戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~
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番外記録(メモリア)・望まぬ力と寂しい笑顔
前書き
100話目として、久し振りに番外記録挟みます。
初めて描いた番外記録は響と翔の過去。その次はセレナ最後の誕生日。
元々、番外記録(メモリア)は過去回想を本編から切り離して単体で描く物なのですが、どうしてわざわざこんなタイトルしているのかと言うと、ここにもちゃんとした理由があります。
ただの過去回だと味気がない。だから一目で過去回だと分かるタイトルにしておけば、読者に「あっ、過去回か。じゃあちょっと息抜きできるな」と認識させられるじゃないですか。
過去回は重要な情報が出たり、回想している人物のトラウマが飛び出してきたりするので油断はできないんですけど、その反面、現代での物語が暫く止まるので箸休めにもなるんですよ(あくまで作者個人の感覚です)。
つまりは一つの演出ですw
オシャレなタイトルで区別すると分かりやすいじゃないですかw
さて、今回はシンフォギアGの三大トラウマシーンその二、例の回想です。
推奨BGMは『Apple』でお楽しみください。
6年前、F.I.S.秘密研究施設
施設内の印象から、被験少女達によって名付けられた通称は『白い孤児院』。
F.I.S.がフィーネの魂の器となる憑代候補者を非合法な手段で揃えた際、シンフォギアへの適合性が見込まれた少女達を選抜し、研究と実験、そして訓練に用いてきたその施設は、隠匿性・機密性の高さから、今もって存在そのものが謎に包まれている。
これは、その白い孤児院で起きた、とある実験事故の記録である。
「グボアァァァァァァァァ!」
異形の白き巨人は、咆哮と共に壁を殴りつけ暴れまわる。
大きく開かれたその口からは唾液が糸を引き、巨人がひどく餓えているのが一目で見て取れた。
警報が鳴り響き、分厚い鉄の壁や特殊ガラスが振動と共に揺れる。
危険色の照明に照らされたオペレーションルーム内は、慌てふためく研究者達の声が飛び交っていた。
「ネフィリムの出力は、依然不安定……。やはり、歌を介さずの強制起動では、完全聖遺物を制御できるものではなかったのですね……」
怯える姉妹の方を振り返ったのは、今よりもう少し皴の少ないナスターシャ教授だ。
この頃はまだ車椅子ではなく、右目の眼帯もない。
自分が何をすべきなのか。ナスターシャ教授の視線から、自分の力が必要だと悟った妹は、ただ一言静かに告げた。
「わたし……唄うよ」
当時16歳のマリアは、セレナの言葉の意味を理解していた。
無論、ツェルトもだ。
「でも、あの歌は──ッ!」
「ダメだセレナ! そんなことをすれば、お前の身体が……」
「わたしの絶唱で、ネフィリムを起動する前の状態にリセットできるかもしれないの」
「そんな、賭けみたいな……ッ! もしそれでもネフィリムを抑えられなかったら──」
「マリィの言う通りだッ! 死ぬかもしれないんだぞッ!」
姉と兄貴分、二人の制止を受けてなお、セレナの意志は変わらなかった。
二人の言葉に、セレナは首を横に振ったのだ。
「その時は、マリア姉さんが何とかしてくれる。ツェルト兄さんや、F.I.S.の人達もいる。わたしだけじゃない。だから何とかなる」
「セレナ……」
「……くッ!」
胸に手を当て、セレナは二人を、そしてナスターシャ教授の顔を真っ直ぐ見つめる。
セレナの表情は笑顔でこそあったが、その笑顔にはどこか寂しさが滲んでいた。
「ギアを纏う力はわたしが望んだモノじゃないけど、この力で、みんなを守りたいと望んだのは、わたしなんだから」
そう言ってセレナは、アルビノ・ネフィリムが暴れ狂う実験室へと降りていく。
「──セレナッ!」
「セレナ……クソッ!」
追いかけようとしたマリアは、ナスターシャ教授に止められた。
ツェルトはただ見ていることしかできない己を呪った。
そして、セレナは純白のシンフォギアを身に纏い……最後の唄を口ずさんだ。
「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl──」
絶唱を口にしたセレナはゆっくりと、ネフィリムに向かって両腕を広げる。
「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl──」
セレナが唄い終わると、白い光が実験室を包み込み……直後、凄まじい衝撃波が特殊ガラスを粉砕し、オペレーションルームにまで流れ込んだ。
「マリィッ!」
「きゃあああッ!」
モニターの前に座っていた研究者達は吹き飛び、ガラスの破片や瓦礫が飛び散った。
ツェルトは咄嗟にマリアを庇い……それから間もなく、二人は実験室へと駆け下りていった。
燃え盛る炎と、崩れ落ちた実験室。
瓦礫の山の向こうに立つ、セレナの小さな背中。
その右手に握られているのは、基底状態……幼体の状態にまでリセットされたネフィリムの姿がある。
セレナの絶唱特性は、『エネルギーベクトルの操作』。
立花響のそれと非常に似通ったその特性を以て、機械装置を介して暴発したアルビノ・ネフィリムのエネルギーを抑え込んだのだ。
攻撃的な特性を一切備えない、まさに誰かを守る為に特化した力。
彼女の献身的な心を現したかのような絶唱は、この場に居た全職員の命を救ったのだ。
だが……
次の瞬間、セレナが身に纏っていたシンフォギアは光と共に消える。
幼いセレナが受け入れるには、ネフィリムのエネルギーはあまりにも巨大であり、絶唱の負荷と相まって、その身体の内部はズタズタに引き裂かれてしまっていた。
マリアとツェルトは足場の悪さも、迫る炎の熱も、全て振り切ってセレナに駆け寄ろうと瓦礫の山を登る。
「セレナ……ッ! セレナッ!!」
「待ってろセレナッ! 今そっちに……うわッ!?」
その手を伸ばそうとした時、二人の目の前に炎が上がる。
それはまるで、二人を嘲笑うかのように広がり、道を閉ざした。
姉妹を引き裂こうとするかの如く、勢いを増していく炎。
マリアは耐え切れず、頭上の割れた窓へと向けて助けを求めた。
「誰かッ! 私の妹がッ!」
しかし、オペレーションルームから聞こえてきたのは、大人達の怒号であった。
「貴重な実験サンプルが自滅したかッ!」
「実験はタダじゃないんだぞ!」
「無能どもめ……」
研究者達は自分の事しか頭になく、炎の中に佇む小さな英雄の姿など目にも入っていないかのように、そう吐き捨てていた。
「どうしてそんな風に言うのッ! あなた達を護る為に血を流したのは、わたしの妹なのよッ!!」
マリアの悲痛な訴えも、彼らには届かない。
貴重な第一種適合者とはいえ、研究者達にとってはモルモットの一匹、ただ他よりちょっと上等なサンプルが自分から死にに行ったに過ぎないのだ。
「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ツェルトが地団太を踏み、マリアと共に振り返ったその時だった。
炎の壁に遮られたその先で、セレナがこちらを向いていた。
人形のように愛らしい顔立ちだったその顔は、瞳孔をかっ開き、目から、口から、止めどなく血を流している。
見るものの恐怖心を煽る程にまで変わってしまったそれは、まるで古ぼけたフランス人形のようだ。
それでも彼女は、大好きな姉と愛する兄を思い、最期まで微笑もうとしていた。
「よかった……マリア姉さん……ツェルト兄さん……」
「セレナッ!セレナアアァァァァァッ!!」
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
ツェルトが雄叫びを上げて走り出す。
炎が肌を焼き、シャツを焦がしたが、そんなものは関係ないとばかりに足を踏み込む。
ただひたすら炎の壁を踏み越え、走り続ける彼を突き動かしているのは、誕生日にセレナがこっそりと囁いた言葉であった。
『本当はわたしも、マリア姉さんに負けないくらい、ツェルト兄さんの事が大好きなんですよ?』
あの時は、いつもの悪戯だと思っていた。だが、その言葉にきっと嘘は無いはずだ。
その“好き”の真意が何にしろ、セレナはツェルトの事を本当の兄のように慕っていた事に違いないのだから。
(逝かせないッ! マリィの傍にセレナがいない世界じゃ、俺は本気で笑えない! 届け俺の腕、動け俺の足ッ! クイックシルバーなら絶対、こんな瞬間でも走り抜く……そうだろッ!)
思い描くのは、大好きなアメリカンコミックのヒーローの姿。
アベンジャーズ、X-MEN、ジャスティス・リーグ……。彼らの雄姿を胸に自らを奮い立たせ、ツェルトは限界を超えて疾走した。
「届け……届けッ! 届けぇぇぇぇぇぇッ!!」
あと一歩でこの手が届く、その瞬間に……絶望が落ちてきた。
落下してくる瓦礫に気付いたツェルトは、咄嗟にセレナを突き飛ばした。
飛び込めば自分が潰され、引っ張るには減速が必要だった。
確実に二人とも助かる為には、それが最良の判断だったのだ。
だが……突き飛ばした先が不味かった。
セレナが突き飛ばされた先には、燃え盛る炎の海が広がっていたのだ。
気付いた時には既に遅く、ツェルトの右腕はグシャッという生々しい音と共に、瓦礫の下で潰れた。
「あ……あ、あ……うわああああああああああああああああああああああああッ!!」
それは苦痛からの悲鳴であると同時に、自分が犯した過ちへの慟哭。
少年の夢想は儚く、無残にも砕け散った。
他の誰でもない、今この場で最善を願った自分の手で、最悪の結果を引き起こしてしまったのだから。
「セレナアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
泣き叫ぶマリアの声が炎に吸い込まれ、虚しく響いていた。
これがツェルト、マリア、そしてナスターシャ教授の心に暗い影を落とす炎の記憶。
脚の自由と右目、伸ばしたはずの右手、そして最愛の妹を喪った日の記録である。
ff
(セレナ……。あなたと違って、私の歌では誰も守ることは出来ないのかもしれない……)
破損し、起動不可能となったたセレナのギアペンダントを握り、マリアは目を閉じる。
心に落ちた暗い影は、マリアの両肩に重くのしかかっていた。
『まもなくランデブーポイントに到着します。いいですね?』
「OK、マム」
ナスターシャ教授からの通告を受け、マリアは静かに立ち上がった。
ff
「……また……あの日の夢か……」
目が覚めると、医務室の天井が見えた。
ツェルトは身を起こしながら、左右を見回す。
「……結局……俺はマリィを泣かせてばかりだな……」
ベッド脇に置かれた義手を見つめながら、ツェルトはポツリと呟いた。
あの直後、マニュアルで稼働された鎮火システムが、実験室の炎を消していった。
それから、一人の研究員が救護班を連れて現れる。その男はまず、俺やマムを一瞥すると、迷わずセレナの方へと向かって行った。
『まだくたばっちゃいないな。大至急、この子をコールドスリープさせろ。急げ!』
『はッ、はいッ!』
救護班に指示を出す男の外見は、医療スタッフには似つかわしくない格好だった。
長い金髪を後頭部で一つに結び、チョビ髭を伸ばしたその研究員の目には、黒いサングラスが光っている。
男は救護班がセレナを運び出すと、次は俺の方へと向かってきた。
『ふむ……。粉砕骨折で筋肉はズタボロ、その上瓦礫の熱で腕が丸々ホットサンドみたいになっている……か。右腕の肘から下をバッサリ切断するしかないな』
『あん……た、は……』
苦痛で息も絶え絶えになりながら、俺は声を絞り出した。
『フン、今は俺の事よりも、自分の腕の心配をしたらどうなんだ? このジャリボーイに鎮痛剤の投与を。それと医療班に連絡、手術の準備をしておけ。こいつが付けることになる義手の作成も始めろ』
『了解ですッ!』
『おいッ! だから誰なんだよ、お前はッ!』
男は俺の言葉を無視すると、今度は降ってきた瓦礫からマリィを庇ったマムの方へと向かって行く。
『プロフェッサー、アンタはあの二人に比べりゃ大分マシな方だな。この先一生車椅子生活くらいで済むだろう』
『ドクター・アドルフ……セレナをどうするつもりですか?』
アドルフ、と呼ばれたグラサン研究員は、さも当然であるかのようにこう答えた。
『何って、コールドスリープで処置を取るに決まっているだろう。貴重な第一種適合者だ、みすみす死なせるには損失が大き過ぎる』
『あなた……セレナのメディカルチェックを担当してた……』
『嬢ちゃん、そいつは今夜の晩飯よりも大事な事か?』
『えっ……?』
アドルフ博士はそれだけ言うと、再びマムに視線を移す。
『その寝心地悪そうなベッドから抜け出したら協力しろ、プロフェッサー。あんたの権限なら、あの馬鹿どもも反論は出来んさ』
『しかし、彼らにはどう説明するつもりなのですか?』
『なに、簡単な計算だ。貴重な第一種適合者を見殺しにするか、延命処置していつか治療するかだ。確かにコストで考えれば、実験サンプル一匹見殺しにする方が安上がりだ。だが、それを理由に金の卵を産むガチョウをみすみす殺すのは、馬鹿のする事だろう?』
へッ、と笑いながら、アドルフ博士はそう告げる。
この人、ぶっきらぼうだし口は悪いけど、悪い人間じゃない気がする。
何となく、そう感じた。
『消費主義もここまでくると呆れたもんだ。ここの連中はもう少し、東洋の精神を学ぶべきだな』
『意外ですね……。あなたがここまでするとは』
『アインシュタインは言った。成功者になろうとしてはいけない。価値のある男になるべきだ、とね。馬鹿どもの意見に流されて、ガキ一人見捨てるような医者に価値はないね』
そう断言するアドルフ博士のサングラスの奥には、強い信念を宿した瞳があった。
だから、俺は確信する。
この人は、マムと同じくらい立派な科学者なんだと。
ろくな科学者がいないこの孤児院の中でも数少ない、道徳を重んじることが出来る人間が、そこに立っていた。
『それに俺は、不確定なものが好きじゃないんでね。代わりの適合者が見つかる確率に賭けるより、セレナを治療する方が確実だと見込んだだけさ。そら、行くぞ』
そして、瓦礫の下からマムが救出され、鎮痛剤を打たれた俺は医務室へと運ばれた。
俺が日常的に使っている義手は、ドクター・アドルフが開発した物であり、RN式Model-GEEDも彼とドクター・ウェル、ドクター・櫻井の合作のようなものだ。
あの人に貰った腕で、今度は俺がマリィを守るんだ……って、そう思っていたのに……。
これじゃあ、あの人にも顔向けできねぇな……。
ああくそッ……! 俺はどうすりゃいいんだ……。
どうすれば俺は……これ以上マリアを泣かせずに済むんだ……。
『まもなくランデブーポイントに到着します。いいですね?』
マムからの通告に、俺はベッドを降りて義手を付けなおす。
そしてシャツを羽織ると、そのまま医務室を出た。
ランデブーポイントには、切歌と調がいる。
わざわざ敵地に赴いてくれたんだ。二人を迎え、労わなくては……。
既に太陽は西に傾き、空はオレンジ色に染まりつつある。
共喰いの巨人によって引き起こされる更なる悲劇は、ひたひたと足音を立てながら、すぐ近くまで迫ってきていた――。
後書き
今回のサブタイはセレナの聖詠から来てるんですけど、適合者なら一目で分かりますよねw
今回登場のXD出身キャラは、ドクター・アドルフ!
アドルフ博士を出すのはG編当初から決定してたんですけど、いざ出してみたら思った以上にいい人になってた件。
まあ、カルマノイズによる襲撃はなかった世界ですし、いい人だからこそ歪んだらヤバいってのはありますからw
知らない人の為に、今回も軽めに解説しますね。
アドルフ博士。XDUのイベントシナリオ、『イノセント・シスター』に登場。F.I.S.日本支部に所属する研究員の一人であり、ネフィリムを操っていた黒幕。
以前、所属していた研究機関をカルマノイズに襲撃されており、その際、多くの仲間を喪ったことからノイズに対する為の「絶対の力」を求めるようになった過去を持つ。
「コインで表を出したいなら、俺は最初から両面表のコインを用意する」と発言するほどに“確実”への拘りがあり、また「品性が結果の良し悪しを左右するならば、世界は聖人であふれていることだろう」と豪語するリアリスト。
最後はエクスドライブモードとなったセレナにカルマネフィリムを倒され、足蹴にしたマリア、姉を傷つけられたことに怒りを爆発させたセレナに一発づつ殴られて退場した。
ちなみに、彼がネフィリムに目を付けた理由となった『F資料』は、生前フロンティアについて研究していたウェル博士が書き遺したものだったりする。
ナスターシャ教授によれば、セレナの治療にも尽力していた、との事だったのでカルマノイズ事件さえなければXDUでのような凶行に走ることもないなと思ったので、本作ではセレナの担当医なりました。
「コインで表を~」みたいな言い回しが思いつかないのは惜しいなぁ。
でもアインシュタインの名言引用は結構いけそうw
次回はいよいよ……そうです、奴のお出ましです。お楽しみに?
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