――嫌だ、怖い!!
なんとなく背後に気配を感じたからもしかしたらと思ったけど、実際にこう言う状況に陥ると、恐怖で頭が真っ白になる。
「今日はツイてるな。上玉がたくさん釣れたぜ」
耳元で、今まで聞いたことがないほど怖じ気立つような低い男の人の声が響いた。
囮とはいえ何かしらの抵抗を試みようとするが、布に染み込んだ変な臭いのせいか、思うように体が動かない。その上眩暈はするし、頭もボーッとする。
「やだっ!! やめて!! 離して!!」
シーラの切り裂くような細い声が、何度も頭の中でぼんやり聞こえる。
だめだ、意識が……。これ以上は、何も……。
このあとの記憶は、ほとんど覚えていない。
男たちがなにやらいろいろ喋っていたようだが、私は呑気にも完全に意識を失っていたらしい。
こんな状況になっていても、心のどこかでユウリとナギが助けに来てくれると信じていただろうか。
でもそれは、自分が敵地へ乗り込むと言う時点で、一番考えてはいけない考え方だったのだ。
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