勇者戸希乃を信じてほしい
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第十話
自分を信じるって、言葉で言うほど簡単ではありません。
他人を信じるのは簡単です。
他人のすごいところなんてすぐに見つかりますから。
でも、自分のことはわかりません。
何もできない自分のことをどうやれば信じることができるんだろう。
自分には何ができるんだろう。
……。
ツッコミ役がいないと、気持ちがどんどん下がっていきます。
でも、そんなことも言ってられません。
待っていたら世界が滅びかねない状況です。
「私は……まず何をすればいいと思いますか?」
ゴルガスさんと一緒に作戦タイム。
「そうだな……まずは王様への報告だな。魔王軍がいつ来るかはわからないが、そう遠くはないだろう。王様に状況を説明して、守りを固めてもらう必要があるな」
なるほど。
「可能なら魔王軍の動向を調べられればな。ただこれは一人じゃ難しいだろうから、これも王様に頼んで人を集めないとな」
なるほど。
「戸希乃《ときの》はなにかないか?」
私?
私は……。
「アルマさんを探さないと……。それに魔王にもう一度会って、話してみたい……ていうか、殴ってやりたい!」
するとゴルガスさんはニヤリと笑います。
「はっはっは!いいじゃないか、それ!それならまず仲間を探さないとな」
「え、ゴルガスさんは……?」
「すまんが……俺はしばらくは動けなさそうだ。なに、傷が癒えたら必ず駆けつけるから、心配するな」
「そんなぁ……」
「またそんな顔をする。今までだってちゃんと仲間を見つけられたじゃないか」
「それは王様のお薦めもあったし、運も良かったし……」
「運だって実力のうちさ。とにかくやってみろよ。案外うまくいくもんだぜ?」
そんなもんかなぁ。
「じゃあ、仲間探しもやらないとですね……あと気になってるのが、ヴィルゴーストさんの「全てを知る必要がある」って言葉なんです」
「……ふーむ、意味深だな。全てというのがどういうことなのか、なにについての全てなのか……」
「賢者様とか、そういう便利そうな人って、いないのかな?」
「そうだな。その辺も含めた情報集めもしないとな」
情報集めかぁ。どうやればいいんだろう?誰かに聞く?図書館とかで調べる?
作戦会議が終わったわたしはエルマちゃんの部屋をノックします。
これからしばらくはエルマちゃんと二人旅。
出発前に様子を見ておきます。
返事がないので中を覗いてみるとエルマちゃんは部屋の真ん中でぼんやり座っていました。
「エルマちゃん、調子はどう?」
「はい、だいじょぶです」
あんまり大丈夫そうには見えません。
「なにか私にできることはある?」
するとエルマちゃんはしばらく考えてから言いました。
「勇者さま、おねえちゃんを探してくれますか?」
アルマさんはあのポータルで離れ離れになったまま、まだ戻って来ていません。
エルマちゃんも当然心配でしょう、けど……。
「ごめんね、今すぐは無理なの」
「わかりました」
やけに素直、どうしたんだろう?
「アルマさんのこと、心配だね」
するとエルマちゃん、俯いて答えました。
「おねえ……ししょーが、あのとき、勇者様のいうことを、ちゃんとききなさいって、ゆったから」
「……そっか」
エルマちゃん、本当は探しに行きたいのに、我慢してたんだ。
私はエルマちゃんを抱きしめて考えます。
そして、決めました。
「アルマを探しにいくだって?」
ゴルガスさんが驚いた声をあげます。
「はい、今は世界よりそっちが大事だと思います」
私は決めました。世界も大事だけど、今すぐにするべきことは、やっぱりこっちです。
「ふーむ、なるほどな」
「それで、何かアドバイスはありますか?」
ゴルガスさんは少し考えます。
「そうだな……捜索には本来ならある程度の人数を割くべきだが、今はそれはできない。だったらまずは、目標を明確に決めろ。なにを探すのか、よく考えるんだ」
「はい」
「時間はかけるな。当初の目標が見つからなかったとしても、別の目標を作ってはダメだ。見つからなければ切り上げろ。新しい目標は仕切り直してからだ」
「はい」
「もし敵がいても、絶対戦うな。見つからないように隠れて様子を見ろ。うまくすれば情報が得られるかもしれない。もし見つかった場合は即時撤退だ」
「はい」
「あとは……楽観的に考えろ。そこになにもなかったなら、それはどこかに逃げ延びて生きているということだと思え」
「はい」
「そんなところか……魔王軍にとってポータルはもう用済みだろうから、あれから1日たった今なら進軍して誰もいないかもしれない。だが油断はするなよ」
「はい」
「よし、じゃあ行ってこい」
「はい、行ってきます!」
エルマちゃんのテレポートの魔法で、ポータルまでひとっ飛びです。
取り残されたようなポータルは相変わらずそこにありました。
少し揺らいでいるように見えるのは、気のせいでしょうか?
辺りには誰もいないようで、人影もありません。
「勇者様、どうするの?」
ポータル付近に着いて、エルマちゃんが不安そうにしています。
「まずはアルマさんに関係するものを探そう。アルマさんの物が落ちてないか、怪我をした様子がないか」
「わかった!」
私はあの時の状況を思い出しながら、現場を歩きます。
最後にアルマさんを見たのは、怪我をしたゴルガスさんと一緒にテレポートされた時だから……。
あの時ゴルガスさんが斬り捨てた数匹のゴブリンの死体が転がる中、地面に重いものを引きずった跡を見つけました。
「エルマちゃん、これ」
「なんですか?」
あの時私がゴルガスさんを引きずった跡です。
「私が知る限り、アルマさんが最後に立っていたのはこの辺りなはずだけど」
「あたしが見たのも、たぶんそうです。勇者様に魔法を使って、すぐあたしにもしたから」
「じゃあ、この辺りを探そう。何か落ちているものはない?」
でも二人で探してみてもなにも見つかりません。
アルマさんの遺留品も、出血の跡も。
「たぶん……少なくともここを離れた時には怪我なんかはしてなかったんだと思う」
楽観的に。
「おねえちゃんはだいじょぶ?」
「うん、きっと大丈夫だよ」
「よかったぁ」
ゴルガスさんのアドバイスに従って、今は……ここまで。
「エルマちゃん、一旦戻ろう。見つけるのはまた今度」
「はーい」
でもアルマさんはどこに行ったんだろう?
再びエルマちゃんの魔法でテレポートして迷いの森の木の家まで戻ります。
家に戻るとゴルガスさんに報告です。
「そうか、アルマは見つからなかったか……」
「でも、アルマさんが最後に立っていた付近では戦闘の跡もなかったし、少なくともその時点までは無事だったと思うんですよね」
「ああ、俺も同意見だな。もしそうならアルマのことだ、逃げるなり守るなりの手は打てたはずだ」
ですよね。
ゴルガスさんと話してみて、少しだけ安心できました。
ゴルガスさんとマリアさんに見送られて、改めて出発です。
「じゃあ、王都までしゅっぱーつ!」
「おー!」
エルマちゃんがトコトコ歩き始めます。
「あれ?テレポートは?」
「わたし、王都はいったことないので、テレポートはできません」
て事はもしかして……。
再び徒歩の旅です。
人里離れて狩猟採取生活が続きます。
ベッドもなし、行水もなし、マリアさんのおいしいご飯もです。
ていうかマリアさん、旅の間どうやって料理してたんだろう?
私は焚き火を起こしてその火で食材を炙って焼くことしかできません。
味付けも塩味くらい。
「マリアさん、魔法が使えるとか……?」
ああ、おいしい料理が恋しい……。
「勇者様のご飯もおいしいですよ」
「ありがとう、エルマちゃん」
勇者にはサバイバル料理のスキルも必要です。
あと、お鍋とかの調理器具も。
そんなこんなで王都までたどり着きました。
いよいよ王様に報告です。
なにを言われるんだろう、怒られるのかな……。
あの日、旅立って以来の王都のメインストリートは、全く様子も変わらず平和そのもの。
まだ誰も魔界と人間界の壁がなくなったことを知らないみたいです。
通りに面したお店はどこも普通に営業中。
金物屋さんにも立派な鍋が置いてあります。
そうだ、お鍋を買わないと。
「いらっしゃい、なにをお探しで?」
金物屋の店主さんが愛想よく出てきました。
なんとなく踏み込んだ店内には鍋以外にも色々置いてあります。
あ、包丁もいいな。
「その大鍋と包丁をお願いします」
今日は街まで来て本当に良い買い物ができました。
それでは目的も果たしたので、帰りましょう……。
王様に会うんですよね、分かってます。
「分かってますよー」
「勇者様、どしたの?」
「気にしないで、ただの独り言だから」
さて、それじゃあお城へ!王様に会うために!いざ行かん!
くっ、ツッコミが足りない。
「勇者よ、久しいな」
王様は相変わらず威厳たっぷりです。
取り巻きの偉そうな人もいっぱい。
ここであの大失敗を報告したら、何を言われるんだろう。
でもここはゴルガスさんの「俺達はまだ失敗していない」という言葉を胸に、強気の態度で臨みます!
……そうできたらいいな。
「えーと……王様にご報告が……あります」
「よかろう、申せ」
なんて言えばいいんだろう?
グッと拳に力を込めて、なんとか言葉を探しながら切り出しました。
「えーと、つまり……魔界と人間界をつなぐポータルを破壊するつもりが魔王に騙されて、魔界と人間界を隔てる空間断層を消してしまいました」
すると王様は驚いた様子で立ち上がって、言います。
そりゃ驚きますよね。
「なんと、それでは魔界と人間界は地続きになったということではないか!」
理解が早くて助かります。
それを聞いて王様の取り巻きの方々がざわつき始めました。
取り巻きさんたちは口々に声をあげます。
「それでは魔王軍がいずれ全軍で攻めてくるということでは……」
まあそのうちには。
「もうおしまいだ……」
いや、諦めるのはまだ早いと……。
「魔王に騙されたって、それでは勇者は魔王と通じていたということか……!」
そうじゃないってば……。
みんな言いたいこといってるなぁ。
「つきましては王都の守りを固めるとともに、各地に連絡して迎撃態勢をとってほしいなー……て……」
でもわたしの声はどんどん大きくなるざわめきにかき消されそうになります。
そこへ王様。
「皆の者、静まれ!」
と、一喝。
さすが王様、ざわつく取り巻きの人たちを一瞬で黙らせました。
うう、相変わらず怖い……。
「勇者よ、その方の申し出、しかと聞き入れたぞ。直ちに王都の守りを固め、各都市に伝令を出そう」
「あ、ありがとうございます」
「他にはなにかあるか?」
他には……そういえば……。
「物知りな人とか、ご存じないですか?賢者様とかそんな感じの」
「ふむ、何を知りたい?」
「えーと……魔王とかこの世界とかの秘密……とか?」
「秘密?なんのことだ?」
デスヨネー。
わたしもそんな質問のされ方したら、何を答えていいのかわからないと思います。
「ええと、魔王のお友達?付き人?側近?みたいな人が、「……お前は一度、全てを知る必要があるということだ」って言ってたんですけど……」
思わず口真似。
わたしが説明し終わると、王様は取り巻きの人たちとヒソヒソ会議を始めました。
こういう時間、息苦しくて嫌いです。
しばらくして会議が終わると王様はおもむろに切り出しました。
「勇者よ、そなたに見せておきたいものがある」
なんでしょう?
もしかして、冥土の土産?
<<つづく>>
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