Fate/WizarDragonknight
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迷子の迷子のチー君
お見舞いでむしろ容体を悪化させた気がするハルトは、まどかとともに廊下を歩いていた。
「いやあ、災難だったな……チノちゃんが」
「本当に災難でしたね……チノちゃんが」
まどかも苦笑いしながら同意する。
駆けつけてもらった医者に任せて、面会に来た二人は、そのまま退散することになった。迷路のように巨大な病院は、少し気を緩めただけで迷子になる。
「あれ? さやかちゃん?」
すると、まどかが声を上げた。真っ直ぐ先には、まどかと同じ見滝原中学校の制服を着た少女が病室のドアに張り付いていた。
「わわっ! まどか?」
青髪ボブカットの少女は、驚きながらこちらを向く。前髪を小さなピンでとめた彼女は、顔を真っ赤に「しーっ!」と指を手に当てる。
「どうしたの今日? まどかも恭介のお見舞い?」
「ううん。違うよ。この前の学校の事件で、チノちゃんとマヤちゃんが入院してるから、そのお見舞い」
「ああ……そっか……二人は回復してないんだっけ。あれ?」
さやかとよばれた少女は、ここでようやくハルトの存在に気付く。
「ねえ、まどか。その人は?」
「この人はハルトさん。大道芸人さん」
「ああ、アンタが噂の」
さやかは頷いた。どうやらハルトの噂は、まどかの周囲では有名になっているらしい。彼女は吟味するように、ハルトを観察している。
「初めまして、だよね? 俺は松菜ハルト」
「美樹さやかです。ふうん……なるほど……」
さやかは、ハルトの下から上をじっと読み取っている。
「まどか。この人がアンタの彼氏なの?」
「ちょっ!」
「どうも。まどかの彼氏です」
「ハルトさんまで乗ってきた⁉」
折角だから少し困らせてみようと、ハルトはそう答えた。するとまどかは、期待通りにびっくり仰天。
「ちち、違うよさやかちゃん。私たちはその……」
「およ? 言葉にできない関係?」
「違うから! ハルトさん……」
「我々の関係をそうおっしゃるか……私は悲しい……オヨヨヨ」
ハルトは我ながら似合わない声色で泣きまねをする。ますます困ったまどかだが、その終止符を他ならぬさやかが打った。
「まあ、それは冗談なんだけどね」
「冗談に思えないよさやかちゃん!」
さやかは悪戯っぽく笑う。
まどかはふくれた顔になり、
「さやかちゃんだって、上条くんの病室の前で何してたの?」
とい言った。
明らかにこれは入っていいのか迷っているだけでしょという言葉を抑える。
「あ、さっき言ってた友達って……」
「うん。さやかちゃんのこと。これって、言ってもいい?」
「うん」
「さやかちゃんの友達……上条くんっていうんだけど、ずっと入院しているの。ここの病室で」
「恭介はさ……ずっとバイオリニストを目指して頑張ってきたんだ」
まどかの説明を、さやかが引き継ぐ。
「事故でさ。両腕が、バイオリニストとしてはできなくなる怪我。お医者さんによれば、もう医療で助かる見込みはないかもしれないって」
「それ……本人は知ってるの?」
「うん。それに、そもそも何となく分かっていたって」
さやかが病室を少しだけ覗き込む。引き戸の間にわずかに漏れる夕日の光を、彼女は悲しそうに見つめていた。
「できることなら……代わってあげたいよ。こんなアタシの腕なんて、多少使えなくなってもいいのにさ……何だか、ごめんね。初めて会った人にこんな話」
「いや。いいと思うよ。そういう、他人のためになんでもって、俺は知らない気持ちだから」「そう?」
力なく微笑んださやかは、ふうっと深呼吸する。
「じゃあね。まどか。また明日」
「う、うん」
走り去る彼女の姿を、まどかが不安そうに見送っていた。
「……ねえ、ハルトさん」
さやかの元気そうに見える後姿を見送りながら、まどかが尋ねた。
「何?」
「私……もしも、私が、上条くんの腕を治すよう願ったら……キュウべえに……」
「それは絶対にやってはいけない」
それ以上は言わせるものかと、ハルトは堅い声で返した。同時に、施設周囲を警戒する。白い壁、白衣。エトセトラ。だが、どこにも神出鬼没な白い小動物はいない。
改めてハルトは、
「あの営業動物に何を言われても、聞いてはいけないと思うよ」
「でも……上条くんは」
「感謝するだろうね。さやかちゃんも同じだろうけど。でも、それだけだよ。君はそれだけのために、一生ほむらちゃんのように戦えるの? 俺みたいに戦うの?」
「それは……でも、こんな私でも誰かの役に立てるなら……」
「自己犠牲が美しいのは、物語の中だけだよ」
全ては、まどかを魔法少女というものにしようとする、キュウべえという妖精のせいだ。まどかを魔法少女にしようとして、事あるごとに願いを叶えるといい、またハルトにとっては聖杯戦争に参加させた元凶でもある。
「でも……」
だが、中学生の少女には、それでも理解できていないようだった。
ハルトは、少し残酷だが、具体的な話をしようと判断した。
「君が仮に、魔法少女になったとしてだよ。家族はどう思うの? タクミ君は? お姉ちゃんがある日からいなくなったって聞いたら、悲しまない?」
「うん……」
少しは分かってくれたのだろうか。まどかは、ゆっくりと頷いた。
「お姉ちゃん……」
迷子だ。
病院外の敷地で、ハルトはそんな事態に遭遇した。
広い敷地の中庭。中世のお茶会のような白いオブジェが設置されている優雅な場所で、ごくごく普通の少年が泣いていた。
ハルトとまどかは少し顔を合わせ、近づく。
「ね、ねえ。どうしたの?」
まどかがしゃがみながら尋ねる。だが、少年は「お姉ちゃん……!」としか口にしない。
「ね、ねえ……君。迷子だよね? お名前は?」
「お姉ちゃん、どこ?」
四、五歳くらいの少年は、まどかの言葉に応えない。いよいよ困り果てたまどかに、ハルトは交代を申し出た。
「ど、どうするんですか?」
「こういうのはね、まず安心させた方がいいんだよ」
ハルトは子供の前でしゃがみ、両手を合わせる。握りを作り、子供がそれに気付くまで数十秒。
「いい? 見てて」
種も仕掛けもございません。ハルトがぱっと手を離すと、その中には、いつの間にか手のひらサイズの折紙飛行機があった。
「……?」
泣き止んだ少年がじっと飛行機を見つめている。上手くいったと内心喜んだハルトは、その飛行機を飛ばした。
夕焼け空へ滑空する飛行機の後を、少年はじっと見つめている。
「もう一個見せようか?」
ハルトの言葉に、少年は元気に「うん!」と頷いた。
「よし。そうだな……何か、好きなものはある?」
「好き? うーん……」
少年は、少し考えた。「よーく考えよう」という、何度か聞いたことがあるフレーズを口ずさみ、ようやく結論を口にした。
「鳥さん!」
「鳥?」
丁度頭上で、烏が鳴いた。
「うん!」
「よし。じゃあ、見ててね」
ハルトは両手をよく見るように言う。何もない掌と手の甲。左右に何もないことを示したハルトは、右手で筒を作り、その上に左手をかぶせる。
「そういえば、君、お名前は?」
「僕、チー」
「チー?」
「チー……」
少年は、なぜか口詰まる。幼子には言いにくい名前なのかと判断したハルトは、
「じゃあ、チー君、かな?」
「うん! みんなチー君って」
「じゃあ、俺もチー君って呼んでもいいかな?」
「うん!」
「ありがとう。じゃあ、これはお礼」
ハルトは少年チー君の視界を遮るように、左手の蓋を開ける。すると、右手の中には、小さな折鶴が収められていた。
「鳥さん……!」
チー君は、目をキラキラさせて、それを掴み取る。
「鳥さーん!」
チー君は折鶴を掲げ、まどかにも見せつける。
「うん。鳥さんだね」
まどかも頷いた。
ハルトはチー君の頭を撫でたあと、
「君のパパとママはどこ?」
と尋ねた。
しかしチー君は首を振る。
「ママは大好き。パパはよくわかんない」
「……?」
よくわかんない。親を形容するには少し不自然に思えたハルトは、
「そっか。じゃ、お姉ちゃんはどんな人?」
と聞き直した。
すると、チー君はぱあっと顔を輝かせた。
「お姉ちゃんは大好き! いつも一緒!」
「そ、そうなんだ」
「でも、お外ではぐれちゃった……どこにいるか分かんない」
そう言われて、ハルトとまどかは顔を見合わせる。
「どうしよう……まどかちゃん?」
「お姉さんが来てくれるのを待つしかないですよ。こういう時は、迷子になったところから動かないに限ります」
「そういうものか? まあ、だったら……」
ハルトは、再び小さなお客様に、ちょっとした手品を見せる。一つ一つが彼には新鮮なのだろう。目をキラキラさせている。
「よし。じゃあ次は……」
「見つけた!」
花を鳩に変えたハルトは、頭上から降ってきた声に反応する。
病院の壁となる、無数のガラス。そのうち一枚。天井付近のガラスより、青空のような髪が突き出ていた。
まどかよりも少し年上くらいの少女。ツーサイドアップの彼女は、同じく蒼い瞳で、チー君を見下ろしている。
「ちょっと待ってて! チー君! 今行くから!」
彼女は大声で身を乗り出している。そして、
あろうことか、支えである手を滑らせた。
「え?」
「え?」
ハルト、まどかもともに茫然としている。
体の比重が、徐々に外側が大きくなっていく。
それはつまり。
病院の窓から外に出てしまったということで。
「きゃあああああああああああああああ!」
蒼髪の少女の悲鳴が上がる。
高層ビルも顔負けの高さからだから、間違いなく落ちれば彼女の命はない。
「やばっ! 変身!」
『ハリケーン プリーズ』
ハルトはノータイムで、エメラルドの指輪を使用。
ハルトの前に現れた、突風纏う魔法陣。緑のそれをくぐり、ハルトは風のウィザードとなる。
そのまま上昇、蒼髪の女性をキャッチ。緑の風とともに、地面に降り立つ。
「ふう……大丈夫?」
お姫様抱っこをしたまま、ウィザードはハルトに戻る。蒼髪の少女は、「へ? へ?」と、金魚のように口をパクパクさせている。
「お姉ちゃん!」
彼女を下ろしたタイミングで、チー君が駆け寄ってきた。蒼髪の少女の腰に抱きつき、それでようやく彼女は我に返る。
「はっ! チー君、どこ行ってたの? 心配したのに」
「えへへ」
蒼髪の少女の注意も、チー君は笑って答える。
「お兄ちゃんからこれ貰った!」
チー君は、折鶴を見せびらかす。蒼髪の少女はチー君の頭をなでながら、
「全くもう……あ、ごめんなさい。面倒見てもらっちゃって」
「いえいえ」
まどかは手を横に振る。
「ハルトさん……あ、こっちの人が色々とやっていたので、お礼はそちらに」
「そうですか。改めて、ありがとうございます」
蒼髪の少女は、ハルトに改めて頭を下げた。
「あと、さっきは助けてくれて本当にありがとう」
「別にいいって。でも、窓から身を乗り出すのは危ないよ」
「はい」
ニッコリと笑顔を向けられ、ハルトは頬をかく。
「本当にありがとうございました。ほら、チー君も」
「ありがとう! お兄ちゃん!」
蒼髪の少女に連れられ、チー君はそのまま病院の入り口へ消えていった。
まどかがにっこりと見送っていたが、ハルトは動かずにじっと蒼髪の少女を見つめていた。
「ハルトさん?」
「ん? あ、な、なに?」
「どうかしました?」
まどかがこちらの顔を覗き込む。
ハルトは大慌てで首を振った。
「べべべべべ別に⁉」
自分の声が思わず上ずったことに、ハルトは気付くこともなかった。
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