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月見酒

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第三章

 それでだ。彼等も止めなかった。むしろその謙信を確かな顔で送った。
 謙信は馬を駆る。そして戦場を駆け抜けていく。その黒い具足と陣羽織に鞍、だが頭巾だけは白いその騎を見て武田の面々も流石に愕いた。
「上杉謙信か!?」
「もしや」
「一騎で切り込んで来るというのか!」
「敵の総大将自ら!」
 猛者揃いの武田の者達もこれには愕いた。それでだった。
 彼等は無意識のうちに道を開いてしまった。左右に。 
 赤い軍勢が割れた。謙信はその中を突き進む。
 それは本陣にいる信玄も見ていた。彼は総大将の座に座ったまま大きく笑って言った。
「面白い、ここまで来るか!」
「殿、ここはですか」
「殿もまた」
「うむ、退かぬ」
 こう周りにいる家臣達に告げる。
「越後の龍、わしのところに来るならば」
「受けて立つ」
「そうされますか」
「甲斐の虎を見せてやろう」 
 その越後の龍に対してだというのだ。
 信玄は動かない、まさに動かざること山の如しだった。そのうえで。
 迫る謙信を見ていた。その右手には刀がある。
 その刀を振り被り龍は虎に言った。
「武田信玄殿とお見受け致す!」
「如何にも!御主が上杉謙信殿か!」
「左様!」
 謙信は駆けながら信玄に応える。
「我が名は上杉輝虎入道謙信!」
「わかった!では参られよ!」
「参る!」 
 こう言葉を交えさせてそのうえでだ。謙信は信玄にさらに迫った。
 馬に乗っている。しかしその馬の突進を見ても信玄はその眉さえ微動だにしない。まさに山の如くそこにいる。
 そのうえで振り下ろされる謙信の刀に対して己の軍配を向けた。彼の他に誰も持つことのできない鋼の軍配だ。
 それで受ける。鈍い音がした。
 鋼と鋼がぶつかり合う音だ。銀の火花も生じた。そして。
 それは一度ではなかった。謙信は斬りつけ信玄は防ぐ。その攻防が激しく行なわれそうしてなのだった。
 やがて周りに武田の兵達が来た。信玄のことを案じてだ。
「殿、ご無事ですか!」
「今我等が!」
「よい」
 しかし信玄は言うのだった。その彼等に対して。
 そのうえで一騎打ちは続くがやがてそれも限界に来た。そしてだった。
 謙信は馬を進めた。そうして言ったのである。
「また機会があればな」
「手合わせをするか」
「そうだ。機会があればな」
 手合わせをしてそしてさらにだというのだ。
「御主を正してやろう」
「ほう、わしをか」
「その幕府の意向に従わぬ奸臣としての振る舞い」
 既に打ち合いは終わっている。そのうえで信玄自身にも奸臣と言うのd。
 そしてさらにだった。謙信はさらに言った。
「必ず正そう」
「ではわしもじゃ」
 信玄も負けていなかった。己の座に座ったままその謙信に対して告げる。
「御主を倒しじゃ」
「そしてか」
「天下に号令しようぞ」 
 その謙信をだというのだ。
「必ずな」
「殺さぬか」
「殺す?馬鹿を申せ」
 やはり謙信自身に対しての言葉だった。
「その様なことはせぬ。断じてな」
「ではどうするつもりじゃ」
「御主をわしの第一の家臣とする」
 そうするというのだ。
「わしの天下に御主は必要じゃからな」
「そうするというのか。ではわしもじゃ」  
 謙信はまた言った。己を家臣とすると宣言した信玄に対して。
「御主を幕府の第一の忠臣にしてやろう」
「ほう、わしを幕府にか」
「御主程の才があれば必ず幕府を支えられる」 
 だからだというのだ。
「それ故にじゃ。わしも御主は殺さぬわ」
「では再び会った時にな」
「雌雄を決し定めようぞ」
 どちらがどちらを正しいのかを認めると。両者はそれを約した。
 謙信は信玄とのやり取りを終えると馬首を返し場を後にした。一騎で駆ける彼にはやはり誰も近寄ることはできなかった。 
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