カーク・ターナーの憂鬱
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第13話 その頃 トーマス・ミラー
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦723年 帝国暦414年 9月末
惑星エルファシル 軍事宇宙港
トーマス・ミラー
「良し、第552陸戦大隊、本部付は集まれ!」
本部付き小隊を取りまとめる軍曹の掛け声に合わせ、大隊本部付き小隊が軍曹の前に整列する。軍曹の指導は厳しいものだったけど、ちゃんとメリハリを付けてくれる。先輩のクラーク上等兵に言わせると、上官としては当たりの部類に入るらしい。
惑星エコニアで軍に志願してから、10か月の新兵訓練カリキュラムを終えた僕は、第552陸戦大隊の本部付きを拝命した。本隊は僕が新兵訓練に参加した頃から、ダゴン星域に属する惑星カプチェランカに派遣されている。ダゴン星域と言えばリン・パオ、ユースフ・トパロウル両元帥が帝国軍を撃滅したダゴン星域の会戦が有名だ。ただ、コルネリアス帝の大親征の際に惑星カプチェランカは帝国軍に占拠された。
豊富な天然資源を有しつつも、極寒の惑星である惑星カプチェランカ。大親征を跳ね返した同盟軍ではあったが、極寒の惑星は一年の半分は猛吹雪であらゆる軍事的活動を拒絶する。コルネリアス帝の功績を失うわけにはいかない帝国と、同じく建国以来、初めて帝国軍を撃破した会戦の場であるダゴンを失うわけにはいかない同盟は、猛吹雪の合間を縫うように地上軍に補給をしながら、血で血を洗う陸戦を繰り広げている。
「喜べ、大隊長であるシャープ大佐から軍資金を預かった。エルファシルでの補給が終われば、我々はダゴン星域に向かう。エルファシルでしっかり充電する様にとのことだ。小隊はこれより歓楽街へ侵攻する!任務はとにかく楽しめだ。ついてこい!」
軍曹を先頭に小隊が動き出す。僕たちは補充兵扱いだ。今は本部付きだけど、慣れた所で各小隊に配属される事になる。もっとも軍曹からは帝国語が話せる事と、在庫管理業務が出来る事から大隊付きのままになる可能性が高いと言われていた。
「やったなミラー。命の洗濯だ。しっかり楽しもうぜ」
クラーク上等兵が上機嫌で肩を組んでくる。もっとも僕を含め小隊全員が惑星カプチェランカが最前線の激戦区である事は理解している。新兵である僕を気遣って上等兵も敢えて明るく振舞ってくれているのだとなんとなく感じた。おそらく軍曹の馴染みであろう居酒屋に入り、飲み会が始まる。
「カンパーイ!」
皆でジョッキをぶつけ合い、エルファシルで生産されている地ビールを飲む。僕は17歳になったばかりで、本当は飲酒が出来ない年齢だけど、誰も細かいことは言わなかった。大皿に盛られた料理がどんどん出てくる。両親や生まれて間もない弟にも、分けてやりたいななんて事を思った。それに弟分のターナーともこんな場で一緒に過ごせれば良いなとも思う。
新兵訓練中は実家も含めて個人的な連絡は禁止されていた。訓練を終えた頃合いでタブレットを開くと、両親から弟が生まれた旨の連絡と、ターナーからフェザーン商科大に飾られているオヒギンス氏の肖像画の写真が添付されたメールが届いていた。井上オーナーからも、僕とターナーがエコニアから旅立ってしまった為、半分愚痴のようなメールが来ていた。なんとなく心が温かくなった。
「ミラー、大佐の奢りなんだ。ジャンジャン飲もうぜ!」
クラーク上等兵が新しいジョッキを2つもって僕の隣に座る。一つを僕の手元に置くと、グッとジョッキを傾けた。僕はお酒はあまり飲みなれていない。正直、上等兵の様に飲み干せるかは分からなかったけど、彼の心遣いを無下にするのも気がとがめた。続くようにジョッキを手に取り、一気に飲み干す。
「おっ!ミラーはいける口だな。お姉さん、お代わり2つよろしく!」
そう言いながら大皿から料理を取り分け、ガンガンかきこむ。
「ガンガン食って、ガンガン飲んどけよ?ミラー。俺たちは身体が資本だからよ」
そう言われたら食べない訳にもいかない。僕も大皿から料理を取り分け、口にかきこむ。母さんの味付けより少し濃いめの料理は、不思議とのどの渇きを誘う。お代わりのジョッキが運ばれてくると同時に手に取り、のどを潤した。最前線へ行く以上、この中の何人かには、これが最後の晩餐になるのかもしれなかった。
ベテラン兵も含めて不安を吹き飛ばすかのように今を楽しむ光景は、どこか矛盾を感じつつも、軍曹を含めてみんながただの人間なんだと思える光景だ。そう考えると最前線へ行く不安も不思議と薄まっていった。
「よし、ちゃんと楽しんだようだな、ここからは自由時間だ。集合時刻は明日1300とする。羽目を外しすぎて警察のお世話になるような事が無いようにな」
古参兵たちは2次会に行くようだ。クラーク上等兵が誘ってくれたけど、僕は夜風に当たりながら酔いを醒ましたかった。ほろ酔いのまま、歓楽街を抜け、軍事宇宙港沿いの道を歩く。そよ風が不思議と心地よかった。しばらく歩くと緑地公園が見えてくる。僕はベンチに座り、視線を空に向けた。星空が不思議と心にしみる。
「あら、先客がいたみたいね。こんばんは」
「こんばんは」
声の主に視線を向けると、黒髪黒瞳の女性が、こちらを見ていた。
「近くで働いているんだけど、まっすぐ家に帰るのは寂しいから、この公園でしばらく過ごすの。隣良いかしら?」
そういうと女性は僕の隣に腰を下ろした。かすかに香る香水の香りがすごく印象的だった。
「新兵さんかしら?古参の皆さんは二次会に繰り出したってとこね。なんとなくわかるの。エルファシルの歓楽街は最前線に向かう兵隊さんたちの最後の癒しの場だしね」
そう言いながら、彼女はタバコを胸ポケットから取り出し、口にくわえた。こんな時にも日常習慣は抜けないんだろうか?軍曹のタバコに火をつけるために、クラーク上等兵がくれたジッポを取り出し、彼女のタバコに火をつけた。
「紳士なのね。ありがとう。ヤン・シーハンよ」
「トーマス・ミラーです」
自然に名乗られたが、僕の自己紹介がどこかおかしかったのか?彼女は僕の自己紹介を聞くと笑い声をあげた。その笑い声は変な嫌味が無くて、僕も思わず笑ってしまった。それからとりとめもない話を、彼女がタバコを吸い終わるまで続ける。
「ねえ、今日は自由行動でしょ?家で飲み直さない?今夜はひとりで飲みたくないの」
そう言いながら彼女は俺と腕を組み、歩き始めた。断るのは気が引けたし、もう少しだけ彼女と一緒に居たい気持ちもあった。それから彼女が暮らしているフラットに向かい、色んな話をした。彼女には将来を誓い合ったトーマスという恋人がいたらしい。帰宅前のひと時を過ごすあの公園で、同名の僕に会って、縁みたいなものを感じもう少し話したかったらしい。
しんみりした話はそれだけで、彼女はエルファシルの話を色々してくれた。エルファシルと比べられないけど、僕もエコニアの話をした。志願して以来、こんなに楽しい時間はなかったけど、初対面のシーハンとそういう時間を過ごせることが不思議だった。
「泊っていってトーマス。年上のいう事は聞くものよ」
そろそろ帰隊すべきかと考え始めた頃合いで、彼女はそう言いながら唇を合わせてきた。そのまま手をつなぎベットルームに向かう。僕はシーハンと一夜を共にした。初めての経験だったけど、彼女の体温は温かく、肌を合わせれば合わせるほど、愛おしい気持ちが溢れる。夢中になってしまったけど、負担になっていないだろうか?
いつの間にか抱き合ったまま眠ってしまい、朝を二人で迎えた。シーハンが作ってくれた朝食をゆっくり二人で食べ、別れ際に長めのキスをして、僕は原隊復帰すべく軍事宇宙港に向かった。外泊しても問題はないのだけど、なんとなく気恥しい。原隊復帰すると
「お、ちゃんと癒しを得たようだな。首元に男の勲章がついてるぜ」
とクラーク上等兵に言われた。急いで鏡に向かうと首元にキスマークがついていた。本当なら恥ずかしがるべきなのかもしれないが、あの夢のような一夜が夢でない証のような気がして、僕は嬉しかった。もし生きて帰れたら、もう一度シーハンに逢いたい。それに万が一のこともある。僕はターナーに表現を選んでシーハンの事を伝え、もしもの時は彼女に連絡してほしい旨をメールした。
エルファシルを出れば作戦行動に入る。次に連絡できる機会が何時になるか分からないから。でも出来たらもう一度シーハンに逢いたい。そんな思いに浸りつつも、いつの間にか乗船している輸送艦はエルファシルを離れ、ダゴン星域に進路をとった。。小さくなっていくエルファシルを見ながら、僕は今まで感じたのとは少し違う寂しさを感じていた。
後書き
暁さんでは13話までの公開とさせていただきます。毎日投稿はハーメルンさんで予定しています。感想欄もハーメルンでログインなしで書き込めますので、お気軽にお願いできれば嬉しいです。
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