勿忘草-ワスレナグサ-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
大きな罪
存在
忙しくも平和は日々が過ぎていった。玲の所には休日になると、よく行って依頼を手伝っていた。最初は簡単なことだったけど、最近は僕にも依頼を任せてくれるようになった。
「玲。ご飯、出来たよ。」
返事は無かった。
「玲。」
見ると、机の上で寝てた。そして画面には、ある記事が出ていた。
「これって、三年前の記事。確か中学生が、線路に飛び込んで自殺したことだったな。」
「ん。」
小さな唸り声を上げて、玲が起きた。
「おはよう。」
「おはよう、玲。」
玲は僕を見て、そして画面を見た。
「見たんだ。この記事。」
「ごめん。」
気づいたら謝っていた。なんとなく悪い気がしたからだ。
「大丈夫だよ。この記事に載っている子はね、仲良しの女の子だったの。小学校の時から一緒で、いつも遊んでいたの。」
懐かしむかのように語る玲は、楽しそうだ。だけれども、悲しみが見え隠れしていた。
「私は何でも知っているつもりでいた。だけど、違った。彼女のことを私は何も知らなかった。」
微かに玲の声が震えている。
「近くにいたのに。彼女のことを近くで見ていたのに。何で気づけなかったんだろう。」
消えそうな声で、それでも絞り出すように玲は言った。僕は無力だ。こんな時、どうすれば良いのかもわからないなんて。
「玲。」
僕はそっと、彼女の頭を撫でた。ただ、他に思いつかなかった。
「ありがとう、宏。もう大丈夫だよ。ご飯にしよう。」
「そうだね。」
顔を上げた玲はいつも通りの彼女で、それが少し痛く感じた。
「今日は、これくらいで大丈夫かな。あとは、私がやっておくよ。」
「ありがとう。」
「お疲れさま、宏。」
「じゃあ、また。」
「またね。」
宏を見送って、一人になった。今日も心配かけたな。
「しっかりしないと。」
迷惑ばかりかけていられない。きっとまた姿無き犯罪者から何か接触があるはず。十分に気をつけないと。
「とりあえずは、まだ何も変化していない。」
以前よりも依頼は増えたが、一番多かった時期ほどではないけど。それでも一度に沢山来てしまうと、対応するのが難しくなる。そんな時に、宏が手助けしてくれている。
次の日。いつものように、宏が私の仕事場に来ていた。
「そういえば、この前の事件って、どんなのだったの。」
「まだ、話してなかったね。」
宏に事件の事を聞かれて、私は今までのことを話した。メールのことや七つの大罪のこと、そしてその答えを。
事件の回答は、羊、象、鳩、ツバメ、イルカ、蛇、そしてウサギの七体だった。
「それにしても、よくわかったね、難しかったでしょ。」
本当に難しくて、大変だった。
「でも、ヒントを探してなんとか導きだせたの。」
「凄いな。」
そんな会話をしながらも、私は作業を進めていた。
「ねえ、玲。」
「どうしたの。」
「今から、出かけない。」
「え、今から。」
「そうだよ。」
「いいけど。」
驚きながらも、そう答えていた。
「じゃあ、行こう。」
宏はそう言って、私の手を引いた。
「ちょっと、着替えさせてよ。」
「平気だよ。」
私は流されるがままになっていた玄関に付き、靴を履いて外に出た。久しぶりに外に出た私は暑さに少したじろいだ。
「やっぱり、暑いな。」
「そうだね。」
だけど、全く外に出ていなかった私にとっては、気持ちが良かった。
「どこに行くの。」
「行けば、わかるよ。」
そうはぐらかして、宏は結局教えてくれない。
「まあ、いいけど。」
これ以上聞いても、彼は笑って答えてはくれないだろう。私はそんなことを考えながら、宏と並んで歩いた。手が触れそうで、触れない微妙な距離。手を伸ばせばとどくのに、伸ばせないでいた。
「宏。」
「ん。どうしたの。」
手をつないでもいいかな。と言いかけて口籠ってしまい、私は俯いた。言えない。恥ずかしくて言えるわけがない。
「やっぱり、なんでもない。」
「そっか。」
宏は不思議そうな顔をして、そのまま前を向いた。私の意気地なし。
俯いたままの玲。何を言おうとしたのだろうか。手をつなごう。なんて言える自信はなくて、僕はどうしたらいいのかと考えを巡らせていた。だけど結局名案と呼べるものは浮かばなかった。
「手をつなごう。玲。」
宏にそんなことを言われ、私は驚いて顔を上げた。
「だめかな。」
首をブンブンと横に振り、それを否定した。
「だめじゃない。」
「よかった。」
照れたように頭をかきながら、宏は笑っていた。
そっとつながれた宏の左手は、私のよりも大きくて温かかった。お互いに緊張しているせいか、しばらく二人の間に沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、宏の方だった。
「玲。着いたよ。」
そう言われて見ると、そこは映画館だった。
「行こう。」
玲は手を引かれ、二人は映画館の中に消えて行ったのだった。
楽しかった時間はあっという間に過ぎて、玲と宏はそれぞれの家に帰宅した。
「今日は楽しかったな。また、行けたら行きたいな。」
そんなことを呟いて、仕事机の前に私は座った。
「さてと、こっとも進めないと。じゃないと、また溜まる。」
そして私は、いつものように作業を始めたのだった。
次の日。既に夏季休業なので、学校には行かなかった。この日は、両親のいる家に帰っていた。宏には連絡を入れておいた。仕事場と家は、自転車で五分程の距離だ。
「ただいま。」
今日もまた、返事は無かった。仕方のないことだけど。私は自分の部屋に入った。いつものように、手紙などの束を持って。
「はあ。」
小さな溜息を吐いて、ベットに座った。目の前にある本棚をふと見て、その中に並んでいるアルバムを手に取った。
「懐かしいな。」
幼い頃の私が、写真の中で笑っていた。ふと、一枚の写真が目に留まった。
「これは。」
それは、四人の小さな子供達の集合写真だった。中央に私と亡くなった親友が。その両脇には、男の子が一人ずついた。四人とも楽しそうに写っていた。
「この男の子達。どこかで見たことがある。誰だったかな。」
思い出しかけているのに、名前が喉まで来ているのに。なのに出てこない。それが悔しかった。とても大切な人だったと思うのに。
「思い出せないな。」
その写真を抜いて、アルバムをしまった。そして抜いた写真は、手帳にはさんでおいた。
「一体、誰なんだろう。」
そんなことを考えていた。
「母さんが帰ってきたら、聞いてみよう。」
きっと知っているはずだから。
「今日は、どうしようかな。」
依頼はきてるはず。だけど。
「ただいま。」
母さんが帰ってきた。今日は随分と早い。
「お帰り。今日は早いね。」
「仕事が少なかったから。」
「そっか。」
母さんが働いている所では、こういうことがよくあるそうだ。小さな工場だから、仕方ないのだそうだ。
「そうだ、母さん。教えてほしいことがあるんだけど。」
「何を教えてほしいの。」
「ちょっと待て。持ってくるから。」
私は写真を取りに、部屋に戻った。そして、写真の入った手帳を持って、母さんの所に戻った。
「これなんだけど。」
「これが、どうしたの。」
「この男の子達って、誰なの。」
「覚えてないの。」
「全然。」
母さんがここまで驚くということは、私達四人はとても仲が良かったのだろう。
「こっとの子は、新井祥君。」
親友の隣の男の子を指差しながら、母さんは言った。
「そしてこっちが、山口宏君。」
山口宏。まさか、同一人物だったの。
「玲。どうしたの。」
はっと気がついて、首を振った。
「なんでもない。ありがとう、母さん。」
「そう、ならいいけど。」
そうだこの子達はどうしたのだろうか。聞いてみよう。
「母さん。」
「何。」
「この男の子達は、どうしたの。」
「確か、小学校に入る前に引っ越していったの。それ以来、もう二人には会ってないの。」
「そうなんだ。ありがとう。」
二人は随分と前に、引っ越して言った。私はそれを忘れていた。そして今、この中の一人と一緒に過ごしている。偶然なのかな。わからないけど、とりあえずもう一人の方を探そうか。
「携帯。どこだっけ。」
あった。幸に頼んでみよう。彼女は人を探すのが得意だったし。
メールの本文に、今のことを打ち込んで送信した。しばらくすれば、返事が来るだろう。
「宏と祥か。」
だけど何で私は、全く覚えていなかったのだろうか。私だけじゃない。彼女も、宏も。二人とも何で、言わなかったのだろうか。
「わかんないよ。」
問題は解けても、人の心は解けない。人の心なんて、本当はわからない。その人にしか、わからない。
「何でなの。」
そんな時に携帯が鳴った。
「幸からだ。」
私の頼みを聞いてくれるそうだ。
「ありがとう。」
早速、探してほしい人の名前を伝えた。彼女の人脈は、とんでもなく幅広い。それを武器にして、人を探すのが彼女のやり方だ。
「そうだ。宏にも聞いてみよう。」
私は宏にも、新井祥のことを聞いてみた。だが、返ってきた答えは予想していたこととは、違っていた。
「そんな人は、知らないよ。」
どうして、宏の記憶にも残ってないのだろう。彼女にも聞いてみたいが、もう聞くことすら不可能だ。
「幸から、またメールが来た。」
結果は、そんな人物は存在しないということだ。
「一体、どういうことなの。」
写真があって、母さんの記憶には残っている。だけど私達の記憶には欠片すら無くて、存在すら無い。新井祥という存在が謎になってきた。
「母さん。新井さんの家の電話番号、知らないかな。」
「知っているけど、どうしたの。」
「教えてくれないかな。ちょっと大変なことになりそうなの。」
「わかったから、まずは落ち着いて。」
とりあえず私は深呼吸をして、冷静になろうとした。その後、母さんに番号を教えてもらい、新井家に電話した。二回程の呼び出し音がして、電話が繋がった。
「もしもし。」
少し老いた感じのある女性の声が聞こえた。
「こんにちは。突然、電話をしてしまいごめんなさい。私は柏木玲と言います。」
すると、電話の向こうから「玲ちゃんなの。久しぶりね。」と言われた。
「ご無沙汰しております。祥さんは、ご在宅していますか。」
祥の母親の声が少し、小さくなった。
「祥は、もうこの家にはいないの。」
彼の実家にいないということは、一体どこにいるのだろうか。
「連絡先とか、何か知りませんか。」
「ごめんなさい。何もわからないの。」
母親にも何も伝えずに、どこかに消えてしまったのだろう。こうなってしまったら、見つけるのは困難だろう。
「そうですか。ありがとうございました。」
「役に立てなくて、ごめんなさい。」
「気にしないでください。さよなら。」
「また、電話してね。」
「はい。でわ。」
会話を終了して、受話器を置いた。
「ありがとう、母さん。」
そう言い残して、二階にある自分の部屋に戻った。
「少し、整理しよう。」
つまり、新井祥は存在する。少なくとも、ここ数年前までは存在していた。そして、家から消えて、私達の記憶からも消えた。
「存在しているはずなのに、存在が無い。」
そういうことになる。
「あれ。」
写真の裏に何か、小さく書かれている。私はそれを手に取り、書かれていたことを読んだ。
「三月十五日」
最初は、撮影された日と思ったが、撮影された日とは全く違った。ということは、これは一体何を表しているのだろうか。
「何で、謎が謎を呼ぶかな。」
それに、姿無き犯罪者のこともあるし。
「ああ。もうわけがわからない。」
彼女はベットに倒れこんだ。
「ねえ、里奈。里奈なら、どうしたのかな。」
二度と、会えるはずがないのに。
「会いたいよ。」
今は亡き親友の橋本里奈。彼女は物静かな性格だった。いつも、本を抱えていた。そんな彼女の夢は、小説に出てくる探偵みたいに人を助けたい。
「人を助けたいか。」
利他の叶えられなかった夢を、今度は私が叶えてあげられたらな。
「里奈。」
写真の中では、輝くような笑顔で写っていた。
玲は、その日はそのまま寝てしまった。親友の出来事は、彼女の心に未だに深い傷跡を残していた。
「そろそろ、次の課題を出そうか。」
画面を見つめる少年の隣には、四人の幼い子供の集合写真があった。
「柏木玲。君に、僕の存在が解けるかな。」
一人の笑い声が、部屋の中に響いていた。
朝。目を覚ました玲は、慌てていた。昨日は、全く依頼をやっていなかったからでもあるのだが、違う理由もある。
朝食をそこそこに、家を飛び出していった。
「時間に遅れる。」
急いで自転車をこいで、仕事場と呼んでいるもう一つの家に向かった。
「もう来てるかも。」
今日も宏には休んでもらっていた。なぜなら、彼にも秘密にしなければいけないことだから。
扉の前に立っている人影を見つけた。
「遅くなって、ごめんなさい。」
その人影は振り向いた。菻に柚、そして幸の三人だ。私のわがままで集まってもらったのだ。
「とりあえず、入ろうか。」
私は扉を開けて、三人を招き入れた。
「いきなり呼んでごめん。」
三人が首を横に振った。
「今日、みんなに集まってもらったのは、少し助けがほしくて。」
「どうしたんですか。何かあったんですか。」「まあね。」
私はこれまでの経緯を、みんなに話した。
「ということなんだけど。」
「確かに、それは変だよね。」
菻はそう言って、何かを考え始めた。
「まるで、透明人間のようです。」
ゆずは、なぜか興味深々だ。
「そのことか。」
幸はもう聞いていたので。反応は薄かった。
それから私は色々話を聞いたりした。だけど、この謎を解くのはやはり難しかったのだ。
「今日はありがとう。助かったよ。」
三人はそれぞれ、家に帰った。
「やっぱり、むずかしいな。」
机の前に座って、溜まった依頼をやりながらも、頭の中は少年のことを考えていた。
「どうして、こうなったのだろう。」
最初は、すぐに解決するを思っていたのに。ここまで、大きくなるとは思わなかった。
「とりあえず、昨日の分と今日の分は終わったかな。一旦、切り上げよう。」
背伸びをしてから、休憩に入った。長時間椅子に座っていると、背中が痛くなってしまう。
「昨日、少しでもやっておけば良かったのにな。」
引き出しの中から便箋を出して、手紙での依頼者に返事を書き出した。こっちの方は、何日分かをまとめて返事を出すのだ。
「これは、こうで。」
そう言いながら、どんどん返答を書いていった。
「今日は、終了かな。」
手紙を書き終わり、封筒の束を持ってポストに向かった。マンションの近くにあるので、そこにいつも入れる。
「とりあえずは、ひと通りやったかな。」
その頃にはもう、あたりは暗くなり始めていたのだった。
「夕焼けが綺麗だな。きっと明日も、良い天気かな。」
その時、彼女の携帯が鳴った。玲はポケットからそれを取り出して、画面を見た。
「メールを受信しました」
ページ上へ戻る