カーク・ターナーの憂鬱
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第2話 今世も今世
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦720年 帝国暦411年 4月上旬
惑星エコニア ターナー家
カーク・ターナー
「カーク、おかえりなさい。毎日済まないわね」
「良いんだよ母さん。エコニアじゃ、俺くらいからみんな働いてるんだから」
井上商会からの差し入れがつまったかごを、アイランドに置きながら、今世の母親に応える。俺のオレンジの髪は母さん譲りだ。でも長さは俺より少し長い程度。女性からするとショートカットってやつかな。こんな荒涼とした星じゃなければ、他の髪型も候補になるんだろうけど。それなりの土埃にさらされるエコニアの女性陣の髪は、基本短めだった。
「晩御飯まで少しかかるから、さっぱりして部屋でゆっくり待って頂戴。出来たら声をかけるから」
「そうするよ」
キッチンに向かう母の背中に声をかけながら、洗面所へ向かう。サクッと来ていた服を脱いで、シャワールームへ。もう慣れてしまったが、入植が始まって間もないエコニアでは、湯船までは用意されていない。物心ついた時、日系を思わせる名前はあるのに、入浴の文化は無くなったのかと、絶望しかけた。
ただ、首都星系をはじめとした経済的に豊かな星系では、ちゃんと入浴の文化はあるらしい。エコニアを飛び出したいと思う要素の一つに、風呂に入りたいというのがあるのは、俺が前世の記憶持ちだからだろうか。
もっとも、風呂がないのも、エコニアへのインフラ投資が少ないことが影響している。ターナー家を含め、エコニアのほとんどの物件はオール電化でガスが引かれていない。シャワーから出てくるお湯も電気で温めたものだ。そこまで出来るなら湯船も用意してくれとも思うのだが、前世で言う追い炊き機能をメンテナンスフリーで実現するのが難しかったらしい。
自由惑星同盟はもともと帝国の収容所から脱出し、一万光年を旅した人々が建国した。建国時の人口はわずか16万。当然、国家としてのマンパワーは慢性的に不足していたから効率重視が基本だ。風呂のためにガスも引くくらいならオール電化で済ませるというのも、同盟らしいといえばらしかった。
さっさとシャワーで汗を流し、室内着に着替えて自室へ向かう。階段を上がって右手の手前のドアが、俺の部屋だ。右手奥の部屋は空室。俺の弟か妹が生まれれば、そこの住人になるかもしれない。左手のドアはメインの寝室。両親の部屋だ。自室に入り、年相応の学習デスクに座ると、タブレットに充電コードを刺してから、昨晩の続きから通信教育の動画を見始める。このタブレットも、政府の補助金で支給されたものだ。
もっとも、経済的にまともな星系では、前世よろしく、年齢に応じた学校が用意されている。エコニアがもう少し経済発展すれば、初等学校くらいは設立されそうだが、前にも言った通り、世に出るために一定数以上の若年層はエコニアの外に活路を求めている。初等学校の設立が成るまでに、必要とされる時間は、想像以上に長いものになるかもしれなかった。
とは言え俺にとっては悪いことばかりではなかった。前述のとおり、経済規模に見合うインフラ投資のお陰で、若年層というより、子供と言っても良い年齢の俺でも働ける。建国当初は子供もマンパワーにせざるをえなかったから、自動車をはじめ、重機なども女性や子供でも扱えるように作られている。
通信教育が充実しているおかげで、自分の進捗に合わせて学習できるし、普通免許をこの年齢でとれたのも、通信教育のお陰だ。前世で関わったこともあり、重機の免許も持っている。
最も、普通免許以外の資格で稼げるのは、満15歳を超えてからだ。もっと稼ぎたい俺からすると、面倒でしかない商習慣だが、確かに資格があるとしても、建設現場で子供が重機を扱うのは、作業員たちの心的に不安があるだろう。そして、弁護士や会計士といった資格に関しては、学習はできる物の、専門教育機関への在籍が資格取得の条件になっている。
そういう意味では、何とか自己学習を続けながら、15歳までにある程度資格を取り、それで身を立てる道も候補にはなりえる。ただ、この道を選んでもエコニアに留まるのは良い選択肢ではないだろう。消費の面でもエコニア経済に大きく付与するであろう捕虜収容所だが、軍という組織にいた捕虜の面々は、各分野のエキスパートでもある。
つまり重機を扱える人材も当然いるだろうし、彼らを捕虜価格で使える以上、かなりシビアな商売になるだろう。
となると、16歳になるのを待って軍に志願するか?ただ、士官学校を出ずに入隊すると二等兵からのスタートだ。冷戦状態ならともかく、自由惑星同盟は現在帝国と絶賛戦争中。士官学校卒ならともかく、二等兵として従軍すれば、上司運が悪ければ即戦死だろう。となると、何とか商船に潜り込んで仕送りするのが一番良い選択だろうか?
ただなあ、商船乗りにも暗黙の学閥みたいなものがある。同盟系の資本下ならハイネセン記念大学、フェザーン系の資本下ならフェザーン商科大を出ていないと、経済界では二流扱いされる。
「明文化された貴族はいないけど、経済的な格差で、貴族に近い階層はいるんだよなあ」
捕虜収容所でのおっちゃんたちとの会話を思い出し、俺は思わずつぶやいてしまう。
自由惑星同盟で身を立てるなら、軍人としては士官学校、官僚としては国立自治大学、経済界ならハイネセン記念大学を卒業しないと話にならない。ところが、この3校の入学者は、ほとんど首都星系であるバーラト出身者が占める。
続くのはシロンの出身者だが、あそこは帝国からの亡命者たちが、効率重視で嗜好品が少なすぎた同盟国内で、帝国流の嗜好品を生産し始めたバックボーンを持っている。経済的には恵まれていたが、40年ほど前に成立したフェザーンが、帝国から嗜好品を輸入し始めたせいで、かなりの打撃を受けている。
勢力を伸長しつつあったシロンを中心とする亡命系の勢力を抑えるために、バーラト系の政治家が、率先してフェザーンの成立に関わった。なんて話もあるくらいだ。あらゆる業界でバーラト系とシロン系はよく言って冷戦状態らしい。
話を戻そう。結局、政治・行政・経済・軍の意思決定に影響力を持てる層は、ほとんどバーラト星系を軸にした閥に独占されている状況だ。そして物心つく頃から身体を動かしながら働いている地方星系から、いわゆるブルーワーカーとして若者が流出している。
そして軍だったり商船だったりの、死亡するリスクの大きい分野を担うわけだ。地方星系って不満を持たないんだろうか?あの島国ならともかく、安保を結んでいた当時の最強国家なら暴動物だけどなあ。んで、少しでも自助努力で豊かになろうものなら潰されそうになる。これって、やってることは歴史のカリキュラムに出ていた崩壊した地球政府がシリウス政府にしたことと変わらないような。
「カーク!ご飯できたわよ~」
そんなことを考えながら通信教育の動画を見ていると、母さんからお声がかかった。思考するのはこの辺にして、動画を停止し、階下に向かう。
ダイニングに入ると、料理の仕上げをしているのであろう母の背中が目にはいる。アイランドの右側下段の引き出しからランチョンマットを3枚取り出し、小脇に挟みながら冷蔵庫からお茶入りのガラスポットを取り出す。
ダイニングのいつもの定位置と、その間にランチョンマットを敷き、間に敷いたランチョンマットに冷えたガラスポットを置く。それが終わるとキッチンにとって返し、グラス・ナイフ・フォークをそれぞれ2つ手に取り、ランチョンマットの上に整えた。
「ナイスタイミング~ 完成よ」
セットし終えた頃合いで、母さんの楽し気な声が響く。メインの盛られた2枚の皿を運ぶ母さんを横目に、俺はトースターで温められたブレットを小さめのかごに盛り、母さんと俺の定位置の間に置かれたガラスポットの隣に置けば、夕食の準備完了だ。
「カーク。しっかり食べてね」
「うん。いただきます」
そうして母と2人の夕食が始まったわけだが、俺には父親がいないわけではない。今は空席ではあるが、二人で囲んでいるこのテーブルにも、当然父親の定位置がある。母から見て左手、俺から見て右手の、いわゆる御誕生日席が、本来なら父の定位置だった。
「カーク?父さんにも色々事情があるのよ。あんまり悪く思わないでね」
無意識に視線が父の定位置に向いていたのだろうか?母が少し悲し気に話しかけてくる。俺が事情があるのはわかっている旨を応えると
「ありがとう。カークにはお願いばかりでごめんなさいね」
と返してきた。前世の記憶持ちの俺からすれば、父が陥った事情も良く理解できている。ただ、母からするとあくまで10歳の少年だ。幼い我が子が家計の足しにすべく働いているのに、大黒柱であるはずの父が、働きもせず、ましてや団らんの場であるはずの夕食にすら同席しないのは、心苦しいのだろう。もっとも俺からすると、今世もかぁという感想しかないのだが。
両親たちは、もともとはエコニアのようなド田舎ではなく、もう少しまともな経済状態の星系の出身だ。そんな二人の人生を狂わす出来事が起きたのは、俺が5歳の時。多産推奨の同盟において一人目も落ち着いたし、二人目も......。みたいな状況で、大規模緑化事業を前提としたエコニアへの入植話が舞い込んだのだ。
結婚の際に、将来は常に家族で一緒にいられる農場を持ちたいという母の夢を聞いていた父は、当時のターナー家の貯蓄と、両親の退職金をつぎ込む形でこの話に乗った。ところが、いざという段階になって、宇宙艦隊の増設案が浮上し、それにはじき出される形で緑化事業の予算は削られてしまった。
今まで積み上げてきた物を失った父は、そこで心が折れてしまったようだ。最も、心が折れてしまったのは父だけではない。トーマスの父親もそんな感じだし、俺の父親世代は昼間から酒場にいる人が多い。母からしても自分の夢のために父がすべてをつぎ込んだこともあり、強く出れずにいるようだ。
とはいえ多少はバーラト系の政治家連中も良心があったらしい。緑化事業の中止をした代わりに、初期の入植家庭には開拓助成金を出している。幸か不幸か、そのせいで父親世代は働かなくても食べていけるだけの収入はあった。ただ、その助成金は父親の飲み代になるし、母は、助成金支給の最低条件を満たすために、よく言っても荒野の片隅を細々と耕しながら生活している。
入植第一陣である俺を雇用すると、様々な助成がつくのもそんな背景がある。ただなあ。父親からすれば、財産を吸い取ったうえでの棄民政策としか思えないだろう。
助成金がなければ破綻する経済状態に追い詰め、なんとか子供を育てたとしても、身を立てようと思えば、命に危険がある軍か商船乗りになるしかない。それなりの学があれば尚更、自分の状況に絶望してしまうのも無理はなかった。
でもさ、前世でも俺の父は事業に失敗して結構厳しい経済状況だったんだ。こんな所まで前世を踏襲するかねぇ。もっとも、10歳の若造でも稼ぐ手段がある今世は、まだマシかもしれない。悪戦苦闘しながら生計をたてる母親を微力ながらも支えることができるのだから。
後書き
暁さんでは13話までの公開とさせていただきます。毎日投稿はハーメルンさんで予定しています。感想欄もハーメルンでログインなしで書き込めますので、お気軽にお願いできれば嬉しいです。
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