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江戸時代の珍味

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第一章

                江戸時代の珍味
 徳川光圀は水戸藩の藩主だ。何故藩主になったかというと三男であるから本来はなれなかったがその学問と胆力を見た父に認められ藩主となったのだ。
 光圀自身はこれを不孝と考え一時期やさぐれていたがやがて兄の子を己の養子とし己の跡継ぎとすることで収めた。その彼は家臣達に常にこう言っていた。
「美味いものを食うのはいいことじゃ」
「だからですか」
「常にそうしたお話を聞いておられるのですか」
「そうじゃ。例えばじゃ」
 光圀はここで具体的な例を出す。
「明、いや今は違ったな」
「はい、あちらでは王朝が交代しました」
「清になりました」
「そうじゃったな。あの国のうどんじゃが」
 それがどうかというのだ。
「あれはよいのう」
「かなり変わった作り方ですな」
「あれはまた」
 日本にいる彼等から見てそれは異様とすら言えるものだった。
「鶏の骨を使うとは」
「あれには驚きました」
「しかも麺も細く縮れております」
「うどんや蕎麦とは全く違いますな」
「そうじゃな。全く違う」
 光圀自身もそうだと認める。
 そしてさらにだった。光圀はこうも言った。
「そして他にも食しておるがな」
「牛肉を焼いたものもですな」
「あれもですな」
「牛や馬を食うのもまたじゃ」
 どうかとだ。光圀は楽しげに話す。
「あれもよいものじゃな」
「牛馬といいますが」
「しかしですな」
「南蛮、和蘭の書じゃがな」
 この当時交流のあった西洋の国だ。日本は鎖国をしていたので交流のあった西洋の国はこの国しかなかった。
 その国の書についてだ。光圀は言うのだ。
「その和蘭の者と対しておる通詞に聞いたのじゃが」
「それからですか」
「牛馬を食することを聞かれたのですか」
「あの豊臣秀吉も肉や人参を赤い汁に入れたものを食したという」
 ビーフシチューのことだ。この時代には何と言うか詳しいことはわからなくなってい0たのであろうか。
「そうして煮て食することもあるそうじゃがな」
「しかし殿はですな」
「ああして食されておられましたな」
「網を置き七輪で焼かれて」
 魚と同じだ。炭火で焼くのだ。
「味噌に漬けられたものを」
「そうされてましたな」
「最初は魚の様にそのまま焼いて醤油で食しておったがな」 
 しかし食べているうちにそれを変えたのである。
「味噌に漬けたら美味かろう、そしてもつじゃろうと思ってな」
「それでなのですか」
「味噌に漬けられて、ですか」
「それを焼かれて食される様になったのですか」
「左様ですか」
「そうじゃ。そうしたのじゃ」
 光圀は笑みを浮かべて話す。そうしたと。
 しかもそうした胃朝の麺や肉だけでなく他にも光圀が食したものはあった。それは何かというと。
「あと。あれもじゃ」
「あれはチイズとかいいましたな」
「そうでしたな」
「酪や醍醐ですか、あれは」
 古代より伝えられている食べ物の名前が出た。
「噂には聞いてましたが」
「それでしょうか」
「まあ。牛の乳で作るからのう」
 このチイズも和蘭から聞いたものだ。通詞からのまた聞きであるが。
「それを考えれば同じじゃな」
「やはりそうですか」
「酪や醍醐と同じですか」
「しかし少し違う様じゃ」
 光圀も一応醍醐等について調べてはみた。それでそうらしいものとチイズ、和蘭で食されているというそれを実際に作らせて食べてみた。しかしそれはだった。 
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