SAO--鼠と鴉と撫子と
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16,刀の重み
私の愛刀<シデン>から伝わってくる重みは現実世界と一緒だった。
あの日、道場で稽古していた時に先生から貸していただいた時の思い出は今も覚えている。
ズシリと伝わる鉄の重さ。
振ろうとする度、返事をするかのように刀身はかちゃりと音を立てる。
型の稽古として20回程度終えて、ようやく休憩がかかった時には全身汗まみれで、刀を支えているのがやっとの状況だった。
「先生。こんな重いもの、私には扱えないです」
感想を聞かれて、当時高校生だった私は息も絶え絶えにこう言ったはずだ。
数人いた他の生徒も同じ意見を述べていく。
ややあって先生は頷き、こういった。
「それが、剣を振るう重さです。皆、忘れることがないように」
この言葉は今もあの重さと共に私の胸にある。
刀とは命を刈るもの。そして、それは誰かが気軽に振りかざしてよいものではない。
そんな大事なことを教わったのは、仮想現実技術が提唱される前の高校時代のこと。
仮想現実の生物とそんな刀で命のやり取りをするとは、想像すらできなかった。
アインクラッドでの私の生活は素振りとともに始まる。
学生時代からの習慣というのは恐ろく、素振りをしなくては体の調子が上がらない。もはや呪いといってもいいだろう。
曲刀でしかできなかった今までとは違い、今の素振りは手ごたえを感じる。
曲刀が嫌いというわけではない。ただ、やはり日本刀は別格なのだ。
パラメーター化された私は日本刀の重みを度返しして振り続ける。
200回ほど振り込んだところで日課を終了し、この世界での剣技の修練に入る。
居合、連撃、三段突き――現実世界ではまだまだ習得できない領域まで私の技は冴えわたる。
しかしこの剣技の冴えは私個人のものではない。システムによって体に引っ張られた仮初のものだ。
現実の私の剣道はこの世界でのシステムに劣っているとは認めたくない。
あの大切な日々が嘘になってしまいそうで、私は剣を振るう腕を一段と引き絞った。
連撃がようやく繋がる様になってきて、私はようやく修練をやめた。
すう、と息を吐き深呼吸をする。朝の澄んだ空気が私の中を巡る。
剣の迷いは心の迷い――これは真理なのではないかな。
剣を鞘にしまい、礼法を済ませて立ち上がったところで、後ろに向かって声をかけた。
「盗み見は感心しないですよ。アルゴさん」
「やれやれ、気づかれてたカ。オイラの隠蔽スキルはかなり高い筈なんだけどナ」
背後の空間が陽炎のようにユラユラと揺れる。
空間が剥がれ落ちる様に見知った顔――アルゴさんが姿を現した。
「根っからの武闘派にはあるらしーナ。そういう気配探知みたいなノ」
「私は未熟なので瞑想中ぐらいにしか気づきません。なにをしていたんですか?」
そこで、私は自分の過ちに気がついた。この人と話すうえでの大前提は疑問形を作らないことだ。
予想通り、右手が差し出される。会話を終わらせてもよかったが、このままでは気味が悪い。
しょうがなく、私は100コルをその手にそっと乗せた。
「まだまだ珍しいカタナスキルの研究が第一だナ。ヤー嬢の振りが速すぎて太刀筋が見えなかったけどサ」
「それなら今日一日かけて、見せるはずでしょう」
「予定は空けてくれたんだナ。おねえさん、嬉しいゾ」
アルゴさんはニヒヒ、と笑った。
そう、なぜ迷いを絶ちたかったかといえば、他でもない。
この鼠のアルゴと私はパーティーを組んで、私の刀スキルの検証を行うのだ。
そして、何を隠そう、私はこの鼠のアルゴが苦手なタイプに他ならなかった。
「ま、ヤー嬢の他にもスペシャルゲストが登場予定だヨ。期待しておいてくれよナ」
スペシャルゲスト?一瞬、頭がそちらに切り替わるが、今はそのふざけた呼び方のほうが先だ。
自分史上、最も怖い顔を作りながら、
「それは構いませんが、私のことをヤー嬢と呼ぶのは止めてもらいたい」
「ん、ヤー嬢はヤー嬢だナ」
ほら、この態度。
こちらの意見になんてアルゴさんは聞く耳を持たないんだ。
清廉な修練をしていた筈なのに、汚された気がした。
私は今、あなたへの迷いを晴らしたところなのに。
「この際だから言いますが、私はあなたのことが嫌いです。情報屋としてのあなたは節操がなさすぎる」
「そうか、オイラはヤー嬢のこと好きなんだけどナ」
意にも返さず、そのふざけた髭をありもしないのに弄っている。そういう態度も正直、苦手だ。
「もういいです。失礼します」
私はカタナの鞘を掴んで足早に立ち去ろうとした。アルゴさんの横を通り過ぎようとした時、
「――――――――だけどナ」
とアルゴさんがボソリといった。
「――ェ?」
「オトメの秘密を聞き直すなら、10000コルだゾ」
アルゴさんはニヒヒと笑って宿の中に駆け込んでいった。
また、からかわれたのか。
そう思って私も朝食を頂くべく、宿の中へと入っていった。
そもそものきっかけはあの日、私がエクストラスキル「刀」を公衆の面前に晒したことに起因する。
出現情報こそ分かっていたものの、結構な曲刀スキル熟練度を必要とするカタナスキルはまだ狙って出せているものは少なく、スキルの詳細は皆無に近い状態だった。
そんな中、最強の情報屋であるアルゴさんにそれを知らせてしまったのは、警察署の前でナイフを振り回すようなものだ。
根掘り葉掘り聞かれたあと、私はアルゴさんの目の前でカタナスキルを見せることになってしまった。
昼は狩り、夕方はデュエルという形で。
私は集合場所の主街区転移門前へと向かうべく、市場の中へと入っていくが足取りは重い。
クロウさんは別行動らしいし、アルゴさんと二人でどうやって過ごせばいいのだろう。せめてキリトさんあたりが付いてきてくれればいいんだけど。
転移門が見えてきたところで、私は一度路地裏に入り込んだ。
崩れ落ちるように座り込むと、ため息が自然と漏れてしまう。人目がないとはいえ、なんてだらしのない。
たかが、数時間。それだけ狩りをすればいいだけだ。
深く深呼吸。それを繰り返す。いつも通りとはいかなくとも、せめて私らしく振る舞わなくては。
意を決して転移門前に姿を出すと、数人の人影の中に馴染みのフード姿はなかった。
もしかしたら早く着きすぎたのかもしれない。仕方がないので、ベンチに腰を下すと、転移門へ走り込んでくる男が見えた。
頭には柄の特徴的な赤いバンダナを巻き、髪は赤く逆立っている。
息を吐くその顔は無精髭が生えていて荒っぽく、新宿辺りでみたら、職質をかけるに違いない。
全身を和風の甲冑で包み込んだ男に注目したのは他でもない。その腰の得物が私と同じカタナだからだ。
――スペシャルゲストも登場予定だヨ
都合よくやってくるカタナ使い、息は荒くまるで待ち合わせに間に合わせるかのように走り込んできた。
「おはようヤー嬢。ついでにクー助。じゃあ出発だな」
いつの間にか姿を表したアルゴさんの言葉により、私はああ、この人がスペシャルゲストか、と遅まきながら理解した。
終わってみれば、他愛のない。そんな印象の狩りだった。
最前線から遠く離れた15層での狩り。
私もクラインさんも新参ながら攻略組を名乗るだけのレベリングをしていて、楽勝の相手との戦いだった。
「うーーん、ちょっと相手が弱すぎたかもナ」
帰り道でアルゴさんが唸るのも無理はない。
危なくなれば手を貸すという条件だった情報屋はついにフィールドで一度の戦闘もする事はなかった。
遠くでこちらの戦いを記録するだけで、敵は私やクラインさんが浮舟と緋扇の連続ソードスキルで倒して回る。
そんな時間を二時間ほど続け、狩り場を変えてさらに1時間。
退屈と言っては可笑しいが、しかし有意義でなかったのは確かだ。
「しかしアルゴよう、このあとは対人でのスキル検証って何すんだよ?」
クラインさんは無精髭を触りながら声をかける。それは私も気になっていた。
対人性能なんて調べて一体、何になるのだろう?
あ~~それか、とアルゴさんは鼻にかかった声を出し、
「ウィークリーアルゴで書こうと思ってナ。人気になりそーな気がするんダ」
とニヒヒと笑いだした。
「人のスキルと対戦成績で小銭を稼ぐんですか」
対する私の声は陰湿そのままだ。
下らない狩りに加えて、こんな見世物にまで参加させられるなんて。
善意でこの人に協力なんてするんじゃなかった。
漏れ出てしまう気配はどうしようもなく、それでもアルゴさんは相変わらずどこ吹く風だ。
クラインさんは私の横で苦笑いしながら、髪をグシャグシャとかいている。
本当に困っているのだろう。
私のせいで、本当に申し訳ないと思うが、私自身どうしていいのかがわからないのだ。
アルゴさんは、足を止めた。目の前にはいつの間にか圏内村が現れている。
「それではスペシャルゲストの登場ダ」
村の一角の家から示し会わせたように1人のプレイヤーが此方へと歩いてくる。
黒のコートに盾なしの片手剣。顔は中性的で見方によっては少女にも見えなくはない。
「ーーキリトさん!!」
「おお、マジかよ。キリトじゃねぇか!!」
本当のスペシャルゲストは私たちのテンションの上がった呼び声に対し、
「やぁ、ヤヨイさん。それと……クライン」
とやや強張った声で答えたのだった。
後書き
まずはみなさん、明けましておめでとうございます。
本当は30日くらいに投稿しておきたかったのですが、残念ながら新年初投稿と相成りました。
こんな感じの見切り発車&プロット崩壊中ですが、どうか今年もよろしくお願いします。
まあ、説明回ですね。
次回の展開はご想像の通りです。
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