真・恋姫†無双~俺の従姉は孫伯符~
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新兵器+仲間=忘れていたもの
「……静かね」
「えぇ、戦闘中とは思えないくらいに」
私がポツリと漏らした呟きに、冥琳が律儀に反応した。だが顎に手を当て考え込んでいるので、おそらくは無意識に出た相槌だろう。気の利く幼馴染だ。
先ほどまで私と雹霞が言い争っていたはずの汜水関。それが今はすっかり静まり返っている。とても兵が駐屯しているとは思えないほどの静寂が、この戦場を支配していた。
連合軍のあちこちから疑問の声が上がっている。それもそうだ、戦闘中にもかかわらず、物音ひとつ聞こえてこないのだから。
何かの作戦かしら。雹霞がやることだから、少し警戒しておかないとね。
「冥琳」
「あぁ、分かっている。軍を少し下げよう」
言葉を交わさずとも私の考えを読み取ってくれる優秀な軍師様、それが周公瑾だ。すぐに兵達に伝達してやや退却を開始する。なにか危ない予感がする。はたして、彼は何をするつもりなのか。
……半刻ほど過ぎた頃だろうか、ようやく汜水関の物見柵から雹霞が顔を出した。
『……大砲準備ぃ!』
彼の掛け声に応じて、傍らに巨大な石筒が姿を現す。いきなり出てきたその物体は、今まで見たことのない形をしていた。何に使うのか、まるで見当がつかない。
隣を見ると、我が呉軍の誇る名軍師も首を捻らせていた。それほどまでに、アレは不思議なものだったのだ。使用法がまったく分からない、謎の物体。
連合軍中がいきなり出てきた石筒に疑問符を浮かべる中、雹霞は高らかに叫ぶ。
『目標、目の前の劉備軍。点火!』
『応!』
石筒から伸びた縄に、兵士の手によって火がつけられる。それは段々と縄を燃やしていくと、筒の尻部分に吸い込まれていき――
――直後、劉備軍の陣営から巨大な爆発音が響いた。
「っ!? 攻撃……いったいどこから!」
「ひ、退けっ、退けぇええええ! 敵は妖術らしきものを使う可能性あり! 戦況を立て直すまで一旦退却だ!」
「…………」
蓮華の呻くような叫びがあがり、冥琳が慌てて退却命令を飛ばしている。他陣営も今の攻撃に怯え恐怖したのか、次々と退却を始めていく。誰も気づいていないようだ。今、劉備陣営に何が起こったのかということに。
私は生まれつき目がいい。そんじょそこらの兵士には負けないくらいの自信がある。……だからだろうか、私はソレを見逃さなかった。
石筒から放たれた巨大な弾が、猛速度で劉備軍へと飛来していく様子を。
「射撃兵器、か……」
投石器のようなものであろうか。おそらく、あれで弾を飛ばし、攻撃を加えるのだろう。爆発したのは、陣営の火薬倉庫か何かを直撃したからか。なんにせよ、超遠距離武器の類のようである。
『見たか、董卓軍の誇る【大砲君十三号】の威力! 十二回の失敗作を糧にしたコイツを舐めてもらっちゃあ困るぜ!』
「……大砲」
それがあの石筒の名前らしい。弾を飛ばし、どんなに遠距離の敵でも一撃にて粉砕する最強の兵器。ある意味、投石器や弓よりもタチが悪い。石でできているのなら、壊すのも大変そうだし。
いやはや、相も変わらずおもしろいことをしてくれるわね雹霞は。さすが私の惚れた男だけのことはあるわ。
「雪蓮、撤退よ! 早く来て!」
「はいはーい」
第二射、三射と続けられる爆撃。すでに、連合軍の惨状は地獄絵図だった。烏合の衆もいいところ。兵達は逃げ惑い、阿鼻叫喚の図となっている。未知の物体に出会うと、人間と言うものはすぐに瓦解する。どこまでも台本通りにしか生きられないのが、私たち人間の難儀な所だ。
叫び続ける親友に手を振り、軍に合流する。見事な敗戦だ。こんなに兵を集めておきながら、たった一台の新兵器に敗戦を喫するなんて。今頃袁紹のバカは歯噛みしている頃だろう。
「あっぱれよ、雹霞。でも、次は負けないわ」
関の上で高笑いを繰り返す想い人に微笑みを向けつつも、私は次なる勝利を約束するのであった。
☆
大砲の効果によって連合軍は大部分が撤退。とりあえずの戦闘は勝利したというワケだ。
「やったな雹霞、大活躍やないか!」
霞の姐さんが抱きついてくる。豊満な胸に顔が埋まり、呼吸困難に陥りかけるが、男としては最高の状況なので文句は言わないでおく。あぁ、柔らかいですよ姐さん。
嬉しい悲鳴を上げつつも、大砲の調整を行ってくれているさんちゃんに声をかける。
「どう? 次も使えそうか?」
「後二、三発ですかね。本体部分があまり持ちそうにありません。やはり、強度が問題かと」
「まぁ所詮は模造品だからな……」
俺のなけなしの知識で作ったなんちゃって大砲。火薬が大量に保管されていたことで制作を始めたコレだが、なんとか実戦投入できるまでには作り上げることができた。まだ長期性に難ありの中途半端な作品だが、ないよりはマシだろう。連合軍を撃退することもできたし。人間やっぱり未知のダメージには弱いなぁ。
なにはともあれ、これでしばらくの時間稼ぎができるわけだ。兵も休養を取れるし、本隊に援軍を要請する時間も出来た。このまま行けば汜水関で勝負を決することもできるかもしれない。
援軍妖精の手紙を書いて、伝達役の兵士に渡す。三日後くらいには届くだろう。戦っていうのは意外と準備に時間がかかるから、あちらさんもそう簡単には攻めて来れないはずだ。特に劉備陣営。恨みは無いけど、我慢してね?
「姐さん、今のうちに睡眠をとっておいてください。見張りは俺がやっときますんで」
「馬鹿、それならお前の方が休まんかい。どう見ても疲れきっとるやないか。そんなひょろいくせして頑張り過ぎやで?」
「いやいや、俺はまだまだいけますよ――――っ」
くら、と不意に眩暈に襲われたたらを踏んでしまう俺。慌てて体勢を立て直そうとするが、思っていた以上に疲労が溜まっているようでなかなか思うように身体が動かない。そのまま姐さんにもたれかかってしまう。
「おっと。ほら見ぃ。やっぱり限界きとるやないか」
「あ、あはは……さすがに完徹何度もやってるとキツイっすね……」
「この馬鹿……一人で頑張り過ぎなんや」
姐さんはやれやれといった表情を浮かべると、俺を担ぎ上げて休憩室の方へと歩きはじめる。どうやら見透かされていたらしい。大砲製作には俺がついておかないといけないから、最近寝てなかったんだよな……。
情けなく姐さんに担がれたまま、抵抗することもなくぐでーと手足を投げ出す俺。意識し始めると、疲労がまとめて襲い掛かってきやがった。もうこれはヤバい。確実に倒れる。
「……ウチらには手伝えへんことは分かっとるけど、少しくらいは甘えぇや。それくらいされても、嫌な顔はせぇへんで?」
「ありがとう、ございます。……頼もしいっすよ、姐さん」
「ウチだけやない。董卓軍みんなを頼りにせぇ。仲間なんやから、一人で抱えこむなや。いつだって、ウチらはお前の味方なんやから。……な?」
「そう、ですね……」
――――あぁ、俺はなんて馬鹿な思い込みをしていたのだろう。
大砲製作は現代の技術だから、一人でやらなければ。そう思って誰にも頼らず、黙々と作業してきた。疲れても倒れそうになっても、一人で製作を続けてきた。……それがどんなに愚かなことか、今になって分かった。
……いや、前から知っていたはずだ。呉で雪蓮達と暮らしていた時から、俺は分かっていたはずだ。仲間の大切さ、尊さ、偉大さを。
この人は、忘れていた仲間への想いを思い出させてくれた。仲間になってから月日は浅いのに、そんなの関係なしに喝を入れてくれた。
担がれたまま、忙しなく働いている部下達を見やる。
全員が、動きながらも俺を温かい目で見つめている。自分勝手に疲れて、休憩室に運ばれるしかない情けない俺を、【仲間】として心配してくれている。上司でも将軍としてでもなく、ただ平等な仲間として。
……何やら熱いものが、目の奥から込み上げてくる。
「お前が頑張ったおかげで、連合軍はボロボロや。しばらくは攻めてけぇへんやろ。せやから、今は休みぃな。本戦になって動けませんでしたじゃ、シャレにならへんからな」
「……はい、そうですね。それじゃあ甘えさせてもらいます」
「後はウチらに任せとき。大丈夫や心配あらへん。見張りぐらいは朝飯前やしな!」
豪快に笑う姐さんは俺を寝かせると、そのまま休憩室を出て行った。一人残され、静寂の中ポツリと呟く。
「……勝たなきゃな。絶対に」
連合軍を撃退したとはいえ、絶望的な状況は未だに変わらない。圧倒的戦力差は、覆していない。
だが、諦めるわけにはいかない。大丈夫。大砲もあるし、頼れる仲間達もいる。負けるはずなんてない。
――――でも、この胸がざわつく感じはいったいなんだろうか。
「……今は、寝よう」
思考を巡らせるなんて、後でもできる。今はただ、疲れをとることを最優先にしよう。
暗く静かな休憩室。襲い掛かる睡魔に抵抗することなく、俺はゆっくりと目を閉じた。
――――連合軍が再び襲撃してきたのは、それから二週間後のことだ。
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