儚き運命の罪と罰
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第二章「クルセイド編」
第十六話「黒と金」
ミッドチルダにて…
「……ふむ、お前が高町なのはか。」
「は、はい…」
実に奇妙な光景だった。片や才能は有るとは言え嘱託魔道士で10にも満たない少女
それに対しー
「…お前はなぜそんな眼をしている?」
「ふぇ?」
「目が暗い。」
「…友達を助けられなくて。」
なのはは今でも思い出す。
次元震に捕われ落ちていった彼らのその表情をーだがそれでもなのははその手に握る杖を捨てられないでいた。なぜか?そんな事は本人にも説明できなかった。ただ少なくともレイジングハートの為ではなかった。その為なら彼女はきっと自分ではない使い手を探し出してやるだろう。
「…そうか。」
そう言って先程まで会話ーと言えるような長いものではなかったがーなのはとしていた黒い長髪をたなびかせる男は去っていった。
颯爽と去っていった彼に対してなのははどっと疲れたようにその場に座り込んだ。
「怖かった…」
口をついて漏れた本音。なのははかつてリオンに叩きのめされた時でさえもこれ程の恐怖を感じたことは無かった。射殺さんばかりの彼の眼光はなのはを蛇にただ食される蛙と同じにしてしまう。地の底から来る様な低い声はただただ畏怖すべき対象なのだと主張する。
男の名はテュール・クロムウェル
管理局が誇る、今代の「エース・オブ・エース」だ。
周りが騒音を立てる。
「彼女ほどの才能の持ち主でもテュール准将の目には適わなかったとは…」
「いやはや恐ろしいことです、これでは何時になったら現れるのやら…」
「困ったものですな…もうあの方は前線を引退しても良い年頃で立場なのに。」
雑踏の中からリンディがでてきてなのはの手を掴んだ。
「大丈夫、なのはさん?顔色悪いわよ、医務室へ…」
「大丈夫です、リンディさん。ちょっとふらついただけ。」
とは言う物の今にも倒れそうな顔をしている彼女はとてもそんな状態には見えなかった。
リンディは彼女を支えながらたたせ「仕方ないわよ」と口にした。
「相手があのテュールでは…仕方ないわよ。」
むしろ立っていられるなのはを誉めてやるべきだとさえリンディは思った。
「母さん。」
「クロノ、なのはさんを連れて行ってあげて。」
「わかりました、ほらなのは。行こう。」
「………うん。」
「知らない…そんな事は知らない!」
フェイトは絶叫した。
「どうして…私は何も!」
「落ち着け。」
「私は…こんな事をされるようなことをした覚えは無い!」
「落ち着け!」
リオンが怒鳴りつけて漸くフェイトは黙った。けどそれでも完全に状況は理解していないのだろう。
体は震えて目は泳いだ。
「どうして…」
こんなの酷すぎる。フェイトは始めて世界を恨んだ。だって彼女は聖人君主ではないがここまでの扱いを受けなければならない罪人ではない。それにもし仮にそうだったとしてもたった9才の女の子なのだ。それがいきなりお尋ね者。その苦悩は人に計り知れる物ではない。
「これが現実だ。」
それでもリオンは揺らがない。
「僕達は追われる立場となった。」
「嘘だ。」
「本当の事だ。」
「嘘だ…嘘だ!」
リオンは手を伸ばしてやろうとした。車椅子の上からじゃフェイトの頭には届かなかった。それでも手にはとどいたので握ってやった。
「こんなの…おかしいよ…」
同じだ。リオンはそう直感的に思った。この娘…フェイトと自分は同じだ。過程は違えど世界すらも敵に回そうとしているこの少女。リオンはゆっくりと手を伸ばすために車椅子の向きを代えた。
「覚えておくといいですよフェイトちゃん。」
突然リオンの膝の上においてあるシャルティエが口を開いた。
「僕は君に頼られると…気分が良いんです。」
「シャルティエさん…」
「大丈夫ですよ、坊ちゃんと僕がいれば………坊ちゃんのこの足が治ったらどんな奴がきても叩き潰せるくらい僕達は強いですから。だから、心配はいりません。」
「最後のは何だったんだシャル。」
車椅子を治療院の脇に止め、リオン達の気分など意にも介さぬ蒼い空を見上げて相棒に訊いた。
「坊ちゃんの気持ちを代弁してあげただけですよ?」
人間にしたら実にすまし顔だったことだろう。リオンはシャルティエにコイツ…と思う事はあっても彼に腹を立てることは無い。軽くフンと鼻を鳴らすだけだ。
「て言うかなんて言うかこう…不可抗力であんな目に会う娘を見るのもつまらないじゃないですか。」
「…そうだな。」
楽しい筈が無い。リオンに過去を思い出させる。勿論目を背けてはいけないものだ、だが楽しい筈が無い。
だからこそ自分と同じ道はフェイトには歩ませたくない。その為にリオンは足が使えない=戦闘ができない今は頭をフルに回転させて今後の策を練り上げる。
「坊ちゃん。」
「…………取り合えずツァーライト一味の協力を得るのはもう確定だろうな。エレギオ・ツァーライトがどんな人間か知らないがあの男があそこまで言うのだから概ね信頼には値するのだろう。」
「しかし…」
「言うなシャル。確かにこれは博打だ。だがどの道エレギオが世間で言われるような相手なら足が動かせない、今どう足掻こうと僕たちはお終いだ。だったら信じるしかない。信じて、活路を開くしかないんだ。」
「……………確かに。」
「シャル、僕を信じてくれ。信じていれば活路はある、必ずな。」
自分にも言い聞かせるようにリオンはシャルティエの柄を握り締めた。
…同時に自分はなんと無力だろうと思った。たかが足の二本が調子が悪いくらいでここまで消極的になるのか。そんなリオンの心の内を代弁するようにその声は響いた。
「本当にそうかな?」
「なっ!?」
リオンには声ではなく銃声のほうが響いたが。
車椅子に乗りながら圧倒的な反応速度で空中の魔力弾を叩き落した。
「………今のは。」
「車椅子でよく反応するじゃねえの。」
ライフルを担いだ男が茂みの奥から現れた。
直接見るのは初めてだったがリオンはその顔を良く知っていた。
「エレギオ・ツァーライト…何のつもりだ?」
男…エレギオはケラケラと笑った。
「さあて何のつもりだろうな?」
「答えろ!貴様は何を考えている!」
「さあてな…こういうこと考えてんのかもなぁ!」
さっきよりも更に速く銃口が火を噴いた。
「ラピッドファイア!」
音速を超える魔力弾が放たれる。剣で防ぐのは不可能と判断したリオンはシャルティエを構えた。
「シャル!」
「了解です!」
「「アースビット!」」
咄嗟の晶術で土色の球体を作り出しなんとか魔力弾を防御する。エレギオは「やるねえ」と口笛を吹いた。本来なら決定的な隙、リオンは逃すまいと電光石火の速度で打ちかかるだろう。
だが忘れる無かれ、リオンは今車椅子に乗らなければならないほどの怪我人だ。初日に無理やり歩きはしたがあんなよれよれでは老人にだって劣る。さらに悪いことにエレギオの放った弾丸は車椅子の車輪を打ち抜いていた。これではもうリオンは一歩の距離も移動することはできない。
「クソッ……………何か手は無いか?」
「貰ったぁ!」
既に銃の先の魔力刃がリオンの目の先に来ていた。
「させるかっ!」
この距離なら座りながら振る剣でも奴に届く!
そう判断してリオンは水平にシャルティエを振り抜いた。だが足が使えないのに剣技も糞も無い。
剣は無情に空を切ってエレギオは今度こそ勝利を確信した顔になった。銃剣の切っ先が無防備なリオンに再び襲い掛かる。
(ここまでか…!)
「ここまでか、とか思ってねえだろうな?」
銃剣は目と鼻の先から、動かない。
「な…にを。」
「クソッタレが。俺はお前みたいのが大嫌いなんだ。」
銃剣が一閃する。リオンは防ぐ事もできずただただ激痛に呻いた。
……それでも血は一滴も零れなかった。
「ひ…非殺傷設定だと…?」
凄まじい異物感にむせながらリオンはそう尋ねた。先ほどまでの顔とは打って変わってエレギオは無表情だったーだがリオンには今のエレギオの方が怖い。恐ろしい冷酷さと静かな怒りを共存させる目。
「少し寝てろ頑固野朗。」
それはどういう意味だと聞く間もなく、ただ攻撃を受けた。
(目が覚めたら…この足は治ってるんだろうか)
今度こそ痛みもなく、リオンは意識を手放していった。
エドワードは目を丸くした。
「随分速いお帰りじゃないかエレギオ、ジャック。」
「まあな。一応怪我は無いけど見てくれ。」
「あいよ…それより外のあれはなんだ?」
窓から見えた戦いの事を暗に口にした。
エレギオは即答した。
「試した。」
「なるほど、まあ頭は悪くない奴だからお前の意思も酌めるだろうよ。」
「それを聞いて安心した。馬鹿にはわからない事だからな。」
既に先ほどの戦いで気絶したリオンは彼の部屋に逆戻りしていた。
エレギオは苦笑した。
「車椅子に乗りながら俺の魔力弾弾いたぜ。何者だよあれ、どっかのサイバー戦士かなんかか?」
「自分で拾った奴を傷つける奴が言うか。」
「悪い悪い、でもエドよお。俺は魔道士としては火力でガンガン押す派でもないし手加減してたけど……それでもれっきとしたエース級魔道士の魔力弾だぜ?しかも一発目は不意打ちだったってのに弾いた。そりゃあフツーに気にならない?」
「お前不意打ちもしたのか、やり過ぎ。」
「うっせ、それも非殺傷設定だっての…ちょい話がずれたけどどうよ?」
「お前俺が魔法にあんまり詳しくないの知ってて相談してるだろ?………まあ気になるな。」
「だろ?」
エドワードが入れたコーヒーをエレギオも口にし始めた。端から見ればまるで親子のようだ。特にエレギオは比較的童顔(無論これはエレギオのコンプレックスである)なのでそう見える。
「何かの特殊戦闘員…とか。」
「何かってなんだよ、あれが一介の戦闘員だったらそれはもう神秘の世界だぜ。」
「そんなにか。」
「もしアイツが万全の状態だったら俺より強いのは間違いないな。」
「そうか…」
「なんだ、案外驚かないのな?」
「お前と関わってればこの位どうってことはないさ。」
「俺達、の間違いだろ?」
「主にお前だ。」
「そりゃあないぜ。まるで俺が疫病神みたいじゃないか。」
「自分の胸に今までの所業を聞いてみろよ。」
エレギオは首を竦めた。思い当たる節は………正直な所、有り過ぎる。
反論などできる筈もない。
「だってよぉ…」
「だって?」
「緊急事態ってのは突然嫌って来るものじゃねえかよぉ。」
「お前の場合その緊急事態って名前の嵐に全速前進するからいけないんだろうが。少しは自重しやがれこのスットコドッコイ。」
「スットコドッコイ……それ、死語だぞ。」
「なんだ、俺がおっさんだって言いたいのか?」
「事実そうじゃねえか。」
「…覚えてろよ。」
(うわ、やべ。流石に言い過ぎたか?)
前にも同じようなことでエドワードをからかったことがあったがその後にものすっっっっごく沁みる薬を塗りたくられた事があったので流石にヤバイと思いフォローすることにした。
「まあアラサーには見えないしまだまだ若々しいよ。うん若々しい。」
「棒読みだな。」
「うそぉ!?ちゃんと心を籠めて言った筈なんだけどな………」
「やっぱり嘘かこの野郎。」
「ゲッ!?しまった今のナシ!ナシでお願いしますぅ!」
「雉も鳴かずば打たれまい。百回暗唱しろ。」
「Nooooooooooooooooooooo!!!」
「なんだなんだ、何の騒ぎだ?」
奥からアフロの14才位の少年が現れた。
「あ、エレギオの兄貴。帰ってたんですか。それとエドさんちわーす。」
「スプーキーお前何ヶ月篭ってた?風呂さっさと入って来い。今すぐ入って来い。」
「え?エドさん俺そんなに臭いですか?」
「くせえ。今のテメェは悪臭の権化だ……………うわっ!?よるな、こっちくんなテメェ!!!」
「おわっ!?お前どうなってやがる!?」
「復活しての第一声がそれっすか兄貴ェ………」
傷ついたようにかぐかわしい臭い漂わせるアフロボーイことスプーキーはとぼとぼとシャワールームの方へ歩いていった。可愛そうなスプーキー、取りあえず体中を浄化してくれとエレギオもエドワードも心の底から願った。
「………ふぅ。悪い奴じゃないんだけどなスプーキーも。」
「アレは悪い癖だな。衛生管理はしっかりして欲しいもんだ。」
「もっとも俺達アレに助けられてんだけどな。」
スプーキー・モロドフ。情報屋「もぐらのあなぐら」店主のモール・スモールマウスと合わせてドラギオンの産みの親だ。エレギオもエドワードもスプーキー以上の工学者は知らないしモール以上のコンピューター技師も知らない。14歳と12歳にして天才と呼ばれるべき少年二人だった。
更に二人とも性格が悪くはない。科学者に多いMADな気質もない…のだがスプーキーの方には唯一研究に没頭すると暫く周りが見えなくなってしまう癖がある。彼の欠点らしい唯一の欠点だ。
………ただその弊害は計り知れない。今のように歩く公害になったり(その特殊な髪型ゆえにとてもそうなる事が多い)栄養失調で突然ぶっ倒れたり眼を放すと何を仕出かすか解らない部分もある。根は非常にまじめなのだが…
「そういやジャックは?」
「アレ、お前気付いてなかったの?」
「誰かさんが俺の患者をぼっこにしてたからな。絞め殺してやろうかと思った。」
「あ、アハハ。悪かった。」
「それは本人に言え…でジャックは?」
「マークと一緒。ドラギオンもな。」
「ドラギオンはマークにだけは優しいからなあ…ジャックとは一番仲が悪い筈なのに不思議なもんだ。」
「俺達には永遠に理解できないことなんだろうよ。」
「全くだな。」
エレギオは「次元世界七不思議」にも匹敵する謎だと思う。
付き合いの長いエレギオとエドワードの二人でも首を捻ることなのだ。
ツァーライト一味の切り札である龍機ドラギオンは確かにこの上なく凶暴な性格であるが決して嫌味な奴ではない。誰かを自分から敵視したりすることは無いのだ。…………ただ一人を除いては。
そのただ一人があろう事か操縦士ジャック・サリヴァンなのだ。一体どうして?と首を捻る話である。エレギオ達にも理解できない。嫌いな奴になんでそんな全幅の信頼を置くのか。
「………で、お前散々逃避してきてるがどうやってリオンにやったことの説明するつもりなんだよ。」
「ああーその話題は敢えて回避してたのにーー!!」
格好をつけて大丈夫、リオンならわかるみたいなことを言っていたエレギオだったが。
…いや、それ自体には間違いは無い。
ただしそれはエレギオがちゃんと説明できればの話なのである。
「………………そんな眼で見られてもな。お前チワワか、としか言いようが無い。」
「………駄目、ですか?」
「当たり前だ馬鹿野郎。」
「ですよねー。」
「ふざけてる暇があったら考えて来い。」
「はぁい………」
とぼとぼと寝室に帰っていった。エドワードにはわからなかったがあの会話の間恐らく腕輪からも小言を言われていたのだろう。そしてそれは寝るまで続く。同情の余地は無い。
「good night 我等がリーダーさん。」
優しいエドワードはそれでも少しはその小言がすこしは軽くなるように本の少しだけ祈ってやった。
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