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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第8章:拓かれる可能性
  第244話「譲れない想い」

 
前書き
一旦時間が戻って、帝sideの続きになります。
 

 








   ―――時間は少し遡る……





「っづ……ぁあっ!?」

 帝が力を奪われ、敗北した後、優奈もまた窮地に陥っていた。
 事象や状況そのものに干渉する“残酷の性質”により、神達は強化される。
 帝が負けた事で、その効果に拍車がかかり、さらに追い詰められていた。

「(私自身は跳ね除けても、肝心の他の神への効果が厄介過ぎる……!何とかして、相手に“逆転された”と思わせないと……!)」

 優奈だけなら、その気になれば“性質”の効果を無視できるようになっていた。
 だが、それを差し引いても他の神が強化されている事が大きい。
 そのため、本来優奈に掛かるはずの“残酷な現実”と言う意識の弱体化を何とかして他の神に与えない限り、どうしても突破口が見えない。
 
「(この状況で、一人だけでも圧倒する……そうすれば、“性質”がマイナスに働くはず……でも、それが厳しい……!)」

 一見強力に見える“性質”も、案外弱体化と表裏一体だ。
 優輝と緋雪が初めて戦った“青の性質”も、今対峙している“残酷の性質”も、上手く認識を操作すれば弱体化に繋げられる。
 そうすれば、優奈にも勝ちは見える。
 ……裏を返せば、そうしない限り勝ち目はない。

「ぐっ……!」

 受け流し、転移で躱そうとする。
 だが、それでも躱しきれずに、胸に理力の矢が突き刺さる。
 僅かに体が仰け反るが、優奈は構わず目の前の攻撃を対処し続ける。

「(一瞬……それこそ、閃光のように……一瞬で駆け抜ける!!)」

 理力の斬撃が、閃光が、掠ったり命中していく。
 このままでは嬲り殺されるだけだと判断し、短期決戦を試みる。
 一人でも数を減らせば、状況を変えられると信じて。

「ッッ……!?」

 しかし、それよりも先に相手が状況を変えてきた。
 帝が使っていた王の財宝による武器群が、優奈へと牙を剥く。
 帝の相手をしていた神が今度は優奈をロックオンしたのだ。

「ぁぁぁあっ……!?」

 出鼻を挫かれる。
 一旦体勢を立て直そうとするが、その間にも傷は増えていく。
 
「(帝……!)」

 確実に追い詰められていく。
 優奈は理力を使いこなせる代わりに導王流の極致は扱えない。
 その差が、優輝よりも一発逆転を狙いにくくなる原因となっていた。











「優、奈………」

 そんな、徐々に追い詰められていく優奈の様子を、帝はただ見ていた。
 無惨な姿となり果てた帝は、手足を動かす事も出来ない。
 その気になれば再生は出来るのだが、それ以上に帝は無力だった。
 魔力も、容姿も、相棒さえも、授けられただけもモノは全て奪われた。
 
「………」

 それでも、神界ならば戦う事は出来る。
 それなのに立ち上がれないのは、偏に“無力”を見せつけられたからだろう。
 自分ではどうしようもない。絶対に勝てないと、帝は思い知らされた。
 心が折れてしまえば、もう立ち上がる事は出来ない。

「俺、は……俺はぁ……!」

 “どうしてこんなにも弱いのか”、“どうしてここで倒れてるだけなのか”。
 後悔、怒り、様々な感情が渦巻き、それを塗り潰すように無力感に覆われる。









『―――マス、ター……』

「っ………!」

 その時、微かに脳内に声が響く。
 いつも、よく聞いた声……エアの声だ。

「『エア……!エアなのか……!?』」

『……はい。ですが、間もなく今の私は新たな“私”に書き換えられます……』

「『ッ……』」

 エアの言葉が、どういう事を示しているかは、帝にも理解出来た。
 要は、エアは僅かに残った自我だけで帝に語りかけてきたのだ。

『……最後……最期に、マスターに伝えたい事が……』

「『エア……?』」

 念話にノイズが増していく。
 本来ならば、もう本来のエアは自我を書き換えられているはず。
 それなのに、最後の力を振り絞り、帝に自分の“気持ち”を“想い”を伝える。



『―――好きです。愛しています、マスター』

「『……ぇ……?』」

『突然こんな事を言われても、戸惑うとは思います。……でも、本当です。私は、貴方の事がマスターとしてではなく、一人の異性として、愛しています』

 今まで、全くそんな素振りを見せなかった。
 だからこそ帝は困惑する。
 なぜ、今なのか。なぜ、自分なのか……と。

「『なん、で……』」

『もう、今しか伝えられないからです。……私は、もうすぐ私ではなくなります。人格も、記録も、何もかも新たな“私”に取って代わられるでしょう。……でも、この“想い”だけは、絶対に譲れませんから……!』

「『ッ……!?』」

 それは、今まで落ち着いた口調のエアから感じた程のない熱の籠った発言だった。
 窮地に陥った際の焦った時ですら、これほど熱の込められた事はない。

『……貴方にも、譲れない“想い”があるはずです。……だから……だから、どうか、私よりも、彼女の事、を……』

「『エ、ア……!』」

 AIでしかないはずの、エアの声が嗚咽混じりになる。
 もし人型の形態であれば、間違いなく涙を流していただろう。
 そう、いくらデバイスだと、道具だと言われようと、エアの想いは本物なのだ。

「『でも、俺には、お前がいないと……!』」

『……本当に、世話の焼けるマスターです……』

 ノイズがどんどん増えていく。
 最早、言葉の節々が聞き取れなくなる程だ。
 それでも、エアは言葉を残そうとする。

『……でも、貴方がマスターで、本当に良かっ―――』





 ―――そして、“ブツリ”と、エアの声は途切れた。







「ッ……!!!」

 何が起きたのか、帝は本能的に一瞬理解を拒んだ。
 だが、理解出来てしまう。
 今この時、エアという“帝のデバイス”は、本当に喪われたのだ。

「――――――」

 直後に渡来したのは、言い表しようのない“熱い想い”だった。

「ァ……ァァ……!」

 動かないはずの四肢に、力が籠る。
 燻っていたはずの無力感が、引いていく。
 血の気が引くような、サッと冷たい感覚が通り過ぎ……







「――――――――――――ッッ!!!!」

 ……声にならない雄叫びと共に、煮えたぎるマグマの如き感情を爆発させた。

「なんだ……!?」

「ぇ………?」

 その“想い”による衝撃は、優奈と他の神々にも届く。
 何事かと、一部の神と優奈が目を向ける。

「帝……?」

 そこには、倒れていたはずの帝が立っていた。
 傷は消えているが、魔力も能力も、以前の容姿すらも奪われたままだ。
 ……だというのに。

「(……何が、起きたの……!?)」

 その体から放たれる途轍もない“何か”が、優奈を圧倒する。

「(一体、何をきっかけにすれば、そこまでの“可能性”を……!?)」

 だが、優奈にとってそれは感じた事のあるエネルギーだ。
 生命の持つ可能性そのもののエネルギーが、帝から放たれていた。

「今更、立ち上がった所で!」

 その時、一人の“天使”が帝に襲い掛かる。
 理力の剣が振りかぶられる。……が、帝は避けようともしない。

「なっ……!?」

「―――邪魔だ」

 その光景に、一部の者は絶句した。
 “天使”の攻撃が、帝をすり抜けたのだ。
 そして、帝はそのまま拳を“天使”に叩き込んだ。

「何が……!?」

 ここで、ようやく神々も帝を警戒する。
 優奈の包囲はそのままに、手の空いた神と“天使”で帝を囲む。

「……俺は、さ……主人公とかみたいに、誰かの犠牲とか、ピンチとかで都合よくパワーアップ出来る訳じゃねぇんだよ……」

 俯いたまま、帝はそう呟く。
 足元には、水滴が落ちており、泣いている事が伺えた。

「でもな……でもなぁ……!俺だって、大切な奴が死ぬのは、悲しいし、許せねぇんだよ……!俺にだって、譲れない想いってのは、あるんだよ……!!」

 顔を上げる。
 帝は、怒りと悲しみの混じった、複雑な形相をしていた。

「……返せ。エアを……俺のデバイスを……!相棒を……!家族を!!返せぇええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 叫ぶ。ありったけの、思いの丈を。
 自分の感情を吐き出すように、帝は大きく叫んだ。

「ちぃっ!」

 殴られた“天使”は、明らかに大きなダメージを負っていた。
 それでも反撃に出ようと間合いを取りつつ理力の矢を飛ばす。

「ッ……!」

 帝はそれを回避しようとするが、ほとんど回避しきれずに直撃する。
 しかし、帝は僅かに仰け反りはするものの、倒れる気配はない。

「ッッ……ぁああっ!!」

「がっ……!?」

 そのまま帝は間合いを詰め、“天使”の襟を掴んで引き寄せ、殴る。

「離、れろ!」

「……!」

 理力が帝の顔に押し付けられ、炸裂する。
 しかし、帝はそれに動じずそのまま“天使”を殴り飛ばして倒してしまった。

「(“領域”と“意志”が完全に別物として動いている……!まさか、“領域”についてほとんど知らないはずの帝が、こんな利用の仕方をするなんて……!)」

 他の神や“天使”が動揺する中、優奈だけは何が起きているのか予測出来た。
 今の帝は、本来ならば倒れてもおかしくはない状態だ。
 帝としての“領域”は既に砕かれ、立ち上がれないはずなのだ。
 しかし、帝は“意志”だけで立ち上がり、こうして戦闘を続けている。

「(攻撃をものともしない程の“意志”……こんな事が、出来るなんて……!)」

 本来ならば戦闘不可。それを覆す程の“意志”で、帝は戦う。
 さすがに神界の存在でも、“領域”を砕く事は出来ても、消滅させる事は出来ない。
 そして、帝の“領域”は既に砕けている。
 ゲームに例えれば、帝は既にHPがゼロになっているはずなのだ。
 それを、“意志”の力で1から動かないようになっている。
 そのため、いかなる攻撃を受けても、ものともしないのだ。

「いくら攻撃が効かなくとも、干渉する術さえ奪えば!」

 “剥奪の性質”を持つ神が、帝に攻撃しつつ触れる。
 そして、優奈が帝に施した“格の昇華”すら奪い取った。

「ッ、くっ……!」

 すぐさま優奈がリヒトを使って“格の昇華”の術式を破棄する。
 これで、神が強化される事はなくなったが、同時に昇華も切れる。
 理力が使える優奈はともかく、帝はもう攻撃する術を持たない……はずだった。

「返せ……!」

「ッ……!?」

 自分に触れた腕を、逃すまいと帝は掴んだ。
 否、これは直接掴んでいる訳ではない。
 “逃がさない”という意志がそのまま形を成し、神を拘束しているのだ。

「ぉおおおおおおおおおおっ!!!」

 エアを奪った張本人を、帝は全力で殴り飛ばす。
 吹き飛ばされた神は、神界でありながらそのダメージをそのまま受けていた。

「な……ぁっ……!?」

「(帝の“領域”は既に砕かれてる。“格”も足りないはずなのに……“意志”だけで、相手を自らと同格にまで引きずり込んでる……!)」

 実際、普通に攻撃しようとしても帝の攻撃は届かない。
 だが、“意志”の強さが強すぎるため、帝の“領域”に引っ張られているのだ。
 既に“領域”が砕かれている事で逆に攻撃を無効化し、“意志”のみで自分と同じ土俵に引きずり込んでいた。
 さらに、“領域”そのものでならば、“格”に左右されずに干渉出来るため、“領域”をぶつけている帝の攻撃は通用したのだ。
 それが、帝が今戦えているカラクリだった。

「……返してもらうぞ、エアを……!」

「ッ……それ以上、勝手はさせんぞ!」

 殴り飛ばした神を、帝は追撃しようとする。
 そこまで来て、ようやく他の神々が動いた。
 ……が、その前に既に動いている人物がいた。

「あら、邪魔はさせないわよ」

「しまっ……!?」

 注意が帝に向いた事で、一度“残酷の性質”による効果がリセットされた。
 それによって優奈は一気に回復し、妨害しようとした神を逆に妨害する。

「なぜだ……!なぜ、人間如きに状況を覆される!?」

「……人の意志を、執念を……“可能性”を、甘く見たからよ!」

 状況が変わったために、優奈は完全に窮地から脱した。
 そもそも、状況が変わるという事自体が、優奈にとっての最善手だった。

「くっ……!」

「同じ手は使わせないわよ!」

 先程と同じように“性質”を使われる前に、優奈は先手を打つ。
 理力を張り巡らせ、牽制となる“領域”を広げる。

「……さぁ、“残酷な現実”は覆されたわ。……どうするのかしら?」

「ッ……!くそっ!!」

 一斉に優奈に襲い掛かる。
 しかし、状況は先程までと違うため、優奈は不敵な笑みを浮かべた。

「たった一人の“意志”に気圧された神など、恐れるに足りず!!勝利へ至る“可能性”は、我が手に在り!来たれ“デュミナス・スペルマ”!!」

 優奈の掌に、金色の光を放つ珠が顕現する。
 それに、リヒトを斬るようにぶつけ、光を纏わせる。

「切り拓け!導きの光よ!!」

   ―――“Aufblitzen Möglichkeit(アォフブリッツェン・メークリヒカイト)

 金色の横一閃が放たれる。
 斬撃は扇状に広がり、肉薄しようとした神や“天使”を障壁ごと切り裂いた。

「逆転の“可能性”を創り出したわ。……後は、貴方の思うままに行きなさい。帝」

 創造した剣で壁を作り、帝と自分を分断する。
 相手にするのは、先程までと同じ神々だ。
 違うのは、優奈には勝算があり、既にその可能性を手繰り寄せている事だ。

「がぁっ!?」

「ッッ……!!」

 一方で、帝は果敢に攻め続けていた。
 相手は“剥奪の性質”を持つ神と、その“天使”達だ。

「(奪えない……!?何も、剥奪出来ない……!?)」

 追い詰められているのは神の方だ。
 それもそのはず。“性質”がただの人間なはずの帝に効かないからだ。

「ぉおおっ!!」

 攻撃をものともせず、帝は拳を振るう。
 その度に、“天使”の体が吹き飛び、物理的ダメージがそのまま入った。

「(避けられない、逃げられない……!あり得ない……!人間が、我々を逃がさない程の力を発揮するなど……!それこそ、我々の“領域”と同じ……!)」

「おい、何突っ立ってんだ」

「ッ……!?」

「……いい加減、エアを返せ」

 いつの間にか、帝は間合いを詰めていた。
 その体は背後から理力の剣や槍、矢などに貫かれている。
 しかし、まるでダメージがないかのように、帝は神を殴り飛ばした。

「が、ふっ……!?」

 吹き飛んだ神を追撃しようとして、再度“天使”に阻まれる。
 だが、その“天使”達も、息を切らしていた。
 本来はあまり効かないはずの物理ダメージが、大きく体力を削っていたからだ。

「っ……死ねぇっ!!」

 痺れを切らしたかのように、神が帝から奪った王の財宝で攻撃する。
 理力による攻撃と違い、質量を伴った攻撃だからか、帝は仰け反る。
 ……しかし、倒れる事はない。

「それが……どうした……!!」

 大量の武器が刺さったまま、帝は神を睨む。
 その眼光は、神や“天使”が気圧される程、力が籠っていた。

「っ……」

 刺さったままの武器を帝は抜く。
 そして、その武器を“天使”達に投げつけた。

「なっ……!?」

 その武器に、“天使”の一人が成す術なく貫かれた。
 他の“天使”は障壁で防いだが、驚愕を隠せていなかった。
 “天使”が貫かれた事や、投げつけた速度、威力にではない。
 貫かれた“天使”が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事にだ。

「はぁっ!!」

「くっ……!」

 帝はその隙を逃さず、近くの“天使”に斬りかかる。
 咄嗟にその“天使”は理力の障壁で防ぎ、拮抗する。

「ぁあっ!!」

「な―――!?」

 だが、帝が声を張り上げた瞬間、障壁は薄いガラスのように割れた。
 その事に“天使”は驚愕する暇もなく一刀両断され、倒れた。

「邪魔だ……!」

「この……!」

 残る“天使”は一人。
 その“天使”が“剥奪の性質”で帝の持つ武器を奪おうとする。

「(奪えない……!?)」

 一度帝から奪い取った神が放った武器。
 だというのに、その武器を帝から奪えない事に“天使”は驚愕した。

「がっ……!?」

「死ね……!!」

 直後、“天使”は帝の持つ剣に貫かれ、切り裂かれた。
 まるで、帝の思い通りになるかのように、“天使”はあっさりと全滅した。

「……こんな、こんな事が……ただ、“意志”のみで、我々を圧倒するのか……!?」

 そこまで来て、ようやく神は理解した。
 “性質”が効かなくなった理由。
 攻撃を避けきれない、または防ぎきれず、さらには逃げる事も出来ない理由。
 そして、物理的ダメージがそのまま神界の存在の体力を削る理由。
 それらは、全て帝の“意志”が許さないと断じたからだった。
 たった一人の“意志”で、神達は圧倒されていた。

「(……眠れる獅子を目覚めさせた……のか……?)」

 神は既に帝からその“意志”を剥奪しようと試みていた。
 だが、本質的に本人のモノである以上、不可能だ。
 つまり、帝を追い詰め過ぎたために、神は逆に追い詰められたのだ。

「……は、はは……!だが、今更俺を倒した所で、お前の大事な相棒は戻ってこない!何をしたって無駄だ!」

「………」

 故に、神はその“意志”を折りに行く。
 単純な強さでは敵わないと理解したために、その強さの根源を崩しに行ったのだ。
 確かに、本来ならばその手はこの上なく有効だっただろう。

()()()()()()()

 ……“本来ならば”だが。

「ぁ……が……!?」

「そんな“現実”、関係ねぇよ……返せっつってんだよ!!このクソ野郎!!」

 怒りや悲しみなどが極限まで行った人間に、そんな言葉など通用しない。
 帝にとって、事実がそこにあっても最早関係なかった。

「エアを……返せっつってんだよ!!」

 なけなしの魔力で、帝はバインドを繰り出す。
 本来であれば容易く破壊されるはずのバインドも、今は限りなく堅くなる。
 神はそこから抜け出せなくなり、磔の状態になった。

「返せ……!返せ……!!返せ!!」

 サンドバッグのように、帝は神を殴る。
 物理的ダメージがそのまま通る今、神は血反吐を吐く程ボロボロになっていた。

「返せぇええええええええ!!」

   ―――“θέληση Longinus(セリスィ・ロンギヌス)

 一際“意志”を込めた拳が、神の体に突き刺さる。
 “意志”はそのまま形を為し、槍となって神を貫いた。

「こんな……事……が…………」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 貫かれた神は、そのまま力なく倒れる。
 エアを奪った元凶を倒したからか、帝は力を抜くように息を切らしていた。

「エア……エア……!」

 倒れた神の手から、エアを取り戻す。
 しかし、帝の呼びかけにエアは応じない。
 それどころか、反抗するように光を点滅させていた。

「エア……!応えてくれ……!エア!!」

 エアを握りしめ、懇願するように帝は言う。
 ……だが、その声に応える事はなかった。

「ッ……!?」

 それどころか、人型の形態を取り、帝の手から逃げる。
 そして、魔力の剣を帝に向けた。

「……エア……」

「殺します」

 悲しみに満ちた声かけは、機械的な殺意で返答された。
 振るわれる剣に、帝は一瞬反応出来なかった。

「っ……!……?」

 目を瞑る帝。しかし、刃は帝には届かなかった。
 代わりに、“ギィイン”と、金属がぶつかる音が響いていた。

「『帝!!』」

「っ……!?」

「『しっかりしなさい!』」

 直後、優奈から念話で喝を入れられる。
 其の言葉に反応するように、帝はエアの追撃を飛び退いて避けた。

「『まだ諦める時じゃないわ』」

「『……けど、もうエアの人格は……』」

「『人としての感情を得たデバイスは、それはもうAIではないわ。……作り物の人格じゃない、魂を持った存在よ』」

 ただのデバイスとしてではなく、確かな“人としての愛”があった。
 機械も人の心を得る事がある。……優奈は帝にそう伝えた。

「『ならば、まだ完全に消えた訳じゃない。……取り戻せる可能性はあるわ』」

「『……わかった』」

 本当なのかどうか、帝は優奈に聞こうとはしなかった。
 “かもしれない”だけでも、今行動するのには十分な理由だったからだ。

「……行くぞ。エア」

 先程エアの攻撃を弾いた、優奈の飛ばした剣を手に取る。
 今の帝は、先程までの怒りや悲しみによる強い“意志”はない。
 だが、それとは別にエアを取り戻すための“意志”があった。

「ぉおっ!!」

 スピードも、パワーも、優奈や他の神々に比べれば大した事はない。
 しかし、それはエアも同じだ。
 どちらも、本来の強さしか引き出せていない。
 それでも、帝に対してエアの方が上だ。

「ッ……!」

 剣戟で押され、帝は体勢を崩しつつ一撃を避ける。
 追撃は剣を盾にして防ぎ、後退させられる事で間合いを取った。

「射貫け」

「くっ……!」

 そこへ、魔力弾による追撃が迫る。
 帝はそれを横へ跳び、転がる事で何とか回避する。

「(……普通にやり合うな。ここは神界。……無理を通してこそ、道は拓ける!)」

 バインドで足の動きを止められ、砲撃魔法が放たれた。
 それを目の前にして、帝は一切諦めずにエアを見つめる。

「は、ぁああっ!!」

 そして、気合と共に剣を突き出し、穂先を砲撃魔法にぶつける。
 今の帝では、決して相殺できないはずの威力。
 それを、見事に“意志”で相殺してみせた。

「エアぁあああああああ!!」

「ッ……!」

 魔力弾が、砲撃魔法が次々と帝へ迫る。
 だが、帝は砲撃魔法と一部の魔力弾を剣で切り裂き、前進する。
 相殺しきれない魔力弾が直撃し、激痛が走っても帝は進み続けた。

「ぉおおおっ!!」

 エアの持つ魔力の剣と、帝の剣がぶつかり合う。
 その瞬間、帝の剣は砕け散った。
 所詮は創造魔法で創り出しただけの普通の剣。ここまで良く耐えた方だろう。

「ッ……!?」

「エアっ!」

 だが、同時にエアの剣も弾き飛ばしていた。
 どちらも無手。距離はごく僅かで、すぐにでも手が届く程だ。

「ふっ!」

「ごっ……!?」

 しかし、その上でエアは掌底を帝に叩き込んだ。
 身体能力や合理的判断はエアの方が圧倒的に上だ。
 こうなる事は必然だったかもしれない。

「ッッ……!」

「なっ……!?」

 ……それでも、帝は引かなかった。
 吹き飛ぶはずの体を、“意志”で踏ん張り留める。
 そして、エアの肩を掴み、額に自分の額を押し当てた。

「エア!!目を覚ませ!!!」

 マスターとしての権限は、今の帝にはない。
 剥奪された時点で、マスターは先程倒した神になっている。
 だからこそ、帝は“呼びかけ”に賭けた。
 “戻ってきてほしい”と言う、たった一つの想いを込めて。







「………マス、ター………?」

「……!」

 エアの口から洩れた言葉に、帝がハッとする。

「……違う。貴方はマスターでは、ない。……ない……?マスター、マスターは……私、わた、私、は……違う、何が、エラー、不明な思考を算、出……」

「……エア……?」

 続けられた言葉は、まるで壊れた機械のようだった。
 帝は戸惑い、エアを見続ける。

「殺、殺します。……違う、違う……彼は、殺、殺せな、い……わた、私、は……マス、ターの……剣。……マスターは……誰……?」

「……エア!俺だ!帝だ!……聞こえているか!?エア!!」

「みか、ど……?帝……み、かど……」

 再度呼びかけるも、エアは壊れたように言葉を繰り返す。
 それでも、自身の名前を認識した事に一縷の望みを賭けた。

「そうだ!お前のマスター……いや、お前がデバイスとしてではなく、人として“愛した”マスター……王牙帝だ!」

「愛、して……愛……?エラー、エラー……不明な思考が……否、上書きされたはずのデータ……“想い”を算出……サルベージ……しま、す……」

 よろよろと、エアは帝へと倒れ込む。
 抱き留めた帝は、自身を見つめるエアを見返す。

「……ありがとうございます。マスター……」

 ……そして、エアは最後にそう言って目を閉じた。
 人型の形態から、待機状態へと戻り、帝の手に収まった。

「………エア」

 再び呼びかけるも、うんともすんとも言わない。
 機能停止しているだけか、完全に壊れてしまったのかはわからない。

「……俺の方こそ、今までありがとう」

 それでも、最後にエアは戻って来たのだと、帝は確信していた。













 
 

 
後書き
デュミナス・スペルマ…“可能性の種子”。直接武器として扱える他、既存の武器や攻撃に纏わせて強化する事が出来る。状況を切り拓く概念や因果が込められている。

Aufblitzen Möglichkeit(アォフブリッツェン・メークリヒカイト)…上記の珠を纏わせた剣で放つ、可能性を拓く一閃。先手を打って放てば、いかなる“性質”すらも切り裂く。

θέληση Longinus(セリスィ・ロンギヌス)…セリスィは“意志”のギリシャ語。帝の神を倒す意志が、そのまま形になった技。“領域”をぶつけているため、“格”に差があっても通用する。


帝の不死身っぷりはダイの大冒険のヒュンケル状態みたいな感じになっていたりします。イメージとしてはポケモンで言う“がんじょうヌケニン”みたいなものです。 
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