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Fate/WizarDragonknight

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青い変なお客様

「行ってきま~す」
「行ってきます」

 ラビットハウスでのハルトの生活は、そんな二人の挨拶から始まる。
 すでにウェイター、ウェイトレス衣装に着替えたハルトと可奈美は、開店時間の九時までに店を掃除しておく。その後、必要があれば可奈美とともに市場へ必要な買い足しを済ませ、戻ってくると同時に開店の立て札を立てる。
 マスターのタカヒロが仮眠をとっている間、業務を教わったハルトと可奈美が店番をするのだ。
 だが。

「暇だ」
「暇だね」

 カウンターに突っ伏すハルトは、そうこの状況を断じた。
 可奈美も、手ごろなカウンター席に座り、両足をブラブラと揺らしている。ココアと同じ、ピンク色のエプロンを着用している彼女は、今十七歳という年齢詐称で働いていた。
 可奈美は欠伸をしながら呟く。

「はあ……ねえ、ハルトさん。鍛錬したいんだけど」
「仕事の時間に刀を引っ張り出さないで」

 御刀を持っているだけでも銃刀法違反の疑いがかけられそうなのに、毎回注意しないと彼女は聞かない。可奈美は「はあい」と返事を返す。
 ラビットハウスで勤め始めてから一週間。二人がいる時間の間、客足はほとんどない。
 時々若い主婦が休息に訪れる程度で、その頻度も芳しくない。
 ハルトはそんな空間の中、可奈美との会話しかすることがなくなっていた。

「そういうのって危ないよ。もし店の備品壊したらどうするの?」
「そういうハルトさんも、何か芸やってる」
「は⁉」

 驚いた拍子に、今出現した花を取りこぼしそうになった。

「あれ? 今……俺」
「うん。誰もいないところで、『スリーツーワンほい』って、ハンカチから花出してたよ」
「マジか……」

 マジでマジックをやっていたハルトは、意識外に持っていたハンカチをポケットにしまう。

「……ねえ。可奈美ちゃん。結局俺たち繁忙期に一回も立ち会わせたことないけど、結局ただ飯くらいじゃ」
「それ言っちゃう?」

 可奈美が眉を八の字にしながら言った。
 そのまま「はあ……よし」と両手をぐっと握り、

「とにかく、お世話になっているんだから、仕事はしなくちゃ。ほら、掃除とかすることいっぱいあるから。もう済ませてあるけど、もう一回、掃除しよう!」
「……なら、その箒を剣道みたいに振るのを止めようか」
「……は⁉」

 可奈美は、箒で縦に素振りをしている自分にあんぐりと口を開けた。

「え? こ、これは……その、うん。言い訳できない」
「毎朝こっそりどこかへ出かけているけど、もしかしてそれが原因?」
「鍛錬しないとね。体が剣術をしたいって」
「剣術ねえ……」
「ねえ」

 箒を置いた可奈美が、ハルトにぐいっと顔を近づけた。

「ハルトさんの剣術って、どこの流派? 私は新陰流なんだけど、最近は鹿島新當流にも興味持ってて。友達も北辰一刀流を習得していて、居合切りも本当に強くてさ。私も旅の途中で時々鍛錬しているんだけど、なかなか習得できないんだよね。旅に出る前に聞いておけばよかった。あ、でもハルトさんのって、どちらかというとタイシャ流に似てるよね? 剣と体術を交えてのだと……」
「ストップストップ!」

 この一週間の生活で可奈美のことがよく分かった。
 彼女は、剣術の話になると止まらない。明るい女の子なのに、そんなに剣が好きなのかといつもハルトは疑問を持っていた。

「俺のは独学。ファントムを倒していく内にいつの間にか習得していた。んで、あちこちにファントムが暴れているらしいから、学校をやめて旅に出て、大道芸やっているうちにああいう芝居かかったやり方しているわけ」
「あれ独学なの⁉」

 十秒前のこちらの頼みは彼女の脳の彼方へ飛んで行ったらしい。
 次は絶対に、どうやって編み出したのかとか聞かれる、と警戒した。その時。

 チリン、とドアが開く音がした。

「い、いらっしゃいませ!」

 可奈美から逃げるように、ハルトはやってきた客に接待する。
 入ってきたのは、二十代くらいの女性だった、ふんわりとした雰囲気の彼女は、ハルトと可奈美を見て笑んだ。

「おやおや? 新しい店員さんですね」

 ふんわりとした女性は、常に笑みを絶やさず、ハルトに言われるがままに窓際の席に着く。
「私、青山(あおやま)ブルーマウンテンと申します」
「不思議な名前だな……あ、俺、松菜ハルトです」
「よろしくお願いいたしますね。それでは、キリマンジャロをお願いします」
「かしこまりました」

 ハルトは腕を回してお辞儀をする。
 そのままカウンターへ赴き、焙煎を始める。
 一方可奈美は、その客をじっと見つめていた。
 
「可奈美ちゃん。手伝ってよ」
「うーん。ところで、あのお客さん……」

 彼女の視線は、好気的なものではなかった。
 客も、なぜか机の下へ背中を曲げ、じっと可奈美を凝視している。

「なんか、私を見ているんだけど……」
「一目惚れでもされたんじゃない?」
「私女の子なんだけど……?」
「よくあるんじゃない? 女の子が女の子に惚れるって」
「ないでしょ、あんまり」

 仕事中の私語をしている間にも、女性はじっと可奈美を見つめている。

「あの~」

 女性がこちらに近づいてきた。彼女は胸に何やら手帳を抱えており、カウンター席に座るなり開いた。

「すみません。その……どうしてもあなたのことが気になってしまって」
「え? 気になるって……?」
「言葉通りですよ……私、貴女のことが気になって気になって仕方ないんです」
「え⁉」
「あ、お客さん。出来ましたよ。キリマンジャロ」
「その~。お嬢さん。お名前は?」

 青山と名乗った女性は、ハルトのコーヒーを無視して、可奈美へ顔を寄せる。
 可奈美は口角を吊り上げながら、「衛藤可奈美です」と名乗った。
 青山ブルーマウンテンさんは「可奈美さんですか……」と頷く。

「腕の筋肉がすごいですね……とてもココアさんたちと同じ世代とは思えません……」
「あ、あはは……鍛錬してますから」
「鍛錬? ……普段は普通の中学生。だけどその正体は特別な力を持つ魔法剣士……降りてきました!」

 青山さんは、大急ぎでテーブル席に戻る。鞄から原稿用紙を取り出し、

「来ました来ました! 降りてきました!」

 さっきまでののほほんとしていた表情の女性は、嬉しそうにカリカリと書いている。

「決めました! これはいいですよ!」

 ある程度書き終えた青山さんは、その原稿用紙を掲げる。

「ようやくヒロインの設定ができました。思い人を探し求めて各地を転々と渡り歩く、流浪のヒロインが、出会った主人公と衝突を繰り返しながら成長していく……」

「……」
「……」

 気まずい表情のハルトと可奈美は顔を合わせる。
 さらに、この青山さんは続く。

「主人公は……そう、同じく旅する……」
「あの!」

 これ以上真実を当てられると怖くなってきたハルトは、青山さんを食い止める。

「もしかして青山さんって、作家さんか何かですか?」
「ええ。私、小説家なんです」

 にっこりと青山さんは微笑んだ。
 クリームな色の髪を手で梳かしながら、肩にかけている鞄より、重そうな本を取り出した。
 茶色の表紙に、細かく書かれたその表紙は、ハルトには見覚えもないものだった。

「うさぎになったバリスタ?」
「映画化もされました」
「ハルトさん知らないの?」

 可奈美が尋ねた。
 ハルトが頷くと、可奈美は唖然と口を開けた。

「嘘でしょ⁉ 私の地元でも友達、大人気だったよ」
「一年以内の映画だったら俺旅の途中だよ」
「一昨年やってたよ。……ってことは、お客さん、青山ブルーマウンテン⁉」
「あれー?」
「今さっき自己紹介してもらったところだけど?」

 青山さんは目を丸くして、口を押える。
 ハルトは、軽く失礼なことを言い出す可奈美にそう付け加えた。
 可奈美はそれを無視し、

「あの映画、本当に面白かったです! 特に、息子が嵐の中で弾き語りをしながらお金稼ぐシーンが!」
「あら? 序盤のそこを好きになる人って珍しいですね」
「そうですか? うーん。……まあ、私って、好みが人とは少しずれているみたいだし、そういうのは仕方ないかなあ」
「ズレてるの?」
「見てない俺が言うのもおかしな話だけど、話の流れからすればずれているんじゃない?」
「そう? どうなんだろう。でも、私好きなアニメとかすぐに打ち切りになっちゃうから、そういうところが関係しているのかも」
「それって、普通の人と感性がズレているってことだけど」
「うえ~」
「可奈美さん。ところで、お願いが……あるのですが」

 青山さんが顔を可奈美に近づけた。

「私、今日一日、貴女を観察していたいのです」
「は、はい⁉」

 可奈美が唖然とした表情をしているが、青山さんはそんな彼女の表情を無視し、屈む。

「え⁉ あの……!」
「私、貴女を観察したいんです。貴女からは、何か面白そうなにおいがします」
「ああっ! スカートをめくりながら言わないで下さい!」

 可奈美が抑えているが、青山さんはひらひらとスカートのすそをめくっている。ラビットハウスの女性制服はロングスカートが付いているが、それが可奈美の足元のタイツを見せては隠しを繰り返している。
 いい眺めだなとその光景を眺めていると、「ハルトさん助けてください!」厨房の電話がけたたましい音を奏でた。

「あ、可奈美ちゃん。悪いけど接客お願いね」
「ハルトさん! お客様も、そろそろやめてください!」

 可奈美の悲鳴と青山さんの笑い声をバックに、ハルトは受話器を取る。今時こんな壁に取り付けられた木製の電話なんて見たことないと思いながら、ハルトは耳に当てる。

「はい、ラビットハウスです」

 一週間で、この応対の仕方にも随分と慣れてきた。
 ハルトが見滝原に来る数か月前より始まった、ランチの出前の注文を受けたハルトは、そそくさと既定のメニューを作り、パッケージに入れる。

「よし。可奈美ちゃん。俺外出てくるから」
「ハルトさん止めて!」

 延々とセクハラされ続ける可奈美をドアの奥へ押し込み、深呼吸した。
 都会である見滝原より離れたこの木組みの町は、空気がやさしい。

「ファントム退治と聖杯戦争が終わったら……ここに、住んでみたいな」

 バイクのアクセルを入れながら、思わずそう呟いた。
 
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