俺様勇者と武闘家日記
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第1部
アッサラーム~イシス
シーラの同居人
「はじめまして♪ アタシはアルヴィス。昔シーラと一緒に暮らしてたの」
バニーガールの大男もといアルヴィスさんは、食堂でシーラと再会のハグを交わしたあと、私たちが座るテーブルの隣の椅子に座った。
アルヴィスさんが来た途端、ユウリたちを取り巻いてた女の子たちはもちろん、周辺にいた人たちの姿もいなくなった。元から彼のことを知っているのか、彼の雰囲気に圧倒されたのかはわからないが、皆彼に譲るようにその場を離れたようだ。
アルヴィスさんは椅子ごとこちらに顔を向け、足を組んでにっこりと笑みを浮かべた。
「町でシーラが戻ってきたって言うからこっちに来てみたら、まさか噂の勇者様の仲間になってただなんて、やるじゃない」
「えへへ♪ そういうアルも相変わらずお仕事頑張ってるみたいだね」
「ふふ。ようやくお店も軌道に乗ってきたワ。今もこうしてお店のチラシ配りしてたところヨ。そしたら、町でシーラが帰って来たって聞いたから探しちゃったじゃない☆」
私たちが一通り自己紹介をすませたあと、シーラとの再会を喜んだアルヴィスさんは、自分たちが発する困惑の視線に気づいたのか、向こうから話しかけてくれた。
「ああ、この姿が気になる? ちょっと最近太っちゃってサイズが合わなくなっちゃったのヨ」
いやいや、サイズとかの問題じゃないです。そう思っても、沈黙するしかなかった。
「アルヴィスはね~、あたしにここの仕事を紹介してくれたの。アルヴィスも昔ここであたしと同じ仕事してたから」
なるほど、だからアルヴィスさんもバニーガールの姿をしてて……って、いやだからそうじゃないって。
「今は独立して、お店を開いてるの。一応これ、営業用の衣装なんだけど、ほかにもいくつかあって……」
「おいお前。その格好は好きでやってるのか?」
ユウリはアルヴィスさんの言葉を遮り、歯に衣着せぬ物言いをした。
「ふふっ。バニーガールは男のロマンなのよ。アナタも一度着てみる?」
そう言ってウインクをするアルヴィスさんに対し、戸惑うユウリ。あのユウリを動揺させるなんて、只者ではない。
「ところで、ユウリくん、だったわよネ? アナタのお父さんってあのオルテガなんでしょ?」
怪訝な顔をしながらも小さく頷くユウリ。その反応を見たアルヴィスさんはぽんと手を叩き、腑に落ちた顔をした。
「そう! やっぱり!! だってアナタ、彼の若い頃にそっくりなんだもの!」
「お前、親父のことを知ってるのか?」
ユウリがテーブルに身を乗り出して聞いてきた。それは私も気になるところだ。
「知ってるも何も、アナタのお父さんが魔王を倒す旅をしてたとき、一時期アタシも一緒についていったのよ」
『えええっっ!!??』
これには四人全員が一斉に叫んだ。アルヴィスさんが、一時とはいえオルテガさんと一緒に旅をしてたなんて、全く予想外のことだったからだ。
「てことはあんた、ただのバニーガールじゃないってことだよな?」
「ふふ、そうよ。よく気づいたわネ。アタシの前職は実は戦士だったのヨ」
ナギの言葉に、さも予想外だと言わんばかりに経歴を話すアルヴィスさん。けれどバニーガールより、鉄の鎧を着たほうが絶対に似合っている気がするのは私だけではないはずだ。
なぜ戦士がバニーガールにミラクルチェンジしてしまったのかは今はさておいて、私は別の疑問をアルヴィスさんに投げかけた。
「でも確か、オルテガさんって、単身魔王の城に乗り込んだって世間一般では言われてましたよね。アルヴィスさんは一緒に行かなかったんですか?」
特にユウリともオルテガさんのことは話をしたことはないけれど、私が実家で聞いた噂ではそうだった。それに、今ここにアルヴィスさんがいるということは、途中で何か理由があって別々になってしまったのだろう。いくら英雄といわれても人間である以上、何がきっかけで人生の岐路に立つかわからない。同じ轍を踏む身としては、なぜそんな状態になってしまったのか知りたいところである。
するとアルヴィスさんは昔を思い出したのか、せつなそうに眼を細めた。
「アタシはずっと一緒に旅してたかったんだけどね……。とある場所で彼に誘われてから、ずっとあの人と一緒にいるうちに、だんだん彼の魅力に惹かれていったの。それで、このあふれ出る気持ちが止まらなくなって、魔王城に乗り込む前に、思い切って彼に告白したのよ。そしたら、俺には妻も子供もいるって言われちゃってサ。さすがにそのあと一緒にはいられないし、迷惑になると思ってネ。それで潔く身を引いたのヨ」
「……そ、そうなんですか」
予想の斜め上を行く答えに、思考が混乱する私。
二人はどういう関係だったんだ。聞いちゃいけない話に触れた気がして、私は曖昧にうなずくしかなかった。
話を切り替えようと、小さく咳払いをするユウリ。アルヴィスさんの視線が彼に向いた。
「なら聞きたいことがある。俺たちは今、『魔法の鍵』を探してるんだが、俺の親父もそれを探している様子だった。結局親父はそれを手にいれたのか? なぜ手にする必要があった?」
『魔法の鍵』、という単語に、心当たりがあるかのような素振りを見せるアルヴィスさん。
「ああ、その話ネ。そもそも『魔法の鍵』ってわかる? 要は魔法使いが特殊な術で施錠した扉……一般的には魔法の扉って言われてるけど、それすらも開けることができる鍵なの」
「魔法使いが施錠した扉?」
「ここアッサラームやイシスは、太古の建造物が多いのよネ。特にイシス地方にあるピラミッドには、古代のお宝が眠ってるみたいなんだけど、当時の偉大な魔法使いがそのお宝を守るために、扉に特殊な術をかけたの。その扉はちょっとやそっとじゃ開かないし、盗賊が持つ解錠の技術を使っても無理だと言われてるワ」
ふと気づいたユウリが、懐から盗賊の鍵を出した。
「この『盗賊の鍵』じゃダメなのか?」
「悪いけどそんな鍵じゃまず無理ね」
そう言われて、顔には出さないが小さく嘆息するユウリ。
「アタシたちは魔王を倒すための手がかりを得る手段として『魔法の鍵』を手にいれようとしたけど、結局あきらめたワ」
「どうして諦めたんだ?」
ユウリの問いに、アルヴィスさんは、ふう、と深くため息をつく。
「『魔法の鍵』を管理していた人とね、どうにも話が合わなくて結局譲ってもらえなかったの」
管理していた人……。昨日言っていたヴェスパーさんって人か。ドリスさんも変わり者って言ってたし、どんな人か怖くなってきた。
「『魔法の鍵』が魔王を倒す為に必要かどうかはわからないワ。なくてもあの人は魔王の城までたどり着いたって言われてるし。けど、そこで消息を絶ったってことは、魔王を倒すための手段が足りなかったのかもしれないわネ」
「……」
「……ごめんなさい。アナタにとっては英雄である前に一人の父親ですものネ。けどアタシは、アナタのお父さんはどこかで生きてるって信じてるの」
「いや、気を使わなくていい。俺は親父を父親として見たことは一度もないからな。それより、やっぱり『魔法の鍵』は手に入れるべきだな」
「……ホント、アナタってお父さんにそっくりネ」
アルヴィスさんは苦笑した。そして、胸板とバニースーツの間から、一枚の紙切れをユウリに手渡す。ためらいながらも、ユウリはそれを受け取った。
「これ、アタシのお店の名刺ヨ。もしお父さんについて知りたいことがあったら来て。昼間は別の仕事でアタシはいないから……そうね、日が沈むころに来て頂戴」
「……わかった」
静かにうなずくユウリ。それを聞いたアルヴィスさんは椅子から立ちあがり、清々しい顔で私たちを見下ろした。
「それじゃあ、元気なシーラにも会えたし、アタシはここで失礼するわ。じゃあね☆」
そういうと、再び私たちにウインクをしながら、アルヴィスさんは席を立ち去っていった。
「なんか、凄い人だったね」
ふう、と息をつき、私はつい本音を漏らす。
思わず口に出してしまった。けど、あれほどインパクトのある人物を見たのは生まれて初めてだったのだ。ナギも無言で頷いてシーラを見る。
「お前の同居人、とんでもない人だったんだな」
「うん♪ でもあたしもアルヴィスがユウリちゃんのお父さんの仲間だったなんて知らなかったよ☆ 昔超つよーい友達と旅してたってことしか言ってなかったもん」
随分ざっくりとした説明だったようだ。そもそもシーラとアルヴィスさんってどういう関係なんだろう?
「おいザルウサギ。あいつとお前の関係って一体何なんだ? 親子ってわけではないんだろ?」
私と同じ疑問を、ユウリが代弁してくれた。確かに親子というには距離感がある気がするし、だからといって友達っていう雰囲気でもない。
するとシーラの顔が、僅かに強張った。
そして、苦笑を滲ませる表情を私たちに見せた。
「親子だったらいいけどね。アルヴィスとは元同居人で、元仕事仲間。それだけだよ♪」
その笑顔はまるで取り繕ったようだった。
普段明るい彼女が無理して笑っているのは、きっと私たちにも言えない事情があるからなのか。そう思うと下手に聞かないほうがいいのかもしれない。
「……そうか」
ユウリも察したのか、これ以上はなにも聞かなかった。
「それより、仕事終わってからどうする? 宿に戻るまで時間あるし、なにもすることないよね」
私は話題を変えようと、これからの予定について皆の意見を聞くことにした。すると、目を輝かせたナギが真っ先に手を挙げる。
「オレ、このままここに残ってビビアンちゃんの公演観るから!」
いつの間にかビビアン『ちゃん』と呼んでいるのは、ここに見に来るビビアンさんの熱狂的なファンが彼女の名を呼ぶときの共通語になっているらしい。誰が決めたわけでもないが、暗黙の了解というものだそうで、それをナギがスタッフから聞かされた。他にも色々と教えてもらったようで、彼はすっかりビビアンさんのファンになったといっても過言ではない。
私もナギと一緒に劇場に行ってビビアンさんの踊りでも見ようかと一瞬思ったが、なんとなく女性が行くには少し勇気がいるような気がして、口に出す前にやめた。
「あー、うん。そういえばそういう約束だったもんね。えっと、じゃあ、シーラは?」
「あたしはこのあと昔なじみのところに行って、挨拶してくる♪」
「わかった、気をつけて行ってきてね。……ユウリは?」
様子をうかがいつつ、私は彼に尋ねる。
「……そうだな。この町は道具屋や武具屋が多くあるらしいから、店を回ってみるつもりだ」
「そっか。じゃあ、私も一緒についていってもいい?」
「は?」
訝しげな表情で私を見返すユウリ。
いや、そこで聞き返されるとちょっと困る。だって私もやることないから何していいかわかんないんだもん。
不審そうに見るので、私は慌てて言い繕う。
「べ、別に新しい装備が欲しいからとかじゃないよ? ただ一緒にお店回りたいだけなんだけど……。ダメかな?」
「……勝手にしろ」
しばらく考え込んでいたが、ユウリにしては珍しく素直に了承してくれた。
「あっ、そうだ! ミオちん! 夜になったらあたしと一緒にお風呂入りにいこうよ♪ 結局昨日入りそびれたし」
「え?! でも昨日は行っちゃだめって……」
「大丈夫大丈夫♪ さすがに昨日からずっといるってことはないって☆」
「どういうこと?」
何の話をしているのかさっぱりわからない。それを察したのか、シーラが言葉を続ける。
「つまりね、昨日お風呂のこと教えてくれたおじさんいたでしょ。それね、あたしたちをそこに行かせるためにわざと言ったんだよ」
「? 何のために?」
「あとで自分もそこに行ってあたしたちを覗き見するためだよ」
「ええっ!?」
「この街、そういう人多いからね♪ ミオちんは特に気をつけたほうがいいよ☆」
あっけらかんとシーラがそんなことを言うので、この街に対する不安が急上昇し、私の顔は青ざめた。
昨日ユウリが止めたのも、気づいていたからだろうか。私は心の中でユウリに感謝した。……けれど。
「そんなこと聞いちゃったら、余計お風呂行けないじゃん……」
「でもさ、知ってる顔の人にみられるよりはまだマシじゃない?」
「そういう問題じゃないって!」
なぜか自然に視線が男性陣へと注がれる。
「ユウリちゃんとナギちんも、覗いちゃダメだからね?」
「見るわけねーだろ!」
「そのウサギ耳燃やしていいか?」
シーラの発言に男性陣が露骨に反論するが、いたずらっぽい笑みを浮かべているシーラはなんだか楽しそうに見える。
さっき見せた複雑な表情は何だったのだろうか。けれど、それをいちいち問い質すほどのことでもないと感じた私は、その小さなほつれを気に留めることのないまま、胸の奥にしまいこむことにした。
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